中二病君の一年 June


あり


▼6月1日
思い立ったら吉日ということで、俺は昼休み宮田教師のもとを訪れた。
社会科準備室に入ると、女子が宮田の腕にくっついて甘えたような声を出していた。
何と破廉恥な男だろう。俺が瞠目していると、宮田は慌てた様子もなく女子生徒を追い出した。
しれっと『何か用か』と訊いてきたので、『いつも女子生徒と破廉恥なことをしているのか』と訊き返した。
そんな男ならば、高貴な衆道について語る資格すらないと思ったから。
『馬鹿なことを言うな。思春期の女子ってのは、年上の男に興味津々なだけだ。お前ら男子はあの子らにとってガキすぎるせいだな』
他の男子はいざ知らず、俺はガキではない。
むっとして言い返すと、いきなり頭を小突かれた。
『ちゃんと敬語を使いなさい。で、何の用だ? お前がこんなところに来るなんて珍しい』
この俺を子ども扱いするなど、失礼な男だ。しかし下々の者は俺の事情など知る由もないのだから仕方ないかと思い、俺は質問してやることにした。
『衆道について知りたい』と言うと、宮田の眉がぴくりと動いた。
『また突拍子もない質問だな。漫画か何かの影響か』
『そんな話ではない。俺は真剣に高貴なものの嗜みを知りたいんだ。もう実行したこともある』
胸を張って言うと、宮田が突然表情を変え不穏な空気を醸し出した。
『誰とした? 同級生か』
『まさか。ちゃんとした大人の男だ』
答えるとますます怒ったような表情になり、肩を掴まれた。
どこの誰だと詰め寄られたので、ネットで知り合ったと正直に言ってしまった。
『いいか、そいつとは二度と会うな。何と言われたか知らないが、そいつは変態だ』
本気で怒っているのが伝わってきて、俺は混乱した。
隆司が変態? そんなわけはない。宮田も案外あてにならない。しょせんはこの世界の一庶民に過ぎないということか。
俺は宮田の手を振り払うと、部屋を飛び出した。
俺が間違っているはずはない。というわけで、もう人には聞かず独自に調べてみることにする。


▼6月4日
今日は衆道について調べに図書館へ行った。
ネットで検索するほうが手っ取り早いのだが、やはり活字で学んだほうがより身になるというものだ。
とりあえず該当する年代の資料を見繕って読み始めたものの、衆道という文字は見つからない。
新しく探そうかと思って立ち上がりかけたとき、俺に声をかけてくる者があった。
『ああ、君も勉強に来ていたのか』
委員長だった。なにやら分厚い本数冊とノートを抱えて立っている。
『日本史か。教科書や資料集ではなく専門の歴史書を読むとは、熱心だな』
委員長は勝手に呟いて、さっさと空いている席のほうへ行ってしまった。
俺は浮かしかけていた腰を椅子に落ち着け、改めて歴史書を開いた。
今日一日で、俺は第六天魔王織○信長についてやけに詳しくなっていた。彼には何だか他人とは思えないパッションを感じる。
ちなみに衆道については一切進展なしである。


