読めない男 出会い編1



 俺は女の子が好きだ。男と違っていい匂いがして、華奢で、肌はきめ細かくて、触ると柔らかい。
――という妄想をよくしている。若い男としては正常の範囲だと思うので許して欲しい。
 はっきり言って俺はモテない。努力しても全くと言っていいほどモテない。
 そう、努力はしているのだ。女子を目の前にすると緊張しちゃうけど、会話につまるほど暗くはない。性格も見た目も成績だって決して悪い方ではないはずだ。

 小学生の頃、悪ガキにスカートめくりされた女の子を慰めようとした。しかし、心ない奴に嘘をつかれて犯人扱いされて、気がついたら噂が広まりクラス中の女子から嫌われた。
 中学生の頃、バレンタイン日にチョコレートを好きな男子に捨てられたと泣く女の子に、コンビニのチョコをあげて慰めようとした。しかし、プレゼントされたチョコを他の女子にプレゼントするなんて最低だと言われ、やはり噂が広がって嫌われた。
 もちろんそのチョコは自分で買ったものであり、横流ししたというのは大いなる誤解だった。それもバレンタインにチョコを貰えなかったときの保険として買っておいたものだった。
 結局その年どころか三年生になってもチョコは一つとしてもらえなかった。
 いや、そういえばモテる男からのお情けで高級チョコを一粒貰ったのだった。惨めだった。初めて食べる高級なチョコはとても美味しかったけど女子じゃないからノーカンだ。
 俺は中学でモテるのを諦めた。高校受験では、元々の偏差値よりレベルが高い御陵丘高校に猛勉強して合格した。御陵丘高校の男子生徒といえば女子から憧れられる存在だったのだ。
 担任の大熊輝夫先生(体育教師・32歳独身)はそれはそれは喜んで祝福してくれた。感極まった顔で抱擁されて真冬なのに暑苦しかった。
 クラスの女子は反応はというと、御陵丘高校特進クラスに見事合格した男子生徒をこれでもかとちやほやして俺をスルーした。もちろん俺は頑張って普通科だった。


 それでも俺はへこたれなかった。みんなの憧れ御陵丘高校、その制服で格好よく歩けば俺にもモテ期が来ると信じていた。
 しかし冷静に考えると、御陵丘高校は全寮制の男子校だった。
 さらに健全な精神と肉体を育てる方針のためだかしらないが、高等部の校舎と寮は結構な田舎にあった。周辺をぷらぷら歩いてみても女子高生の視線なんてなかった。
 無論、彼女がいる男は少なくはなかった。何せモテるやつが多いのである。中学からの付き合いや先輩の紹介、合コン、ネットなど、今どき出会いの場はいくらでもある。
 だけど俺が望む恋愛はそういうものではなかった。作られた出会いではなく、自然に出会って、友達になって、距離を縮めていき、自転車に二人乗りしたり手を繋ごうとドキドキしたり……とにかく、青春といえる恋愛がしたかったのだ。
 決して一度も合コンに誘われなかったから言っているのではない。
 そんなこんなで、俺は高校在学中は勉学に励む決意をした。いい大学に行こう。もちろん共学の。清潔感のある才女なんて、最高じゃないか。
 だが俺はとことん不幸だった。
 よりによって3年間寮の同室だった奴が、あまりに性に関してだらしなかった。男子校のハンデをもろともせずどこからか女性を連れ込んで、やりたい放題だったのだ。
 当然童貞である俺にとって、あまりにも刺激が強すぎた。一度俺がベッドにいるのに気づかずおっ始められたときは本気で涙目になった。
 部屋からいつでも逃げ込める談話室が、俺の唯一の安寧の場所だった。



