罰ゲーム 02



きっかけはくだらない罰ゲームだった。

「何やらせるー? やっぱ定番は告白とか?」
「でも一希って何気にモテるし、相手の子が本気にしたらさすがに可哀想じゃね」
「あ、それなら男相手なら面白くね?」
「うわ、えげつねーな。それなら相手にちょうどいいのが……」




「はぁ……」

この上なく憂鬱だ。罰ゲームとして男に告白することになってしまった。たかがゲームに負けた罰としては重すぎる。でも抗議をする間もなく勝手に盛り上がられて決まってしまい、仕方なく俺は相手の男子生徒を待って佇んでいた。
ちなみに「大事な話があるので校舎裏に来てください」と書いた手紙を下駄箱に入れるという、極めて古典的な呼び出しをした。男の字だとバレバレだろうし、素直に来るのかかなり怪しい。いっそ来なければいいのに。

「呼び出したのって、あんた?」

と思ったら来た。ばっちり来てしまった。俺は内心冷や汗をかきながら相手を見上げる。
見たことのある顔だ。生意気なことに俺より背が高く、黒髪でよく見ると美形だが無愛想。名前は確か大川亮太といって、特進科の1年であり俺たちより1つ下の後輩だ。
何故こいつが告白相手に選ばれたのかというと、友達の一人である岩田の彼女がこいつに寝取られたらしいのだ。詳しい経緯は知らないけど岩田が少し前彼女と別れていたのは事実で、痛い目見せてやりたいと言っていた。男に告白されるなんてセコい嫌がらせでいいのかって感じだけど。
まあ仕方ない。女子を寝取るこいつも悪い。あいつらは物陰からこちらを見ていて告白するまで許してくれないだろうし、地味な嫌がらせを受けてもらうしかない。
俺は意を決して大川と向き合った。大川は気だるげながらも人の目をしっかり見るタイプらしくかなり気まずい。直視したままでいる度胸はなくて、俺は俯きながら言った。

「ええっと……あのさ、お前のこと好きなんだけど、付き合ってくれない?」
「……」

沈黙が痛い。まあそりゃそうだ、いくら大川が割とイケメンとはいえ男からの告白なんて初体験だろうし。
果たして怒るだろうか、気持ち悪がるだろうか。なんで俺がこんないたたまれない思いを……とうんざりしつそっと大川のほうを窺う。
大川は怒っても嫌がってもいない、ように見えた。ていうか表情ほとんど変わらないなこいつ。あからさまに嫌悪感をぶつけられても嫌だけど何を考えているのか分からないのも困る。そもそも俺は人を騙すのとか得意じゃないんだ。さっさとネタばらししてしまおう。

「わ、悪い、変なこと言って。実は……」
「いいけど」
「え」
「だから、付き合ってもいいよ」

相変わらずの無表情のまま大川は言い放った。



訂正する間もなかった。ちなみに岩田たちはというと、肝心なときにスマホで見つけたエロ画像で盛り上がって聞いていなかったらしい。
告白したら当然断られた、と俺は咄嗟に嘘を吐いた。つまらねーと文句を言われたが知ったことではない。
まさかOKされたなんて岩田達が知ったらさぞ面白がるだろう。でも簡単に口に出しちゃいけないことだってのは俺にでも分かる。
大川はホモなのかもしれない。――と考えても、いまいちしっくりこない。もしかしたら嘘の告白だと見抜いていて、逆にこちらに報復してくるのかもしれない。うん、そっちのほうがまだしっくりくる。
とりあえず告白からの話の流れで今週末会うことになってしまった。そのときに嘘の告白であったことを告げて正直に謝ろう。

◆◇

一体どういう対応をして、どう切り出すべきなんだろう。悩みで昨夜はよく眠れず、30分も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
まあ噴水でも眺めながら作戦を練るか。と思って歩いていくと、噴水のまん前に大川が立っていた。なんでもういるんだよ!

