乳首鈍感化計画 サンプル 02


◆2

 まだ中等部の頃。とにかく性的なことに興味津々だった斎藤が、ふざけて華月の胸を弄ってきたことがあった。
 斎藤はよく他の生徒ともじゃれ合っていた。華月に触れたのも性的な関心ではなく、子供じみたお遊びの一環に過ぎなかった。
 無防備な胸に指が掠って「あっ」と上ずった声が上がった。小じんまりした粒がシャツに擦れて、痛いともくすぐったいともつかない感覚が走った。
 斎藤が華月の出した声をからかったとき、困惑している華月に代わって珍しく織人が怒りを露わにした。無許可で他人に触れるのは最低な行為だと。
 斎藤は睨まれるとあっさり降参して平謝りした。手当たり次第悪戯しているように見えて、織人には決して触らないし、勝てない争いを避ける程度には空気を読む男だ。

「平気? 恥ずかしかったよね、華月」
「うん……なんか変な感じがしたけど、何だったんだろう」
「―華月。知らないんだ。そこは人に触らせてはいけない場所なんだよ。気をつけないと」

 声を潜めて囁かれ、どきりとした。なんだかすごく恥ずかしいところを見られたのだと感じて、顔が赤くなった。
 斎藤は他の生徒にも手を出し、やり返されてもいた。だけど華月ほどみっともない声を出した子は一人もいなかった。くだらないこと、とは思えなかった。
 二人きりの場所に移動するなり、織人は矢継ぎ早に思いがけないことを囁いた。

「それに、乳首が敏感では女性と付き合えない」
「……俺をからかってる? そんなの聞いたことがないよ」
「君は知らないだろうね。知らないことだらけだ。大人が子供を寝かしつかせた後、寝室でどんなことをしているのか」
「し、知ってるよ! 外で口に出したらいけない話なんだよ。……織人、やっぱりからかってない?」

 織人の不適切な発言に頬が熱くなる。
 年齢相応の性教育は受けてきた。命の誕生について。精巣や性器のしくみ、役割など。華月は神妙にビデオを鑑賞して学んだ。照れ隠しなのかふざけて茶化したり「こんなの小学生でも知ってる」と馬鹿にする生徒もいたけど、冗談にすべき話ではないと感覚的に理解していた。

「俺はちゃんと授業を聞いた。寝てたりおしゃべりしてた生徒達より知識はあるよ」
「華月は偉いね」
「当然だよ。先生も一生懸命準備してくれてるんだし、みんなもっと真面目に聞くべきだ」

 華月が持つ性の知識は、学校で学んだことがほとんど全てだ。スマホは連絡用として小学生の頃から持っているものの、用途には制限がかけられ、華月も不適切なものは頼まれたって自ら見ようとは思わなかった。
 織人は尤もらしい表情でそっと華月に囁く。

「華月はちゃんと勉強しているけど―学校で教えられることはほんの断片的な情報に過ぎないと気づいているだろう?」
「うん……。でも俺達はまだ二年生だから、教えられることが少ないんじゃない?」
「―そうだね。俺がさっき言ったことも、成人する頃には習うのかもね」
「どうして織人は知ってるの?」
「華月ほど綺麗ではないから」

 内緒話をする距離になり、華月が知る全人類の中で一番綺麗な織人が冗談を囁く。
 納得しがたくて、それ以上に胸がどきりとした。

「どうしたの、顔が赤い」
「……織人のほうが俺よりずっと、綺麗だと思う」
「急に女の子を口説くようなことを言って。俺で練習するつもり? 演技してあげようか」
「心からそう思っただけ。近くで見ると少し、胸がドキドキした」
「……触ってもいい?」

 高い声から低く変わる途上の掠れた声で尋ねられ、心拍数が上がる。

「……ほ、本当にやるの? 何も感じないよ」
「試してみよう。ドキドキしたのはこの辺?」
「……っ」

 織人の手が、自然なことのように胸を撫でた。華月は緊張にびくりと跳ね上がり、恥ずかしくて顔から火を噴きそうになる。何故か止めさせることができない。
 温かい手が胸の中心からゆっくり滑り、秘められた小さな異物に差し掛かった。

「それとも、この辺かな」
「あッ……? ―……っ」

 くに、と指先が当たると、他の部分とは明らかに違う感覚が走って華月は動揺した。何も感じないと言った舌の根も乾かないうちに。思い過ごしだと体に力を入れて無意識に防御しようとする。
 織人は吐息と声を混じらせて優しく問いかけながら、指に容赦はない。

「ここかな。他とは少し感触が違うね」
「んっ…ふぅ……っ、あっ、あッ…やめ……」

 くにっ…さすっ…さすっ…こすこすっ…こすっ……

 シャツの上から、器用な指先が乳首を捉えて擦る。乳輪の皮膚は薄くて頼りなく、軽く押されただけで沈み、中心におかしな疼きが伝わって高い声が出てしまう。

「あッ…ん〜……だめ…っ、あッ…はあ……」
「―……本当にダメだね。そんな声を出して、みんなに聞かれたら驚かせてしまうよ。……ここが感じるんだ、華月」
「あぅ……っ、ふー……っぅん……っ
「うん、と言った? 否定できないよね、この辺りを擦ると―」
「あぁ、ンッ…!

