北岡守には、「カマちゃん」という不名誉なあだ名がある。
苗字の終わりと名前のはじめをとって、というわけではなく、あからさまに「オカマ」の意味の「カマ」だ。
もっとも不名誉とはいえ、全くの事実無根な中傷とは言い切れない。
守は実際のところゲイであり、男に押し倒されていた現場を目撃されそう呼ばれるようになったのだから。
ゲイとオカマは全くの別物なのだが、異質な存在をからかいたいだけの奴らにそんなことを説明しても無意味だ。
初めのうちこそ傷つきもしたものの、今ではそう呼ばれることにも遠巻きに見られることにも慣れてしまっていた。
しかし、守にあだ名をつけた張本人が、あろうことか男とキスをしているのを目撃したときには、さすがに衝撃を受けた。
本当に偶然だった。教室に忘れ物をして取りにいった、そのタイミングが最悪だっただけのこと。
夕焼けに染まった放課後の教室の中、後輩と思われる華奢な生徒が、背伸びをしてその男――水無瀬に口付けていたのだ。
水無瀬は無表情にそれを受け止めていたが、ドアの前に立つ守の姿を認めた途端、相手を突き飛ばした。
「っ、せ、せんぱい?」
「帰れ。俺は男には興味ねえ」
「そ、そんなっ」
「二度と言わせるな」
冷たい声で言い放った水無瀬に、後輩は哀れにも涙ぐみ、守の姿など目に入ってもいない様子で一目散に走り去っていった。
守は複雑な想いでその背中を見送ると、水無瀬と向き直った。
「――んだよカマちゃん。これってあの時と逆の状況だとか思ってる? 言い触らすか? 俺がそうしたように」
「……いや……」
嘲りの言葉に、胸がずきんと痛くなる。
半年ほど前のことだった。数学の教師に押し倒されていたところを水無瀬に見られたのは。
誓って言えるが、守はゲイではあるが誰でも良い訳ではなく、あの行為は一方的な暴行未遂だった。
実際守にお咎めはなかった一方教師は懲戒免職になり、今はどこで何をしているのかも分からない。
残ったのは、尾ひれがついて広まった噂と、侮蔑の篭った水無瀬の視線だけ。
「じゃあ、弱みでも握った気になってる? 俺を脅してみるか?」
到底弱みを握られた人間のものではない偉そうな態度で、水無瀬が言う。
実際、言い触らしたところでダメージを受けるのはあの後輩の子だけだろう。
水無瀬にその気があったようには見えなかった。
そうでなくても水無瀬は誰からも一目置かれている野性的ないい男で、女にモテるのはもちろん男にも崇拝者がいるほどだ。
人でも殺さない限り、この男がヒエラルキーの頂点から落ちるところなど想像できない。
だけど頭の中では、全く別の考えが渦巻き、衝動となって守を動かした。
「弱み、ね。確かに人をカマだ何だと馬鹿にしてた奴が男とキスなんて、どうかと思うよな」
「……何?」
その返しが予想外だったのか、水無瀬の精悍な顔立ちが一瞬面食らったように歪んだ。
「黙っててやるから、ちょっと触らせてくんない?」
内心の緊張を押し隠して、守は艶然と微笑んだ。
――憧れていたのだ、水無瀬に。
あの事件よりもっと前、入学して初めてその姿を見たときから。
中学生のころゲイであることを自覚した守にとって、筋肉質な肉体や色気のある顔立ちには惹かれるものがあった。
眼福だなんて思ってぼうっと眺めていると、一瞬その肉食獣のような鋭い眼差しと視線が交わったことがあった。
驚いてすぐにこちらから逸らしてしまったし、水無瀬にとっては記憶の欠片にも残らないどうでもいい出来事だっただろうが、守の心は浮き立った。
以来、バレないように水無瀬の姿を探すことが多くなった。
ただ本当に憧れていただけで、時々目が合ったと錯覚しては幸せな気分に浸る程度だったのに。
まさかあんなことになって、ゲイであること――ひいては自分の憧れの気持ちを、その張本人に嘲笑され叩き潰されることになるとは。
ついていないとしか言いようがなかった。
だがもうすぐそれも終わる。
生徒で知る者はまだいないが、もうすぐ守は親の転勤に随って関西へ引っ越すのだ。