「……おはよう」
「お、おはようっていうか、早すぎね? まだ30分前なのに」
「そう? 適当に出てきて今着いたところ。早いのはあんたも同じじゃん」
「まあ、そうだけど」

くそ、こいつ割といい加減そうに見えるし、大幅に遅れでもしたら多少でも罪悪感が減ってたのに。意外にきっちりしてるのか……まさか今日が楽しみで早く来すぎたなんてことはないよな。本当に適当で、時計を見ず適当に来た結果なのかもしれない。そうであってほしい。

「ここ暑いし、移動しようか」
「あ、ああ」

結局その場では言い出せず、俺たちは並んで移動することになった。
俺が男同士でいつも遊びに行くところなんて限られていて、今日は定番の遊び場所であるゲーセンに行くことにした。のだけど。

「……ゲーセン嫌いだった?」

アクションにレースにメダルゲーム。何をやらせても大川は下手、という以前に操作方法もよく分かってないみたいだった。これは完全にチョイスを間違ったらしい。

「嫌いじゃないけど、全然来ない」
「言ってくれれば別の場所にしたのに。普段友達と何して遊んでんの」
「友達とは遊ばない」
「え」
「あんたと違って、休日一緒にいるような友達はいない」

やばい、何かとんでもない地雷を踏んでしまったかもしれない。

「でも、学校では何人かでつるんでるところ見たような」
「あいつらは、女紹介してほしいとかナンパしに行こうとか、めんどくさい。趣味が合わない」
「あー……、お前イケメンだからそういう奴も寄ってくるんだろうな」

ついそう言うと、大川の表情が心なしか緩んだような……違うぞ、断じて変な意味じゃないぞ。

「でもほら、お前と普通に仲良くなりたいって奴もいると思うけど」
「――いたけど、告白されて断ったら疎遠になった」
「こっ…………あ、女友達の話?」
「男友達の話」

マジか。こいつは男にもモテるのか。だから俺に告白されても動じなかったんだな。まあモテるのも分からなくもないような……いや分からないけどね!?

「そうか……そいつと付き合おうとは思わなかった?」
「ない。そういう目で見てなかった相手に告白されて付き合うとか考えられない」
「ま、そうだよな……ん?」

何だか聞き捨てならないことを言われたような。いや、考えるな。考えたら負けだ。

「何か腹減ったな。軽く食いにいくか」
「ん」

無理やり話を逸らしてゲーセンを出ることにした。

適当に入ったファストフードは休日だけにかなり混んでいて、注文して席に座るまでにかなり時間がかかってしまった。
というか。

「もしかして、こういう店もあんまり来ない?」
「……来る機会がなかった」

そうなのだ。大川は店に入ったらやけにそわそわしてて所在なさげだった。俺が席をとってくるというとどことなく不安そうな顔をされた……気がしたので結局一緒に並んだのだが、注文も何をどう頼んだらいいのかよく分かってないらしく俺が適当に注文してしまった。
俺にしてみれば、というか俺に限らず高校生ならファストフードなんて日常的に行くもんだと思ってた。長い足を窮屈そうに折って座っている大川は、確かにこういう店からは浮いて見えるけど。

「違う店にするべきだったな。ここうるさいし狭いし」
「別にいいよ」
「やーでもゲーセンにしろここにしろ、俺たちって完全に趣味が合わないみたいだな。退屈させて悪いけど、俺いつもこんな感じで」

俺は内心で、苦手な場所を引っ張りまわされて嫌気が差してくれないかな、と打算的なことを考えていた。

「いや……今までまともに友達と遊んだことがなくて、慣れてないだけで……あんたが連れてきてくれてよかった。これから慣れるようにするよ」
「……っ」
「……あんたは趣味が違いすぎる俺の相手なんて面倒かもしれないけど」
「そ、そんなわけねーよ!」

反射的に全力で首をぶんぶん振ってしまった。
なんなんだこいつは。他人の彼女を寝取るような性格が悪いすかしたイケメンじゃなかったのか。こんな奴だったなんて聞いてない。

「お、お前ってさ……」
「ん?」

いっそこいつが性格最悪で、俺に逆ドッキリを仕掛けているんだとしたらどれだけいいだろう。真意を探ろうとじっと見つめる。大川は相変わらず気だるげな目で見返してきて――駄目だ、やっぱり何を考えているのかさっぱり読めない。

「何でもない。とりあえず食べようか」
「ん」
「……どう、うまい?」
「食べにくい……けど、うまいよ」
「そうだろ? それ俺の一押しだから。あ、ソースこぼれないように気をつけろよ」

――結局、真実は言えなかった。だって大川がまさかあんな奴だったとは、予想外すぎた。「ごめん告白は罰ゲームでした」なんて告げたら、どんな思いをさせることになるのか――考えたくない。
俺はしばらく大川と付き合っていくと結論を出した。趣味嗜好はどうも合いそうにないが、一緒にいて苦痛ではないし、付き合うといっても何かするような雰囲気じゃないし。
あれ、というかもしかして俺の付き合ってを友達として付き合ってという意味に捉えたんじゃないだろうか。あいつ意外と天然なところありそうだし。そうだ、きっとそうに違いない!