 くり…っこすこす…こすっくり、くり……っ

「体が震える……、おかしいね、男子の乳首はただの飾りなのに」
「んっひぃ…っ弄らないで、……っ乳首、あぅ…っん、ぁ…ッ
「気持ちいい……? 感じるの、華月。いつもの声と全然違う……」
「…んっ…んぐ……っふーっ……
「みんなに聞かれたらいけないとは言ったけど、俺には聞かせて。大丈夫だから」

 おかしな声を出していると自分が一番分かっているのに止まらない。指摘する織人の声も特別に耳に響いて、体が過敏になってしまう。
 この行為の意味は判然としないままだけど、他の人には絶対に見せられないし言えもしないことをしている。罪悪感が華月の身を震わせる。必ずしも嫌なだけではないのをすでに自覚していて、余計に心が惑わされる。
 ふにゃりとして、少し力を入れれば簡単に潰れてしまうであろう柔い乳首を、織人は神経を使って優しく捏ねて撫でる。

「あッ…あ……っはふ……もう、だめ……っ」
「ダメ……? こんなに平らで小さい部分が、他の肌とどう違うの」
「し、しらない……、織人のほうが知ってるんじゃないの…?ん、あ…っ、ああッ…
「俺も知りたい」
「はあ……っ……っ」

 織人の瞳が光の加減か、澄んだ湖のようにキラリと輝き、華月を見据える。
 成長過程の彼のことを女の子みたいに綺麗だと言う人もいる。触れ合う距離で見ると織人は一際綺麗で、だけど女の子みたいだとは少しも感じない。

 こす…っこす…っくり、くり、くりくり、くりっ…

「あんッ…あぁ…っはぁ…っん、やっ…」
「華月……乳首で感じてるの。いけないんだよ、乳首が気持ちよくなったら……」
「あッ…んっ…分かった、分かったから……っぁは…っ」
「何が、分かったの…?」

 ずっと細かく摩擦され続ける乳首は、神経が張り詰めてとても無視できない存在になる。じんと疼いて、柔らかくて些細な粒が、乳輪の中で熱く痺れる感じがして、華月はとうとう織人を突っぱねた。

「誰にも……っまだ、恋愛とかしない、から……ふー……っ乳首ぃ……ひッ…だめ、か、固くなっちゃう……お、おちんちんも……」
「―」

 びくびくと小刻みに震えながら両手で織人を押し返し、目を潤ませて訴えた。
 乳首はどんどん敏感になって、指が乳輪の上から優しく掠めるたびにずきんと甘い刺激が走って止まず、下半身にまで熱が伝わって、わけが分からなくて泣きたくなった。
 重い沈黙が落ちた。性器が敏感に反応して疼いているなんて、いくら親しい織人相手でも口に出すことじゃない。軽蔑されたかと不安になる。

「お…織人、俺……っはぁ…ん…嫌いに、ならないで……」
「……なるわけがない」
「ほんと……? とにかく、もう、さっきのはダメ、おかしくなりそうだった……」

 まだ甘い余韻が冷めやらない体を守る姿勢をとり、親友に訴えかける。熱っぽい眼差しでずっと見つめていた織人のほうが、先に目を逸らした。

「―そうだね。俺も冷静じゃなかった」
「織人が? 見えなかった。俺一人で変な声…ん、……ちょっと、はぁ…、一人になりたい」
「俺も賛成」

 乳首とペニスの先がズキリと疼くのが一向に治らず、下着の布に触れただけで変な声が漏れそうだった。華月は一人になってひたすら耐えた。自慰のやり方は習ったけれど、自分の部屋以外ですべきではないと強く自制心が働いた。

 ◇

 あの日以来、華月は織人の教えを守り、極力乳首に触れないよう過ごしてきた。

「アドバイスを俺に求めるなら従ってもらう」
「うん…? ッあ…ん……ッ」
「華月―ここはずっと、誰とも付き合えない状態のままだったみたいだね」

 織人は上目で意味深な視線を向け、服の上から胸を擦った。穏やかではない感覚が乳首にずきんと響いた。

「彼女と付き合うなら、乳首で感じないようにしないといけない。覚えている……?」
「わ、忘れられるわけがない」
「いい子だね。この先もいい子でいられるかな」
「はあっ……、あ、ん…っ
「ああ、もう失格。体がびくっとした……」

 ―乳首で感じるような男性は女性と深い関係になれない。色恋に疎い華月にとって、織人に教えられなければ知る由もないことだった。彼がかつて耳元に囁いてくれなければ、危うく女性相手に大恥を晒すところだった。

 すりっ、すりっ…さす…さす…くにくに……っ

「ぅあ…っあ、あ…っん……
「感じたらいけないよ華月。まだ服の上から雑に触っただけだ。これで感じてしまうなら、とても交際なんて無理だ」
「そ、そんなこと言われても、触られると変な感じがして、ぁあッ……っ

 すらりと長い織人の指が、シャツと肌着で遮られた胸の上をすりすりと左右に滑らせる。
 乳輪に丸ごと埋もれ、守られているはずの乳頭がズキズキと疼く。指が動くと乳輪の皮膚に微かに擦れ、中心の敏感な塊に響くものがある。

「んッ…ふーぅう、やめて……変だよ、あ…っ
「この様子だと―じっくり乳首を鍛える必要があるな……華月、頑張ろうね」
「はぁ…っはあ……ん、アっ……

 織人はうっかり唇が触れかねない距離で、低い声を耳朶に響かせた。背筋がぞっとして震え、じっくり触られ続けたらどうなるのか、想像に乳首が痛いほど疼く。
 華月は未だシャツと肌着を着たままで、乳輪の色や形も秘されている。

「ん……抱き合うときに乳首が弱いのは問題になるけど、服を着ていても弱いのはもっと問題だ。これではデートもできない」
「っ……、普段はこんなにならないよ…」
「デートは日常とは違うだろう? デート中に胸がときめいて、勃起した乳首が擦れて声を出したりしたら―相手はさぞ驚いて、君と関係を断ち切ってしまう」
「はぁ…は……っ、あっ、あッん……

