榊くんはスター 02 03



榊くんはスターだ。
うちの高校のバレー部は関東屈指の強豪校。榊くんはそんなバレー部の中で不動のエースだ。
背が高くて手足が長くて、素晴らしい跳躍力とパワーを併せ持ってる。モデルみたいな体型……というには筋肉がついてるけど、スタイルがいいのは確かで、その上顔もいい。とにかく格好いいんだ。

「榊ナイス!」
「キャー榊くーん!」

練習試合を組んだ他校相手に、今日も榊くんは得点を量産してる。格好いい。
ただの練習試合だけどギャラリーは多い。特に女子は榊くんのファンが多くて、いつも体育館は盛況だ。何せ榊くんは格好いいから。
ブロックをぶち抜いてスパイクが決まり、試合も決まったとき、俺も興奮して声を上げた。

「榊くんかっこいい!」
「……きも」

榊くんは3セット終えた後にも関わらず涼しい顔をしていたけど、俺を一瞥するとちょっと鬱陶しそうに顔を歪めた。
榊くんは格好いいけど、性格はちょっときつい。特に俺はウザがられてる。自覚はあった。
俺こと中野士郎はバレー部のマネージャーだ。強豪校で部員の数も多いだけあってマネージャーは何人もいるけど、男子は俺だけ。

「さ、榊くん、マッサージしようか」
「いや無理。何で好き好んで男にマッサージされんだよ」

そわそわしながら願い出たけど冷たく一蹴された。あの綺麗で硬そうな筋肉を思う存分揉みほぐしたい。そんな邪念を見抜かれたのか周りにも失笑される。

「あいつマジで榊が好きだよな。キモい」
「あからさまに狙いすぎ」
「榊先輩、マッサージなら私がします!」
「そう? じゃお願い」

可愛い女子マネが榊くんを連れて行くのを、見ていることしかできない。俺は他の部員やマネージャーにも見下されてるふしがある。それでもへこたれない。俺はとにかく榊くんが好きなんだ。
初めて見たのは中学3年のときの大会だった。俺も中学のときは選手として頑張ってたけど、膝を痛めたことで選手生命は絶たれてしまった。
どん底だったときたまたま他校の榊くんのプレーを見て、その力強さに自分の身に起きた絶望も忘れて見入ってしまった。
俺は榊くんに一目惚れしたんだ。だから数ヶ月かけ、榊くんがどこを受験するのか徹底的に調べ上げ、無事同じ高校に進学することができた。
選手としてはもう無理だったので、俺は迷わずマネージャーになった。部員達はマネージャーなら可愛い女子がいいんだけどと馬鹿にしてきたけど気にしないようにした。
そして本入部の新入生が揃い、先輩たちに自己紹介したときのこと。

『中野士郎です。榊くんの大ファンでこの学校に入ってマネージャーになりました。よろしくお願いします!』

とバカ正直に言ったら見事にドン引きされた。
他の1年のマネージャーにも、裏では榊くんを追ってこの学校に来たって話してる子はいたけど、その子達にもドン引きされた。

『え……ストーカー?』
『榊が女子にモテるのは知ってたけど、男子にまでとは』
『うわー、マネの仕事だからって体ベタベタ触ったりするなよ』

榊くんは冷たい目で俺を見て言った。

『俺そういうの無理なんで、近づかないでね』

完全に第一印象から失敗してしまった。だからって辞めるって選択肢はなかった。間近で榊くんのバレーが見られる幸せを手放すなんてなんともったいない。
俺は女子マネにはきつい力仕事を担うことで何とか居場所を得た。雑用に追われてあまり練習を見る余裕はなかったけど、この雑用が巡り巡って榊くんのためになると思えば頑張れた。
榊くんの入部でバレー部は一層強くなったし、榊くんもどんどん実力を伸ばしていった。俺は榊くんの大ファンだけどバレーそのものもやっぱり大好きで、部がどんどん大会を勝ち上がっていって熱い試合を見られるのは本当に楽しい。

「お前は俺の洗濯物に触んないでくれる? 何か変なことされそうで嫌」
「そ、そんな! 俺はただただ純粋に榊くんのファンなだけで、変なことなんてするわけない。信じて!」
「全然信じられない。無理」

榊くんには相変わらず近づけなくて、その間に榊くんは学校で一番可愛いと評判の先輩マネージャーと親密になって、付き合ったりしてて複雑な気分になったりしたけど。
色々ありつつ1年が過ぎ、俺たちが二年になったあたりで変化は起きた。


