寝取られリターンマッチ 02 03


あり

晶紀にとってそれは青天の霹靂という他なかった。
いつもと変わらない夜だった。シャワー後の髪をタオルで拭きながら、ビールを一本空けようか、仕事に響くから週末まで我慢しようかと、どうでもいい思案をする。無意識にスマホを手にとった流れで一人用のソファにだらしなく座り、画面を開いた。

「……え?」

メッセージには、一目でただならぬ状況だと分かる彼女の画像が貼られていた。
『ごめん、もうあなたとは付き合えない』。短い文字を理解まで時間がかかった。スマホを思い切り投げそうになって、胸元できつく握りしめた。

◇◇

彼女を寝取られた。画像付きで。
何かの間違いであってほしいと願いながら情報をかき集めた結果、残酷な事実は覆しようがなく固まっていく。
彼女、凛南とは大学の友人の紹介で知り合った。まず見た目がタイプだったし、性格はおっとりしているようで意外にしっかりした部分もあって、とにかく魅力的に見えた。
周囲の後押しもあって付き合うことができてから三年が経つ。就職後は互いに忙しく会える頻度は減ったものの、良好な関係が築けていたはずだった。仕事でストレスが溜まったら一緒にカラオケで思い切り歌ったり日帰りで温泉に行ったりして発散したし、少し合わない部分があっても折り合いをつけられる範囲だった。
結婚も意識し始めていた。凛南のほうが友達の婚約を羨んだりしていて、願望が強いのが窺えた。もう少し経済力がつくまでは待っていてほしいと密かに計画を立てていた。
思い出すだけで頭を掻きむしりたくなる。

「……許さない……クソ野郎……」

マグマのように怒りが吹き上がってくる。矛先は彼女ではなく相手の男へ向いた。画像はどう見ても男が撮ったものだったし、凛南は元々性に積極的なタイプではない。強引に迫られたに違いないと思った。何より凛南を憎むにはまだ情が残りすぎていた。
晶紀は復讐を誓った。問題はどう復讐するかだ。一発や二発や三発殴る程度では気が済まない。そもそも流血沙汰は苦手だ。
同じ苦しみを味わわせたい。つまり彼女を寝取ってやりたい。
まずは共通の知り合いに探りを入れ、SNSを片っ端からチェックして情報を集めた。最終的には凛南を紹介してくれた友人の軽井を問い詰め、特定するに至った。

「マジ? NTRってやつ? エロ漫画みたいだな」
「ふざけんな。紹介したときは浮気とか絶対しない良い子だってめちゃくちゃ推してきたくせに……」

軽井は名前のとおり軽いノリで生きており、会うたびに髪の色が違ったりして、この日は緑とよくわからない色のグラデーションになっていた。遊び相手としては楽しい男だが、真剣な話をするときには少なからずこっちの気に障る物言いをする。

「俺も責任感じてるよこれでも。凛南ちゃんが浮気したあげくエッチな画像送る子だとは思わなかった。参考までに画像見せて?」
「死ね」
「いたっ、ぶたないでー。でもぶっちゃけ結婚する前に分かってよかったじゃん。俺は浮気する子全然ありだけど晶紀は無理でしょ? 怪我の功名ってやつだよ。泣くなって、もっと可愛い子紹介するよ。晶紀ふつーにイケメンだし。ま、あいつと比べたらアレだけど……とにかく紹介するよ」
「いらないよ……、全然そんな気分になれない。紹介紹介って、お前女衒かよ」
「ぜげん……ってなんだっけ?」

女なんていくらでもいるという軽井の軽い言葉は事実ではあるが、全く響かない。今晶紀の心を揺さぶるの女は凛南だけであり、彼女を寝取った男だけだ。
男の名は古賀という。偶然にも顔がやたら広い軽井の知り合いであった。
名門大学の出身であり、現在はコンサルティング会社に勤めているという。この情報だけでもう嫌いな人種だ。
他人のSNSから顔写真を見つけ出し、どきりとした。イケメンで体格がよく自信に満ち溢れた顔をしている。いかにも女を寝取りそうである。これはただの偏見だ。引っかかったのはそこではなく、顔に見覚えがあったのだ。
思い出した。古賀は――凛南がインカレで知り合ったという友人であり、飲み会か何かで顔を見たことがあった。数十人規模の集まりで名前を認識するには至らなかったが、やたら女に取り巻かれてる男として記憶に残っていた。
まさかあの頃から凛南は……と恐ろしい想像をして頭を振る。

(まさか長年サイレント寝取られされてたとか……ないないない。一回だけだって軽井も言ってた。一回だけであんな、俺にも見せたことない顔……あああああ、くそっ)

