ちょっとした運命の恋 02


ちょっとした勘違い攻め視点


 初めて見たとき、笑顔が印象的だと思った。何気なく思っただけのはずだった。彼は友達と話していて、俺に向かって笑いかけてきたわけでもない。俺のことは視界にも入っていなかった。
 その一方的な笑顔が未だに脳裏に焼き付いている時点で、思い返せば一目惚れだったのかもしれない。


「衛藤くん、好きです」

 ――やっぱりか。周りを気にしながら「二人で話したい」と言われた時点で、そうだろうなとは思っていた。
 顔を赤くして俺を見上げてくるのは同じクラスの女の子。明るくて誰とでも仲良くできる性格で、俺に対しても最初から友達っぽいノリで話しかけてくるから、それなりに仲良くしていた。
 垢抜けた外見で男子からも女子からも人気があって、今恥じらっている顔は贔屓目抜きに可愛らしいと思う。
 でも、好きかどうかといえば話は別だ。

「ごめん、気持ちはすごく嬉しいけど」
「……やっぱり駄目? 付き合ってる子いるの?」
「いや。……友達だと思ってるから」

 女の子の目が潤んだ。口ではやっぱりと言いつつショックを受けた様子に、申し訳ない気分になる。

「友達って、これからもずっと?」
「……ごめんね」
「……そっか。分かった」

 鼻をすすりつつ納得してくれたらしい。普段からサバサバしているだけあって追いすがってきたりはしない。
 と思ったら、最後にちくりと棘を刺された。

「衛藤くんさ、優しいのはいいけど誰にでもいい顔しないほうがいいと思う。そのへんの男と違ってかっこよくてすぐ好きになられるんだから。優しくしたら誤解されるって自覚くらいあるでしょ? それ、みんなを傷つけるだけだよ」

 早口で言い捨てると、俺の返答は聞く気はないらしく回れ右して去っていった。怒ったような大股歩きで、時々手で目元を拭いながら。
 こうはなりたくなかった。彼女のことは友達として好感を持っていた。
 もちろん口説いたことなんてないし、必要以上に近づいたことも、好意を匂わせるような思わせぶりな言動をとった覚えもない。これからも軽口を言い合えるようなクラスメイトとして付き合っていきたかったから。
 もうそれは叶わないだろう。相手にも思うところはあるだろうし、隠したところで完全に今までどおりとはいかないのが人間関係だ。経験上知っている。

「――……」

 俺は静かに息を吐いた。そのとき、微かな物音が聞こえた。

「……っ」

 振り返ると、焦ったような顔をした彼――市村がいた。

「……聞いてた?」
「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」

 嘘を吐いていないのは一目で分かる。タイミング悪く聞いてしまい、そっと離れるつもりが石を蹴ってしまった、というところだろう。ベタだ。
 衛藤とは委員会が同じなだけで、ほとんど話したこともない。彼には見られたくなかった。

「謝ることはないよ。誰がいるかわからない場所で話してたのはこっちなんだから」
「そう言ってくれると助かる。……あの、大丈夫?」
「何が?」
「だってああいう風に言われるの、きつくないかなって。いや、余計なお世話だよな」

 俺はつい、まじまじと市村の顔を見つめた。
 俺が女子から好意を抱かれることを、男子からはよく大げさに褒められたり、からかわれたり、あるいは嫌味を言われたりする。
 可愛い子からの告白を断ったりすると「王子様とか言われていい気になってる」「理想高すぎ」等と、好き勝手に言われてきた。いくら誠実な対応を心がけていてもだ。
 羨ましい、妬ましい、あわよくばおこぼれをもらいたい、調子に乗ってる――。色々な感情を向けられるのには慣れているつもりでも、いい気はしなかった。
 でも市村は、ただ純粋に俺を心配している。

「……市村」
「あ、チャイム鳴った。もう行かなきゃ。じゃあ」

 らしくなく言葉が見つからなくて市村を見つめているうちに、俺にとってはタイミング悪く、市村にとってはタイミングよくチャイムが鳴って、あっという間に去っていってしまった。
 いつも告白を断ると憂鬱な気分になる。でも今日は別の感情が俺を満たして、それどころではなくなっていた。
 
 ◇◇
 
 思ったとおり市村は見たことを一切口外せず、おかげで表面上は平穏な日々に戻っていた。
 彼は優しくて思いやりに溢れている。だからってそれをアピールするようなところはなくて慎ましいから、普段はそれほど目立たない。
 でも、見れば見るほど笑顔が眩しくて……可愛い。目が離せなくなる。
 俺は彼に好感を持っていると、認めざるを得なかった。ただの純粋な好感ではないことも。