親兄弟は同居を望んでいたし、学校側はあんな事件があって以来浮いている守の存在を煙たがっていただろうし、守だって新しくやり直せるならそれに越した事はない。
心残りがあるとすれば、目の前のこの男に一泡吹かせてやりたい、と思っていたことくらいだった。
最後にこんな状況に居合わせたのは幸運だったのか、はたまた恥の上塗りになるだけか。
それは捨て身の賭けだった。
「――何言ってんだてめえ」
「何って、水無瀬もよく知っているように、俺はカマ、じゃなくてゲイだからさ。……分かるだろ」
「なっ……」
ゆっくりと水無瀬に近づくと、スラックスの上からペニスに触れた。
あの後輩のように、突き飛ばされた瞬間ゲームオーバーになる。それだけならまだいい方で、蹴られたり殴られたりということも覚悟しなくてはいけない。
だがあまりに驚愕したのか何なのか、いきなりそうされることはなかった。
今のうちとばかりに、守はスラックスの前を開けた。
「お、おいっ」
「何も握り潰したりしないから、安心して。目を閉じて好みの女にやられてると思えばいい」
平静を装ってファスナーを下ろしながら、心臓は水無瀬に聞こえるのではないかというほど高鳴っていた。
ビキニパンツの上からなでてみると、そこがビクリと脈打った。
「うわ、でか…」
高校生のくせに使い込んでますと言わんばかりの赤黒くズル剥けなものに、微かな反応の兆しが見られて、守はごくりと唾を飲んだ。
そっと握ると、衝動のままに舌を這わせる。
「んっ…」
「っ、くっ……」
それだけでペニスはビクンと震え、芯をもった。
嬉しくなって、レロレロと裏筋を舐めまわす。
若いペニスはどんどん硬く巨大になり、天を向いていく。
元々大きかったが、勃起するとそれは驚くほど立派で凶悪だった。
見ているだけで性感が煽られ、守の身体はじんっと疼く。
たまらなくなって、守はそれを口にふくんだ。
「んんっ、んっ、ふっぅ…」
「っう…ハァッ」
水無瀬の気持ちよさそうな吐息が、守を煽る。
あまりの大きさに全て咥えるのは無理だが、手でも扱きつつ必死に頭を動かしジュブジュブと刺激する。
大きく張り出したカリが、口の中の敏感な部分に擦れるのが気持ちいい。
咥えたまま舌で先端のほうを舐めると、先走りの味がじゅわっと広がった。
ちゅっ、れろれろっ、ちゅぽっちゅぽっ、じゅぶっじゅぶうっ
夢中でしゃぶっていると、興奮で守のペニスも半勃ちになってしまった。
触りたいのを我慢して、脚をすり合せる。
『女にやられていると想像しろ』と言ったのは守自身だ。今ペニスなんか出して萎えられたりした日には、こちらがショックを受けるだけだ。
やり場のない欲情をぶつけるように、守はより深く怒張を咥えこむと、いやらしく吸い上げながら出し入れのスピードを速めた。
「うぁっ…くっ、そっ…」
壮絶に色気のある喘ぎに、守のペニスがびくっと震え濡れた。
ふと、水無瀬の感じている表情が見たいという衝動に駆られる。
どうせ目を閉じているからバレないだろうと、守は口を休めないまま上目遣いで窺った。
「……っ!」
思惑に反して、水無瀬は目を開いていた。
眉間に皺を寄せ、目元を赤く染めた壮絶に色っぽい表情で、じっと守を見ていたのだ。
必然的に、思い切り目が合ってしまう。
瞬間水無瀬が低く呻き、口の中の怒張がビクッと震え膨らんだ。
「あッ、出るっ…!」
「んんっ!? んっ、はふぅっ、んっ」
ビュッ、ビュルッ、ドプッドピュウッ!
大量の精液が、勢いよく守の口内に発射された。
自分のフェラでイったのだと思うと、嬉しくて興奮する。
咽そうになるのを堪えて、守は最後の一滴まで絞りとるようにペニスを舐め吸った。
「ふぁっ、んっ、ン……」
未だに硬さを保ったものからようやく離れると、守は恍惚とした表情で口内を満たす精液を飲みこんだ。
お世辞にもおいしいものではなく量も多くて大変だったが、今はそんなことは気にならない。
ゆっくりと全てを飲み干すと、いやらしく濡れた唇を親指で拭った。
水無瀬はその様子を、じっと見つめていた。
text next