告解 02


あり

不動湊はかつてないほどの煩悶に苛まれていた。
湊は真面目な男だった。子どものころから優等生と呼ばれ、大人にさして反抗することもないまま地道に勉学に励んで進学し、大企業とは呼べないが安定した業績の会社に就職した。面白みはないが道を逸れることのない堅実な人生を歩んできたのだ。
そしてこと男女関係においては、堅実を通り越して珍しいほどの潔癖だった。
本当に好きあった相手としか付き合いたくはないし、付き合うことになったとしても結婚までは清い関係のままでいるのが望ましい。周囲からは変人扱いされることもあったが価値観は変えられないし、変えたいと思ったこともなかった。
そんな湊が、よりにもよって色情狂の幽霊に取り憑かれてしまったのは先日の話だ。しかもその幽霊は筋金入りのゲイで男好きであり、湊の体を乗っ取って男に痴漢し、それだけでは飽き足らずとても口に出して言えないようなことまでされた。
自分の意志ではなかったとはいえ、性犯罪に手を染めてしまった。性行為はおろかキスすら未経験だった湊にとってショックは大きかった。
何日も何日も悩み、仕事にも身が入らずつまらないミスが増えた。上司にも叱られ、同僚に迷惑をかけ、何とか忘れようにも夜寝ることもままならず心身ともに疲弊していくばかり。
憔悴しきった休日に、湊は郊外にある教会の前でふと足をとめた。


湊は信心深いわけではない。性に対する潔癖ぶりも宗教的な教えとは関係なく、単に個人的な考えに過ぎなかった。
だが今は神という存在に無性に救いを求めたくなった。藁にもすがる思いだったのだ。

「あの……俺、絶対に誰にも言えないようなことをしてしまって」
「そうですか。安心して下さい、神に誓って口外することはありません」
「神父様には聞くに耐えない話かと思いますが……」
「神の御慈悲を信頼し、あなたの罪を告白して下さい」

心の乱れを隠せていない湊に対して、あくまで淡々とした低い声が告解を促す。それほど年齢を重ねている感じはしないが、様々な告白を聞いてきた経験からか何事にも動じない落ち着きや包容力が感じられ、今の湊にはありがたかった。
教会の奥、ステンドグラスからの光も差し込まない薄暗い告解室に湊はいた。木造の個室はおそらく一畳もなく、大人一人が入ればゆとりがなくなるほど狭い。
ここは罪を告白し、赦しを貰うための場所だ。木の壁一枚隔てた先に神父がいて、小窓がついているがお互いの姿は見えないようになっている。
この特別な密室空間は、湊の重い口を開かせる助けになった。

「俺は今まで、真面目に生きてきたつもりだったんです。なのにある日いきなりおかしくなってしまって」
「おかしくなったとは?」
「へ、変な……幽霊に取り憑かれた、みたいな」
「幽霊、ですか」

神父は否定することなく聞いてくれているが、信じてくれているかは甚だ疑問だ。湊とて自分自身に起きたことだというのに未だに信じがたく、夢か妄想だったのではないかと思うこともある。
どちらにしろ湊に取り憑いていた淫蕩な幽霊「サトシ」はもういない。好き放題湊の体で淫らなことをして天に召されていった。今となってはその存在を示すものはどこにもないのだ。
確かに残ったのは、不動湊が男相手にとんでもなくいやらしいことをしてしまったという事実だけだった。

「それで、あなたはどうしたのです」
「……っ、本当に、聞き苦しい話だとは思うんですが……その、いやらしい気分になってしまって、我慢ができず……電車の中で痴漢をしてしまいました……っ」

