この部屋には霊が出る サンプル 02
「こんにちは。隣に越してきた者です。これつまらないものですが」
「……ああ、どうも」
他人と面と向かって話すのは久しぶりのことだった。にこやかな笑顔に警戒が薄まる。どうやら新たな隣人らしい。
ファミリー向けでもない都会の賃貸マンションでは近所付き合いなど皆無に等しく、前の住人などは姿を見かけることはあっても正面から顔を見たこともない。手土産を持って挨拶とは、若い男にしては随分丁寧なことだ。
「あの、多分同い年くらいですよね。よかったら仲良くして下さい」
「はあ」
「これ俺の地元の銘菓なんですよ。めっちゃ評判いいです。あんまり日持ちしないんで、よかったら一緒に食べません?」
……かなり馴れ馴れしい。愁斗は相手の勢いに怯んだ。学生の陽キャと呼ばれる人種は皆こんな感じなんだろうか。思えば元彼も遠慮のない男だったが、隣人は彼よりもっと明るくて無邪気にぐいぐい来る。
正直誰であろうと家に上げたくはない。愁斗は引きこもりだし、何よりこういうタイプは少し苦手だ。
「……ちらかってますけど、よかったら上がってください」
「やった、ありがとー」
隣人は遠慮することもなく、早速タメ口になって目を細める。
――他人に友好的な態度をとられたのなんて久しぶりだった。押し切られる形でつい招き入れてしまった。
押しに弱い自覚はある。そしてメンタルも弱い。相手に親しげにされるといい気になって期待して、利用されて裏切られたらウジウジと傷ついて……。
やめよう、嫌な気分になるだけだ。過去の思い出を無理やり頭から振り払った。
部屋に入ると、白い綿毛たちの様子がどこかおかしい。いつもなら転びそうになるくらい足元に纏わりついてくるのに、隅のほうで固まって綿毛の塊ができている。
『……しゅうと、それ、だめ』
「……」
『ほかのものをいれちゃだめだって言ってた』
綿毛が怯えたような声で訴えてくる。愁斗は一瞥しつつ、声には答えなかった。
綿毛は多分、普通の人に見えるような存在じゃない。目に見えないものと会話を始めたら、隣人は一体どう思うだろう。この友好的な男に気味悪がられたくない。
愁斗は綿毛達の声を無視した。あの男が他人を入れるなと言ったとして、従う理由はどこにもない。最近どんどん立場が怪しくなっている気がするものの、家主はあくまでも愁斗なのだから。
「えっと、そのへんが一番綺麗なんで、座っててください」
クッションを床に置くと、愁斗はお茶をいれようとした。白いものが纏わりついてくる。
『しゅうと、にげて』
『こわいよ……』
「ちょっと静かにしてて。ただのお隣さんだから」
足元を漂われると転びそうになる。少し煩わしく思って小声で注意した。それでも白いものたちは離れない。
「もう、いい加減に……」
「そうだね、鬱陶しいなあ」
苛立つ愁斗の声に誰かの声が被さった。座ってもらったはずの隣人が予想外に真後ろに立っていてびくりとする。
鬱陶しいとは、何のことだろう。
『だめっ』
白いものが切羽詰ったような声を上げた。ここにきてようやくただならぬものを感じる。でも、遅すぎた。
『うるさいな……邪魔だから先に喰ってやろうか』
「あ……なに……」
隣人が唇の端を上げ笑う。先程までの人懐っこい笑顔とは別人のように邪悪な顔だった。声が、生身の人間とは思えない響き方をして、頭がガンガンする。
一歩後ずさった瞬間、隣人の体からどす黒い影のようなものが広がった。
「ひぃっ」
目は釣り上がり、口は裂け……やがて隣人そのものが黒く禍々しい見たこともないものに変わる。
早く逃げなくては。どこでもいい、「これ」の手が届かないところに。本能がそう訴えているのに恐怖で足が竦んで動けない。不気味な黒い影が伸びてきた。
