異世界にて 06



男は我が物顔で客室に入ると、玲をベッドの上へ手荒に放り投げた。

「な、何をっ!」
「おおっと、抵抗されるのも悪かねえが、俺を怒らせるなよ? お前だってこの村やおかみが大事だろう?」
「っ……」

抑えきれない嫌悪感と、こんなゲスに逆らうこともできない歯がゆさに、身体が震える。

「へへ、震えて、怖いのか? 安心しろよ、俺は優しい男だぜ」
「や、うぁっ……!」

男は粘っこい笑みを浮かべながら、一息に玲のシャツを引き裂いた。

「――ああ、やっぱりお綺麗な身体だ。本当にここの人間か……?」
「ひっ……」

ごつごつとした指で肌を撫でられ、鳥肌がたつ。
男遊びという単語は先ほど聞こえていたが、まさか本当に玲を女の代わりにする気なのか。
20年の人生でそういったものとは全く無縁だった玲にとっては、未だにこの状況が信じられない。

「鳥肌がたってるな、感じたのか……? へへ、ガキみてえな乳首の色だな」
「やめろっ、んっ……」

剥き出しになっていた乳首を指で摘まれ、玲はびくりと震えてしまう。

「いやらしい声出しやがって。まさか開発済みか? 村の男達にでもケツ貸して、ここも吸ってもらったのか、ああ?」
「ありえない! もうやめ、てください……」

この期に及んで言葉で懇願することしかできない自分が情けない。

こんなことをされるくらいなら、憂さ晴らしに殴り蹴られたほうがよほどましだった。
「……やめるかよ。生娘を抱いてるみたいで悪かねえな。――さて、まずはしゃぶって貰おうか」

当然玲の意志など軽く無視したまま、男は興奮した様子でズボンに手をかける。
周りの男達も微かに息を荒げてこちらを凝視しており、部屋は異様な熱気に包まれていた。
男が半勃ちの肉棒を取り出した、そのとき。

「――っ、何だおめえはっ……ぐあっ」

音もなくひとりでに扉が開いたかと思うと、男達が次々と昏倒していった。

「うあ、なんだ、これは……」

隊長の男は遠のく意識に抵抗していたようだったが、やがて目を回し、玲の上へ倒れこんできた。
咄嗟に蹴ってどかそうと振り上げた足が届く前に、誰かの腕が男を掴み、思い切り床に叩きつけた。

「ど、どうして……」

反射的に見上げて、玲は驚きに目を見開いた。
立っていたのは、あの銀髪の美しい男だった。
訳が分からないが、どうやら助けられたことは確からしい。

「あの、とりあえずありが……」
「――お前は一体、何をやっているんだ!」
「えっ」

礼の途中で苛立ったように言われ、玲は呆然としてしまう。
いつも冷たい印象だった男のこんな様子は当然初めて見たが、そのレアな感情が今の自分に向けられている理由がさっぱり分からない。
玲が何をしたというより、玲は主にやられっぱなしだったわけで。

「――いや、その……すまない」
「え、いえ……」

今度は少し焦ったように謝られ、そうされては助けてもらった玲としては文句も言えない。
……気まずい。なんだこの空気は。
が、そのとき。
その空気を引き裂くような爆音が響いた。

「なっ!? 何だ……!?」
「――っ、結界が破られたか」
「結界!? もしかして、魔物が……」

だとしたら非常にまずいのではないか。
魔物を倒すために来た男達の隊長は、今ここで伸びているのだ。

「いいか、お前は宿から絶対に出るな。おかみは眠りの術に巻き込んでしまったが、数時間すれば目を覚ますだろう。彼女の傍で終わるのを待っていろ」

「え!? ちょっと待ってください。この人たち伸びてるけど、どうするんですか!?」

しかし玲の問いには答えず、男は足早に出て行ってしまった。
玲もとりあえず彼を追うように、一階に下りた。

「ア、アルマさん!」

食堂に、アルマと見張りの男が倒れていた。
玲は見張りを足で隅に押しやり、アルマを抱き起こす。

「アルマさん、アルマさん?」
「う、うーん…………。ユーイン、それはレイのおやつだよ……」

どうやら本当に寝ているだけのようらしい。
ほっとして彼女を抱き上げると、奥にある彼女の自室に運んでベッドに寝かせた。
できれば男の言っていたように傍にいたかったが、どうにも外が騒がしい。
獣の咆哮や人の悲鳴のようなものが聞こえては、とてもじっとしていられなかった。

「すみません、少し様子を見てきます」

眠ったままのアルマに声をかけると、玲は3階へ駆け上がった。そこなら村の様子が見渡せる窓がある。

「……!」

地上の恐ろしい光景に玲は息を飲んだ。頭が三つある禍々しい魔物達が、辺境部隊を襲っていたのだ。
彼らは必死で応戦するも次々薙ぎ倒されていき、徐々に散り散りになって逃げ始めた。
彼らが弱いのか、想像以上に上位の魔物が来てしまったのか――恐らく後者なのだろうが、とにかく非常にまずい。このままでは村人の家が襲われるのも時間の問題なのではないか。
何とかここを守りたいと思うが、見ているだけで足が竦む有様だ。
どうするべきか必死に考えていたそのとき、突如辺りが光に包まれた。

「な、なんだ!?」

眩しさに耐えながら必死に目を凝らすと、誰であろうあの男が現れた。
危ない、と案じる間もなく、男の剣から放たれる光が次々魔物を飲み込んで行く。
すごい――と、玲は今までの恐怖と焦燥も忘れてその様を見つめる。
辺境部隊が何人でかかっても倒せなかった魔物が、あっという間に壊滅していった。
見る限り全ての魔物が消えて、玲は安堵の溜息を吐いた。
しかしそれもつかの間のことで、男の様子がおかしいとすぐに気づく。
男は光を纏ったまま一点を睨みつけている様子で。

「……!? トムスッ……」

死角になっていたところから、人――いや、魔物が現れた。
人間と殆ど変わらないように見えるが、それは宙に浮いて禍々しい気を放っており――その手中に、村の子供を抱えていたのだ。
アルマの話が再び頭に浮かぶ。下等な魔物は獣ほどの知能しか持たないが、力の強いものになると人以上の知能を持ち、時に人になりすまし、時に卑劣で残酷な手段で人の命を弄ぶ。権力者を操って残虐な振る舞いをさせたり、子を人質にとって母と父に殺し合いをさせたり――。
玲は強い衝動のまま階段を駆け下り、宿屋を飛び出した。

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