夜の主将2 02
あり
その日のグラウンドは、いつにない緊張感を帯びていた。
「山野! シュートコース消せ!」
「はい!」
対外試合でもなければ、レギュラーを決めるための試合でもない、ただの紅白戦に過ぎない。違うのは春馬がマッチアップする相手が、佐渡迅というチームの不動のエースであるということだ。
◇◇
「なーキャプテン、俺あいつと組むのきついんだけど」
発端は練習前。右サイドのレギュラーを務める同級生の不平から始まった。
名指しするまでもなく誰のことかはわかりきっていた。佐渡迅という、申し分ない実力と最低な練習態度を併せ持つ、チームの問題児。
「きついというのは、プレーが合わない? それとも性格面?」
「全体的に。サイドばっかり走らされてあいつは点取れる位置で構えてるだけじゃん。チームとして全員で守備しろってあんだけ言われてんのに」
「……」
「注意しても直してくれないどころか睨んでくるし。試合終わる頃にはこっちはヘロヘロで、そのうち膝とか故障するって」
「確かに……、お前が献身的にやってくれてるからチームは助かってるよ」
フォローを入れながら春馬は考える。
全員で守備をして全員で攻撃する、というのは監督が口を酸っぱくして言っているチームの決まりごとだ。必死に走らなければレギュラーにはなれない。
佐渡だけがその限りではなかった。
「石崎なら俺の気持ち分かってくれるだろ?」
「……、分かるけど、あれで結果を出し続けてるからな」
「そりゃ走ってなくて余裕があれば点も取れるだろ。上手いのは認めるけど、監督も特別扱いしすぎなんだよ」
きっと佐渡本人にはぶつけられない気持ちなのだろう。不満は次から次に溢れ出てきた。
遅かれ早かれどこかから噴出するだろうとは思っていた。実力は一番だが協調性がなく誰の言うことも聞かないエース。監督は外すつもりがない。
主将としての手腕が問われるところだった。
サボりがちな佐渡が部室に来たのは練習開始の直前だった。一言も発しないうちから空気が変わるのを皮膚が感じた。
背が高く、特別なトレーニングをしているわけでもなさそうなのに、誰よりもバネがあってしなやかな筋肉を持っている。普段は気だるげな表情で、近寄りがたい雰囲気をまとっている。
「……佐渡、話がある」
「あ、何? 着替えたいんだけど」
彼に不満を持っているのは一人だけではなく、主将として見過ごしては示しがつかない。あまり気が進まない中二人きりになれる場所に移った。
「ここ一週間何をしていたんだ。何か事情でもあったのか」
「だるかった」
「だるいって……それだけ? 怪我や病気じゃないんだよな。練習に出てくれ。それからプレーについて、もっと走って戦う姿勢を見せてくれないか。他の選手の負担が大きくなってしまう」
「あー、誰かが文句言ってんのか。自分は点取れねー無能のくせに」
「チームメイトをそんな風に言うな」
「事実しか言ってねえし」
佐渡はずっとただ面倒くさそうにしていて、言葉が届く気がしなかった。
方法があるとすれば――サッカーでねじ伏せるくらいしなければいけないのだろう。
春馬の心を読んだかのように佐渡が提案した。
「勝敗で決めようぜ。俺がハットできなかったらお前らの言うことをちょっと聞いてやるかもな」
◇◇
どちらにせよ今日は紅白戦をする予定だった。少し別の要素が加わっただけだ。
佐渡に3点取られなければいい。勝たなくても、最悪0-2で負けたっていいんだ。
舐められているとはっきり分かる。春馬は密かに闘志を燃やしていた。負ける気なんてさらさらなかった。
「キャプテン、勝ちましょう」
「ああ、頼りにしてるよ中川」
ディフェンスの中川にはいつも厳しく言ってしまうのだが、今日は物怖じせず声をかけてくる。彼は1年の中では実力も人柄もありリーダー格の存在なので、チームがあまりギスギスしないよう気を遣っているのかもしれない。そうさせてしまう主将で不甲斐ないと内心で思う。
チームは力がおおよそ均等になるよう分けられた。必然的にこちら側にスタメンクラスの選手が多くなる。
佐渡と等価になるほど優秀な選手は、他に誰もいないからだ。
「よっしゃ、行くぞ!」
試合が始まった。絶対に勝ってやる――と思えていたのはいつまでだっただろう。
ゆっくりとした入りだった。お互いに守備を固め、中々決定的なチャンスが作れる展開にはならなかった。
