バイトと常連 02



駅前の大通りからは少し逸れた小道に、喫茶流星は店を構えている。
流行りのカフェのような女性の好むお洒落さや華やかさはないが、アンティーク調の落ち着いた店内は居心地がよく、マスターの淹れるコーヒーの味は確かとあってそれなりに賑わっていた。
藤村志貴にとっては、運良く見つけられた居心地がいいバイト先だった。大学入学して間もなく偶然求人を見て働き始め、もう3年近く続けている。
時給は同級生達のバイト先に比べるといいとは言えないが、忙しすぎず暇すぎず、他の従業員との関係も良好、マスターも穏やかで絶品のコーヒーが飲めるとなると他を探す気にならなかった。

この店には「いつもの」で話が通じるような常連も多い。年配の婦人や、近くに勤めているサラリーマンや若い女性など、よく見る顔が毎日誰かしらいる。
そんな中、ここ数ヶ月足繁く通っている若い男の存在は店員の間でちょっとした話題だった。
シンプルながら質はよさそうな服装に、180を越える長身で、顔は涼しげに整っている。大人っぽく見えるが今年の4月から頻繁に来店するようになったこと、広げていたノートなどから見て大学に入ったばかりではないか、というのが噂好きな女性店員の分析だ。
コーヒーは飲まず、頼むのはいつもダージリン。窓際の席より奥の二人がけの席が好き。来店の時間はまちまちだが、講義後と思われる夕方が多い。
その男とよく目が合うことに気づいたのは、彼を初めて見てから2週間ほど経ったころのことだ。
最初は偶然だと思っていた。しかし注文や会計のときはもちろん、他のお客に呼ばれて向かうときも、特にやることがなく店内を見渡しているときも、彼が視界に入ると必ずと言っていいほどこちらを見ている。
それでいて志貴と目が合うと、慌てたように逸らすのだ。

「あの人、何かいつも志貴君のこと見てない? あやしー」

他の店員も気づくほどなのだから志貴の気のせいではないのだろう。
志貴はそれなりにモテる。すらっとした体型で顔が小さく色白で、派手ではないが「好きな人はめちゃくちゃ好きな顔だよね」と微妙な褒め方をされるタイプだ。
だから「あの子は志貴目当てだ」と言われたのは初めてのことではなく、志貴が微笑むと頬を赤らめてはにかんだりする女子高生やOLが常連の中にいて、志貴もまんざら悪い気分ではなかった。
しかしそれはあくまで女性の話だ。男にやたら視線を向けられた経験などない。それがいかにもソッチの人という風貌の男などではなく、まともにしか見えない美形なのだからわからない話だ。
最初はむしろ、何か気に食わないことを知らず知らずしてしまったのだろうかと思い、あまり近寄らないようにしていた。だが視線は日々志貴のことを突き刺し、知らないふりをできるレベルではなかった。
何か言いたいことがあるのか。害があるわけではないがどうにも気になってモヤモヤする日々が続いた。
ある日のことだった。彼に構いたがる女性店員は多かったが、その日は誰も手が空いておらず志貴が会計をした。

「160円のお釣りになります」

お釣りを渡すとき指が触れると、男の指がびくりと震えた気がした。

「……お客様、今度よかったら当店オリジナルブレンドの紅茶も飲んでみてください。香りが芳醇でとても美味しいんです」

そう言ってにこりと微笑んでみると、男の顔が微かに赤くなった。

「は、はい、頼んでみます」

それは志貴に好意を持ってくれる女子とほとんど同じ反応だった。
――もしかしたら本当に、好意を持たれているのか……?
だとしたら何というか、随分もったいないなと志貴は思った。 これだけの容姿を持っていながら、男を眺めるために足繁く喫茶店に通うなんて。ギャップがあるにも程がある。
ついまじまじと相手を見てしまうと、耳が赤くなってそそくさと帰っていった。

