魔王の観察 02




俺のクラスには魔王がいる。
最初はなんだそれと鼻で笑ったのを覚えてる。
喧嘩がすごく強いとか地域のボスだとかでそんなあだ名がついたのか? それにしても高校生にもなって中二病みたいで恥ずかしくないのかな、と。
しかし自己紹介のとき、皆がこのクラスにはどんな奴がいるのか、第一印象をどう掴むかとそわそわする中、そいつは堂々と言い放った。『俺は魔王である』と。
どうやら彼の本名は本当に魔王というらしかった。名字とか名前とかそんなものおかまいなしだ。ふざけてるとしか思えない。
世の中には魔界からきた魔物や、天界から下りてきた天使族がいるってことは知ってた。だけど魔王って。なんでそんなもんが魔界から出てきて高校に通うのか意味が分からない。
魔王の周りにはすぐに自称・魔族の連中が集まり取り巻きを作るようになった。言葉だけ聞くとすごい不穏。俺の適当に充実した高校生活の邪魔になられたらたまらない。俺は冷めた目で見てた。
だけど魔王は、配下を使って学校を恐怖で支配することもなく、可愛い子を無理やり攫ってはべらせることもなく、至って普通の高校生活を送り始めた。
真面目に授業を受け、積極的ではないものの学校行事にも参加し、テストではトップとはいかないものの上位の成績を収める。
それはそれでっていうかむしろ余計意味が分からなかった。
見た目だっておどろおどろしさとか全然なくて、むしろ肌は色白でよく見るとすべすべっぽいし、髪はサラサラだし……とにかく、全然弱そうで魔王らしく見えない。
あるとき俺は気まぐれで魔王に話しかけてみた。

「ねえ君、本当に魔王なの?」
「そうだが、何か用か」
「だって魔王にしては弱そうだし、そもそも名前が魔王って(笑)俺まお君って呼ぶわ」

魔王は魔王のくせに口下手らしくて、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
適当に言いだしたことだけど俺は以降彼をまお君と呼ぶことにした。魔王よりまお君のほうがよっぽど似合ってる。

◆◇

俺は顔がよくてコミュ力もあるので、友達も仲のいい女子もすぐにたくさんできた。告白もよくされるし、まあ中学のときと大して変わらず自然とカースト最上位になった。楽勝な学校生活だ。
一方まお君は結構苦労してるみたいだった。
まず天使とは当然のように犬猿の仲。魔界と天界の奴らが仲良くできるはずもないだろうから当たり前だ。
天使は結構陰湿で、まお君に聞こえるように嘲笑したり、失敗を装ってバケツの水をかけたり、ノートをビリビリにしたり……。
どうやら地上では三界のバランスがどうとかでドンパチやり合うのは禁止されてるらしいから、そんな子供みたいな嫌がらせでウサを晴らしてるらしい。俺は別に天使に変な幻想なんて抱いてなかったけどイメージは見事に崩れた。
まお君は見た目は強そうじゃないけどさすがに低レベルないじめは歯牙にもかけず、その態度がまた天使達を煽っていた。
魔族は魔族で、無条件にまお君を崇めている奴ばかりかというとそうじゃなかった。
あいつらの世界は完全に弱肉強食らしいので、隙あらば魔王を倒して取って代わろうと狙っている奴も多いって聞いた。地上では魔族同士の戦いも禁止されてるんだけど魔族なんてルール守るとは思えないし。
で、人間からもまお君は舐められ気味だった。まお君がごく普通に高校生活を送るつもりで暴力も振るわないと分かると、からかったり馬鹿にしたりする奴も出てきた。ぶっちゃけ俺がまお君とか呼び出したのも一因なんだけど。

「なあまお君。今日俺たち掃除当番なんだけど、代わってくれない?」
「何故俺がそのようなことを」
「何故ってえーっと、あー俺のばあちゃんの具合が悪くてさ、早く帰って見舞いしたいんだよ」
「何だと」

