憑かれた男 02


あり

不動湊(ふどうみなと)は非科学的なものは信じないたちだった。超能力に予言、UFO、それから幽霊。創作物の題材として楽しむことはあっても、現実には一切見たこともないのだから信じようもない。
だから立地や間取りから考えたら破格の家賃であった「事故物件」を見つけたとき、湊は幸運な出会いに感謝して迷うことなく入居を決めたのだ。それが大きな過ちだったと知るのは間もなくのことであった。



『はぁ〜セックスがした〜い』

引越し作業は滞り無く進んだ。日が暮れて業者の人が帰った後、上機嫌で物を整理していた湊に突如受け入れがたい現象が襲った。

「…………」

おかしい。自分はよほど疲れているのだろうか。見間違いであってほしいと思い切り目を擦ってみたが、異質な存在は一向に消える気配がなかった。
短髪に筋肉のついた逞しい体と、それに似合わないシナを作った喋り方をする男は、ぱっと見で明らかに透けていた。
あまりの衝撃に逃げることもできず立ちすくんでいた湊に、男は言い放ったのだ。

『何かアンタとは波長が合いそう。ちょっと取り憑かせてよ、ね!』

ちょっと100円貸してよというくらいの軽いノリで近づいてきたかと思うと、その透けた体が吸い込まれるように湊の体の中に入ってきてしまった。
取り憑かれたことで、男の思念が勝手に頭の中に浮かび上がってくる。
男の名はサトシ。物心ついた瞬間から生粋の男好きであり、初恋の相手は保育園の太郎君、初めて欲情した相手は小学校の一郎君、最もオカズの対象となったのは中学の体育教師の鈴木先生。それから幾人もの男達に恋をしてきたが、相手はいずれも至ってノーマルでありその想いが実ることはなかった。
サトシはとにかく性欲が強かった。そして突っ込まれる専用のネコであった。しかしガタイがよくいかにも男らしい彼に突っ込みたいと思ってくれる男は一向に現れない。サトシが生まれ育ったのは山に囲まれた田舎の村であり、ハッテン場などという同胞との出会いの場は存在しなかった。
高校卒業後は実家の農業で働き出したものの、数年後仕事に嫌気がさして若者らしく東京に出て行きたくなり――という建前で実際には性欲が抑えきれなくなり、上京。住む場所も仕事もすぐには見つからずセックスもすぐにはできなかった。一年後ついに、ついにハッテン場で出会った男が家に来てくれることになり舞い上がったサトシは、勢いをつけようと強くもない酒を浴びるように飲み酔いつぶれ、寝ゲロで窒息し呆気無くこの世を去ったのだった。

「…………」
『ひどい話でしょ? とにかく俺の心残りはセックスできずにアナル処女で死んだことなの。というわけでアンタの体貸して、男に思う存分突っ込まれて』
「他を当たってくれ」

湊は成人男性としてはかなり珍しいレベルの潔癖だった。
セックスは本当に好きになった一人とだけでいい。更に言うなら婚前交渉などしなくていい。つまりお互い好き合って結婚し、初夜に晴れて童貞を卒業すればいいと本気で思っているのだ。
サトシの思念はそんな湊にとって強烈すぎた。
男のペニスをじっくりしゃぶってビキビキに勃たせたい。濃厚なディープキスをしながらお互いのペニスを音が出るほど激しく擦り合わせたい。乳首を弄りながら激しく手マンしてほしい。太くてカリ高のペニスに奥までズコズコ突かれたい。
激しいめまいを覚えた。同性愛に偏見があるわけではないが、そういうレベルの話ではない。頭がおかしくなりそうだ。

「俺には絶対できない、今すぐ俺の中から出て行ってくれ」
『あ、あんた童貞で処女なんだ、いいねえ、だから波長が合ったのかも。俺は清い体のまま死んだのに取り憑く体がヤリチンやヤリマンじゃ興ざめだし。大丈夫、経験こそないけど俺知識はばっちりあるから』
「いやそういう問題じゃなくて」
『セックスして満足したら成仏するからさ。俺だってずっと幽霊として漂ってるなんて嫌なの。死んでから数年、一人で寂しくて仕方なかった。やっと取り憑ける相手が見つかって、成仏できるチャンスができたんだよ。ね、人助けだと思って』
「……」