◆◇

それからも男は店に通ってきた。そしてあの日以降、毎回ブレンドティーを頼むようになった。
相変わらず視線を感じる。会釈してみるとやっぱり目を逸らす。普通に紅茶を飲んでいる時はクールなイケメンという感じなのに、俯いて微かに耳を赤くしている姿は初心な中学生のようだ。
志貴は男に好意を持ったことなどなかったが、不思議と嫌な気はしなかった。
だから時々、彼に話しかけるようになった。

「ブレンドティー、気に入って下さったんですね。嬉しいです、俺が淹れたんじゃないけど」

男は一瞬固まって志貴を見つめた。一拍後、いつものように目を逸らすと思えば

「……はい、あの、美味しかったです。勧めてくれてありがとうございます」

そう言って、頬を染めながらもはにかんだように笑ったのだ。
初めて見た笑顔に、何だか胸がずきりとした。

志貴はその男――江崎正慈(まさちか)と名乗った――と、時折会話するようになった。初めは緊張している様子だったが、回数を重ねるうちに多少は慣れていった。
田舎から今春上京してきたこと、二つ下の妹がいること、通っている大学など、謎めいていた正体が明らかになっていくのが中々楽しかった。
さすがに「彼女はいたことがない」とはっきり言い切られたときは少し驚いた。ということは童貞なのか、と下世話な想像をしてしまう。
挙動だけ見れば納得なのだが、あれだけ綺麗な顔をしていたら中学高校と嫌でもモテてきただろうに。
にも関わらず彼女を作らなかったということは、やはり女ではなく男のほうが好きなのだろうか――?
そう考えてしまうのを止められなかった。

「ホント志貴君に懐いてるよねー。好かれてて羨ましい」
「いやいや……何か俺をそっちにしようと必死だな」

バイト仲間の言葉を否定しつつ、まんざら悪い気はしなかった。
何故だろう。正慈が誰もが認めるような美形であり、それでいて純朴で可愛げがあるからだろうか。だからと言って、志貴にはそっちの趣味など一切ないのに。
まあ何にせよ、好意を持つことは自由だ。他の常連である女子高生やOLと何も変わらない。通ってもらうことで店の売上にも繋がるのだし。
志貴はそんな風に思っていたのだが。

「ねー、正慈君が小野さんとデートしたんだって!」
「……え?」

バイト仲間が、テンション高くそんな情報を持ってきた。
小野というのはバイトの女子で、ノリがよくて可愛らしい顔をしており、密かに人気が高いようなタイプだ。
志貴もシフトが一緒になることが多く、恋愛感情ではないが好感を持っていた。
そういえば正慈とは年も同じで、更に地元も近くだったはずだ。見た目も中身も似合っている、と言えるのではないか――。
志貴は一気に、恥ずかしくて叫びたいような気分になった。
全部勘違いだったのか。正慈は自分を見ていたのではなく、小野を見ていた? あんなに目が合ったと感じたのは気のだったとは思えないのに。
志貴は更に考えた。
――もしかしたら、小野との仲を疑われていたのかもしれない。小野とはそれなりに親しく話していたので、今までも付き合っているのかと勘違いされたことがあった。
お互いそんな気はないので軽く否定していたが、何せ正慈は彼女いない歴年齢の童貞だから、訊くこともできず勝手に思い込んでしまったのかもしれない。だとしたらとんだ早とちりだ。
――いや、勝手に思い込んだのは志貴も同じなのだから、人のことは言えない。
恥ずかしい勘違いに打ちのめされたその日にも、正慈は当然のように来店してきた。

「……いらっしゃいませ」
「こんにちは」

相変わらず綺麗な顔に照れたような表情を浮かべる。そんな顔をするからこっちが勘違いするのだと、頭の中で決して口に出せない罵倒をする。
いつものようにブレンドティーを出すとき、志貴は黙っておられず訊いてみた。

「お待たせいたしました。……聞きましたよ、小野さんとデートしたって」
「え? いやあれは、デートじゃなくて……」

正慈が視線をさ迷わせる。
――確定だ。何だか胸が酷くモヤモヤした。
何だかもう正慈の顔を見ていたくなくて、一刻も早く帰りたい気分だったのに、正慈が呼び止めてきた。