「市村ぁ、ちょっと相談があるんだけど」
「何ですか?」

 気になることがある。市村はよく男に声をかけられる。彼の友達だけじゃなく、あまり接点がなさそうな違うクラスの生徒や、時には先輩や他校の生徒からも。
 人気があるのは頷ける。――俺だって声をかけたいのを我慢しているのに。気軽に市村を誘う者を見るたびに面白くない気分になる。
 だって市村は無防備だ。誰に対しても、急で勝手な誘いでも、警戒せず着いて行く。誰にでも優しくて親切なのは美徳だけど、そういう態度では勘違いをさせてしまうのではないか。
 と、俺が今まで散々言われてきたことを市村に向けている自分に気づいて愕然とした。
 俺に断られて感情をぶつけてきた女の子達は、こういう気持ちだったのか。初めて心から理解できた気がした。
 気づいてしまったらもう止められない。自分の中にこんな激しい感情があったなんて知らなかった。
 市村の一挙手一投足が気になる。どうにかして近づきたい。友達になら苦労せずになれるかもしれないけど、友達では足りない。


「好きなんだ」

 市村が合コンに誘われたと聞いた。聞いた瞬間、密室で誰かと仲を深める市村の姿を想像してしまって、溢れ出る想いを留めておけなくなった。
 俺たちは会話したことすら数える程度しかない。案の定市村は大いに驚いた様子だ。それでも頬を少し赤くして視線をさまよわせる姿を見ると、もしかして俺を意識して照れているのかと期待が芽生えてしまう。可愛くて、抱きしめたくてたまらなくなる。

「本気なんだろ? 全然気持ち悪いとか思わないよ」

 戸惑いながらも俺の目を見て真摯にそう言ってくれた市村に、胸が突き上げられる喜びが貫いた。
 
「友達から」――今の俺には生殺しのようで、それでも「から」というのはその先が期待できるということだ。
 男は考えられないと突っぱねられても仕方がなかった。だけど市村は、俺と友達以上の関係になることを考えてくれている。体を流れる血が燃えるみたいに熱くなった。

 ◇◇

 告白したことで、俺と市村の距離は一気に縮まった。
 仮初めの友達としてでも一緒にいられるのが楽しくて、胸が高鳴って、同時にすごくもどかしい。
 今まで周りから散々王子様系だ、女たらしだと言われながら、相手を口説くような言動はしたことがなかった。それが今はどうだろう。

「困ったな。どんどん好きになっていってる」
「うんうん、わかってるって。……どこがそんなに好きなの?」
「どこがって訊かれると難しいな。全部が好きだよ。優しくて思いやりがあって、本当は繊細なところとか、意外にすぐ照れるところとか」
「……、そ、そう。顔、とかじゃないんだ」
「顔ももちろん可愛いと思ってるし、最初は一目惚れに近かったけど。知れば知るほど内面もにも惹かれてる。こんな気持は初めてなんだ」

 市村を前にすると、駆け引きや自分をよく見せることなんて考えられず、本音が次から次に溢れ出す。
 俺の答えに市村は恥ずかしそうに、嬉しそうに笑った。また期待が大きくなってよからぬ妄想をしてしまうのだけど、市村は分かってるのかな。
 赤くなってる柔らかそうな頬に今すぐに触りたい。キスをしてぷっくりした下唇を吸いたい。時々垣間見える赤い舌を引きずり出して、俺の舌を擦り合わせたい。
 そして、清潔感のある制服を全部脱がせて、全身に触って、もっと深いところで繋がりたい――。

「……衛藤? ど、どうしたのじっと見て」
「――ん、ごめん。何でもないよ」
「ならいいけど、衛藤にそんな見られたら女の子じゃなくても心臓に悪いって。妹は、ホント見た目じゃ分かりにくいけど根は優しくて――」

 獣のような目で見てしまっていた。怯えさせたくはないから俺は「王子様」と評される仮面を被り直した。
 市村はよく妹の話をする。家族想いなのだろう。外見で誤解されやすいが中身は夢見がちな普通の女子高生だという話をするとき、市村は慈愛に満ちた顔をしている。
 そんな妹が羨ましくて、それでも家族は恋人にはなれないからと思い直す。
 市村と着実に親しくなれているし、俺の好意を嫌がられてはいない手応えはあった。そろそろ俺の理性も限界に達していた。
 そんなタイミングで無防備に誰もいない家に誘われて――我慢しきれなかった。嫌われてしまうのは怖いと思いながら、キスをしたら自分でも驚くほど昂奮して体の一部がいきり立って、後はもう本能のままだった。


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