『わああっ……』
『いたい』
『しゅうと……』
影は愁斗ではなく白いものたちに伸び、あっけなく弾き飛ばした。あれほど怖がっていたはずなのに、白いものたちはまるで愁斗を守るみたいに黒いものの前に立ちはだかっていた。
そのことに気づいて体が震える。
『あやかしの端くれらしいが、こんな赤ん坊のようなものならたやすく取り込めるな。まとめて喰ってやる』
「や、やめろっ」
『その後は君だ。美味そうな気配だ。頭から魂まで喰い付くしてやる』
黒い影の正体は分からないが、とても邪悪なものであることだけは分かる。影がまた、怯える白いものたちのほうに無慈悲に向かっていった。
「うわああっ」
届く寸前に、愁斗は白いものたちをまとめて抱きしめた。黒い影は白いものたちに届くことはなく、愁斗の背中から入り込んでくる。
息が詰まる苦しみに涙が出そうになる。肉体的な痛みとは少し違う。体の内側から侵食され自分の全てを食い荒らされるような、恐ろしい感覚に襲われる。
『しゅうとっ』
『しゅうとがしんじゃう』
『大丈夫?』
「だ……大丈夫、ではないかも……。はぁ、はぁっ、動かないで……いや遠くに逃げたほうが……」
幼い声で悲鳴を上げる白いものたちに、愁斗は何とか言葉を返す。大丈夫だとは嘘でも言えなかった。それでもこの小さな子たちを守らなければいけない。得体のしれないものを招き入れ、怖がって忠告してくれたのを無視した愁斗が悪いのだから。できることなら時間を巻き戻したい。
あやかしだとか、謎の男の式神になるだとか、今でもこの子たちが何なのか分かっていない。それでも確かにここにいて、心があるから愁斗を心配してくれた。何が何でも守らなければ……。
「くっ……あっ、ああっ」
『ああ……美味い、美味いぞ……。全て喰ってやる……。雑魚は後回しだ』
「うぐっ、うああ……」
『……しゅうとっ』
黒い影が勢いを増す。喰われてしまう。こんなに苦しく怖い思いをするくらいならいっそ早く楽にしてほしいと思ったとき、白いものが影に襲いかかろうとした。
敵うはずがない。愁斗は渾身の力を振り絞って手を伸ばしたが、届かなかった。
「だめだ……っ」
『鬱陶しい。それほど消えたいのなら仕方がないな』
白く小さく、汚れのないものが、いとも簡単に黒い影に飲まれてしまう。スローモーションに見えた。絶望が愁斗に訪れる。
だけど届く直前に、突然黒い影が真っ二つに両断された。
『ぐああああああああっ』
断末魔が響く。何が起きたのか理解できなかった。両断された化け物の間から何かが見える。
黒づくめなのに、愁斗の目には眩しいほど輝いて見えた。
『きさまっ……許さん、あああああアッ』
「滅せよ」
断末魔に対して暁の声は少しも乱れず冷静だった。
戦いになっているとは言いがたい。愁斗や白いものたちにとっては太刀打ちできない無慈悲な侵略者であった黒い影を、暁は圧倒的な力でねじ伏せてしまった。
「はぁっ……はぁっ……」
一気に枯れたように、愁斗の中を侵食していた黒い影が萎え、やがて跡形もなく消え失せる。身を焼き尽くされるような苦しみは弱まったものの、完全に消えることはなく愁斗を苛む。
「――大丈夫か」
「だ、大丈夫……じゃない……」
こんなに辛いのに目に見えて血が出ていたり、怪我をしているわけではない。
痛いのも苦しいのも嫌いだ。愁斗は弱い人間なのだ。でなければ引きこもったりしない。
喘ぐように息を吐いていると、暁の手が背中をさすった。少しだけ楽になった気がする。そして謎に包まれていた暁の正体も垣間見えた。
『しゅうと』
『しゅうと、くるしいの……?』
「……大丈夫……」
白いものたちが切なくなるほど悲しげな、心配するような声を出すので、つい強がった。
「全部、無事……? 何人いるんだっけ……」