 乳首の上をなぞられると疼く感覚が走って、馬鹿なことを言わないでと否定するのもままならなくなる。

 すりすり、すり、すりっ…さす、さす、こすこすこす…

「んぁ…っあー…やっ…、じんじんする…ぅう……」
「はあ……、じんじんする? 華月はいい子なのに、乳首は言うことを聞かない悪い子だね。少し強くするよ―」
「あぇ…んッあ…あひぃッ…

 表面を擦るだけだった指が、シャツの生地とひとまとめに乳首のまわりを摘んだ。

「あンっ…?あ、ア…、あっ、あァ…ッ
「……駄目だって言ってるのに」

 見えているかのように乳輪の端から端を捉えられ、親指と人差し指が互い違いに動いて擦り合わされる。
 乳輪の皮膚と薄い肉を布ごと擦って潰すことで、中心にある敏感な粒から電気が走った。

 ずり、ずりッ…、ぐりっ…ぐりっ…ぐ、ぐにぐにぐに……

「んんー……っふー、ふー…ッ……っ
「頑なに口塞いで……、そうしないと感じてる声が出ちゃう?」
「はふ……っンぅ…っ、ん、ん゛……っ
「おかしいね、まだ指一本、直接乳首には触れてないんだよ。……ああ、中に、凝ってるのを見つけた…」
「ン、ああぁ…っ?ふうぅ…ぅん゛っ……

 織人が殊更ゆっくりと、感触を確かめるための力加減で乳輪を揉む。

(あ、ああ……服の上から、織人が俺の乳首を掴んでぐりぐりして、駄目、中の…、乳首に、変な感覚が集まって、硬くなっちゃう……)

「んぅ……はっ…フぅ…もうや…っ、ッあ゛ひ…っ
「気のせいじゃないな。柔らかい乳輪の中に当たるものが、擦ると硬くなってくる……、どんどん悪化してるよ華月、ほら、ほら……」

 ぐりっ…ぐりっ…ぐりっ…ぐりゅ、ぐりゅ、ぐりゅ…っ

 華月は経験のない疼きに戸惑い、淫らに腰をくねらせて悶えた。
 乳輪の中に埋まったものが芯を持ち、輪郭をくっきり表していく。触れている織人には凝っていく感触がありありと伝わるに違いない。
 止めようと口を開くと乱れた声が漏れてしまい、口を塞いでも鼻で「ふーッ…ふー…ッ」と繰り返す荒い息が尋常ではなく感じているのを物語る。

「んふー…っふぅ……っん、お……っ
「始めたばかりでこれでは先が思いやられるね。―華月、シャツを脱ごうか」
「んっ…ふぁ……でも……」
「このままだと一生、誰とも付き合えないよ?」

 残酷な言葉を、世間知らずな華月と言えど全面的に信じたわけではない。疼いて疼いて、切なく腰をびくつかせる乳首の感覚が判断を左右した。
 口を強く押さえていた指先が白くなって震える。もたもたとボタンに苦戦していると、しびれを切らした織人が次々に外していき、手荒にシャツの前を開いた。

「……フー……
「はっ…はあっ…はぁ…っみ、みないで…ぁあ……
「……、大丈夫だよ、可愛い…」
「かっ……かわ…? ううう…っ、もうやだ……っ」

 外気に晒された乳首は、腫れた色になって乳輪付近に血が集まったように盛り上がり、普段より明らかに存在を主張していると纏わり付く視線で思い知らされる。
 あまりの羞恥に、華月はシャツの前を掻き合わせてすぐに隠した。布に擦れてじんと疼きが走る。

「……そんなに恥ずかしがるなら無理しないでいいよ。……透けているけど」
「はぁ…っんっ…ん゛え……、ムズムズする…っあ、あッん…っ

 さす…っさす…っさす…っこすこす、こすぅ…

 織人は再びシャツの上から乳首を柔らかい手つきで弄る。少しでも擦られると乳首からおかしな感覚が体中に走って、びくついて上ずった声が勝手に出る。それに股間にもムズムズと疼きが伝播して、乳首と関わりのない腰がへこ…と動く有り様だ。

(いけない。感じちゃダメ、感じちゃだめ、何も感じない、乳首で……ああぁ疼く、気持ちいいのが、くる、来てる……お…おちんちんが、勃っちゃってる……)

「あっ…あひっ…だめ…お…ッん〜……ッ
「いい……? 感じてるね、まだだよ、華月……」
「ンっ…あひッ…っああー…っ―…ッい…っ

 こす…こす…こす…っこす…くりくりくりくり…っ
 びく、びく、びくっ…ずり、ずりゅ、ずりゅっ…

 あくまで優しい手つきで乳首を撫で回されるだけで―華月は性的快感に抗えず、両脚をクロスさせて反応する性器を隠した。
 自ずと勃起が太ももの肉で擦られて、抗いがたい刺激が走る。

(あ……、太ももで挟んで、おちんちん擦れちゃった……でも脚を開いたら、はしたなく勃起してるのが織人に知られてしまう、だからこのまま……あ…あん…いい、変だ、胸が、気持ちよくなってる……)

 懸命に閉じたままびくつく下半身に、織人の視線が走る。気づいていないはずはないのに触れない。触れてはいけないほど恥ずかしいことだから……。隠そうとすればするほど股間が擦れ、快感が高まっていった。

