隼人と篤己が付き合うまで 02
はっきり言って俺はモテる。
顔はガキのころから褒められてきたし、高校に入ってどいつもこいつも色気づくころには、自分が女に好かれる人種だってことを十分自覚した。
あからさまに近づいてくる女もいれば、ちらちらと盗み見て来るだけの女もいる。
好かれるのは悪い気はしない。まあブスのくせに俺相手にイケると思ってガンガンくる女はうぜーと思うけど、そういうのには心置きなく冷たくしてやればいい。
クラスの男子が必死に気をひこうとしていたそこそこ可愛い子が、俺に視線を向けてきて、それに微笑んでやると嬉しそうに顔を赤くされる。俺にとってはなんの労力も使わない、ほんの些細な気まぐれで女が一喜一憂する。
そういうのは結構楽しい。
しかしそんな俺にとっても、男からの好意は青天の霹靂だった。
3年になったばかりの新学期、新しい教室の新しい席でのことだ。携帯をいじってて視線を感じたから顔を上げたら、その先にいた男子生徒があからさまにばっと顔を背けたのだ。角度的に表情は見えないけど、耳や首筋がちょっと赤くなってやがった。
女子にそんな反応をされるのは慣れているけど、何で男子。
ぞわっと鳥肌がたった。女に好かれるのは悪くないけど、男なんてキモいから。
「何見てんだよ?」とか絡むのは俺のキャラじゃない。けど俺だけが気持ち悪い思いをするだけなんて癪だから、あえて俺はその男に近づいて声をかけてやったんだ。二度と俺に変な視線を向けられないようにしてやる、位の気持ちで。
「なあお前、もしかして転校生? 見かけたことないから」
男の肩があからさまにびくっと震える。俺はそれで少し溜飲を下げた。だけどそいつが顔を上げた瞬間、次に発すべき言葉が綺麗に頭から抜け落ちてしまった。
「転校生じゃない……」
二重の瞳は不安げに揺らいでいて、男のクセにやけに白い肌は泣きぼくろのある目元がやっぱり赤くなっている。
『なんかじろじろ見てたけど、男の熱い視線とか無理だからやめてね。お前もホモとか思われたくないでしょ』
そんな風に言ってやれば、このウサギみたいに臆病そうな男は完全にビビって、多分俺のことを盗み見ることはなくなるんだろう。この学校男のほうが多いし見るだけなら相手には困らないだろうしな。
だけど。
「あー悪い。これから1年、よろしくな」
気づいたら柄にもなく爽やかに微笑みかける俺がいた。
よろしくとは言ったけど、俺とそいつ――椎名篤己という――が友達と呼べるほど親しくなったかといえばそんなことはなかった。元々つるむグループが違うタイプだし、あんまり親しくなって勘違いされたらさすがにキモくなるだろうし。
ただ女子からの視線と混ざって、あいつからの視線を感じることはときどきあった。
あからさまじゃないから注意しないと気づかない。
「男のくせにキモいんだよ」と突き放したらどんだけ傷ついた顔するんだろ。「俺のこと好きなの?」って聞いたら、あのときみたいに赤くなって困るんだろうな。
視線を感じるたび、そんなどうでもいい想像が脳裏を過ぎった。
ちなみに俺はモテるけど、基本仲良くなるのはクラスの中心にいる目立つ子とか、ちょっとギャルっぽい子が多くて、真面目なグループや地味な子からの評判はイマイチだ。女癖が悪いとかノリについていけないとか思われてるっぽい。
確かに彼女と長く続いたことはないけど、別に2股かけたりは……滅多にしてないんだけどな。
とにかく俺は真面目系の子にはあんまりモテなくて、じゃあ真面目系はどんな男が好きかといえば、これが笑えることに椎名だったりするのだ。
きっちり制服を着てる地味なタイプだけど、よく見ると結構綺麗な顔で胸も大きかったりする野仲さんって子が、椎名に話しかけて嬉しそうにしてる。ああいう子って恋愛慣れしてないからアピールするでもなく友達っぽく話してるだけだけど。
笑える。
だってそいつは男が好きなんだ。いくら野仲さんが結構美人で胸がでかくても、そんなもの何の役にも立たないんだよ。
俺は少しばかり野仲さんに近づいてみることにした。見掛けは地味だけど結構会話の機転がきいて、その辺の女子より話してて楽しかった。だから話すようになってしばらくして、ちょっと誘うようなことを言ってみた。
「ごめんね、私好きな人がいるから」
こんなにはっきり断られたのは、人生で初めてだった。
「んー了解。でも椎名を好きならやめておいたほうがいいよ。あいつ好きな相手いるから」
野仲さんは傷ついた顔をして、でも驚いたふうでもなく俺の前から去っていった。
――マジで何してるんだろ俺。別に綺麗って言ってもあの子よりもっと可愛くて仲のいい女子はいるし、もっと胸が大きくてエロイ子だっているのに。
それもこれも椎名がホモなのが悪い。俺はホモに不毛な感情を抱く子を放っておけなかっただけだ。
その日俺は初めて、椎名の視線に対して冷たく言ってやった。何見てんの?うざいんだけどって。それからクラスで一番可愛い女子に体を寄せて、クスクス笑いながら耳元で囁いたりする。
あいつは慌ててうつむいて何事もなかったようにしてるけど、落ち込んでるのは明らかだ。
俺はそれを見て笑い出したくなった。やっぱり椎名は俺が好きなんだ。ちょっと美人で胸が大きくて真面目だけど話せる野仲さんに好かれていても、椎名が好きなのは俺なんだ。
ちなみに俺はモテるけど、基本俺を好きなのは女の子であって、男からの好意を感じたのは椎名だけだ。ムサい男に好かれるなんて想像しただけで無理。
で、当然大半の男子が好きなのは可愛い女子なわけだけど、たまにそうじゃない奴がいて、笑えることに椎名に興味を持ったりするのだ。
「椎名、物理の教科書貸してくれないか?」
「ああ、はい。また忘れたのか」
やたらガタイのいいそいつは三澤っていって、隣のクラスの男子だ。最近頻繁にうちのクラスに来るようになった。野球部のエースな上成績もいいとかで、文武両道ともてはやされてるタイプ。俺ほどじゃないけど。
どう見ても教科書を頻繁に忘れるうっかりキャラじゃない。全く疑問に思わない椎名は馬鹿なのかなって時々思う。
俺は気まぐれで、椎名に向かって笑顔をサービスしてやった。するとぎこちない笑みが返ってくる。免疫が出来たのか初めの頃ほどには取り乱さなくなっている。
つまらないな。せっかく俺が男からの片思いなんて変なものを許容してやってるんだから、もっと面白い反応を見せてほしい。
人気者の野球部エースと仲良くなって余裕ができたってか? 彼氏ができて急にタイプが変わる女子みたいに。
……いや、どう見てもあれは全く気づいてないんだけど。何なんだ。
「椎名、今日の放課後ちょっと時間くれないか? 話があるんだ」
潜めた声が聞こえてきたのはほんの偶然だった。真剣な様子の三澤に対して、椎名はあの顔を少し傾げていいけどなんてのん気に応えてる。
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