今は凛南のことは考えたくない。とにかく古賀の彼女を寝取りたい。
しかしSNSをくまなくチェックしても、軽井に無理やり身辺調査をさせても、古賀の本気の彼女は見つけられなかった。関係を持ったと思われる女性は雨後の筍のように出てくるが、いかんせんとっかえひっかえすぎる。
本気で付き合っている人がいないなら、晶紀と同じ想いを味わわせるのは不可能だ。そもそも古賀を取り巻く女性はモデルのような美人だらけで、晶紀が迫ったところで相手にされるか甚だ疑問である。
だからといって諦めるほど恨みは浅くない。
相手がいないなら……いっそあの男を犯して、凛南と同じように恥ずかしい姿を撮影してやればいいのだ。

◇◇

晶紀の決意は固かった。ストーカーのように古賀の動向を探り、今日都内某所のラウンジに現れると突き止めた。ストーカーのようにというより、ストーカーである。
生まれてこの方ラウンジに縁はなかった。キャバクラみたいなものだろと言ったら軽井に鼻で笑われた。
動機がなければ一生縁がないままだっただろうが、怒りが背中を押してくれた。

「マジで行くの〜? お前が奢ってくれるっていうから乗ったけど、やっぱ気が進まないな」
「行くったら行くんだよ。千円やるから今更グダグダ言うな」
「足りねー」

軽井には共通の知り合いとして仲介役を頼んでいた。もちろん真の目的は伝えず、会って話してみたいとしか言っていない。
渋る軽井に千円札を押し付けながらドアを開ける。
ラウンジの中は薄暗く、カウンター席といくつかのテーブルが置かれていた。配置自体は普通の店とあまり変わらないが、ソファはやたら重厚で高そうだし、どこか怪しい。入店の手続きは軽井に丸投げした。
暗い店内でもその男は際立っていた。一目で認識した瞬間に腸が煮えくり返りそうになる。
その次に、古賀の隣に座る女の子に気づく。モデルみたいな美人だ。ひそひそと顔を近づけて話しており、古賀がスマホを見たまま何か返すと彼女は嬉しそうに笑う。どちらに気がある関係なのか一目瞭然だ。容姿は全く違うが、凛南と彼女が重なってしまう。

「古賀〜、ういっす」
「……ああ、軽井か」
「ちょっと飲もうぜ。こいつ友達の晶紀ね。偶然そこで会って連れてきた」

軽井が適当な嘘を吐き、古賀がこちらに目をやった。
まだ本心を見せてはいけない。無理やり笑おうとしたが難しくて顔が歪んだ。

「……どうも」

古賀は顔色一つ変えなかった。
やはり晶紀のことなど認識していないのだ。前に会っていることも、彼女を寝取ったことさえも。


もしかしたら知らないうちに恨みを買っていて、だからあんな酷い仕打ちをされたのかと思ったがそんなことはなかった。彼はただ凛南とセックスしたかったからセックスして、その場のノリで画像を送ったに違いない。晶紀は数多いるであろう哀れな寝取られ男の一人でしかなかったのだ。
女の子が、二人きりを邪魔されて露骨に不機嫌そうな様子で「誰この人達」と古賀に問いかける。怒った顔すら美人である。しかし古賀はやはり一瞥もしないまま言う。

「こいつらと飲むから、もう行っていいよ。元々少しだけって言ったよね」
「え、でも……」
「聞こえなかった?」
「……、聞こえた。じゃあまた連絡するね」

素気なくされても彼女はまだ古賀に気があるようで、名残惜しげに去っていった。こんな男は絶対にやめておけと後ろ姿に叫びたいのをぐっと我慢する。
古賀が不意に話しかけてきた。

「俺に何か?」
「いや……っ、何でも、ない。あの子、美人だなあって」
「そうだね、整形してるけど。それにあんた、あの子よりずっと俺のこと見てない?」
「いや……っ、い、い、イケメンだからつい……」
「知ってる」

まずい、疑われたかと焦ったが、なんとか一緒に飲めることになった。
きっと取るに足らない人間だと思われているに違いない。別にいい。目的さえ達成できれば。

「酒は何が好き?」
「……酒強くないから、ウーロン茶で」
「は? 飲むっていうから時間とったのに冗談でしょ。甘いカクテルでも頼んでやるよ」

カウンター席の隣に勇気を出して座る。近くで見ても古賀はイケメンだった。目は切れ長で横幅が広く、鼻はすっと高く、整った男らしい顔立ちだ。それに肩幅が広く、筋肉が万遍なくついているのが窺える。
晶紀は男としてコンプレックスを感じたことはあまりなかった。小学生のときから何度か女子から告白されていたし、中学から運動部で汗を流し、いわゆる陽キャグループに属してきた。しかしこの男を前にすると、女受けを始め多くの分野において勝てる気がしない。
いや、どれほど優れていようと彼女を寝取っていい理由には全くならない。この澄ました顔を快感堕ちさせ、屈辱に歪ませてやりたい。