ついに湊は告白した。
神父からは動揺が感じられないのが救いだった。不貞などの性に関する告解は少なくないだろうし、慣れているのかもしれない。

「女性の体に無理やり触れてしまったということですか」
「い、いえ、女性ではなく……相手は男性なんです」
「……ほう」

神父の返答に、初めて少しの間が空いた。一瞬のことだったが確かな変化であり、いたたまれない気持ちが膨れ上がる。

「あなたは男性が好きなのですか」
「いえ……とにかくそのときはおかしくなっていて」
「理性を失っていたということですか」
「……」
「まずは打ち明けなければ、神に赦しを乞うこともできません。あなたの罪を全て詳らかにするのです」
「は、はい……。お、男のペニスを……満員電車の中で触りました」
「それで?」
「指で、スーツのスラックスの上から扱いたらだんだん硬くなってきて……っ」

思い出しながら口に出すとその時の光景や肌に触れた熱、震えるような快感が生々しく蘇ってきて、ぞくりとする。
この先はもっとひどく、淫らでおぞましい話になる。言いたくない。
微かに神父の吐息が聞こえてくる。この静かな密室では湊の不穏な状態もダダ漏れになってしまうだろう。

「あなたは硬くなった男根に興奮したのですか」
「そ、そんなこと」
「正直に言ってください。神の御前で嘘や誤魔化すことはできませんよ」
「う……、こ、興奮、しました……。下半身が熱くなって、乳首もじんじんして……」
「乳首……?」
「疼いて、我慢できなくなって男の体に乳首をずりずり擦りつけたら、おかしいくらい気持ちよくなって、止まらなくて」

息が乱れ、汗が滲んでくる。今も乳首が疼いて凝りを持ち始め、シャツと少し擦れただけでじんとした感覚に見舞われる。
これはいけない。だけど全て正直に告白しなければ……。

「善良な市民が大勢乗っている電車の中で、男根を擦り、乳首を擦りつけて……男性を誘惑したのですね」
「ど、どうかしてたんです……っ、もう理性を失ってしまって、淫らな言葉を……、うう」
「どのような言葉を吐いたのですか。口に出してください」
「え、今ここで……? でも、本当に聞くに耐えないと思いますし、とにかく淫らな言葉を」
「いいから答えなさい」

神父の有無を言わさない追求にびくりとする。

「いやらしいことをしたくて我慢できないとか、ち……っ、ち〇ぽを、触って、舐めたいとか……、」
「……」
「そ、それから……っ、処女ケツま〇こに、指マンしてほしい、ズボズボして、もっと大きいのでも突いてほしいって……っはぁっ、はぁ……」

湊の口を借りたサトシに言わされたはずの淫語の数々。憑かれているからだと言い訳できない正気の状態で口に出したのはもちろん初めてだった。罪を告白するためだというのに、厳格な神父に淫語を強要されているような気分になって頭が痺れる。

「そのような淫らなことを……」
「……っ、ごめんなさい、」
「処女というのは嘘なのではありませんか。清らかな処女なら、そのような淫らな誘惑をするはずがない」
「本当なんです……っ、本当に、そんなことしたこともなくて。ゆ、指マンされるなんて初めてでっ……」
「されたのですか、電車の中で指を体の中に……。本当に初めてなのならさぞ苦痛だったでしょう」

あからさまに息を乱し、声が上ずっている湊とは比べるべくもないが、神父もまたわずかに声音が変化し、早口になっているのは気の所為だろうか。少し気になったが今はそれどころではない。
湊は口を挟む暇を与えまいと、半ばやけになって息を乱しながらまくしたてた。

「いえ、痛いというより、むしろ…、最初は、穴の入り口を指でぐりぐりされて、中がどうしようもなく疼いて、男が勃起してすごく硬いペニスを擦りつけてくるし、そうしたらもうそれを奥までハメられることしか考えられなくなってしまったんです……っ」
「…………」
「電車の中なのに恥ずかしい声も我慢できなくて、とうとう男が指を……奥までねじこんできて、中が擦られた瞬間腰が抜けるくらい気持ちよくて、中が指をぎゅうぎゅう締め付けてしまいました。そこを抜き差しされて、濡れた中にある変な凝りを指でぐりぐりされたら、……頭が真っ白になるくらい気持ちよくて、」