「無事だ。……何故庇ったりした? これでもあやかしの卵だ、そう簡単に消えたりしない。君よりもよほど強い」
「……だって、俺のせいだし……。強いとか知らないし……」
いたわるように白い綿毛が回りを飛び回る。安心させるように震える手で撫でると何体も手に体を擦りつけてくる。ほのかに温かい。
やっぱり生きている命なのだ。……愁斗と違って。
「…………俺のほうが、幽霊だったんだ……」
「……」
暁は答えない。背中を撫でる手が、目の前の男のものとは信じられないくらい優しい。その手から真実が伝わってくる。
そう、愁斗のほうこそが異質な存在だったのだ。代わる代わる部屋に現れては消えていったのは幽霊などではなく、新たな住人候補だった。それを愁斗が――多分地縛霊のようにこの場所に留まっている愁斗が心霊現象を起こして追い出していた。
暁に限って一切通用しなかったのは、愁斗など歯牙にもかけないほどの強大な霊力を持っているから。
「あなたは……俺を退治するために来たんですか」
「……大家に依頼された。怪奇現象が起きているから解決してほしいと」
「そっかぁ」
暁に触れられていると、見失っていた記憶が少しずつ浮かび上がってきた。
愁斗は恋人から裏切られた。あのとき、ベランダで洗濯物を干していると、樫原が女を連れて部屋に入ってきたのだ。
咄嗟に息を潜めて隠れてしまった。それが間違いだった。二人が行為に及ぼうとする甘い声が、音が、耳を塞いでも漏れて聞こえてきた。耐えられなかった。
言い訳をすると、けっして死ぬつもりだったわけではない。確かにメンタルは弱いが、発作的に自殺するほどではない。大体死ぬ勇気や覚悟なんてまるでなかった。
ただ、誰にも見られないようにベランダから脱出しようとしただけだ。そこでちょっと足を滑らせ、ヤバい、と思ったときには真っ逆さまに体が落下していた。
…………なんて間抜けな死に様だろう。できることなら忘れたままで天に召されたかった。
『しゅうと、げんきだして』
『ぼくのこんぺいとうあげるから』
「……ありがと……。あの、どうして俺をさっさと祓わなかったんですか? さっきのを瞬殺したあなたなら簡単だったと思うんですけど」
「祓われたかったのか」
「……そうじゃないけど……。でも、俺はここにいたらいけないんでしょう」
この部屋に現れる幽霊――だと思っていた者達に対して、愁斗は幽霊ならさっさと成仏するべきだと思っていた。未練を残してこの世にいてもきっと辛いだけだ。恨みが捻れると、元は無害な霊でもいずれ悪霊になってしまうというではないか。
だから……受け入れるしかないのだろう。この男の圧倒的な力で祓われるなら、きっと苦しくはない。それほど怖くない。
暁は何か考えこんで言いよどむ。空気など読まずにはっきりとした物言いをする男にしては珍しい。
「……ここに留まっていたのは、白いものたちを育てたり、札を作るためだ。ここのところずっと忙しく暇がなかったからな」
「はあ……。でもそれに俺って必要ないですよね」
「……」
暁がまた沈黙して睨んでくる。愁斗はびくりとした。だけど目を逸らさずよく見ると、暁は少し苦しげなようだった。
「あの、どこか痛いんですか……? すみません、俺が変なのを部屋に入れたせいで」
「いや、どちらにせよあれは祓うべきものだった。君が引き寄せたおかげで手間が省けた。……それより、苦しいのは君のほうだろうに」
「ああ……まあ」
「……魂の一部を喰われた。留まっていられなくなる。遠からず消滅するだろう」
この男の正体は芸能人でも芸術家でもなかった。愁斗のようなものを祓うことができる霊能力者なのだ。
なのに何故、辛そうな顔をするのか。その理由が愁斗の望むものであればいいと、胸のどこかで思う。
