隼人と篤己が付き合うまで 02
放課後その場所に行ったのも、ほんの偶然だった。最近仲良くなった後輩の女子と2年の教室で話してて、たまたま帰りに近くを通ったから。
「椎名……っ」
机が揺れる音と切羽詰った声を聞いて、俺は反射的に空き教室のドアを開けていた。
椎名は三澤に両肩を掴まれ迫られていた。
「あ、斎賀」
何があ、斎賀。だ。俺は確信した。椎名はやはり馬鹿なんだって。
そんなのん気な声を出す状況じゃないことを裏付けるように、三澤は焦って椎名から離れた。
「あのさ椎名、俺ちょっと三澤に話があるから、二人にしてくれない?」
「え、でも、三澤は俺に話があるって……」
「いいから」
俺は三澤と話をした。ちょっと時間がかかったけど何も問題はない。受験を控えたこの時期、男が男に迫ったなんて不名誉な噂が広まったらさぞ困るだろうからな。何せああいう奴はプライドが高い。
それから犬みたいに律儀に外で待ってた椎名と、一緒に帰ってやることにした。
「三澤、何か深刻な悩みがあるみたいだったけど、解決したのかな」
俺はぞんざいに返答しておいた。奴の性欲は全く解決していないだろうがそんなことはどうでもいい。
少し話してみるとどうやら椎名は自分のことを不細工だと思っていて、他人に好かれるという発想すら持ち合わせていないらしい。
野仲がお前を好きだったらどうする、と聞いたらありえないと一蹴された。自信満々に言い切る様子を見てやはりこいつは馬鹿だと思った。らしくもなく野仲さんに同情してしまう。
まあいくら女に好かれてもホモなのでは何の意味もないし、いくら男に好かれてもこいつが好きなのはこの俺でしかない。それはもう不細工であることと同じではないだろうか。だから俺は椎名の馬鹿な物言いを否定しなかった。そんなことより週末にデートする2年の女子のことを考えようと努めながら帰路につくのだった。
1年はあっという間に過ぎた。そう、俺は1年もの間、椎名の不毛な片思いに水を差さずにいてやったのだ。
だからといってもちろん椎名のために俺が何かを我慢するなんてあるはずもなく、それなりに女と遊ぶところも見せてやったけど。
それでもあいつの視線は揺らがなかった。ほんと馬鹿。
卒業式の日、集まってくる女子の輪からようやく抜け出した俺は、気まぐれに椎名を誘って二人で話をした。
「斎賀。ええと……元気で」
椎名は笑ってそんなことを言う。俺は正直言って、最後の最後にこいつに告白されるんじゃないかないかと思っていたんだけど、間違っていたと知った。
俺とこいつの進路は別れたから、普通に考えたら今後会うこともなくなる。どうせ会えなくなるなら玉砕覚悟で……って考えるのが普通なんじゃないのか? 実際俺はここ一週間でかなり告白されたし。
でもこいつは違う。会えなくなるならそれを幸いに、ふっ切ってしまおうって顔。
まあそりゃそうか。ホモでネガティブで自分を不細工だと思ってる奴が俺みたいなのに告白なんて、普通に考えたらありえないよな。誰だって勝てる見込みのない戦は挑みたくないものだ。
そうしてこいつは、しばらくは引きずって泣いたりしつつも、徐々に俺を忘れていくのだろうか。そして三澤みたいな男か、あるいはやっぱり俺に似たタイプの男を好きになって、また不毛な視線を送り続けるのだろうか。
――何かそれって違うな。
「椎名ってさ、俺のこと好きだよね」
「…………え?」
「気づいてないとでも思ってた? バレバレなんだよ。1学期の1日目からな」
椎名は呆然としていた。俺に気づかれているなどとは微塵も考えていなかったという顔。どこまでもおめでたい頭だ。
「ご、ごめん……俺、まさか気づかれてるなんて思わなくて……ごめん!」
「おい、ちょっと待て!」
あろうことか椎名は言い逃げしようとしやがった。俺は考えるより前に椎名の腕を掴んでいた。
「なっ、何っ?」
「何、じゃねえよ。お前俺にちゃんと言いたいことがあるんじゃねえの」
「言いたいこと……ええと、ごめん」
「それはさっき聞いた」
「……え、ええと、気づいてたのに、悪く言ったりしないでいてくれてありがとう」
「はぁ……だからさ、男なら言いたいことくらいはっきり言ってみろよ」
……おかしい。何で俺がこんなに発破をかけてやらなくちゃいけないんだ。
「……はっ。つまり……斎賀のこと好きで、ごめん……?」
「……つまりとごめんと疑問形はいらねえんだよ」
「う……俺、斎賀のことが好きだった」
「は? 過去形?」
何かイラついてくる。椎名の肩がびくりと震えて、目がじわじわと潤んでくる。
「斎賀のことが好きだ……。諦めようと思ったけど、どうしても好きで……」
胸がすっと晴れていくような思いがした。泣きぼくろの上を涙が流れて、男のくせに色っぽいことになってるのを、しばらくじっと眺める。
「――諦めることないんじゃねえの」
「え……?」
「俺が付き合ってやってもいいって言ったら、お前どうする?」
目が見開かれて、また涙が泣きぼくろの上を伝う。
それに何故かゾクゾクして、綺麗だと思ったなんて、絶対に一生口にすることはない。
prev text