「あの、話があるんですけど……ここじゃしづらくて。もしよかったら今日、上がった後に少し付き合ってくれませんか?」
「……」

断ることは逃げることのような気がして、志貴は承諾した。

「ふーん、部屋綺麗にしてんだ」
「いえそんな、物が少ないから殺風景で……あの、適当に座ってください」

初めは適当な店に入る予定だったが週末でどこもいっぱいだったので、正慈の部屋で話すことになった。
道中で、年下なのだから敬語はいらないと正慈が言うのでそうすることにした。

「回りくどいのは苦手だからさ、話って何?」
「それは……その」

正慈が言いよどんで視線をさ迷わせる。
以前であったら、自分に好意があるからの態度だと自意識過剰に思っただろう。しかし今は違う。
店ではしづらい話と言えば、きっとデートした小野のことだ。それ以外思いつかない。
彼女はあれで掴みどころがないから、童貞には難易度が高いのだろう。そんなことを自分が教えてやる義理もないのだが。
言葉を探している様子の正慈を見ていたら、無性にイライラしてきた。

「……もしかして、エロいこと?」
「え……!?」

「童貞だもんな。もしかして包茎とか小さいとか、コンプレックスあったりすんの?」

自分でも何を言っているのだろうと思う。それでも止まらなかった。

「いいよ、上手くセックスできるように、俺がアドバイスするよ」
「な、いきなりそんな」
「いいから脱げよ」
「や、やめっ」

正慈が本気で抵抗すれば、体格的には志貴を押しのけることが十分できたはずだ。しかしあまりに混乱しているのか抵抗は弱々しく、志貴はそれをいいことにボトムを脱がせていく。
ボクサーパンツ越しの股間を見て、短小疑惑は一瞬にして消え去った。
平常時だというのに重たげな質量が分かる盛り上がり方だ。実物が気になって、志貴はパンツを引きずり下ろした。

「……うわ」

ペニスが露わになったところで一瞬固まってしまった。
大きい。包茎どころか張り出したカリが主張していて、色だって童貞なら綺麗なものかと思いきや結構濃くて、とにかく可愛さとは無縁だ。

「へ、へえ、意外と立派なの持ってんじゃん。童貞には見えないな」

怯みそうになったが気を取り直して正慈をからかうように言う。

「し、志貴さん…っ」

明らかに狼狽している姿を見ると何だか嗜虐心が刺激された。今まで自覚がなかったが自分はSだったのだろうか。

「まあいくらち○ぽがでかくても使ったことなきゃ宝の持ち腐れだよな。ちゃんとできる自信ある?」
「……っ」

顔を覗き込みながらふざけた言葉を放つと、正慈の頬の赤みが増す。何とも言えない気分になってテンションが上がる。
どうしてやろうかと思っていると、ペニスが勃起し始めていた。触れてもいないのに。

「な、何……」

思わず凝視してしまう。他人のペニスが勃起していく様子なんて初めて見た。

「何で勃起……してんの? 男に見られて勃起するとか、もしかして変態なの?」
「はぁっ……志貴さん…っ」

嘲りに反論することもなく掠れた声で名を呼んできた正慈に、何故かぞくりとしたおかしな感覚に見舞われる。その間にもペニスは萎えるどころか勃起し続け、カリが大きく張りだして血管が浮かび上がってきて、見るからにすごく硬そうで――。無意識に喉がごくりと鳴った。
嫌悪感はない。考えてみれば正慈は童貞で性に疎いから、これは溜めすぎた結果なのだろう。そう考えると可愛くさえ思えてしまう。

「お、お前溜めすぎなんだよ。――抜いてやろうか」

あくまで余裕を持ってからかっているふうに、だが内心はドキドキしながら、勃起した巨大なペニスに手を伸ばした。

「、熱……」
「っ、はぁっ」

握ると見た目以上に大きくて手に余るくらいで、ドクっと脈打って逞しさを主張してくる。
心臓の鼓動が速くなってくる。ギンギンに勃起していて、このままでは辛いだろう。だから仕方なくだ――と自分に言い訳するように考えて、志貴は硬い怒張を扱き始めた。