さすがの神父も絶句していた。頭がおかしいと思われていても仕方がない。
でも、一度告白を初めてしまったからには止めることはできない。誰にも言えるわけもなく溜め込んでいた分、心のどこかで吐き出してしまいたくて仕方がなかったのだ。
体が熱くてぞくぞくして、まずい状態だとは分かっていた。湊は神父に対して過去の淫らな行為を思い出しながら告白することに、背徳的な興奮を覚えていた。

「お、男の、ビキビキになってるペニスに興奮して、手で扱いたら、指マンがもっと激しくなって……。そのころにはもうセックスのことしか考えられませんでした。男のペニスは怖いくらい昂ぶって、カリが傘を張ってて、硬かったから、は、ハメられたりしたらと想像したらもう……。それだけでイくくらい感じてたのに、男は指マンをずぶずぶしながら乳首を……っいきなりいじってきて、そしたら電気が走ったみたいに痙攣して」
「……は……」
「神父様、聞いてくれてますか……? 俺の乳首もお尻も、性器、みたいになってて、乳首くりくりされて、指をハメたまま一番感じる場所を擦られたら、はぁっ……、電車の中なのに、酷い喘ぎ声を他の乗客にも聞かれながら……、ん、びくびく痙攣してイってしまったんです……っ」

下半身に甘い痛みが走る。それでも全ての罪を告白できるまではと自分に言い聞かせながら話し続けた。

「気づいたら周りの男たちが俺のこと、ギラついた目で見てて……、それもこれも幽霊のせいなんです。そんな状況で俺が……ペニスを、ビキビキのち〇ぽをお尻にハメられたのもっ」
「……っ」
「指とは比べものにならないくらい大きくて、中を擦るためにゴツゴツした形をしてて、苦しかったけどそれ以上にっ、みちみちに中がち〇ぽでいっぱいになって、擦られたら……っあぁ」
「気持ちよかったのですか、ペニスを奥まで挿入されて」
「はぁっ……は、はい、めちゃくちゃに感じて……ギャラリーも俺たちをみながら勃起ち〇ぽを扱いてて、激しくち〇ぽを抜き差しされて、もう全身性器みたいになってち〇ぽのことしか考えられなくなって、知らない男のち〇ぽを握って、舌を絡ませ合うキスをしながらガンガン突かれて、最後は、抉るみたいに散々突かれたあと、中に全部……っ」

びくっびくっと、狭い告解室の中で体が震える。あってはならないことなのだろうが、最早この静謐な空間も背徳的な興奮を煽るものでしかなかった。
酷い有様になりながらも、湊は何とか己の罪を告白することができた。神父の反応が恐ろしい。だが告解室においては重大な犯罪行為さえ赦すのだと聞いた。
不安とそれだけでない感覚に震えながら神父の言葉を待つと、不意に扉が開いた。

「え……?」

目の前に男が立っていた。飾りのない黒い衣装を全身に纏っており、少し遅れて先ほどまで向き合っていた神父だと気づいたときには扉が閉じられていた。
神父は想像よりも若く長身だった。本来告解する者のみが入る部屋に男二人が入れば当然窮屈で、異常な状況だ。
身動きが取れずにいると、強い力で抱きすくめられた。

「ひぁっ……な、何を」
「ああ……あなたは悪魔に取り憑かれています。神父を誘惑するなど」

神父の声は掠れていた。
清潔に整えられた黒髪、日に焼けていない肌、顔立ちも精悍で、禁欲的な服装も相まっていつもはきっと慕われている神父なのだろうと思われる。
だが今の彼は明らかに尋常ではなく、密着した体も吐く息もやけに熱い。
言っていることもおかしい。湊に取り憑いたのはただの――ただのというにはあまりに強烈すぎたが――性欲が盛んなゲイであって、悪魔などではないというのに。