榊くんは2年になる頃には部内でも圧倒的な存在になった。バレーの実力も基礎体力も文句なしのトップで向かうところ敵なし。
だからなのか、ときどき練習をサボって派手な友達や女の子と遊ぶようになってしまった。
それでも実力は一番で、辞められたら困るから先輩やコーチでさえそれほど強くは言わない。
俺はそういうのは嫌だったし、漠然とした不安と不満を抱いていた。

「榊くん、帰るの? 今日の練習は?」
「うるさいな、お前に関係ないだろ」
「でももうすぐ大会だよ。地区はともかく、県大会で当たる相手はかなり力をつけてるし……」
「は? 俺が負けるとでも言うつもり? 何様だよ。練習しなくたって俺が明らかに一番だし、むしろ他の奴のモチベ下げないために気を遣ってるつもりなんだけど」
「榊くんが負けるとは思ってないけど、でも」
「榊くーん、まだかな」
「ああ、ウザいのにちょっとつかまってただけだから。行こう」

榊くんが可愛い女の子に連れ去られてしまった。先輩マネージャーとはいつの間にか別れてたらしい。先輩マネージャーと付き合ったときも複雑だったけど、バレーと関係ないただの可愛い子と仲良くして部を疎かにされるのはもっとショックだった。
確かに榊くんは強くて格好よくてスターだ。だけどスターだって無敵なわけじゃない。
そして俺の不安は程なくして的中してしまった。

県大会の準決勝の相手は、大型の選手を複数獲得した上練習を積んできていて、俺がリサーチした以上に強いチームに仕上がっていた。
そんな相手を前にして、よりによって榊くんが遅刻した。

「おい、榊はまだかよ」
「マジであいつが来ないと困るんだけど」
「……昨日遅くまで女の子と遊んでたみたいだから」
「何でんなこと知ってんだよ中野は。引くわ」
「つーか知ってんなら止めろよ。一応マネだろ」
「ほんと、ストーカーみたいにまとわりついてるくせにこういうとき役立たずでどうするの」

俺も半分八つ当たりみたいに責められた。電話は誰が何度かけても繋がらず、俺は見つける可能性は著しく低いけど外を駆け回って探した。
会場からだいぶ離れた場所で奇跡的に見つけたときには、とっくに試合が始まっている時間だった。

「はぁっはぁっ……さ、さかきくん、試合がっ……はぁはぁ」
「何、ハアハアキモいな。俺がいなくてもどうせ勝つだろ、必死すぎ」

気だるそうに言う榊くんを俺は引っ張ってタクシーに乗った。タクシー代はかなり痛かったけどそれより試合が大事だ。
会場に着いた頃にはもう2セット先取されていて、3セット目からは榊くんが入ったけど――遅かった。
接戦の末うちのバレー部は負けた。

「榊くんが最初からいたら絶対勝ってたのに」
「そうだよ、榊くんのおかげで3セット目からは巻き返せてたし」
「榊くんのせいじゃないよ。次リベンジすればいいよ」

さすがに監督から厳しく言われた榊くんを、女子マネやファンの女の子は口々に慰めてた。
確かに榊くんが最初からいたら勝ってた可能性は高いと思う。個人の実力で言えば榊くんが両チームで一番なのは確かだ。でも。

「……何。お前も俺を慰めに来たわけ? 俺のせいじゃないよーって。ウザいからあっち行ってくんない」

他の選手は表立っては言わなくても以前から不満は燻っていて、それが一気に表面化したように皆励ますこともなく榊くんを遠巻きにした。
ロッカールームで一人になった榊くんに俺は近づいた。

「負けたのは榊くんのせいだよ」
「……は?」

榊くんは面食らったような顔をした。

「榊くんが相手を舐めて、練習サボったり遅刻したから負けた」
「何お前、意外と言うね。どの女より盲目的に崇拝してたくせに。とうとう俺に失望してストーカー辞めてくれる気になった?」
「崇拝してるよ! 俺は榊くんの大ファンだ。バレーしてる榊くんが大好きだ。だからこそ榊くんが負けるところなんて見たくない。しかも全力でやったわけじゃなくて手を抜いて負けるところなんて。榊くんは強くて格好いいけど、無敵なわけじゃない」
「……暑苦しい。やっぱキモい」

榊くんは嫌そうに言いながら、それ以降部活をサボることはなくなった。

何だかんだで榊くんはプライドが高くて負けず嫌いで、そしてバレーが好きだった。二度と負けるかという気持ちが、口に出しては言わなくてもプレーから伝わってくる。
俺はそんな榊くんに惚れ直した。全力でサポートしようと、今まで以上に精力的に雑用に打ち込んだ。酷使して膝の古傷が痛むのも気にならないくらいに。
数ヶ月後の大会で、榊くん中心にまとまったチームは、あのとき負けた高校に見事にリベンジを果たした。

