異世界にて 07
「トムス!! あ……」
あれほど圧倒的な強さを見せた男が、今は地に倒れていた。
男に駆け寄る。目に見えない鎖に全身を締め上げられているように苦しげで、荒い息を吐いている。
複数の帯剣が全て鞘に納まっているところから、やはり魔物に脅されたのだろう。
玲は怒りに魔物を睨みつける。
「なんだぁ? ガキがまた一匹、殺されに来たのかぁ?」
魔物が玲を見下してにたにたと笑う。遠目には人間そっくりだと思ったが、よく見ると異様に裂けた口から覗く紫の舌が醜悪で、空気からも尋常ならぬ邪悪さが伝わってくる。
「トムスを、離せ……!」
「ひゃははっ、こいつはおかしい! 震えてるじゃねえか! そうだなあ……」
魔物は面白いおもちゃを見つけたというように玲を眺める。
恐ろしい。魔物の言うとおり細かい震えが止まらない。
ただ、恐らくあれは今銀髪の男が倒れたことで、完全に勝った気になって油断している。
なんとか付け入る隙があれば……。
「――よし、このガキは殺さねえよ。――お前より先にはな。なに、お前が俺を消滅させればいいだけだ」
「……」
魔物はそれが絶対にありえないことだと踏んでいて、玲をなぶり殺しにして楽しむつもりなのだろう。
そう、可能性はゼロに近い。それでも、やるしか……。
「……な、ぜ、来た……。にげろ……ぐっ」
そのとき、男が苦しげに口を開いた。
子供のために手を出せなかったことといい、そんな場合ではないのに男の心根の優しさに心打たれてしまう。
「すみません……。でも今から逃げるのは無理です。どうか剣をお貸しください」
「よせっ……そ、れは、ぬけな……っ!?」
玲は男の腰から自然と一本の剣を選び、鞘から引き抜いた。
男は酷く驚いている様子だったが、説教されるのは生きていたらでいいと魔物に向き合う。
「はっ、それで俺をぶっ刺そうってのかあ? おもしれえ」
不思議と、もう恐怖は湧かなかった。
真剣など当然握ったこともないのに、剣を振るう自分のビジョンがはっきりと頭に浮かんだ。
「こねえなら、こっちから行くぞっ!」
魔物が猛スピードで近づいてくる。玲は半ば無意識のうちに、剣を振り上げた。
――落ち着け、大丈夫だ。
「――えい!」
格好いい決め台詞――などは言えず、玲は少し間の抜けた掛け声と共に剣を思い切り振るった。
その瞬間、剣から金色の光が放たれ、魔物へ向かって一直線に飛んでいった。
「なっ!? なんだこりゃあ……!」
「な、なんだこれっ……」
図らずも魔物とハモってしまう。呆然と見つめていると、魔物の身体が足の先から灰のように崩れていく。
「ぐああっ! こ、この俺がこんなガキに……! ぐっ、この上は、道連れにしてくれる……!」
「っ、やめろ!」
魔物がトムスの首に手をかける。間に合わない――!
「ぐ、ぐああああっ!!」
そのとき、魔物の首に白銀のナイフが突き刺さった。
今度こそそれは断末魔を上げて崩れ落ち、トムスの身体が落ちてくる。
「トムス!」
腕を伸ばして何とか抱きとめることができたときには、魔物の姿は跡形もなく消えていた。
「う、ううん……」
「トムス、トムス! よかった……」
気を失ってはいるが、目立った外傷もなく無事のようだ。
安心すると一気に力が抜け、玲はトムスを抱きしめながら涙ぐんだ。
そして。
「あ……ありがとうございました。それと剣、勝手に借りてすみません」
白銀のナイフを投げてトムスを救ってくれたのは、間違いなく彼だった。
らしくなく呆然とこちらを見ている美しい男に、玲は頭を下げる。
しかし男は依然動かない。玲があのような光を発したことが、そんなに不思議なのだろうか。男も同じような光を出していたから、剣の力かと思ったのだが。
いや、確かに自分でも咄嗟にあんなことができたのは信じられないが、今はとりあえず助かったことを喜び合いたい。
「あ、あの?」
玲は男の端正な顔をまじまじと見つめる。こんな表情をすると近寄りがたい空気が緩むな……などと場違いなことを思いつつ。
しばらく見つめ合っていた二人だが、意を決したように男がこちらへ歩み寄ってきた。
……まさか、剣を勝手に使ったことを怒ってるのだろうか。無理矢理拝借したのは悪かったと思うが、あの状況では仕方なかったというか、結果オーライという言葉もあることだし……。
どきどきしながら待っていると、男は何故か目の前で膝をつき。
「――我が王よ。ようやく、ようやく巡り合うことが出来ました……」
「は、はい?」
感極まったような声音で言われ、玲は危うく腕の中の子を取り落としそうになった。
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