「あっ…あへっ…あへぇ…い゛…っあっあッだめ、いま、乳首くりくりしたら……っぃいい゛ッ…
「―華月?」
「あんっ…あっ、あ゛っあ…ッアッあぁーッ…い、いく…ッ

 さすさす…こすっこすっくにっ、くりくりくり…ッ
 ぐに、ぐにゅっ…、シコ…ッ―ビクビクッ……びくんっびくんっ……

「ひあああー…っあッ…んあふ……っああぁ…ッ
「―ハア……ん……」
「あァっ…ぁあー……ン、ふーんふー……っお、おねがい、もう、ちくび…だめぇ…あえ…っはあぁ……

 乳首に絶えず与えられる刺激に我慢の限界を超え、華月は太ももで勃ちあがった性器を擦るもどかしい刺激で絶頂まで上りつめた。
 下着の中で脈打って濡れる感触に身悶える。情けなくて、乳首の快楽は出しても収まらなくて、片手で股間を隠して涙目になる。

「あぇ…はあぁ…お、織人……きょうは、もう許して……、まだ、俺、付き合ったりしない…っはー…はへ…はあ……
「―分かった」

 イく前後は力が入って乳首を潰し、弄っていた織人が、存外すぐに手を引いて体ごと離れた。
 華月は乳首を疼かせたまま、こっそりと股間を拭く必要があった。
 こんな体では、誰かと親しく交際するなど夢のまた夢だ。織人の言う通りにしよう。
 
 ◇

 百合から誘いを受けたのは間もなくのことだった。知人が出演するクラシックコンサートのチケットが余っているのだという。
 乳首の快楽に翻弄された直後は誰にも合わせる顔がないと茫然自失状態だったが、喉元過ぎれば多少は熱さも忘れ、「クラシックを聞くだけなら問題ない」と考えられる程度には落ち着いた。せっかく百合が誘ってくれたのだから、用事もないのに断るのは失礼に当たる。
 待ち合わせ時間の五分前に滞りなく合流し、上品なワンピースを着た百合と並んで着席し、オーケストラの音色にしばし聞き入った。

「素晴らしい演奏でしたね。私、モーツァルトの中でも今日の曲が一番好きなんです。感動しました」
「俺も、クラシックは久しぶりで圧倒されました」
「退屈じゃなかったですか?」
「とんでもない。特にチェロの音色がよかったです」

 荘厳な音を響かせたホールを後にして感想を言い合う。静かな第二楽章のとき居眠りしかけたことは秘密だ。本当は月並みに人気のロックバンドを聞いているけれど、ライブに誘う勇気はまだないことも。
 百合とは遠慮がちな距離感で、お互いに言葉を選んで話している感じだ。華月には適切な距離の詰め方が分からないし、いずれにせよ当面は健全な付き合いしかできない。

「百合さん、お腹は空いていますか?」
「実は、コンサートの前にお友達とパンケーキを食べたんです。二枚重ねで上に生クリームとフルーツが乗っていて、思ったよりボリューム満点だったのでお腹は空かないみたい」
「……いいですね、パンケーキ。では送っていきます」

 百合が乗り気であれば夕食に誘うつもりだった。お腹が空いていない、というのは食事に行く気はないという意思表示だと後ろ向きに捉えて断念する。
 織人ならさらりと飲みに誘ったり、もっと大人な場所に伴えるのだろうな、と想像が浮かんだ。
 焦ってもいいことはない。自分なりに誠実に百合と向き合うつもりだった。

 ◇

 いずれは訪れる出来事を、明確に回避しようと意識していたわけではない。
 すなわち、もっとも親しい幼馴染と婚約者候補という、華月にとって特別な二人を引き合わせることをだ。後から考えれば、無意識にそういう流れにならないようにしていた気もする。
 百合がサークルの交流会で華月達の大学に来ることは事前に知らされていた。彼女はお淑やかな女子大に通っているので、声の大きい男子学生に気圧されないか少し心配だった。

「華月さん、ああよかった、知ってる方の顔を見たらほっとしました」
「百合さん。うちの大学で会えるのは新鮮ですね。俺で安心してくれたなら、凡庸な顔も悪くないと思えます」

 百合は慣れない場所で男子から不躾な視線を向けられても、不安を表には出さずいつもの優しい微笑みを浮かべた。
 でもその日、華月の隣に立つ人を認識した百合が一瞬、華月には見せたことがない表情に変わった。

「凡庸だなんてとんでもない、謙遜なさらないで。―あの、そちらの方は?」
「ああ、彼は中学以来の友人で」
「はじめまして、西矢織人です」
「……はじめまして、丹波百合と申します」

 百合は頬を上気させて熱っぽく織人を見つめる―そんな露骨な態度は取らない。華月の友人に対して失礼のないように慎み深い表情で挨拶する。
 色めいた視線を向けてくる女子を平気で無視できる織人も、百合には愛想よく応えた。華月の特別な人だから、いい印象を与える振る舞いをしたのだろう。
 どこか胸騒ぎがして、華月は内心穏やかではなかった。

(織人は、百合さんのような控えめなお嬢様と話が合うとは思えないし、百合さんだって、織人みたいな……織人みたいな……)

 少なくとも表面上、初対面の挨拶は至って平穏に終わった。

「今度織人と食事しましょうか。三人では気まずいようなら百合さんのご学友や他の友人を交えてもいいですし」
「え……私、男性に免疫がないので、固まってしまいそう」
「そうですよね、配慮が足りなくてすみません」
「お誘いは嬉しいです。そのうちに、少人数からでしたら……」

 百合に打診してみても、彼女はあまり乗り気ではなさそうだった。

「織人、百合さんの印象はどうだった? 今度、軽くランチかカフェでも」
「俺に訊いてどうするの? すごく魅力的だから誘惑したくなった、って言われたらどうするつもり?」
「……困るよ。織人には勝ち目がない」