◆◇


「……あのさ、手、握ってもいい?」
「え」

次のデート(?)で俺たちは映画館に来ていた。かなり怖いと評判のホラー映画の上映が始まった矢先、耳元でそんな一言。

「嫌ならいいんだけど」

手って……こいつホラー苦手だったのか。何観たいか訊いたら何でもいいって言ってたくせに。そこはちゃんと申告すればよかったのに。
しかし誘ったのは俺だ。仕方ない。
俺は大川の手を掴むと、周りから見えにくいよう下のほうで握った。ホラーに緊張しているのか微かに汗ばんで冷たい手だった。一拍置いた後、大川もぎゅっと握り返してくる。ちらりと盗み見たが、暗くて表情はよく分からなかった。
何だこれは。いい年して友達と手を繋ぐってこともないだろうし、やっぱり俺のことが……いやいや、本当にホラーが大の苦手なだけかもしれない。なんて考えていたらスクリーンに集中できるはずもなく。
映画が終わることには、俺の熱が移ったのか冷たかった大川の手がやけに熱くなっていた。

「お前ってさ……」
「何?」
「いや、その、今まで誰かと付き合ったこととかあんの?」

俺は内心疑問に思っていた。こいつ本当に他人の彼女を寝取るようなタイプなのかと。

「ちゃんと付き合ったことはない」
「え、ちゃんと?」

聞き捨てならない言葉だ。ちゃんとしていない付き合いをしてきたというのか。

「……最近は何もない。高校に入ってからは」
「じゃあさ、田辺さんって子は」

田辺さんとは岩田の元彼女のことだ。

「田辺?」
「ええと、俺とタメで茶髪ロングの……あ、学校指定のじゃない赤いリボンをよくつけてる子」
「ああ、告白されたけど断った」
「え、マジで? 何もなかった?」
「ないよ。好みじゃなかったし」

大川はあっさりと言い放った。嘘を吐いているようには見えない。ということは岩田の思い込みか、田辺さんが嘘を吐いたのか。いずれにせよただの逆恨みで、嘘告白なんて嫌がらせを受ける理由はどこにもなかったことになる。はあ……。

「あんたは?」
「ん?」
「あんたは今までどうだったの」

大川がじっと俺を見て聞いくる。今までこういう話題になったことがなかったけど、気になるのか。それとも話の流れで聞いただけなのか。やっぱりよく分からない。頼むからもう少し表情というものをつけてほしい。

「あー……俺もあんまないよ。そういえばそのあんたって呼び方、先輩にどうかと思うぞ。俺の名前知ってる? 俺は」
「一希」

唐突に名前を呼ばれた。

「い、いきなり呼び捨て? 後輩なのに」
「一希……先輩」
「うん、それでいいよ」

呼び捨てされてちょっと動揺してしまったのを隠すため、大げさに上から目線で頷く。

「先輩って、言い慣れない」
「いや、でも多少は呼ぶ機会あっただろ? 中学のときとか」
「あんまり年上とも付き合いなかった」
「生意気だとか絡まれたりもしなかった?」
「……あった気もするけど忘れた」

うーん、こいつ本格的にぼっちなのか。よく言うなら孤高って感じか。……そっちの方がしっくりきてしまうのは完全に見た目のおかげだな。
何というかこいつちょっと……放っておけない感じがする。

◆◇


次のデートではプールのある遊園地に行くことになった。
ゲーセンに映画館に遊園地。どこの健全な高校生カップルだ。

「げ、金下ろすの忘れてた」

遊園地に着いてチケットを買おうとしたところで気づいた。財布の中にはわずかな小銭しか入ってない。

「しくったなー、急いで下ろしてくる」
「いいよ、今日は俺が出す」

大川はさっさとチケットを買ってきて、入場する気満々だ。遊園地、実はかなり楽しみにしてきてたんだろうか。子供か。

「行こう」

俺はふと思った。自分から切り出して大川を傷つけたくない。それなら大川のほうから離れていくように、嫌わてしまえばいいのではないのかと。

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