が、一度ボール回しでミスが出てしまった。パスが弱かったところでボールを取られた。
奪ったのは副主将である氷川だった。彼の武器は視野の広さと、冷静で正確なパスである。まずい、と思った瞬間蹴られたボールは、佐渡の足元にぴたりと収まった。
「っ、マークつけ!」
佐渡がボールを持つと空気が変わる。どんな動きをするのか予想がつかない。仮にもチームメイトとして短くない時間一緒にいるというのに。
春馬は神経を研ぎ澄まし、間合いを詰めた。
「怖い顔だなあ。そんなに俺が気に入らない?」
「……お前が真剣にやってくれれば文句はない」
「ほんとにそう思ってる? 俺が真剣にならないほうが都合がいいんじゃねえの」
試合中だというのにやけに饒舌な佐渡の言葉に、春馬は一瞬怯んでしまった。瞬間目の前でボールが動き、気がつけば股を抜かれていた。
「くそっ」
「ははっ」
あっという間だった。春馬の股の間をすり抜けたボールは佐渡の足に吸い付いたかと思うと、ゴールの上隅に突き刺さっていた。
「うおおおお、すげー!」
「佐渡さん、ナイスゴール!」
駆け寄るチームメイトを、佐渡は寄せ付けないように手を振った。鋭い目が春馬を一瞥する。
「あと2点、だっけ?」
何でもないことのように言われ、春馬は奥歯を噛み締めた。あまりにも綺麗なゴールを自分が演出した事実に、頭に血が上った。
点はとらせないし絶対に勝つ。「ここからだ」と手を叩いてチームメイトに声をかけた。
「はいお疲れー」
試合が終わった。ピッチの上で皆が膝に手を置いて息を荒げる中、3得点を奪った佐渡だけが涼しい顔をしていた。
春馬が綺麗に抜かれたとき、目に見えない部分でチームは折れてしまった。春馬の声ではチームの士気を回復させるに至らなかった。
「やっぱり佐渡さんには敵わねえよ」
「サボってても決めるんだもんなあ。あの人がいるといないとじゃ得点力が違いすぎる」
「キャプテンでさえあっさり抜かれたくらいだしな……」
選手たちは佐渡を敬遠しながらもどこか憧憬が混じった目を向ける。
自分が今どう思われているのか、聞きたくなかった。
「……なんか悪かったな、春馬」
「いや、俺こそ止められなくてすまない。チームの流れを悪くして」
「別に、この試合にたいした意味ねーし」
不平を申し立てた選手は、もう佐渡に反発する気が削がれたようだった。圧倒的な結果を見せつけられながら物申すほど我が強いわけではないのだ。
「どんまい。あれは止められなくても仕方ないよ。ノッてる佐渡はチートすぎるよな」
「……」
氷川の慰めの言葉が耳をすり抜けていく。フォローが必要だと思わせてしまった。それだけの負けっぷりだったということだ。
いつも厳しい言葉をかけている後輩たちに示しがつかない。
練習後、監督が春馬を呼び出した。
「あいつのサボり癖はどうにかしたいと思ってるんだがな」
「俺もそう思ってました。他の部員からも不満が出ていますし」
「俺はお前に期待していたんだよ。目上の言葉より同年代のほうが話しやすいだろうし。チームメイトだろ?」
監督は椅子に座ったまま腕を組んで春馬を見やる。
「……俺の言うことなんて聞いてくれません」
「本当にベストを尽くしてると言えるか? あいつがプレーしたいと思えるチーム作りも大事なんじゃないか」
「……」
分かっている。監督は佐渡に特別目をかけている。佐渡はチームで唯一、プロのスカウトが見に来るほどの逸材だ。
チームからプロで活躍するレベルの選手が排出できれば指導者の評価は確実に上がる。監督として誇らしく、夢も希望も抱ける存在が佐渡なのだ。自分は――そうはなれそうにない。
卑屈に考えてしまうのは佐渡に言われたことが頭にこびりついているからだろうか。
「佐渡が真剣にならないほうがいいと心の底では思っている」
ああ、彼が真摯に取り組むようになったら今以上に才能の差を思い知らされ、自分の立場が危うくなると、少しも感じてないと言い切れるだろうか。
「それからお前、戦術のことを色々指示してくれたみたいだな」
「はい、それは、他の選手との連動も考えて。要望もありましたし」
「他の選手の意見を尊重しようとするのはいいことだ。ただな」
監督の目がすっと細められた。見るからに怒っているわけではないが、機嫌がよくないときの顔だった。
「――お前、いつから監督になったんだ?」