▼6月6日
今日は保健体育の授業があった。
女子はクラスで、男子は空き教室に集められて「性」について学んだのだ。
俺は硬派で高貴なので今のところ女に興味はないが、いずれは世継ぎを残す義務がある。
他のガキどもが浮き足立っている中、俺はいかつい体育教師が話すことをしっかりノートにとっていった。
授業が終わって帰ろうとしたとき、相模たちが絡んできた。
『随分熱心にノートとってたなあ。興味津々ってか』
『しょーがねーよ。こいつ100パー童貞だろ』
などと言っている。俺はつい鼻で笑ってしまった。
『……あ? 何がおかしいんだよ』
『いや別に』
俺はお前らではとても経験できないようなことをしているから、お前らの次元の話など至極どうでもいい。
そう言ってやりたかったが、無闇に刺激するのは大人のすることではないので黙っていた。
しかし奴らの沸点の低さは予想以上だった。
『余裕ぶった顔しやがって。そんな態度取るからには、意外と立派だったりしてな。おい、こいつ脱がせてみようぜ』
『えー、絶対包茎だろ。賭けてもいいわ』
また訳の分からないことを言い出したと思ったら、奴らはいきなり俺を押さえつけ、ズボンを脱がしにかかった。
何だこの展開は。と思っているうちに、ズボンを膝まで下ろされ、パンツが晒されてしまう。
『――ほら、ガキみたいなパンツじゃねーか。脱がすぞ』
相模は笑っていたが、何だかあのときの隆司と目が似ているように見えた。
それで俺は合点がいった。
『ちょっと待て』と俺は奴を止めた。
『ああ?』と睨まれたが知ったことじゃない。
『俺に触りたいなら跪いて見せろ』
つまりこいつらは何だかんだ言って俺と衆道がしたいのだ、と俺は結論付けた。まだ分からないことも多いが、衆道とはすなわち俺に忠誠を尽くすということだ。隆司は確かそう言っていた。
しかし奴らは一瞬馬鹿みたいにぽかんとしたあと、顔を赤くして怒り狂った。
『てめーふざけてんじゃねえぞ!』
相模に蹴りを入れられた。大して痛くはなかったが、屈辱だ。
どうやら奴らは怒っていた。柴山に至っては、顔を赤くしてプルプル震えている。何故だ。
『写メにでも撮ってやるよ』
相模はそんなことを言ってパンツに手をかけた。しかしその瞬間、入り口のほうから別の声が飛んでくる。
『やべー、宮田が来るぞ』
相模は舌打ちして俺を突き飛ばした。俺は不快な気分になりながらズボンを上げる。
『――何やってんだ。次は俺の授業だぞ』
宮田の言葉で皆クラスに戻っていった。
助かった、などとは決して思っていない。


▼6月9日
昼休み、俺は宮田に呼び出された。奴が誰かを呼び出すとは珍しい。
奴は俺に何か悩みはないかと訊いてきた。
『悩みは尽きぬもの……だがお前に言っても詮無きことだ』
王国のこと、将来背負うであろう重圧、部下になるであろう男のことなどを考え、俺は遠い目をしてそう言った。
宮田はため息をついた。
『まあ言いたくないならいいが……言いたいことがあるなら溜め込まずに言えよ。特に相模達のこととかな。あと敬語を使いなさい』
そう言うと、俺の頭にでかい手を乗せてきた。
子ども扱いとはけしからん奴だ。振り払わなかったのはひとえに俺の寛大さゆえである。


▼6月11日
今日は実力テストがあった。面倒なことだ。
委員長の周りには、教えを請う生徒で溢れていた。ふん、人の部下(予定)を勝手に利用しようとは見下げた根性だな。
俺はそちらを睨みつけた。本気を出せば視線だけで気絶させることなど造作もないが、騒動になるのは面倒だ。今日のところは勘弁しておいてやる。
しばらくそうしていると、相模に椅子をガンッと蹴られた。
全く足癖の悪い男だ。躾の行き届いていない犬レベルだ。いや、犬は可愛いので犬以下だ。あえて言うならばザリガニレベルといったところか。
しかし奴とかかわるとろくなことにならない気がするので、俺はそ知らぬ顔で教科書に視線を落とした。


▼6月15日
朝起きると、母親がいきなり『明日から家庭教師の先生に来てもらうことになったから』とぬかした。
『あんた、実力テストの結果イマイチだったでしょ。日本史だけはやけによかったけど。特に駄目だった数学を教えてもらいなさい』
『ふん、くだらない。因数分解ができたところで人生においては全く役に立たないじゃないか。そうだな、帝王学ならやらないこともない。もちろん教師はその辺の大学生などではなく本物の王を……ぐはっ』
母親はやおら俺の胸倉を掴んだ。身体が宙に浮きそうなのは気のせいか。
『ふざけたこと言ってないで真面目にやりなさい。先生に失礼な態度とったら、どうなるか分かってるでしょうね?』
そのときのあの女の顔は、鬼気迫るものがあった。1000人の返り血を浴びたことから髪や目まで真紅に染まったという我が王国伝説の剣闘士、バルデスを彷彿とさせた。曲がりなりにも俺の母親役に選ばれた女、ということか。
まあ、たまにはあの女の願いを叶えてやるのもいいか。家庭教師の女子大生とは男なら誰もが羨むものだと、クラスの者どもが言っていたのを思い出す。俺は全く興味がないが。


▼6月16日
家庭教師は、何と言うか胡散臭い男だった。
兄と同じ大学で非常に優秀だとか母は言っていたが、髪は明るい茶に染めているし、服装もだらしないというほどではないが、女の目を意識していそうな……とにかく微妙だ。
『チェンジ……』俺が無意識に呟くと、奴は爽やかに笑って『ノーチェンジ』と言ってきた。なんなんだ。


