異世界にて 12
レティアへの長い旅も、ようやく一つの節目を迎えようとしていた。
アレンの言では、今日中にはこの国の王都カンナスに到着するらしい。
「王都か、楽しみだ」
「今まで通ったどの街よりもずっと栄えていますよ。はぐれないようお気をつけてください」
真顔で母親のようなことを言うアレンに少し微妙な気分になるが、声には出さないでおく。
「美味いものもあるかな。……いや、ねだってるわけじゃないから」
「はい。貿易の盛んな街ですので、各国の様々な料理が味わえるかと思います。レイ様のお口に合うような――」
和やかに話していたとき、突如アレンの纏う空気が一変した。
「アレン?」
「レイ様、お下がりください」
低く鋭い声でそう言うと、アレンは剣柄に手をかける。
「――よお兄ちゃん達、お散歩かい?」
ほぼ同時にしゃがれた声が街道に響き――周囲からにやけ面の男達が姿を現した。
10人、いやそれ以上いる。統率のとれた動きであっという間に二人を取り囲んでいく。
使い古された剣や槍を殺気と共に向けてくる、野卑な風貌の男達。生まれてこの方縁のなかった玲の目にも、彼らがよからぬ賊であることは明らかだった。
「そのなり、どこぞのいい身分のもんかぁ? にしちゃ随分無用心だな。ま、どっちでもいい。金目のもの全部置いていってもらおうか」
「レイ様、私が道を作ります。そこからお逃げください」
「え、ちょっと……!」
返事をする前に、アレンは疾風のごとき速さで盗賊達に切りかかっていった。
「なっ……!」
「ぐあっ!」
一瞬にして数人の賊が地に倒れた。
「さあ、お早く!」
「そ、そんな、置いていけるわけ……!」
「大丈夫、このような者共にやられなどしません」
言葉どおりにアレンは圧倒的な力で敵を倒していく。
確かにこの強さなら、玲がいては返って戦いにくくなるだけかもしれない。
でも、こんな大人数に囲まれているアレンを置いて一人で逃げるなんて……。
そんな迷いが、玲に隙を生んだ。
「こ……のっ!」
「っ!」
腕に衝撃を感じた刹那、玲は賊のごつごつした腕に捕らえられ、刃を突きつけられていた。
「レイ様!」
「おっと動くな! 少しでも動いたら、この細い首を掻っ切って野犬のエサにしてやらあ!」
「くっ……」
アレンの動きが止まると同時に、賊の一人が思い切りその身体を蹴り飛ばす。
形勢逆転とばかりに、彼らは楽しげにアレンを取り囲んだ。
「アレン!」
「へへっ、随分と格好よく暴れてくれたなあ。素直に金を出してりゃ命だけは助けてやったものを」
下卑た笑みを浮かべながら、賊は膝をつくアレンの手の甲に剣を突き立てた。
「やめろ!! アレンッ……」
「っ……」
鮮血が勢いよく噴き出す。痛くないはずがないのに、アレンは声一つ上げず玲を捕らえる賊を睨みつける。
目の前が真っ暗になった。アレンがこんな男達の前で膝をつくなんて、こんな男達に傷つけられるなんて、本来ならありえないことだ。
自分のせいだ。くだらない迷いを見せたせいで、こんなことになってしまうなんて。
「アレン! 俺のことはいいから、っうぁっ!」
「おっと、大人しくしてろ」
言い終わる前に、賊のこぶしが腹にめり込んだ。
咽ている間に髪を隠していたフードを剥ぎ取られる。
「んんー? 真っ黒な髪なんて珍しいな。顔立ちも……この国の人間じゃねえのか」
「さっきそっちの色男に様付けで呼ばれてましたぜ。どこぞの国の王子様だったりして」
「バァカ、王子様が供一人でこんなところうろうろしてっかよ。――だがまあ、悪くねえ。さる国の高貴な方のご落胤とでも嘯いてやりゃあ、中々いい値がつきそうだ」
頬に賊の手がかけられ、無理矢理上向かせられる。
思い出したくもないが、以前にもこんなことがあった気がする。
不快で仕方ないがしかし、これはチャンスかもしれない。賊達の意識をこちらに集中させれば、アレンが逃れる隙を生めるかもしれない。
必死で思考を巡らせ、玲は決心して口を開いた。
「お、俺をどうするつもりなんですか?」
「あ? 殺しゃしねえぜ。だがそっちの色男は駄目だな。売り飛ばした矢先主人を噛み殺しちまいそうだ」
「じゃあ俺は、乳首を吸われたり、○○○をしゃぶったり、尻に▲▲▲▲▲されなきゃいけないんですか!?」
玲は叫ぶように言い放った。以前襲われたとき男に言われたことを思い出しながら。
完全に自棄気味だったが、狙い通り賊達は面食らった表情でこちらを見ている。
今がチャンスだ、とアレンの方を盗み見ると、アレンも面食らった顔をしていた。
「――何を言い出すかと思えば、ガキかと思ったらとんだアバズレだったかぁ?」
最初に口を開いたのは、玲を捕らえている賊だった。
「へへ、乳首を吸ってほしいのか?」
「男は趣味じゃねえが、しゃぶってくれるってんなら○○○をしゃぶってもらおうかな」
「じゃ、じゃあ俺は▲▲▲▲▲で……」
他の賊達も一様に下卑た笑みを深め、とんでもないことを言ってくる。
相変わらず首元の刃は鋭く突きつけられたままで、玲を拘束する力はむしろ嫌な感じに増している。
苦肉の策であったのに、あっさり失敗してしまったらしい。
「まあ待てお前ら。ここは俺が……」
後ろの賊の生暖かい息が頬にかかった刹那。
「……わるな」
「ああ、何か言ったか?」
「薄汚い手で、レイ様に触るな……!」
鋭い殺気の篭った美声と共に、その場の空間が突如歪んだ。
賊が次々と倒れていき、玲もまた一瞬にして意識が遠のく。
「ア、レン……」
最後に見たのは、壮絶なまでの怒りを纏った、壮絶なまでに美しい男の姿だった。
◇◆
「ん……」
身体が何かに引っ張られている。ゆっくりと、ゆっくりと。
ゆっくりと目を開くと、血の様に赤く美しい夕焼けが視界いっぱいに広がっていた。
「アレン……?」
慌てて起き上がり辺りを見渡す。おそらく今まで通ってきた街道ではあるのだろうが、先ほどとは周囲の景色が違う。
アレンの姿はない。
「アレン、アレン!」
必死でアレンを探していると、ふと首の辺りに違和感を覚えた。
触ってみると、何かふわふわもこもことしたものがマントにぶらさがっていた。
「あ……アレン?」
マントに噛み付いていた神獣姿のアレンを、玲は慌てて抱きかかえる。玲が目覚めるのと同時に力尽きてしまったのか、ぐったりとして意識を失っていた。
どうやら彼はこの姿になりながらも、安全な場所に運ぶため必死に引っ張ってくれていたらしい。
意識を失う直前に感じたもの、あれは多分アレンの眠りの魔法だ。
アレンは村を守り、旅に出てからも毎晩結界で玲を守ってくれていた。疲弊していたところに多大な神力を使ったことで、この姿になってしまったのだろう。
「ごめん……本当にごめん」
玲はアレンの小さく温かい身体を抱きしめながら、掠れた声で何度も謝った。
平等に扱って欲しい、なんて偉そうに言っておいて、いざとなったらいつも自分は守られてばかりだ。
もっと強くなろう。身体だけでなく、心も。
そう心に誓って立ち上がると、街道の先に街が見えた。二人の最初の目的地、王都カンナスが。
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