異世界にて 15



こんな場にはおよそ不似合いな美麗な顔にはうっすら笑みが浮かんでいて、不気味なほど落ち着いている。
何者なのか、何故ここにいるのかは全く分からなかった。ただ身なりのよさからして、拷問している男達よりもずっと立場が上の人間だろうと咄嗟に判断し、玲はすがりつくように訴えた。

「お願いします、あれを止めさせてくれませんか? あんなことして何になるというんです」
「――確かに法律上は、裁判にもかけずに拷問するのは禁じられてる。けど彼はちょっと特別でね。何せわが国に甚大な損失を与え続けているアルディノ海賊団の一員であり、王宮に侵入した末捕らえようとした騎士数十名をことごとく倒して傷を負わせた大罪人だから」
「……」

想像以上のことをしでかしていた赤目の男に、一瞬絶句してしまう。

「最終的には騎士団総動員で彼の力が尽きるのを待って何とか捕縛できたけど、被害は大きかった。幸い大事に至った者はいなかったが、それがまた騎士の高い矜持を傷つけてね。上の連中は皆、彼に洗いざらい情報を吐かせ、罰を与えることを望んでいるんだ」
「そんなこと……、いや、だからって」

玲が混乱しているうちに、男は続けて疑問に思っていたことを説明してくれた。

「ついでに君が捕らえられた理由だけど、まあ運がなかったね。この国には、魔法が使えるものは王宮専属の魔道士しかいない。その彼らもやることと言えば予言や占いで、実戦に出るようなことはないんだ。――しかしアルディノ海賊団は違う。あそこには様々な国の出身者がいて、魔法を使うものもいる。ちなみに向かいの彼も、やっかいな魔法が使えてね。要するに君は、海賊の仲間と疑われているってこと」
「……」

合点はいったが、到底納得のできる話ではなかった。
確かに運がなかったとしか言いようがない。
しかし今は、拷問を受け続けている男の方が気がかりだった。

「さて、ここで一つ提案だ。君が俺の出す条件を飲んでくれたら、彼の拷問を止め、君を解放してあげる」
「え!? 本当ですか」

思いがけない話に、玲は鉄格子をぎゅっと握って詰め寄った。

「どうする? 多少危険は伴うけど」
「……やる、やります。だから今すぐ、あれを止めさせてください!」

男の言うことは非常にうさんくさかったし、上手い話には裏があると重々分かってはいたが、今はそれ以外に選択肢がなかった。
このままでは牢から出る手立てはなく、いずれ玲も赤目の男と同じように拷問にかけられ、最悪共倒れになるだけなのだ。

「分かった分かった。――君たち、もういいよ」
「――は! 失礼いたします」

男たちは金髪の男を見るとはっとしたような顔をして、余計な言葉は一切なく速やかに牢を出て行った。
命令しなれている様子から、思った以上に高い身分の人間なのかもしれない。
とにかく一旦は拷問が止んだことにほっとして、玲は向かいの牢へ声をかけた。

「あの、大丈夫ですか!?」
「……黙っていろと、言っただろう」

感情を押し殺してはいたが、さすがに少し辛そうな様子だった。
当たり前だ。もし自分だったらきっと痛みに耐えられずみっともなく泣いて、意識なんてとっくに失っていると思う。

「――で、俺は何をすればいいんですか」
「うん、魔物を倒してほしい」
「魔物を……?」

玲は首を傾げる。
この国には確かに戦える魔法使いはいないようだが、特別な加護を受けた武器を持てば魔物を倒すことはできるという話だ。実際、それを生業としている辺境部隊に会ったこともある。
彼らなどは末端で、王都では精鋭の部隊が国を守っていると聞いた。
そんな使い手達が倒せていないのだとしたら、玲一人でとうにかなる相手とは到底思えない。
アレンがいればきっと――と考えて、それをすぐに打ち消した。彼を巻き込んで、これ以上迷惑をかけたくはない。

「俺一人で、倒せるかどうか……」
「ああ、強さ自体は大したことがないからきっと大丈夫だ。やっかいなのは魔物の属性と、居ついている場所でね」
「属性と場所? どういうことですか」
「ここから先は場所を移動してからにしよう。ここはどうも湿っぽくていけない」

言うと男は、おもむろに玲の牢の鍵を開け、足枷を外した。
あっさりと解放され、拍子抜けする。
こちらが逃げないと決めてかかっているのか、逃げても取り押さえる自信があるのか。
どちらにしろ食えない男だ。

「さあ、行こうか」
「……はい」
「――待て」

男が玲の腕を引いたとき、赤目の男が突然口を開いた。

「……何かな」
「そいつをどうする気だ。ルイス王子」
「お、王子!?」

玲は瞠目して、目の前の男を凝視した。
王子然としているとは思っていたが、まさか本物だというのか。
しかしそんな人間が、普通地下牢に自ら足を運んだりするものだろうか。

「おや、君は何をしてもだんまりと聞いていたけど、この子を気にかけるなんて意外だな。別に悪いようにはしないさ」
「……そんな軟弱な奴が海賊団の一員であるはずがないと、とっくに分かっているはずだ。魔物と戦わせたところで無駄死にするだけだ」

馬鹿にしている言葉ばかりで非常に分かりづらいが、恐らく庇ってくれているのだろうと、根拠もなく感じた。

「そうは言われてもね……」
「――安心してください。俺は魔物を倒して、ついでにあなたもここから出します」

玲は赤い目をじっと見つめて、はっきりと言った。
相当なことをやらかしたと聞いてはいても、玲には男が悪人とは思えなかった。
彼が拷問の末殺されるなんて嫌だと、自分でも不思議なほど感じているのだ。
それに、アルディノ海賊団の人間と繋がりができれば、西に渡る手立てが見つかるかもしれない。そんな打算が頭を過ぎったというのもある。
男は一瞬はっとしたように目を開くと、すぐに視線を逸らし、それ以上何も言わなかった。

「あれ、俺は君を解放するとは言ったけど、彼については拷問を止めるとしか言ってないんだけどな」
「――それはそれとして、とにかく、行きましょう」

金髪の男――ルイス王子から冷静に指摘され、玲は慌てて先を促した。
とにかく今は、ルイスの出した条件をクリアしなければならない。

(――アレン、もうちょっと待っててくれ。俺はやるよ)

ふわふわとした白い獣の寝姿を思い浮かべ、玲は拳を握りしめた。

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