 突き放す言い方をする織人に華月は眉を寄せた。

「自虐的だね。あの感じだと華月のほうがタイプなんじゃない? 俺とはあまり気が合いそうにないな。顔を突き合わせて、古典派かロマン派かって話でもすればいいの」

 織人のほうもまた、百合の話題を出すと皮肉を言ったりして、特段の興味は示さなかった。話題を打ち切って華月の胸元に流し目を向ける。

「それより……胸の調子は? 彼女の前で感じたりしてない?」
「……彼女じゃないよ、百合さんは、ん……っ」
「だろうね。まだ手も繋げてない中学生みたいに初々しい雰囲気だった。けれどまさかずっと先まで、見てられない青臭い関係でいる気はないよね?」

 厳重に複数の布で覆われた小さな凝りに、意味のある視線を感じた途端、びくりと疼きが走って戸惑う。
 百合と過ごしているとき、乳首が感じる危機には陥らなかった。普段から何はなくとも擦れないように気を配っていた。
 いずれ治る傷として、左右の乳首にしっかりした絆創膏を貼って守っている。見た目はみっともないけど背に腹は代えられない。
 織人を前にして、弄られた感触を思い出すとたまらなくなって、乳首を鈍感にする計画の経過は思わしくないと体で感じる。

「―華月、またしようか」
「ん…、はぁ……、今日はいい! 用事があるし、自分でも頑張らないと…っ。ふー……」

 両腕をクロスさせ、見えてもいない乳首を厳重に守る体勢をとる。
 乳首が鈍感になる光明は見えない。織人の手は気持ちよくて蕩けるようで……あの快感を味わわされては、治すというより逆効果なのではないか。

「分かった。けれど忘れてはいけないよ、華月」
「ん……うん……」

 感じなくなるまでは誰とも深い仲にはならない。気長に努力するしかない。
 幸いにして百合も奥ゆかしい人だから、指一本触れようとしない華月と当分は歩調を合わせてくれる。
 その後、一度だけ三人でお茶をする機会に恵まれた。百合と約束した観劇まで少し時間があり、織人も授業からバイト開始までに暇があった。

「世界遺産を巡るとは素敵な趣味ですね。一番よかった場所はどこですか? 俺は知床です。あなたより随分限られた経験の中でですが。百合さんの感想が聞きたい」
「私は、ええと…、北海道も好きですけど、屋久島でしょうか。なんだか物語の中にいるようで」
「いいな。百合さんも建造物より自然が好きなんですね。俺も大学生のうちに訪れていたいと思っていました。そうだ華月、今度一緒に行こうか」
「ん……そうだね、時間があったら行きたい」

 ほんの珈琲一杯分、一時間足らずのことだった。

「お嬢様とは気が合いそうにない」と宣った割に会話が途切れることはなかった。織人が話を振って、百合はやや緊張した面持ちながら趣味の通じる話題だからか浮き立った声で応えていた。
 間もなく織人とは別れて劇場に向かって観劇し、感想を言い合いながら百合を送り届けた。
 華月が知りうる限り特別な出来事はなかった。ただ胸の中で、秘かな変化が起きていた。

 ◇

「楽しかった……? 華月」
「はぁ、う……っ劇は、よかった……、ん、ん……っ」
「劇のことじゃないって分かっているくせに」

 織人は多くを語らないまま華月の胸に触れ、駄目な体を自覚させるためにこす、こす、と弄る。

「あっ…ぁあ…っだめ、剥がしたら……っああ、こ、擦れちゃう……
「剥がして触らないと、いつまで経っても華月の乳首は……やらしい塊のままだよ」
「あ…っあ、んっ……」

 織人は肌着の中に手を差し込み、絆創膏を剥がしてしまった。見えているように正確に指が粘着面を掴んでパッドの部分まで通り過ぎ、微かな痛みが走り、淫らな予感に腰が制御を失って揺れ動く。
 汗をよく吸収する白い肌着は、適度にフィットして着心地がいい。今日はやけに胸の部分がきつく感じた。纏わりつく布が無視できない。

(織人に見られると思うと、ずきずきして……っ乳首がもっと目立って、透けちゃう……今、透けてる? すごく恥ずかしい乳首の、色や形を織人に見られちゃう……)

「ふぅ…っふー……っん……」

 びくびくと、慎みなく跳ね上がりかける体を縮こませる。
 男の乳首が卑猥なものだという意識を、織人以外から教えられたことは一度もないのに、彼の手で秘め事のように淫らに触れられ、いつしかそこが性器だと信じ込まされていた。
 織人の目が鋭く、布に阻まれた小さな隆起に突き刺さる。

「―少しぷっくりしているね。形までエッチになってきた」
「っ……うそ…っお……
「本当……。可愛い色が透けてる」

 織人が肌着の布を突っ張り、肌にピンと密着させた。乳頭が布に擦れ、腰がずんと重くなる。
 白く薄手の生地は肌に張りつくと僅かに色を透けさせる。重ね着すれば透けなくなる肌着も、一枚では完璧な防御力は得られなかった。
 びく…びく……ッずき、ずき、ずくんっ…

「はっ…ふー…っふー…っいやだ、見ないで、はっ…恥ずかしい……、はぁ…
「もっと恥ずかしがって。華月は今、性器を見られてるんだよ……?」
「っお……ん゛〜……
「さっきと同じように触るよ。いいね。…はあ……」
「待って、待って…あン…ッあっ、アッ、ああぁー……」