▼6月19日
家庭教師の教え方は、思っていたよりは悪くなかった。
しかしいくら学べど、数学が人生に役に立つとは思えない。王族たる俺にとっては尚のことだ。
『うーん、気持ちは分かるけど、理解しようと努力して、理解できるようになることが大事なんじゃないかな。次郎君は理解力が高くて助かってるよ』
家庭教師は笑顔でそんなことを言った。
俺が本気を出せば優秀なことなど分かりきっている。まあもう少し付き合ってやるのも悪くはないか。


▼6月28日
今日も家庭教師の日だ。いつもならさっさと荷物をまとめて帰るところだが、少々尿意を感じて俺はトイレに入った。
ところで、いきなり腕を掴まれ、個室に引きずり込まれた。
相模が、壁に俺を叩きつけた。
『よお。何か最近楽しそうだな。へらへらしやがって気持ち悪ぃ』
奴がドスの効いた声でそう言う。
『この前は宮田に邪魔されたからな……今度こそお前の包茎チ○ポ撮って笑い者にしてやるよ』
奴はいつだかのように、俺のズボンを脱がせ始めた。
さすがの俺も混乱した。こいつは俺と衆道したい、という訳ではないことはこの前の反応で分かった。
撮影して馬鹿にする、そんな屈辱を許すわけにはいかない。
『くっ、近づくな、俺の封じられし王族の秘力が、解放されてしまうっ……結界も張られていないこんな校舎など一瞬で消し炭になってしまうぞ』
『うるせえ、意味分からないこと言ってんな、黙れ』
多くの人間の命が関わっている重大な言葉を相模は一蹴した。何て奴だ。何を言っても馬の耳に念仏、愚民の耳に貴人の声、と言う奴か。ああ、聡明な俺はまた一つ新たに辞書に刻まれるであろう言葉を作ってしまった。
『――ほら、やっぱり包茎じゃねーか』
そうこうしているうちに、気づいたら俺はパンツまで脱がされてしまっていた。
『やめっ……ぁっ』
相模は『勃起したらさすがに剥けるか?』などと言いながら、俺のおち○ぽを扱き始めた。
『ぁっ、んっ……やめ、はぁっ……』
『んだよ、俺は剥いてやろうってだけなのに、感じてんのかよ、変態』
『ぁんっ……や、おち○ぽ、きもちぃ、はぁっんんっ…』
不本意ながら気持ちよくて、隆司に教えられた言葉が自然と出てきてしまう。
すると相模はかっと怒ったような顔をして、扱く手を強めた。
『っ、変態野郎がっ! どっかで仕込まれたんじゃねえだろうな、ああ!?』
『ひゃっあんっ強いっ…らめっ、あっ、あっ、あんッ』
激しくされ、先走りが漏れてぐちゅぐちゅという音が響いた。
相模がギラギラした目でこっちを凝視していて、何故か背筋が痺れた。
『ぁっでるっ、せいえきがぁっ、ぁんっでちゃうっ…ぁっんっやぁあっ』
俺は激しく痙攣して、相模の手に精液を吐き出した。
ふと奴の方を見ると、スラックスの前が盛大にテントを張っている。
奴は荒い息を吐きながら、ファスナーに手をかけ――。
『どっこいしょ。……あら、誰か入ってるのかしら。お掃除したいんだけどねえ』
たところで、掃除のおばちゃんの声が空気を読まず響いた。
『もしもーし。あら、いないの? もしかしてドア壊れてるのかねえ』
ドンドンとドアがノックされる。ノックの数と反比例して、パンパンだったテントは見る見るうちに萎んでいった。
その隙に、俺は衣服を整えると、鍵を開けた。
『あら、入ってたの。まあまあ、かくれんぼ?』
『うるせーババア! っておい、待ちやがれ!』
俺は制止を無視して走った。
結局撮影されることもなかったが、あいつは何がしたかったのだろう。やはり深層心理では俺への服従を望んでいるのか。そうなのか。
走ったせいで、心臓のバクバクが中々治まらなかった。
ちなみに家庭教師の時間には間に合わなかった。あの男は笑って許したが、母親の方は剣闘士バルデスの片鱗を覗かせていた。
守護神クレーメンスよ、俺に祝福を。

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