女装2 恵一視点02



 「普通にいいヤツ」それが坂木創という友達の印象だった。十人に訊いたら八人くらいはそう答えるんじゃないかと思う。
 顔立ちからしておとなしめだし、性格的にもそれほど目立つタイプじゃない。はっきり言って恵一よりは確実にモテないし目立たない。もっとも恵一と同じくらいモテるのなんて周りでは小野寺くらいだからそこは仕方がない。
創は際立って面白いとか頭がいいとかいうわけでもないが、思い返しても一緒にいて不快になったことが一度としてない。空気みたいに自然な存在だった。
 女装した姿を見たあの日までは。
 
「な、なんだよ……」

 制服を持ち込んだのは恵一だった。誰かしらに罰ゲームで嫌々女装させ、笑ってやるつもりだった。犠牲者がたまたま創だったというだけだ。
なのに、気まずそうに着替えて現れた創の姿に、声も上げず凝視してしまった。
 スカートを必死で手で押さえる創。そんなことをしたって短いスカートから伸びる生足を隠すには焼け石に水だ。むしろ腕の隙間から垣間見えるスカートと太もももの境目が妙にエロい……。

(いやいやいや、男の女装だし。創だし)

 元々線が細くて、いかにも男くさいという方ではなかった。だからって男の体になんて興味はないし意識的に見たことはない。
 むき出しになった足は毛が薄く男にしてはゴツゴツしていない。男性ホルモンが多くないタイプなんだろう。一度意識してしまうと、普段から見えているはずの腕や首筋の辺りまで気になってくる。
 
「コージ、私の胸触って……?」
「えっ、う、うわっ」

 創は恥ずかしさを昇華するために、せめてみんなに笑い飛ばしてほしかったんだろう。でも誰も笑わない。何とか妙な空気を払拭しようとしたのか、近くにいたコージに胸を触らせた。
 コージは顔を赤くして、慌てたように払い除けた。……完全に童貞が女の胸を触ってしまったという態度だ。心拍数が上がってるのが傍目からも気の毒なほど伝わってくる。
 というか何故コージに触らせるのだろう。その制服を貸して女装させたのは恵一だ。コージじゃなくて自分が触って確かめるのが筋ではないだろうか。
 恵一はへらりとした笑顔で下心を隠して、創の胸元に伸ばした。
 
「やっ、あっ……」

 体をびくりとさせる創に、今まで感じたことがない得体の知れない衝動が湧き上がってきた。
 胸は当然平らで柔らかくも何ともない。だからか、指がブラジャー越しに乳首に当たってしまったのかもしれない。
 そこがどうなっているのか、制服の前を開いてブラジャーをつけたままずらし暴いてやりたい気分になる。他の連中も同じようなことを考えているらしく、ふざけている「ふり」をしながら次々手が伸びる。
 大勢の男に体を弄られる女装した創。倒錯的な光景だった。エスカレートする前にうるさい教師に見つかって、その場は一気に白けたのだが。
 
 あのときの創の姿が、時々頭の中にちらつく。だから恵一は、男にストーカーされて迷惑しているから諦めさせるため、という理由をつけて再び創を女装させた。
 自慢ではないが恵一は遊び慣れているし、面倒な相手のあしらい方も心得ている。わざわざ男を女装させて彼女のふりをさせるなんて面倒な真似をしなくてもいくらでも対処できた。ただ、何かしら言い訳できる理由が必要だった。自分にとっても、そして多分創にとっても。
 創は人がいい。嫌々ながら結局は了承してくれた。
 軽い気持ちで企てた計画がとんでもない結果に繋がるとは、このときは考えもしなかった。後から考えてよかったのか悪かったのか、その後恵一を悩ませることになる。
 