 ぐりっ…ぐにぐにぐに…っずり、ずり、ずり、ずりっ…

 織人はじりじりとした視線を向け、薄っすらと全貌が透けた乳輪を摘み、指の腹でこね回した。
 つるりとした肌着は滑りがよく摩擦を助ける。乳輪に埋もれた感度の塊が、いよいよ目に見えて腫れ上がる。

「ふうぅ…うあ…ッん、んっ…は…っだめ…えっあっあっあッアぁッ……
「ハア……、乳首が凝ってる……、気持ちいいの? 華月、まだまだぬるい触り方しかしてないのに、顔を真っ赤にしてやらしい声が出ちゃうんだ……」
「っお……んぐ……っんむぅ……っ

 未だ肌着と乳輪の外側からしか触れられていない乳首が、硬くなって腰を疼かせる。
 織人も息が上がり、掠れた声で華月を辱める。左右に擦り合わせていた指が、上下に扱く動きになった

 ぐりぐり…っ、しこ…しこ……ッシコ、シコ、シコ……

「あ…っあへぇ…あ…あっあっあぁん……
「ん……華月はシコシコされるほうが好き?」
「〜〜……ッおォ…っん゛っんぐっ…

(ああ……シコ、シコって、下品な動きされて……乳輪の皮膚が上に行ったり下に行ったりして、中の、気持ちいい場所擦られちゃう……。こんなのまるで―ちんちんの皮を使って、扱かれてるみたい性器を……お…そんな。乳首は性器じゃない。そうならないために治してる最中なのに……)

「はっ、はぁ…っらめぇ……っお、ちんちん扱くみたいに、シコシコしないで…っあー…あぅ……
「っふー…フー……自覚ある? 今すごいドスケベなこと言った。そっか、乳輪が皮で、乳首が中に隠れてるのがカリと同じだって……。華月は仮性包茎だから、いつも皮を使って、こうやってっ、オナニーしてるの…?」
「―……っあひ……っらめ、皮でシコシコだめ…ッ、おっほぉ〜……

 シコッシコッシコッシコッ…ぎゅむ…っぐに、ぐに…っ

 味わったことのないもどかしくゾクゾクする快楽に、淫らな訴えが口を滑らせる。普段の自慰のやり方を織人に言い当てられ、恥じらって隠したい気持ちが乳首を一層敏感にした。
 織人は一瞬目を瞠ってどこか苦しげな表情になり、指を乳輪に食い込ませてずりずりと上下に擦る。

「ね、華月の本物の可愛いちんちんより、こっちのほうが敏感になってない…? ち〇ぽよりずっと小さいし、クリ○リス、って言ったほうがずっと似合ってる…」
「そんな…っああッあァん…ッ
「華月、クリ乳首になっちゃったね?」
「あああへ…ぇっ……―……っ
「小さくて、皮に隠れてて、ふー……ッシコシコすると雌の声出て、腰がびくびくする、はは……っ」
「っ…はあ…、あッ…あァんっ…

 織人の美声で辱めを受け、否定の代わりに宙に浮いた腰がへこ、へこ……と情けなく跳ねて動く。

「腰ヘコもやらしい……、困ったね華月、感じなくなるどころか、クリ乳首でアクメ…できるんじゃない? 腰の遣い方まで女の子みたいに、クリで感じてる……」
「お…ほぉ…っん、んぇ…っん゛〜……
「声は女の子よりヤバいな……、本気で感じてるのバレバレな声、ふーッ……こんな声出ちゃううちは絶対女性と付き合えないね。男のち〇ぽにはよく効くけど…それはもっと駄目だよ」
「ん゛んぅ……っお…ふー……

 ぐにっぐにっぐにっ、シコッシコッシコッシコッ
 びくっ…びく……っへこ……、へこ、へこ〜……へこ〜……へこぉ……っ

 口が「お」の形に開いて出る無様な声も、疼いてはしたなく上下左右に揺れる下半身も、もちろん制しようと頑張っているが、乳頭に刺激が走ると理性を上回って本能的な動きが先に来る。
 執拗に織人の指で摩擦された布は伸びて目が荒くなり、腫れて色が濃くなった乳輪がより鮮明に透ける。

「ふー…、ビンビンに硬くなってるのが指先に伝わる……。直接ここに触ったら……ん……、華月はそれだけでイってしてしまうかもね? 華月のここは、敏感なクリ○リスだから」
「はへ…っんぁあ……あぇらめ、いっ…乳首が、く……、クリ○リスにしないで……はふぅー…っ

 織人が使う淫語は呪いのように華月を雁字搦めにして追いつめる。何もかも言う通りになってしまう気がして、危機感すら甘く重い。

「はへっ…い……ッちくびシコシコ…ッお…っきもちいぃ……っ
「っ……、……、弱すぎるよ華月。気持ちいいのに弱いクリ乳首、これからもいっぱい鍛えてあげないとね」
「おぉ〜……んっ……い、いきたい、いくいく……っしたい、いぃ…ッこし、へこしちゃう…っんっ…お…ほぉ……

 織人は乱暴に肌着の上から乳首を扱く。頑なに直接触れることはなく、「クリ○リス気持ちいい? 皮使って擦るの気持ちいいね」と甘い声で責めながら、硬く凝って捉えやすくなった乳首を乳輪の皮膚を使って弄り続けた。
 
 ぐりぐりぐりぐりッ、ぎゅうっ……シコシコシコシコッ
 へこ…へこ…ッへコ…へこへこ…、びく、びく…ッ

 指一本触れられていない華月のペニスは、胸を揉まれるごとにムクムクと興奮した形に変貌し、勃起した後はひたすら汁を垂れ流していた。乳首で下着をべったり濡らしているなんて信じたくなかったが、気持ちいいのが強すぎていつしか膨らんだズボンの有り様を見せつけるように腰を突き出していた。