「仕事は何してるの?」
「話すほどの仕事じゃ……、洗剤作ってる会社の開発。地味だろ」
「そんなことないと思うけど。確実に人の役に立ってるじゃん」
「まあそう言われると悪い気しない……、そっちはコンサルだよね。普段の仕事どんな感じなの?」
「めんどくさいから教えない。年収がいいから就職したけど、転職の誘い受けて迷ってるとこ」

人当たりは意外にいいのかもしれない、と一瞬思ったがやはり間違いだ。なんて傲慢で嫌味っぽいのだろう。
古賀の発言に度々血管をビキビキとさせながら、それなりに時間は流れた。いつの間にか軽井は消えていて、いつでも計画を次の段階に進める状態になった。持つべき者は顔が広くてちょっと怪しい友人である。
古賀が席を立ったタイミングで、ポケットに潜ませていた薬を酒に混入した。
少々酔いが深くなり、一時的に意識が朦朧としてしまう魔法の薬だ。ベロベロになったところを介抱するふりをして、隣のホテルに連れ込む算段だ。
ド直球の犯罪である。それが何だというのだろう。こっちは最愛の彼女を寝取られたのだ。

「――あれ、何かいいことあった? 笑ってる顔今日初めて見た」
「べ、別に……、酔ってちょっと楽しくなってきたから」
「それはよかった。俺も楽しめそうだよ」

戻ってきた古賀が隣に座る。薬を入れたことがバレたら試合終了だが、気づかれた様子はない。早く飲んでほしくて胸がバクバクと早鐘を打つ。
それにしてもよく見ると古賀の顔が歪んでいる。カウンターも斜めになっていて、飲み物がこぼれないのが不思議だ。と思ったら、歪んでいるのは晶紀の視界のほうだった。

「あ、れ……? 飲みすぎたかな……」
「大丈夫?」

反対側に倒れ込みそうになる体を、古賀が引き戻して支えた。肩に当たる手は大きくて力が強そうだが案外優しい。こうして女を落としてきたのだろうか。

「ここ、奥に個室があるんだよね。一緒に行く……?」
「んっ……」

耳元で囁かれ、びくっとしてしまった。
しかし思いがけないチャンスが訪れた。大柄な古賀の体を支えてラブホまで連れて行く段取りには不安があった。まさか向こうから提案してくるとは、飛んで火にいる夏の虫だ。

「ついたよ」
「あれ、ベッドがある……んっ」

よろよろと絨毯の上を歩いた先に確かに部屋があった。店内と同じく薄暗く、高級ホテルのような大きなベッドが置かれている。
それ以上室内を観察する前に、唇が塞がれた。

「んんっ!? んっ、んぅっ……」
「んっ……はぁ……、んっ……」

突然の展開に頭が追いつかない。半開きの唇に舌を押し付けられ、自然と開いてしまった。そうすると瞬く間に中にねじ込まれ、熱い粘膜に触れられる。
じんとした感覚が走った。肉厚の舌が口内を舐め回す。晶紀の舌もすぐに捉えられ、唾液で濡れた表面をピストンするように擦られる。

くちゅ、くちゅっ……ぬ゛ちゅ、ぬ゛ちゅっ、ぬ゛るぅ…

「ん゛んぅ……んむっ、んっんっんっ…」

粘膜同士が密着する卑猥な感覚に腰が甘く痺れる。

「ん゛ん〜〜……ッふぁっ、んっ、なんで、いきなりっ……」
「とぼけるなよ。俺とやらしいことしたいんだろ?」
「それはっ……そう……」

それはそうだがやり方が違う。無理やり恥ずかしいことをして尊厳を奪ってやるつもりだったのに、相手がまさかのその気では意味がない。
軽井情報「古賀は女好きだが気が向いたら男もイける」は真実だったのだろうか。軽井の言うことだからな……と信憑性を疑って申し訳ない。
――いや、仮にバイだったとして、この男は抱く方専門に違いない。他人に足を開くタイプとは思えないし、今だって圧倒的強者の雄のオーラをにじみ出している。
敗けそうになる……いや駄目だ。油断しきったところを犯して、プライドを粉々に砕いてやればいい。

「古賀とエッチしたい……んっ、ん゛ぅっ…んっ」
「ん……」

またディープキスをされる。酒の味がするのはお互い様だろう。

ぬ゛ちゅ、ぬ゛ちゅっ……くちゅ、れろっれろっれろっ……

酔いのおかげか、散々重ねてきたイメージトレーニングのおかげか、憎い相手とキスをしているというのに嫌悪感は湧いてこない。むしろ激しく舌を出し入れされて、じんじんと淫らな感覚が少しずつ強くなる。
頭と腰を手のひらで押さえられ、体が密着し――硬くなったものが古賀の体に擦れてしまった。

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