「悪魔って一体……それに俺、誘惑なんて」
「あのような……淫らなことを、目をとろんとさせ、頬を紅潮させた顔を晒しながら話しておいて、誤魔化すおつもりですか」
「あ……」

顔は見えないはず、と言おうとして、小窓の存在を思い出す。
見えていたというのか。いや、途中から密かに覗いていたのか。
正直なところ、顔が見えない相手だからと安心できたからこそ赤裸々に告白できたのだ。当然見た目を取り繕うことなど一切していない。
挿入される感覚を思い出し、興奮して体を熱くし、震えながら淫語を口に出している湊はどんな顔をしていたか。自分には見えなくとも容易に想像はついた。

「うぅっ……ごめんなさ」
「何という人だ、こうされたいからといって、神聖な告解室で……」
「あぁっ……当たって…、ひあっ」

ごりっ……ごりっ……ごりゅっ……

背後から、硬い棒状のものが尻に擦りつけられた。それが何なのか湊にはもう嫌でも分かる。条件反射のように腰がとろけ、狭い密室の中神父にもたれかかってしまう。

「ああ、本当にこれだけのことで感じてしまうのですね、ここも――」
「おっ、ああ〜〜っ… あっ、おぁっ、あっ、ッ」
「っ……本当に敏感だ。男性だというのに、ああ、」

ぐにっ……ぐりっ、ぐりっ……

実は告解の最中から乳首もじんじんと感じて勃起していて、神父がそこを正確に捉え、掠めるのは簡単なことだった。
反応が想像以上だったのか一度動きを止めた後、神父は濡れた息を吐いて乳首を執拗にこねくり回す。
これ以上ないほど硬くなりきったペニスを、自覚があるのか無自覚なのか、尻の間にごりごりと擦りつけ続けながら。

くにっくにっくにっ、こすっ、こすっ、ぐりぐりぐりっ……
ずりゅっ……ごりゅっ、ごりゅっ、ごりゅぅっ……

「あ゛〜〜っ……おぁっ、ひっ、ッ、あんっあぅっ」
「はぁっ……乳首でそんな声を出して……っ、電車の中にも関わらず陵辱されたというのも納得です」
「あうっ、おっうあっ…あんっあッあーっ……」
「ここも――」

神父の手が下半身に及び、パンツを脱がす。ペニスはもう痛いくらい勃起していて、乳首への刺激で溢れた汁がくちゅりと濡れた音を立てた。
神父はそれを聞き逃さず、息を荒げると、濡れた下着をずらしてひくつく穴に指を食い込ませた。

「あぁっ待って、あッうぁっあ゛ああぁ〜〜っ……」

ぬちゅっ……ぬ゛っ……ぬ゛ぶっ、ぬぶぶっ……

垂れてきた先走りをまとった指が、明確な意志を持って中にねじ込まれた。その瞬間の蕩けるような感覚は言葉にしようがない。
忘れようと思っていた。湊に取り憑いていた変態はもうどこにもいない。今頃は何もかも忘れて生まれ変わっている頃だろう。
なのに湊の体は――一度覚え込まされた衝撃的な感覚を、穴の中にある理性を失わせる性感帯を、全く忘れてはいなかった。

「あ゛ーっ、だめっ、お゛っ、うお゛ッ、指マンっ……あッあぁんっ」
「はぁっ……」

ずぶっ……ずぶっずぶっずぶっずぶっ、ぐりゅっぐりゅっぐりゅっぐりゅっ

きつくうねるような締め付けは拒絶ではなく、快感に悦んでいるようにしか思えない。
神父もそう捉えたらしく、息を乱しながら指を抜き差して、痙攣する中を擦り、かき回し、突く。
怖くなるほど気持ちよくて、熱くて、頭が馬鹿になりそうだ。


text next