「おッ…おぉっぉん…んん…もう…いきたいいっ…ひぁ…っ気持ちいいきもちい…っ
「……どうしたらいいのかな。乳首が気持ちよくてアクメしたら、冗談抜きに本物のクリ○リスになってしまうよ。我慢できない?」
「あひっ…ちくび、クリ○リスじゃない…っあう…っい、いっていい?織人ぉ…っいかせていきたい…ッイクイクしたい……っあ…っあ゛ー…
「……っ」

 下半身が物欲しげに蠢き、涙目になって淫らなことを口走る華月に、織人が息を呑んだ。
 手足を縛られているわけではない。いつでも勝手にペニスを扱いて達することはできた。華月は織人に甘えていた。自分のことなのに、感じるのもいくのも、織人に委ねるべきだと信じ込んで、腰を情けなく揺らして無意識に媚びる動きを繰り返す。

「―……いいよいって。その代わり、ちゃんと口に出して。クリ乳首でアクメするって、俺に聞かせながらいって、いけ……っ」
「お゛…お…ほぉお〜……っ

 ぐりぐり、ぐりゅん……っ、シコッシコッシコシコ…ッ

 織人はちらりと華月の下半身に突き刺さる視線を走らせ、指は両方の乳輪を捉えたまま、乳首に狂おしい快楽を与えた。乳輪の皮膚がずりずり動いて凝りを刺激し、目の前に火花が散ってあられもない声と腰の動きが止まらない。いっていいのだと思うと抑える気も失せ、濁った声をあげて腰を突き出し、股間に触れた。

「お゛…っほ…おォ〜……っいッ…イクイク…っクリ乳首で……っあくめ…ッいく…っい゛くイク……ッ

 へこっへこっへこ……っずりっ…ぬ゛るッ、ずりゅっずりゅっずりゅっ…
 ビクビクッ……! びくっびくっ…、びくんびくん……びゅる…どぷっどぷっ……びゅるる……

「おおぉ〜…んっ……ほっ…ほへ…っおぉ……いッいく…う…
「っあ……やらしい。アクメして、クリ乳首が指を押し返してくる……」
「んー…いい、きもちいー……いってる……っぁあッ……

 ペニスを握った瞬間、織人の指で潰された乳首の快感が駆け上がり、あっという間に絶頂に至った。
 腰が壊れたように跳ね上がり、空気に向けてへこつく。織人はアクメする華月の全身を視界に収めながら、布と一緒に摘み上げられて透けた乳首を淫らに擦り続けた。

「ああー……いいちくび、いぐ…あえぇ……
「は…、はぁ…っ、華月、ちゃんと見てたよ、乳首でいくいくってしちゃった姿…」
「おぉ〜…んはへっはへぇ……いい……もう、ちくび気持ちいいのずっとおっ…ほへっ…

 ぐりぐりぐり…、ぐりゅ……シコ…シコ…シコ……ッくにくに……こす、こす、こす〜…

 何度も痙攣して精子を出し尽くすと、織人が乳首を責める強さを少しずつ緩めた。
 優しく擦られるといったばかりの股間が切なく疼き、ズボンまで汁と汗で湿ってぐしょぐしょになる。

「お…ほぉ…ん……っもうだめぇ……く、クリ乳首、で、いったから、あァ…
「……華月、いったら駄目なんだって、分かってる? 俺は乳首を鈍感にするために触っているのに、クリみたいに扱かれてアクメするなんて…」
「〜……あひ……
「ふー…ふーっ…まだまだだよ。クリ乳首で…、感じなくなるまで鍛えないとね…?」
「あッ…あッあっ…あン…ふぁ…あぁあ……

 ぐに、ぐに……ぐに……ぎゅむ、ぎゅむ…ぐりぐりぐり…

 乳輪を摘んで硬いままの乳首の感触を確かめながら、織人が耳にくぐもった声を吹き付ける。

(おっ……乳首でいくいく、しちゃった……もっと、もっと乳首……布と乳輪を使ってクリ○リス…? みたいに扱かれて、もどかしかった。直接、あの手で触られて気持ちよくなりたい……駄目だ、乳首で感じたらいけないのに、織人がエッチな弄り方するせいで、乳首疼いて、俺はおかしくなってしまった……)

「あぅん……っん…、あっ…はぁ…、はあ…うー……」
「―今日は帰ろうか」
「っ……、ぅん、ん、か、帰る……」

 織人は切れ長の目にただならぬ熱を宿したまま、ようやく乳首を解放した。
 乳首も股間も敏感に昂ってびくつく華月は、あやうく「直接クリ乳首扱いて」とねだってしまうところだった。本末転倒だ。
 織人が背中を向けた間に、いそいそと衣服を整えて家に帰った。乳首はどうにか乳輪に収まったが、欲求不満は依然として燻っていた。

 ◇

 少し歩きながら話したいと提案したのは百合からだった。
 百合の家は郊外に構えて広い庭を有し、近くの道も歩道と車道が別れてゆったりしている。平日は見渡す限り人の姿も少なく、誰にも聞かれることなく話ができた。

「華月さんは本当に、優しくて穏やかで、自然と笑顔になれて、私にはもったいない人だと思ってます」
「ありがとうございます……、俺も同じ気持ちです」

 ああ―と悪い予感が現実になっていく。唐突に褒めそやす言葉とは裏腹に表情は気まずさを隠しきれていない。人はやんわりと断りと入れるとき、こんな顔をするのだ。
 次に控えめな色の唇から遠慮がちに出た言葉は、想像のとおりだった。