「ぁっ、待って、志貴さんっ…」
「こんな、硬くして……俺が扱いてやるからじっとしてろ。人に触られるの初めてだろ?」
「はぁっ、はぁっ…っ」

奥手でエロいこととは無縁のイメージがあった正慈が、志貴の手で息を乱して感じている。無性にもっとよくしてやりたくなって、先走りを指で絡めとってわざと音を立てながら激しく扱く。

しゅっしゅっ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぬちゅ、ぬちゅっぬちゅっ

「っあ、いい……」
「気持ちいいんだ…? ビクビクしてる」

正慈は最初は戸惑うばかりだったが、今は欲情した顔をしている。志貴はできるだけ平静を装いながら、手の中に収まらないほど大きくなっていく熱い塊から目が離せない。

「うぁっ……そんなにしたら、っ」
「はぁ…いいよイっても。俺にシコシコされて溜まってた濃いザーメン出すとこ見せて」

わざといやらしい言い方をするとペニスがドクッと脈打って更に先走りが出てきた。正慈の昂ぶりが移ったみたいに志貴の体まで熱くなってくる。
熱っぽい目で見つめられドキリとする。自分はおかしな顔をしていないだろうか。童貞をからかっているふりして実は興奮しているなんて思われたら……そんなのただの変態だ。
誤魔化すように、乱暴なくらい激しく、カリを攻めながら怒張を扱いた。

「はぁっあっ、出るっ…」

しゅっしゅっぐしゅっぐしゅっぐちゅっぐちゅっぐちゅっ
ドビュッ! ビュッ、ビュルッ、ビュルルルルッ

「はぁっ……、はぁっ、くっ」
「っ……! うわっ…」

勃起が膨れ上がり、大量の勢いよく精液が発射された。不意打ちを食らい、白濁が志貴の体と、顔にまでかかってしまう。

「はぁっ……こんな、出しすぎ…」

男に顔射されてしまった。衝撃的な出来事に呆然としてしまう。
正慈にじっと見つめられようやく我に返って精液を指で拭った。

「お、お前興奮しすぎ……。こんなんじゃ小野さんに引かれるよ」
「小野さん……? 何のことですか」

動揺を隠すように嫌味を言うと、正慈は不思議そうな顔をした。志貴はムッとする。

「だから、小野さんとデートしたんだろ。俺が知らないと思ってたのかよ」
「デートって……まさか、あれは違います、その」
「何なんだよ、はっきり言え」

隠し事をされていることに無性に苛つく。すると正慈は、躊躇いながらも口を開いた。

「本当は隠しておくつもりだったんだけど、誤解はされたくないから……志貴さんの誕生日がもうすぐだから、小野さんにはプレゼントのアドバイスに乗ってもらったんです。それだけです」
「は……」

今までやきもきしていたのが馬鹿らしくなる答えがあっさり返ってきた。
では、勘違いだった、というのが勘違いだったのか。何だかわけがわからないほど――ほっとしている。自分で思っていた以上に志貴は正慈のことが――つまり、正慈に好意を持たれているという状況が気に入っていたらしい。
思い返せば何故こんなヤケを起こしたみたいなことを仕掛けてしまったのだろう。とりあえず落ち着いて考えたい。

「――もしかして、志貴さん嫉妬……したとか?」
「はっ? まさか、そんなわけ」

一瞬ぎくりとして、慌てて否定してしまう。

「そうですよね……。じゃあ俺と小野さんをくっつけようとしていたとか?」

正慈は少し沈んだ顔をした後、剣呑な声で訊いてくる。

「それは無理ですよ、だって俺は、志貴さんが――」
「ちょっと待て、俺は――っ!?」

突如正慈が覆いかぶさってきて体を押し倒された。

「ちょっ、やめっ」
「やめられませんよ、志貴さんにあんなことされて…っ」

息を乱しながら正慈が志貴の下半身を弄り、ジーンズを脱がせてくる。腕を押さえて止めようとしたが思いの外強い力でびくともせず、下着越しにペニスに触れられると一気に抵抗できなくなってしまった。


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