調子のいいクラスメイト達がある日そんなことを言い出した。もちろん嘘だ。遊びたいだけに決まってる。
まお君がぎらりと睨むとそいつはちょっと怯んだ。自分から絡んでおいてダサい奴だ。

「――ふん。行くがいい」
「え?」
「祖母のことを考えていて身が入らない者では掃除もままならないだろう。去れ」
「いいの? ありがとう」

おい信じたよこいつ。薄々思ってたけどまお君って馬鹿だ。
ついでに綺麗好きらしく、無駄に丁寧に隅々まで水拭きをしている。
こんなんで魔王が務まるのかな。いや無理だろ。別に俺には関係ないけど、そのうち他の魔族に騙されて襲われてやられるに決まってる。別に俺には関係ないけど。

「――まお君、掃除手伝おうか?」
「何」
「ねえ一色くん、帰り一緒にカフェ行かない?」

まお君に話しかけた俺に、女子が話しかけてきた。隣のクラスで一番可愛い子だ。
会話を中断されたので、ほんの少しだけ邪魔されたような気になった。冷静に考えたら掃除になんて付き合うより可愛い子とお茶でもしたほうがよっぽど有意義なんだけど。

「ごめんまお君、やっぱり手伝えないや」
「そうか」

くっついてくる女の子の肩を抱きながらそう言ってやったが、まお君はこちらを見もせずに窓のふちを熱心に拭いていた。
俺はちょっとだけ、まお君に嫌がらせをする天使達の気持ちが分かってしまった。窓のふちなんてどうでもいいだろ。
俺は女の子の手を引っ張って教室を出た。

◆◇

それを目撃したとき、俺の全身はぞわりと総毛立った。

「はぁっはぁっ魔王さまっ…」

最初は声だけ聞こえたので、まお君が誰かと何かしているのかと教室の中をうかがった。でもそこにまお君の姿はなくて、魔族の男が一人で体操着の短パンを手に持ってにおいを嗅ぎながら――汚いモノを扱いていた。

「あぁっ魔王さま…魔王さまのピンク乳首舐めさせて……ちゅっちゅっ…はぁあおいしいっ」

魔族の男は異常に興奮した様子で勃起したモノを激しく扱いてる。
信じられないことに、まお君をオカズにオナニーしているらしい。
何がピンク乳首だ。まさか見たことがあるのか。

「はぁはぁ……魔王さま、挿れてもいいですか? 魔王さまの狭くて熱いお尻ま○こに……っはぁっそんなにおねだりして、挿れますよ、奥までハメてズコズコ突いてさしあげます――!」

俺はもう聞くに耐えず、大きな音を立ててドアを開いた。気持ち悪くて仕方ない。第一あのまお君が挿れてなんてねだるわけがない。鏡で自分の顔を見てみろ。

「何やってるの?」
「……っ!」

興奮しきっていた魔族がびしりと固まる。汚いちんこを握ったまま。滑稽で笑いだしたくなった。
顔を見るとそいつはまお君の取り巻きの一人で、そのくせまお君のいないところでは「俺がそのうち魔王に取って代わる」なんて豪語していた奴だった。

「それ、まお君のだろ? 黙っててやるからさっさとどっか言ったら」

言うと、魔族は顔を歪ませながら無理やり勃起を仕舞い込んで逃げていった。
ぶっちゃけ魔族の力で攻撃されたら人間の俺には防ぎようがなかったんだけど、あいつにとってはまお君に知られることが何より嫌だったようだ。
俺は魔族がオカズにしてた体操着の短パンを手にとった。本当にまお君のなのかな、と思ったらご丁寧に達筆な漢字で「魔王」と内側に縫い付けてあった。どうかと思う。あいつの精子をかけられずに済んだのが不幸中の幸いかな。まお君の股に触れるところに精子がぶっかけられて、それを知らずにまお君がこれを穿いたら――あーキモい想像しちゃった。気分悪い。

「あれー一色君? 一緒に帰ろうよ」
「あっ、うん」

また隣のクラスで一番可愛い女子だった。タイミングがいいんだか悪いんだか。
俺は咄嗟に短パンを自分のバッグにしまった。

text next