「だけど」
「……」
「華月さんといると安心して……まるで仲のいい女の子のお友達といるときのようで」
「……嫌な気はしませんが、よくはないのでしょうね」
「お友達としては、心から好意を持っています、だからこそ……異性としては見られそうにないのです」

 覚悟はとっくにできていた。が、少なからずショックを受けて華月はぐっと押し黙る。
 百合を戸惑わせてしまう。

「すみません、恋仲でもないのにこんなことを言って、私ったらひどく自惚れているみたい。両親はあなたと結婚してほしいと考えているようで…、華月さんもご存知ですよね。今のうちに本音を伝えるべきかと」
「っ、こちらこそすみません、あなたに言いにくいことを言わせてしまって。俺もあなたといると、穏やかで優しさを感じて、心が癒やされました。ですが―結婚となると話は別ですよね。親がなんと言おうと、心から愛せる人を選ぶべきです」
「そう、ですよね……! 親の言いなりになるのは嫌。私から言って、必ず抗ってみせます。私達同じ気持ちだったんですね。ほっとしました。もしよかったら、これからもお友達として仲良くしてくれたらとっても嬉しいです」
「もちろんです」

 婚約者候補との関係は、相手からの断りであっけなく終わりを迎えた。
 円満な別れだ。華月は決して百合を責められる立場ではない。彼女に好感を持っていても恋愛には至っておらず、失恋したわけでもない。
 ただし華月は百合を男友達のように感じたことはないし、付き合いを深めればいずれは芽生えるものがある―と勝手に思っていた。
 ―異性には見えない。突き刺さる言葉だった。
 ありきたりな断り文句が胸を疼かせる。華月にはおおいにやましいところがあった。
 それを隠すように片手を胸に当て、その場から退散する。

「どうした、今失恋したみたいに肩を落として」
「あ……柾さん」

 百合の家のすぐ近くなのだから、遭遇する可能性は十分にあった。図ったように現れた柾が開口一番核心を突いてきて困惑する。今はとても彼の冗談に付き合う気分じゃない。

「悪いな、適当に言ったのに図星だった? ―百合にふられたか?」
「ふられた……というより、お互い、いいお友達でいたいと」
「つまりふられたんだな。ご愁傷さま」

 柾はせっかく包んだオブラートを引っ剥がし、直球を投げる。
 なんて嫌なことを言うのだろうと憤慨しかけたけど、むきになっても仕方がないと自制心を働かせる。
この人はきっと、ふられたことなんてないんだ。

「百合も困った子だな。二人でおままごとをしてるんじゃなくて、両家の関係を左右するっていうのに」
「仕方ないですよ。好きでもない相手と親しくしろと促されるのは、優しい百合さんには辛いことです。ご両親も可愛い娘さんに不幸な結婚はさせたくないはずでしょう。あなただって」
「仮に相手が年の離れたおっさんだったり金しか長所のない高慢な男だったなら俺も止めただろうな。両親は百合に甘いから最初からそんなのをあてがわないだろうが。その点、君は年頃が近く、優しくて誠実な印象で、小学生時代まで遡っても悪い噂が一切なかった。優良物件だと思ったんだけどな」
「お世辞がお上手ですね。つまらない男ですよ、俺は」

 お世辞ついでに、念入りな素行調査をされていたと何気なく明かされ、気分が重くなる。
 両家の願いが込められた付き合いは不意になった。柾のお陰様で、百合に断られた瞬間より実感が湧いてきた。
 百合と好き合う未来が来れば、全て丸く収まるはずだった。
 織人との秘密の淫らな行為も、芽生えた罪悪感も、いつか多くの人から祝福される関係が成立した暁には、全てはこのためだったのだと言い訳がつく。
 本気で百合と向き合えてもいなかったのに、自分の損得で重大な物事を考えていた。

「……本気で落ち込んでたのか。まさか泣き出したりしないよな? 俺が虐めたみたいじゃないか」
「泣きません」

 柾が本気のトーンで訊いて動揺して見せたので、華月は心外だと否定した。
 哀れっぽく涙を流す資格はない。百合に好感を抱きながらも、幼馴染のほうが遥かに強烈に華月の中を占領していた。
 柾は優しそうだの、誠実そうだのと、他に取り立てて長所がないから地味な人柄を良いように言ったけれど、実際の華月は誠実さも欠いていた。

「―なるほど、百合はもっと刺激を求めていたのかもな」
「刺激?」

 柾は華月の顔を眺め、腑に落ちたように呟いた。

「お嬢様校の温室で培養された反動だよ。女友達しかいなかった弊害で、こっそり読んでた少女漫画に出てくる強引なイケメンみたいなのに夢を見てるんだ。背が高くて自信に満ちて、少し性格悪くて、オスのアピールが強い男にな」
「……あなたみたいな?」
「止めてくれ。俺はあんな寒いセリフを吐く男じゃない。―君と百合は相性がいいように見えたが、今の百合がときめくには中性的すぎたんだろ」

 女友達みたい、の次は中性的。必ずしも貶す意図のない言葉が、またもぐさりと刺さった。
 華月は織人に乳首を散々に弄られ、クリ○リスだと辱められて興奮し、卑猥な声を上げて感じて果てた。
 雄として認められない人間なのだと、知り合って間もない柾にまで看破された気がして、全身を覆い隠したい羞恥に襲われる。

「失礼します。……さよなら」
「もう帰るの? ―」

 本当に失礼なのを承知でそそくさと逃げ帰る。織人をちらりと思い浮かべただけで乳首が疼いた。柾の前で醜態を晒すわけにはいかなかった。

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