「勝ったー!」

そのときの喜びは言葉にできないくらいだった。
皆がハイタッチして喜び合う。榊くんがバレーに真摯になったことでチームの雰囲気は引き締まり、他の選手の意識も変わって団結が固くなった。
以前は純粋な榊くんのファンだった俺だけど、今では立派なチームのファンだ。
普段は俺を馬鹿にしてる選手やマネも、感極まって俺とまでハイタッチを交わした。
そして榊くんとも。

「ああああの、榊くん最高に格好良かった!」
「興奮しすぎ。落ち着けよ」

そう言いつつ、榊くんの大きな手が俺の汗ばんだ手を叩いた。感激で涙が出そうだ。

「はぁはぁ、もうこの手は洗えない……っ」
「キモい。今すぐ洗え」

俺は榊くんの熱が伝わった熱い手をぎゅっと握りしめた。


榊くんがサボらず真剣にバレーに打ち込むようになってから、俺と榊くんの距離は少しずつ縮まっていった。
男であることを活かして、女の子にはきつい仕事や頼みづらい仕事をこなす俺を、欠片でも認めてくれたんだとしたら最高に嬉しい。
邪険にされることは相変わらずだったけど。

「さ、榊くん、マッサージしようか!」

練習後、俺は手をワキワキさせながら榊くんに近づいた。
もう訊くことが習慣になっていた。毎回キモいって言われて断られることは分かってたけど。
なのにその日は榊くんの返事がいつもと違って、俺は驚いた。

「あー……じゃあ頼む」
「え!? い、いいの? 本当に!?」
「……言っとくけど、女子じゃ力が弱いからってだけだからな。変なところ触るなよ」

睨まれて釘を刺されたけど気にならなかった。
鍛え抜かれた筋肉をマッサージするのに女子の力じゃきついって、俺だって今までも言ったことがあるけど、一蹴され続けてきた。ここに来て許してもらえるとは。

「せ、誠心誠意やらせていただきます」
「いや、フツーでいいから」

俺はちょっと息を乱しながら、まずふくらはぎに触れた。やっぱり硬くて俺のとは全然違う。当たり前のことだ。
ぐっぐっと、適度に力を入れて揉む。榊くんにマッサージするのは初めてだけど、いつか来る日のためにやり方についてはよく勉強していたし、たまに女子マネの手が回らない補欠の部員にマッサージを頼まれてすることはあった。
なので結構自信はあるのだ。

「……どうかな、痛くない?」
「まあ……悪くはない」

榊くんの様子にほっとして、脚が終わると今度は腕をマッサージする。文句を言われてもできるだけ食い下がって続けるつもりだったけど、今日の榊くんは意外に無口だ。
ついじっと顔を見つめてしまう。やっぱりイケメンだ。こんなに格好よくてプレーも素晴らしい選手は、県内はおろか全国にだってそうそういないに違いない。

「何見てんの」
「ご、ごめん。じゃあ次は腰と背中をやるから、うつ伏せになってくれる?」
「……」
「い、嫌? でもやったほうが疲れが取れると思うし、俺結構自信あるんだけど」

そろそろ「キモい」が出るかと思ってたけど、榊くんは少しの間の後素直にうつ伏せになってくれた。
逞しく引き締まった背中に息が上がりそうになる。ダメだダメだ、しっかりマッサージしなくては。
俺は肩から背中を揉み始める。

「うわ、硬いなあ……。やりがいがあるよ」
「……お前、他の奴には普段マッサージしてんの?」
「ときどき。もちろん榊くんにしたいとずっと思ってたけどね!」
「ふーん。キモい」

ついにキモいが出て、それ以降榊くんは口を開かなくなった。止めさせられたら残念なので、俺も黙々とマッサージに集中する。
思った以上にやりがいがある体だ。やっぱり女子にとっては相当な重労働だっただろう。これからずっと俺にやらせてくれないかな。……多分無理だな。

「よし、またがっていい?」
「は?」
「背中と腰をやるのにもっと力入れたいから。え、駄目?」
「……勝手にすれば」

俺はドキドキしながら榊くんに跨った。跨った瞬間分かったけど、思ったより体が密着する。お互いハーフパンツなので脚は地肌が触れ合ってる。
これは本格的にキモい警報が発令された。拒絶される前に早くマッサージしなければ。


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