中二病君の1年 August 02 03
▼7月19日
もうすぐ夏休みである。クラスメイト達はどこへ行くだの彼女を作るだのすっかり浮かれている。ただ42日間学校がないというだけではしゃぐなど子供っぽいことだ。
『終業式の日、クラスでカラオケ行こうよ』
女子数人がうきうきと相模達を誘っている。そんな奴らと遊んでなにが楽しいのか理解不能である。
『カラオケ? そうだな、いーよ』
『じゃあ、部活で忙しい子は無理だけど、それ以外はみんな誘うね』
女子がクラスを回って次々に声をかける。ご苦労なことだ。
『えーと……安斉君も誘う?』
こちらにも不躾な視線が向けられた。
『いや、あいつカラオケとか行ったことないんじゃね?』
『すげー盛り下がる歌歌いそう(笑)』
『んー、誘ってもどうせ断られそうだしいっか』
その通りだ。誘われたところでほんの少しも、これっぽっちも行く気などなかった。歌など吟遊詩人にでも歌わせておけばよいのだ。
ふふんと嘲笑する相模の顔が不本意にも目に入ってしまい不快な気分になった。
▼7月21日
本日は終業式だ。壇上からの学校一の権力者の話は実に退屈で、皆あくびをしながら時が過ぎるのを待っていた。いい年をして民衆の心を掴む演説の何たるかが全く分かっていない。
聞く価値もないので瞑想していると頭が揺れたところを社会教師に小突かれた。不敬である。
教室に戻ると、校長の話よりは幾分ましな担任の話の後通知表が渡された。……去年より評定平均が大分上がっている。まあ俺が本気を出せばこんなものだ。
『じゃあ、カラオケいこー!』
帰りの会が終わり担任が出て行くと、クラス中がざわざわとはしゃぎ出す。喧騒は煩わしいだけなので俺はさっさと帰ることにした。
しかし廊下で面倒な奴に声をかけられた。
『あれー、みんなカラオケ行くのにお前帰んの? あ、悪い、女子に誘われてなかったんだっけ、お前だけ』
相模である。誘う誘わないの話を一昨日していた当事者だというのに忘れていたとは、若くして健忘だろうか。
『おい何とか言えよ』
言いながら物陰に引っぱられた。何なのだこいつは。
『離してくれないか。早く帰りたいのだが』
『は? 帰ってどうすんの。どうせ夏休みも遊ぶ相手なんかいなくてずっと引きこもってるんだろ?』
相模に胸ぐらを掴まれた。
『あッ……』
『なっ、……何変な声出してんだよ!』
『ぁっ乳首、シャツに擦れて…んっ』
以前家庭教師に散々舐められたせいか、乳首の感覚がやけに敏感になっていた。相模にシャツを引っ張られたせいで擦れて、ぴったり張り付いて透けてしまっていた。
『なに……透けさせてんだよ。キモイんだよ…』
相模が息を荒げながらじっと乳首を凝視する。見られると余計にじんじん疼くのだが。
その時、少し離れたところから声が聞こえてきた。
『委員長、ほんとにカラオケ行かないのー?』
『すまない、帰って宿題をやりたいんだ。5教科の宿題は今週中に終わらせる予定だから』
今週中に終わらせる――だと……。俺は委員長がカラオケに行かないことより、その発言に衝撃を受けた。
『――あれ、相模と安斉、そんなところで何してるの』
『べっ……べつに何もしてねーよ!』
委員長がこちらに気づいて声をかけてきた。
『安斉はカラオケ行かないんだっけ』
『あ、ああ。歌は歌うより(吟遊詩人に)歌わせるほうが好きだからな』
『同じだ、俺も聞くほうが好き。……行かないの俺たち二人だけみたいだから、一緒に帰ろうか?』
『う、うむ……帰ってやってもよい』
『じゃあ行こうか』
『あ、おいっ』
相模が後ろで何事か言っていたが、俺は委員長の誘いを受けてやることにした。
クラスでカラオケに行かないのは、部活のある者を除いて俺と委員長だけ。ふふん、優秀な者は群れたりしないのだ。俺は気分がよくなった。
▼7月24日
今日は家庭教師の日である。俺の代わりに宿題をやるという名誉ある仕事を与えようとしたら『教えるから自分でやろうね』と却下された。せめて美術の絵だけでも描かせてやろうと命じたがまた却下された。使えない男である。
それはともかく、俺は誇るべき通知表を家庭教師に見せてやった。90パーセントは俺自身の力だが、5パーセントくらいは家庭教師の助力あってのことだ。残りの5パーセントはその他である。内訳は省略する。
『わーすごい、頑張ったね。ところでさ』
思ったよりもあっさりとした褒め方だった。何がところでだ。
『折角の夏休みだし、プールでも行かない?』
『プールだと? 大海に比べれば兎小屋よりも小さいあの空間のことか? 俺に芋を洗うような人混みの中に飛び込めと言うのか。ウォータースライダーや流れるプールで子どものようにはしゃげと?』
『プール嫌い? ならいいや』
何と。引き下がるのが早過ぎるのではないか。別にウォータースライダーから勢いよく滑り落ちたり、流れるプールに流されたいなど微塵も思ってはいないが。そんなに諦めがいいようではいつか大事なことまで諦めるはめになるぞ、家庭教師よ。
『じゃあ海に行こうよ。俺が車出すから』
『うみ……』
海――いよいよ大海に漕ぎ出す時が来たというのか。供がこいつ一人というのは頼りないが、どうしてもと言うなら行ってやらないことも……。
『じゃ、30日に行こうか。いっぱい遊ぼう』
遊びに行くわけではないぞ。
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