「そんなつもりは、ただ俺は」
「戦術のことを口に出す前にやることがあるだろう。俺が主将に求めていることをやれ」
言い終わるなりもう帰っていいぞ、と追い払う動作をされた。
疲労した体が軋んで、一瞬歩き方すら忘れそうだった。
発散できないストレスで胸が爆発してしまいそうだった。
今の自分を忘れてしまいたかった。何もかも。
「もう食べないの? 春馬、疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫、練習がちょっときつかっただけ。今日は早く寝るよ」
風呂に入って汗を流し、さっさと食事を済ませた。家族にはいつもと変わらず振る舞う。春馬が春馬であったのはその瞬間までだった。
「ふー……」
部屋に戻るなり鍵をかけてパソコンを起動する。胸が不自然に高鳴っていた。
『――ハル君、また連絡くれて嬉しいよ』
男の声は耳から脳にすっと入ってきた。不思議なほどに。
男はしつこく春馬を誘ってきた。春馬は時にきっぱりと断り、時に無視していた。
あんな行為を繰り返してはいけない。顔も見たことがない変態との縁など断ち切る以外の選択肢はないはずだった。
応えてしまったら自分がおかしくなる。分かっていて、分かっているからこそ春馬は誘惑に負けた。
『……ああ、体がよく見えるよ。いいね……』
「か、顔は絶対見せないし、録画とかもなしだから」
『分かってるよ、約束だ』
男は執拗に春馬の体を見たがった。声だけでなくビデオ通話がしたいのだと。
電話だけとは訳が違うし、男の体を見て何がそんなに楽しいのか理解しかねた。でも、それほど見たいというなら、身体だけなら……。
『ハル君のエロい体を見て、俺がどれだけ興奮してち○ぽバキバキにしてるのか見てほしい』
背筋がぞくりと震えた。春馬は念入りにカメラを固定した。多少動いても首から上は絶対に映らない角度になるように。
男の体もモニターに映し出された。特別太ってもいなければ痩せてもいない。半袖から見える腕は春馬よりも太くそれなりに鍛えているようだ。
自然と映っていない姿まで想像していてはっとする。相手も同じような目で春馬を見ているのだと思うと……。
『想像以上にいい体だね……、さすが運動部』
「体って……まだ、服着てるのに」
『服を着ててもわかるよ、すごくエッチな体してるって……早く全部見たい』
やや上ずった声に落ち着かなくなる。春馬はいつもどおりの部屋着のシャツにスウェットという色気のかけらもない格好だ。男の見えない目に、すでに服を脱がされている心地がした。
『はあ、ハル君、乳首見せて……?』
「……っ」
男の欲求は直接的だった。普通であれば変態と一蹴するべきところだ。
春馬は少し息が上がるのを自覚しながら、薄いTシャツを少しずつまくった。
『ハル君のお腹……、地肌は結構白いんだね、日焼けした腕とコントラストがあって……ふーふーっ……』
「……っ」
『あぁ、そんなゆっくり、俺を焦らして興奮させたいの? もうち○ぽ勃起してるよ、十分興奮してるから』
乳首を見せることに対する春馬の躊躇いが、余計男を煽ったらしい。やけになって胸の上までシャツを引っ張った。
乳首が擦れて、「んっ」と鼻にかかった声が漏れた。
『おっ……やらしい、乳首見えてるよ、ハル君の乳首……』
「はぁっ……」
ユニフォームに守られている部分は焼けている肌より随分白く、乳首はくすんだピンク色をしている。
普段ロッカールームではみんな当然のように着替えで裸になるし、見られて困るほどおかしい色形ではないはずなのに、今は全く違う。じっと性器を見られている羞恥心が湧いてくる。
『可愛い色してる……、乳首、もっとカメラに近づけてほしいな』
「……こ、こんなの見て何が楽しいんだか」
春馬に理解できずとも、男は間違いなく乳首を舐め回すように見ている。そこがじんじんと疼いて、春馬は体を前に倒し、乳首をカメラに近づけた。
『あー……舐めたい。いっぱい弄って勃起させて乳首ち○ぽにしたい。れろれろなめて、吸いまくりたい。舐めさせて、ね、いいよね、れろ、れろって……』
「あっ……はあぁっ……」
『俺に舐められてるの想像して、乳首弄って。くりくりするところ見せて』
「――っ……あっ……」
男はアップで映った乳首に対して、舐めるような舌音を出し、上擦った声で要求した。