哀れっぽく言ってはいるが要するに幽霊になってなお性欲が抑えられないだけだ。しかしサトシの境遇を考えてみると確かに哀れではある。

『さっさと生まれ変わって来世じゃ思う存分自分の体でセックスしたいし。ちなみに憑くことはできたけど出て行き方なんて知らないから、成仏するまで俺たち一心同体だよ。よろしくね』
「…………」

開いた口が塞がらなかった。
現実から逃げるように湊は寝ることにした。サトシは引越し作業が終わったばかりの部屋をうろうろと見回した後、AVかエロ本を見せろと要求してきた。そんなものはないと断ると『信じられない、男のくせに』などと文句を言っていたが無視した。

朝になったら何事もなくいつもどおりであればいいなんて願望はあっさり打ち砕かれ、下半身の不快さで目が覚めた。夢精している。覚えていないがとんでもなく淫らな夢を見た気がする。出すものを出したというのに未だ下半身に熱が篭っている。
『朝の牛乳代わりに精子飲みたい』『朝勃ちして反り返ったペニスを思い切り突き入れてほしい』なんてふざけた思念が流れ込んできて、不快だというのに更に下半身が熱くなってしまいそうで、湊はぶんぶんと頭を振った。会社に行かなくては。
サトシが憑いたまま外に出るのは不安で仕方ないが、湊はまだうだつのあがらない平社員なのだ、休むわけにはいかない。重い気分で家を出、駅から満員電車に乗り込んだ。
電車内では何とか窓際の端のスペースに陣取れたが、駅に停まるごとに乗客は増えぎゅうぎゅうと体が密着する。この状態であと30分乗っていなくてはいけない。今日は周りは男性だらけで、むさ苦しいが痴漢に間違われないよう配慮しなくていいだけましか――と思っていたのだが。
気づくと湊の両手は勝手に動いて、目の前のサラリーマンの体を弄りだしていた。

「……!?」

さっと血の気が引いて、すぐに止めようとしたが体の自由がきかない。サラリーマンは背が高く細身に見えるがスポーツをやっていたのか筋肉質で、手に硬い感触が生々しく伝わってくる。
まさぐられているのに気づいたのか身じろぎする。
今ならまだ偶然当たっただけと言い訳ができるかもしれない――が、湊の手はお構いなしにサラリーマンの股間に伸びた。

「……っ」

男が、信じられないものを見るように湊を凝視する。男に痴漢されているのだから当然の反応だ。
年齢は湊より少し上くらいだろうか、その顔は端正でサトシの好みなのだろう。興奮してとんでもなく淫らな妄想をしているのが伝わってきて、シンクロして湊もたまらない気分になってしまう。

「君、何を……」
「はぁっ……ち○ぽ、このち○ぽ、すごい…熱いよぉ…」

密着した体を擦りつけながら、スラックスの上から執拗にペニスを撫で回す。聞いたこともないようないやらしい声が勝手に口をついて出てくる。
――サトシに操られている。焦って何とかしようとしても体が全然言うことを聞かない。そのくせ体の感覚はむしろ敏感になっているくらい鮮明だった。

(こ、こんなこと……っ、やめろ、こんな最低な犯罪行為…っ)

頭の中で必死にサトシに訴えたが、欲望に正気を失っているのか返答はない。
妙齢の痴女なら喜ぶ男もいるだろうが、息を乱した見るからに変態の男に触られてサラリーマンはさぞ不快なことだろう。現行犯で捕まえられたら言い逃れのしようもない。堅実に生きてきた人生が一瞬で狂わされてしまう。

「んん…っ、ち○ぽ、硬くなってきた…大きくてやらしい…あぁっ、はぁん…」

いつ激高され、痴漢として捕まえられてもおかしくない状況に恐怖を抱きながら、体はどんどん昂ぶって痴漢行為を続ける。脚が淫らに絡まり合って、湊のペニスも勃起し始め男の太ももに押し付ける。いつの間にかスーツのジャケットがはだけていて、シャツ越しに乳首が筋肉質な肉体に擦られるとじんと痺れるように感じてしまう。快感を追い求めるように身をくねらせながら、なぞるように何度もサラリーマンのペニスを撫でると、段々硬く張り詰めてくる。異様な悦びでゾクゾクと震え息が上がった。
そのとき、やりたい放題だった腕をサラリーマンの大きな手で掴まれた。
人生終わった、とその瞬間は思った。

