異世界にて 08



男の言葉を、ただ玲は呆然と聞いていた。
男はアレン・エレスフォードと名乗った。アリオスト大陸のレティアという国の聖騎士であると。
この村に留まっていたのは、魔の襲来を予見したためらしい。
レティアの者は信仰篤く神の代弁者とも呼ばれ、その特別な力を大地のために行使する。
彼らは血に縛られず、その王たる者は唯一あの剣を抜ける人物だけだ、と――。

「な、何かの間違いだと思うんですが」
「いえ、確かです。私は永い間王を探して諸国を旅してきました。どれだけ信仰が篤くとも、光の魔法に長けていようとも、この剣を抜ける者は一人としておりませんでした。そしてあの黄金の光、あれもまた唯一王だけにしか操れぬ破魔の光なのです。あなた様のことを見抜けなかった私の不徳をどうかお許しください」
「いや、許すも許さないもないけど……」

それを聞いても、やはり何かの間違いとしか思えない。何せ玲はこの世界の人間ですらないのだから。
恐らくは父が持ってきた石のせいで、運悪く飛ばされたにすぎないのだ。
玲はふと、そのことを伝えてみようかという気になった。
今までアルマやユーインにさえ話していなかった。とても信じてもらえることではないと分かっていたし、彼らは話しにくいことは何も言わなくていいと言ってくれていた。
それに、現代日本では奇異の目で見られるだけで済むような発言でも、この世界ではどうか分からない。
同程度の文明レベルと思われる中世では、生まれや信仰、思想や発言によって弾圧されることは当たり前だったのだから。
しかしこの男、アレンになら話しても大丈夫だと、根拠もないのに確信できた。それで王でないと納得してくれるかは賭けだったが。

「あの……こんな話信じてもらえるか分かりませんが、俺はこの世界の人間じゃないんです。少し前に何故かあの森に来てしまって……多分、この石のせいじゃないかと思っているんですけど」

玲はポケットに欠かさず入れていた青い石を取り出して見せた。
すると。

「――これは……まさしく王家に伝わる宝玉……! これで全ての謎が解けました。やはりあなたは紛れもなく我が王です」
「えっ」

納得させるどころか、話が更におかしな方へ向かったようで、玲は瞠目する。

「その昔、その石を有していたレティア王は強大な魔と身を挺して戦い、魔は滅ぼされましたが同時に行方知れずになられてしまいました。崩御されたのなら神の御許に魂がいくはずですがそれもなく、恐らく大きな力のぶつかり合いで生まれた時空の歪みに引きずりこまれたのだろうと言われておりました。どこかの平行世界で、幸せに暮らしていらっしゃるだろうと……。その偉大な王の宝玉を持って新たな王が現れるとは、きっと運命なのでしょう」
「……」

最早頭がごちゃごちゃだった。
ではもしあの父が飛ばされていたら、父が王だったのか? それとも、玲が王になる人間だからこそ飛ばされたのか。
いずれにせよ、王なんて知らないから地球に帰りたい、とは言える雰囲気ではない。

「全く実感がわきません……」
「無理はありません。これから学ぶことは多くありましょう。……それから、どうか私にそのような敬語はお止めください。臣下の立場がございません」
「いやでも……、わかった……」

明らかに年上の人間に敬われるのはどうにも違和感がある。しかし言ったところで到底曲げてはくれないことは分かりきっていたので、玲は早々に折れた。

それにしても、今まで玲をいないもののように扱っていたのに、手のひらを返したようにこんな態度をとられるのはなんとも複雑な気分だ。

「アレン、は、俺みたいなのが王で不満じゃないのか」

つい、そんなことを訊いてしまう。

「まさか。そんなはずはありません」
「でも、今まではやけに辛辣というか、嫌われているのかと思ってた。あいつらに襲われたときなんて何やってるんだお前は! とか言うし」

自分の女々しさが嫌になるが、気になることは訊いておきたい。

「あ、あれは……本当に申し訳なく思っております」

アレンが動揺して目を泳がす。王とやらの度量ならもういい、と言うべきところなのだろうが、好奇心が先に立つ。

「アレン、俺の目を見て」
「はっ……」

至近距離でアレンと見詰め合う。今までは満足に見られなかった美しい碧の瞳の中に自分がいて、不思議な気分になる。

「へ、陛下……」

ふと、アレンの目のふちが微かに赤くなっていることに気づく。
こんな表情も誰もが見とれるほど綺麗だなと、更に顔を近づけたそのとき。
ポンッという音と共に、突如アレンの姿が消えた。
――いや、消えたのではなく。

「お、お前?」

膝の上にはそれが――、かつて玲を導いたあの獣がいた。



「――ああ、トムス!」
「レイ、無事か!?」

呆然としている玲のもとに、いつしか各々の家から村人達が集まってくる。
その中には目を腫らしたトムスの母の姿もあって、玲ははっとして彼を差し出した。

「トムス、トムスッ……」
「気を失っていますが怪我はないし、大丈夫だと思います」
「ああっ……ありがとう……!」

涙をはらはら流して我が子を抱きしめる様子に、本当によかったと思う。

「レイ、一体何があったんだ? 辺境部隊の奴らはみんな逃げていってしまって、もう駄目だと思ったよ」
「ああ、それは……」

にわかには上手い言葉が出てこず、玲は口ごもる。
何と説明すればいいのだろう。先ほどあったことをありのままに伝えても、まず信じてはもらえまい。
アレンが全て倒したと云うのが手っ取り早いのだろうが、彼は恐らく今、玲の手中で可愛らしい姿で伸びているのだ。

「まあ、ともあれ村人は皆無事なようだ。アルマなんかは心配して見に行ったら、のん気にぐうぐう寝てたぞ。何故か職務サボって寝てる警備隊の奴らもいたから、放り出しておいた」
「あっ、でもほら、アルマんとこに泊まってた銀の綺麗なにーちゃんは見かけてねえな。レイ知らねえか?」
「ああうん、そうだ、あの人が大体全部倒してくれたんです。ちょっと気になることがあるってどこかに行ったけど、そのうち戻ってくると思います」
「そうか! 只者じゃないと思ってたけど、警備隊なんか目じゃないほどの神力の遣い手だったのか」

苦しい言い訳かと思ったが、どうやら皆助かった喜びが先に立っていて、細かいことは割とどうでもいいようだ。
そんなとき、ふと村人の一人が玲の手元を見て。

「ところでさっきから気になってたんだが……その可愛いのはなんだ?」
「えっ」

だからこれが多分銀髪のにーちゃんです、とは言えず。

「えっと……これは、俺のペットです……」

頬をひきつらせて言いながら、これを聞いたらアレンはどんな反応をするだろうかという疑問が頭の片隅を過ぎった。

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