春馬は息を乱して、疼く乳首に指を伸ばした。
こすっ……こす、くりくり……
「んっぉおっ……ちくび、……っあっあッ」
『あーー可愛い、エッロいよ、ハル君の乳首、んっお、ぢゅっ、ぢゅうぅっ……』
指先で乳首を弾くと、想像以上の鋭い快感がそこに走った。一人で弄ったときには得られない、本当に男に舐められているようだった。
くりくりくりっ……こす、こす、さすっさすっ
「んっあっあっあんっ…あー……、」
『ふー、ふー……、もう限界、ち○ぽ扱いていい? ハル君の乳首舐めながら、バキバキち○ぽオナニーしていいっ?』
「んっ……あぁっ、変態……、」
春馬は半ば無意識に、胸を突き出すようにしながら両方の乳首を指で弄り回していた。
男は興奮しきった声をしていた。勃起したペニスを扱く、と聞いて、モニターに目が釘付けになる。
男のズボンの前はあからさまに膨らんでいた。
「んっあッ……大人のくせに、そんな……勃起させて……」
『ごめんね、んっ、ハル君の乳首くりくりで感じてる声エロすぎるから、こんなになっちゃったよ』
「あぁ……ふー……」
男は恥じる様子もなくペニスを取り出した。ズボンから解放された瞬間、ぶるんと勢いよく反り返り、重力に逆らう。
春馬は息を飲んだ。男の言葉に嘘はなかった。限界に近いほど勃起し、ビキビキと脈打っているのが勃起の角度から伝わる。
何より大きく太く、画面越しにも色が濃い。大人の欲望の塊をまざまざと見せつけられた。
『はぁっはぁっ……ハル君、俺のち○ぽ見てくれてる……? ハル君の乳首でバキバキになってるの見て』
「っ……変態、変態……っ」
罵倒しながら、当てられたように春馬のペニスもドクリと脈打った。
男が春馬に興奮して大人のペニスをあれほど勃起させている事実が、春馬の脳をおかしくしていく。
男は筋張った手で反り返るペニスを扱き始めた。
『んぉっ……あー気持ちいいよ、ハル君、ハル君っ』
「あっ……んっ、んっ、…あっあぁ、すご……ぉ」
しゅっしゅっと、やや乱暴に怒張が扱かれる。頭がぼうっとして春馬は乳首を摘む。勃起して膨れた先端を見ていると腰が時折震えて、はずみで乳首への刺激が強くなる。
『ふー、ふーっ……ハル君の乳首舐めながら出したい。乳首に出していいっ?』
「んっ……ぁあ、はぁっ、はぁっ……」
扱く手が加速度的に速くなり、射精が近いと伝わってくる。
もちろん直接出すなんてできるわけもない。もし、もし直接出されたら……などと一瞬でも想像してしまった時点で、深みにハマっていた。
春馬は片手で円を作り――男のペニスを扱く動作をカメラの前で見せつけた。
「はぁっ……ぁあ、出して、いいよ、射精して……っ」
『ぉほっ……ハル君……っ、ぉ、精子上がってきたっ、あーいいっ』
春馬が手コキの仕草をすると、男はいきり立って勃起を激しく扱いた。
乳首が気持ちいい。男に舐められているの想像しながら指で擦るとじんじんした疼きが強くなって、全身の力が抜ける。
――本当は手コキだけでなく、舌を突き出して、舐めるような仕草をしていた。もちろん男には見せられないし、今後も見せることはない。
そんなものがなくても男は興奮させるには十分らしかった。
「ふぅっ、んっ、乳首っぉっ…あんッ…」
『あーもう出す、いくよ、金玉でドクドク精子作られてる、出すっいくよっ、ハル君の乳首舐め手コキでイく、見てて、あー出るっ出るっ……』
「〜〜……っ、あぁ……っ」
こすっこすっこすっこすっ、くりくりくりくりくり
しゅっしゅっしゅっ、ドビュッドビュッ!
びゅるっびゅるっ、びゅるるるるるっ……!
『っあー出てる……んぉ、いい、ハル君っ……』
「はぁっ……あ、すご……いっぱい、出て……」
男の腰が前後に強く動き、張った亀頭の先端から白い液体が飛び出した。
尋常ではない興奮が伝わってくる量と勢いに、春馬は息を飲んで見入った。
びゅるっ……びゅる、びゅぶっ……
『ふー……ふー……すごい……ハル君、最高だったよ……んおっ…』
「……っ……ん……、出しすぎ……」
勃起から絞り出される一滴までを見届けて、腰が震えた。春馬も勃起していた。それに、昂ぶったペニスを見た瞬間から、後ろの穴がずっとびくついて疼いていた……。
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