異世界にて 03



目が覚めると、当然のようにボロアパートの天井が目に入った――なんてことにはならず、玲は寝起き早々溜息を吐いた。
身体についた葉を掃いながら横を見ると、あの獣が丸くなって寝ていて安堵する。
まだ少し苦しげだが、昨晩よりは落ち着いているようだ。

「――な、お前がよくなるまででいいから、一緒に来てくれないか?」

そっと抱き上げて懇願するように言うと、不意にそれの目が開いた。
初めてまともに目が合う。
それは警戒しているようだが暴れはしなかった。そうするほどの体力がないだけかもしれないが。
玲は勝手に了承ととって、それを抱いたまま立ち上がった。
抵抗されないことにほっとして頬が揺るむ。
自分が女々しいとは思いたくなかったが、相当心細くなっていたことは確からしい。
それが傍にいるだけで、昨日よりも大分心穏やかでいられた。


玲はそれを抱き歩き続けた。
二度目の夜を迎えたころには大分それの体力も戻ってきたようで、嬉しい反面別れが近くなっていることに寂しさも感じる。

「ほら、美味いよ」

リンゴを一回り小さくしたような果実を噛み砕いて、欠片を差し出してみる。
警戒しているのかしばらく凝視されたが、そのうち恐る恐る食べはじめてくれた。

「はは、よかった」

頭を撫でると、それはびくんと身体を硬直させる。
その反応が可愛らしくて身体全体を撫で回すと、驚いたようにじたばたとし始めた。

「駄目? そっか……」

少し残念で手を離すと、それはふーふーと息を吐きながら目を忙しなく動かす。まるで挙動不審な人間のようで笑いがこみ上げる。
それでも膝の上からは逃げないところが愛しくて、玲はついそれに頬擦りした。

「痛っ」

今度こそ尻尾でぺしぺしと攻撃され、玲は苦笑した。




4日目になると、元気になってくるそれとは裏腹に玲の体力はかなり消耗されていた。
歩けど歩けど続いているのは同じような森の景色で、精神的にも疲弊してくる。
それがいなければとうに根を上げていたかもしれない。
そんなときだった。

「!? お前……」

不意にそれが玲の腕を離れ、翼を広げて飛んだのだ。
感動するのと同時に、これでお別れかと寂しく思っていると、それが飛びながら前足で玲の服を引っ張ってきた。

「……着いて来いってことか?」

そういうしぐさに見えて、玲は前を飛ぶそれに続いた。
その先に何かあるという保障は全くない。それでも、玲には着いて行かないという選択肢は端から浮かばなかった。
しばらく歩いた末飛び込んできた景色に、玲は目を見開いた。
あれほど広大だった森が途切れ――その先に道と建物、村のようなものが見えたのだ。

「や、やった……!」

限界がきていた足が崩れて、地に膝をついてしまう。
嫌がられてもそれを抱きしめてやろうと辺りを見回して、気づく。
一瞬視界から外れた間に、それがどこかへ行ってしまったことに。

「……ありがとう」

玲は誰にも聞こえることのない感謝の言葉を呟いた。
その直後。

「――――――?」

感慨に耽る間もなく、玲の耳に人の声が飛び込んできた。
慌てて何とか立ち上がって、身構える。

「――――、――――――?」

道から歩み寄りながら、恰幅のいい中年女性が話しかけてくる。

「……」

声から害意は感じられない。どころかその声音と表情からは、気遣うような色さえ感じられる。
しかし言葉は全く聞いたことのないもので、玲は困惑する。
きっとこの人は手を差し伸べてくれている、と直感で分かった。
またとない幸運だと思うのに、この手を上手く取れなかったら、自分はどうなるのか。
緊張に、玲は半ば無意識にスウェットを握った。

「うわっ……!?」

熱い。突然手のひらが――、いや、偶然握ったポケットの中の石が熱くなった。
熱さは一瞬で引いたが、理解を超えた現象に、速くなっていた鼓動が更に激しくなって汗が噴出す。

「……あんた? どこか悪いのかい? うーん、言葉が通じてないのかね」
「えっ……」

いきなり女性の言葉が理解できるようになり、玲は目を見開く。
これは石のおかげ、ということなのだろうか。
しかし今はそれを考えているときではない。

「あの、俺は」

一体この身の上をどう話せばいいのか。必死に逡巡しながら口を開くと。

「まあまあ! 言葉が通じなかったわけじゃないのね。話は後でいいさ。何があったかしらないけど、そんなにボロボロになって可哀想に。さ、うちに来るといい。貧乏だけど、湯とパンくらいはすぐに用意できるからね」
「い、いいんですか?」

女性は見た目以上に人情深いようで、思いがけない優しさに軽く感動してしまう。

「当然だよ。困ったときは助け合い。特にあんたみたいな子供、放っておいたら神様にしかられるってもんさ」

子供、という部分は複雑だったがあえて訂正せず、玲は女性の家に招かれることになった。

prev long next