 何とか高校生活を乗り切った俺は、心機一転大学生活に突入した。俺の通うキャンパスは女子が少なめなのが難点だけど、全寮制男子校と比べたら天国に思えた。

「よーし、大学でこそ……大学デビューだ!」

 そして俺は決意を新たに、大学へと足を踏み入れたのだった。


「えーお兄さん、テニスサークルに入りませんかー可愛い女の子もいますよー」
「バンド始めませんか!初心者でも大歓迎でっす!」
「相撲部です!うちは合コンし放題!ぜひ来てねー」


「うわっ……ちょっ……」

入学以降、大学内ではサークル勧誘攻撃が盛んに行われている。
 俺はこういうものをスルーするのが苦手だ。押しが弱ければ引くのも下手。見た目でもそれはバレてるのか、先輩方はどんどんチラシを押し付けてまくし立ててくる。
 そもそも合コンやりまくりな相撲部とかどうなんだろう。あまりに国技のイメージに反するんじゃないか。もしかして合コン相手も相撲部だったりするんだろうか。会場はやっぱりちゃんこ屋なんだろうか。
などとどうでもいいことを考えつつ、なんとか人のまばらなほうへ逃げ込んだ。
 サークル選択は大学生活において重要だ。しっかり見極めて選ばなくては。
ぐしゃぐしゃになったチラシを整えて眺めつつ、ふっと顔を上げときだった。
 ――廊下の端に、なんというか、えらく目立つ男が立っていた。
余裕で180は超えるだろう長身に、艶やかな黒髪。釣り気味の目に高い鼻をした美形だ。黒のジャケットに白いシャツ、インディゴのジーンズというシンプルな服装だが、独特な雰囲気が漂っている。
 不覚ながら、俺は一瞬見惚れてしまった。いい男に免疫が無いわけではないが、男は今まで会ったどんなやつとも違っていた。
 こういう男は何をせずともモテるんだろうな、と、ぼっとした頭で思う。
 刹那、切れ長の目が俺を捉え、目が合った。

「……将棋部、入らないか」


――へ? 将棋部? 将棋ってあの将棋? っていうか勧誘……?

「入りたいです! 将棋って面白そうっ」
「チラシくださーいっ」

 ぼけっと男の顔を眺めていると、どこから湧いて出たのか、理系ばかりのキャンパスでは貴重な女子が何人も男に近づいていく。
 ……ああ、俺に言ったんじゃないのか、女子を勧誘していたのか。そりゃそうか。何故か少し面白くない気がする。
 しかし、女子にとっては他に華やかなサークルはいくらでもあるのに、将棋部がこの人気。入れ食い状態だ。
 地味で爺臭いと思われそうな将棋も、ああいう男にやらせたらギャップがかっこいい、とかいって褒められるんだろうな。
 俺はにわかに将棋部に興味を持った。別に、イケメンに釣られた女子に釣られたって訳じゃない。ましてやこのモテ男が気になった、というわけでもない。
 俺は将棋は結構好きなのだ。じいちゃん子だった俺は、物心ついたころから将棋に触れる機会があった。
小学生のときはちびっこ将棋名人戦に出場したこともある。結構勝ち残ったし、じいちゃんの将棋仲間にも筋がいいと誉められたのだ。
 もっとも、プロを目指すほどではなかったし、6年生のときにじいちゃんが亡くなってからは、指す機会も一気に減ってしまったのだが。
 一度女子の方にいっていた視線を何気なく戻すと、男は女子に冷静に対応しつつ、また目が合った。
 もしかして、ガンつけられてる? せっかくいい顔に生まれたんだからもうちょっと愛想良くしたらいいのに。いや、いい男だからこそ、愛想が悪いくらいの方がいいのか。そういえば俺がよく知る愛想も顔もいいあの男は、かなり始末に終えない感じだった。
 なんとなく俺は目を逸らしたら負け、という気になった。
 ごくりと唾を飲み、男に歩み寄る。

「――チラシ、一枚貰えますか」

 男は一瞬表情が変わった、ように見えたが、次の瞬間にはやはり無表情で、シンプルなチラシを差し出してくる。

 ――これが俺と謎のイケメン、柴崎行貴との出会いだった。
 
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