「み、見るなよ……」
「ああ、悪い」

 姉によって女装させられた創の姿は、初めて制服を着たときより完成度が高かった。よく見ればちゃんと創なのに、女の子のようにも見える。
 視線で追うのが止められない。間違いなく、ずっと男として何もやましいことなどなく付き合ってきた友達だというのに。
 通りを歩いていると、同年代くらいの学生や中年の男からも、ちらちらと視線も感じた。
 男は可愛い女の子がいれば、意識的にしろ無意識にしろ目で追ってしまうものだ。連れて歩いている女の子が羨望の眼差しを浴びると、恵一は悪くない気分になる。ほとんどの男が指を咥えて見ていることしかできないレベルの女の子が、自分とはエロいことをするのだと。
 でも、創が他の男に見られていると、何だか面白くない気分になる。
 
「も、もうやだ……」

 創はうつむきがちで、いつもとは別人のようにびくびくして、少し頬を赤らめている。
 
(……恥ずかしがりすぎ。そういう態度とるから、余計男にいやらしい目で見られるんだよ)

 そう、恥じらいが変な気分にさせるのだ、と恵一は分析した。
 女の子は女の子の格好をしたからと言っていちいち恥じらったりしない。それが当たり前だからだ。特に恵一が付き合うような子は、肩や脚を大胆に露出した服を着て、「むしろ見せてる」と言うようなタイプが多い。
 創が今着ている服は、スカートが短いとはいえ女子高生としては特別露出が多いわけでもない。なのに顔を赤くして、スカートの中を見られることが犯されるくらい一大事だとばかりに必死に手で押さえたりされたら……余計にエロい。暴きたくなるのが男の性というものだ。
 
(……暴くってさあ。男なのに。ひん剥いたら俺と同じ、胸がなくてち〇ぽがついてるただの男なのに……)

 でも、押さえられたスカートから伸びる脚はとても同じ男とは思えない。
 恵一は創の手を握った。少し震えているのを安心させるみたいに、一本一本指を絡めて恋人繋ぎする。
 
「あいつがどこで見てるか分からないから」

 もちろんただの言い訳だった。ときどきぎゅっと握ったり、指で創の指を撫でたりすると、微かに反応がある。
 傍から見たら初々しい恋人のようだろう。手を繋ぐことで、他の男に創が自分のものだとマウントをとりつつ、守っているような気分だった。
 
(だってこんな格好で恥じらってビクビクしてたら、すぐその辺の男に人がいない場所に連れ込まれそうだし。まあ男ってバレたら相手がキレて……いや、男ってバレても……)

 想像が不快な方向にいきそうになって、恵一は頭を振って打ち消した。

 手を一度も離さないまま、裏通りにあるレトロな匂いがする喫茶店に入った。目論見通り他に客はいない。恵一は創の向かいではなく隣に座った。
 照明が暗めな上日当たりが悪いからか店内は薄暗く、そんな中だと創の性別がますますあいまいに見える。
 ソファには境目というものがなく際限なく近づけてしまう。それに、テーブルの下では何をしていてもバレない……。
 逃げようとする創を引き戻して密着した。困惑した顔を見て、衝動的に太ももに手を伸ばす。すべすべしている。まさか毛の処理でもしたのだろうか。それとも元々?
 
「やっん…やめ、恵一…はぁんっ…」
「創、感じてんの……?」

 やわやわと撫で回していると、創は鼻にかかったような吐息を漏らす。
 やっぱり、その恥じらい方がまずいのだと思う。でも指摘してやる気にもなれない。もっと、泣くほど恥ずかしがる顔を見てみたい。
 そんなときに、ストーカー男が店に入ってきた。はっきり言って今の今まで存在すら頭の外にいっていた。
 恵一にしつこく言い寄ってきた男。いくら気持ちをぶつけられても気持ち悪くて迷惑だとしか思えない。同じ男でもどうして創はこうも違うのか。
 テーブルの下、恵一は密かに創のスカートに手をつっこみ弄り続ける。バレたくなくて涙目で唇を噛んでいる創の顔にムラムラして、男の視線を浴びながらキスしてやった。


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