「君……いつもこんなことしてるの?」

男は案外冷静に、しかしどこか上擦ったような声で湊に問いかけてきた。

「してない…っ初めてだけど、エッチなことしたくて、もう我慢できない…っ」
「エッチなことって…?」
「ち○ぽ…っ、ち○ぽシコシコして、勃起したデカち○ぽいっぱい触って舐めたい…。俺の乳首とち○ぽ、お兄さんに擦りつけたらすごい敏感になってじんじんして辛いから、かわいがってほしいよぉ。それから、処女ケツま○こ指マンで激しくズボズボして、大きくてビキビキしたので突きまくって…?」

この期に及んでも耳を塞ぎたくなるようないやらしい言葉がどんどん出てくる。言葉に自分が煽られるみたいに乳首とペニスがどくどく疼いて、アナルまでひくつく。手の中のペニスもどくんと脈打って、それが嬉しくてたまらないと感じてしまう。
興奮で震える指でパンパンになったファスナーを下ろし、パンツをずらすと、勢いよく反り返った勃起が飛び出してきた。
硬くて、太くて、血管がグロテスクなくらいビキビキと浮かび上がっていて、大きく張り出したカリは先走りで湿っている。――これを挿れられたい。奥まで挿れられて突かれることを想像してアナルが激しく収縮した。
脈打つペニスを愛しげに扱くと、サラリーマンの手が動いた。

「あぁっ…んっあッはぁっ…」

サラリーマンは息を乱しながら、強く尻を揉みしだいてきた。形が変わるほど指が柔らかい肌に食い込んで、ゾクゾクとした快感が這い上がってくる。

「あぁんっ…きもちぃっ、ん、はぁっ…」

蕩けたように力が抜けてサラリーマンにもたれかかると抱きしめるように密着させてくる。電車の揺れと快感による痙攣で乳首が強く擦られ、股間は脚でぐりぐり刺激され、どちらも痛いくらい勃起して敏感になっていた。
最初は躊躇いが見られたサラリーマンの手はどんどん大胆になっていき、指が尻の谷間を割って――奥の穴に押し付けられた。

「ひあぁっ…! んっ、あッひっそこぉっ…あッあッ」
「ここが気持ちいいの…?」
「あぁんっんっ…やっあッはぁっ…」

ぐりっ、ぐりっ、ぐりぐりぐり、ぐりゅっぐりゅっぐりゅっ

指が穴に食い込んで押しこむように擦られる。それだけのことでゾクゾクと苦しいほど感じる。サラリーマンは興奮した顔で攻め立ててきて、ビキビキに勃起したペニスが無防備な湊の体にゴリゴリ押し付けられていた。欲情に荒くなった息が耳にかかる。

――この男は、この凶器みたいな棒を自分の中に挿れたいと思っているのだ。
本能で感じた。想像すると体がビクビクと震えて、アナルが物欲しげにひくつく。

「はぁっあッん…やっあッあぁ〜…」

痺れるような快感に腰が砕ける。スーツ越しでも物欲しげなアナルの収縮がバレてしまったらしく、サラリーマンは荒々しい手つきで湊のベルトを外しスラックスを引きずり下ろした。

「ひあァッ…ひっあッあッ」

サラリーマンの指が、先走りが垂れてきて濡れたアナルへ触れる。ただの排泄器官でしかなかったはずのそこが、今は性器になってものほしげにひくつき男を誘っていた。

「指、挿れるよ」
「っあッんはぁっ……あぁああーっ…!」

ぬちゅ…、ぬぷ、ぬぶっ、ぬぶ、ずぶぶぶっ……

サラリーマンは色っぽい声で淫らな宣言をし、赤くなっている耳に舌を這わせながら指を挿入してきた。

「あッあッ…んあぁっあひっやっあッ」
「……っ」

初めて味わう体の内側からの快感に意識が飛びそうになった。節くれだった指が内壁を擦るたびにじっとしていられないほど感じる。
サラリーマンは激しい締め付けに一瞬躊躇したようだが、湊の蕩けた顔を見ると体を熱くして抜き差しを始めた。

ずぶっずぶっ、ずりゅっずりゅっずりゅっ、ぐり、ぐり、ぐりぐりぐりぐりっ

「あッあッあぁッあんっ! ひっんっあんっふあっ…」

熱くうねる中が指マンで蹂躙されていく。気持ち良すぎる。いけないとわかっているのに声が止まらない。

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