「じゃあ……さっきのやつみたいに俺を退治するんですか。で、できれば苦しまないように一瞬で……」
「君は悪しき存在ではない。あれと同じやり方はしない」
暁は憮然として即答した。内心ほっとする。先程のような醜い断末魔を今度は自分が上げるはめになるのは正直なところ嫌だったから。
「じゃあ」
「思い残したことはないのか」
「……」
愁斗は考え込んだ。若くして死んだのだから未練は当然ある。あるはずだ。
「……君を裏切った恋人に、復讐したいのではないか」
「いや、それは……」
確かに腹立たしい。死んだ原因の一端も彼にある。そもそもが傍若無人な男で、あれがなくても散々振り回されてきた。
でも、復讐したいほど恨んでいるかと言えば……。ヤリチンなのは元から知っていたし、それを差し引いても人間的に惹かれてしまうところがあったのは事実だ。死んでしまったのだって彼にとっては預かり知らぬところで、愁斗が間抜けだったのが半分以上悪い。
考え込む愁斗に、暁が少し苛ついた声で訊く。
「……裏切られても尚愛しているというのか」
「あ、愛、とかじゃないですけど、でも人を呪わば穴二つって言うでしょう? 幽霊になって復讐なんてしたらただじゃ済まなそうだし」
暁が「そうだな」と呟く。やはりそうなのか。なら不穏な誘惑をしないでほしい。内心少しくらいは……例えばナニが使い物にならなくするくらい許されるんじゃないか、とちょっと思っていた。やめておこう。
「ならばその男に会いたいか。会って抱き合いたいのではないか」
「いや、それもないです」
虚勢ではなく、本当にもう顔も見たくない。もし……もし愁斗が死んでも気にするそぶりもなく楽しげに振る舞っていたら、それを目の当たりにしてしまったら、さすがにダメージが大きい。
樫原のことはもう忘れたい。考えれば考えるほど辛いだけだ。
「だが君は――寂しいのではないか」
「……そうかもしれません」
以前「白いものたちは寂しいものに寄っていく」と言われたときはそんなことはないと一蹴した。今なら分かる。白いものたちは愁斗に寄り添って、寂しさを少しでも埋めるように慰めてくれていた。もう体はないはずなのに温かいと感じさせてくれた。
寂しい。思えば上京してきてから、友人知人の数は増えたものの本当に親密と言える人間は誰もいなかった。唯一恋人となった男はあれだ。
別に恋愛感情でなくてもいい。友情でも親愛でもよかった。
「先程も言ったが君の魂は傷つけられ、一部が欠けた状態だ。放っておいてもそう長くは保たない。その前に……」
「なんか、消えちゃいそうなの分かるかも。俺童貞のままだし、一発ヤれば気持ちよく昇天できるかな」
しんみりした空気を払拭したくて冗談を言うと、暁がぴくりと眉を動かした。また怖い顔で凝視される。
「……したいのか、性交を」
「せ、性交って」
「やはり恋人だった男とか? だがその男に君の姿は見えないだろうし、見えても触れることはできないだろう」
「いやだから、あの人とはもう」
「……僕が力を貸せばできないこともないだろうが……」
勝手に話を進められて焦る。元彼については顔を見るのも辛い。化けて出てセックスするなんてホラーは断固拒否したい。
暁は一人何か考え込んでいる。
「あのう、俺本当にそういうんじゃ」
「僕では駄目か」
「…………は?」
「僕には霊力があり、自然と君に触れることができる。こうして」
両腕を掴まれる。真剣な表情は息を呑むほど精悍で、どこか熱っぽい。
本当はもう動いていないはずの心臓がうるさく音をたて始めた。かあっと顔が熱くなる。
『なにをするの?』
「大人にしかできないことだ。お前たちはあっちに行っていなさい」
『ずるい』
『ぼくもしゅうとをなぐさめるよ』
『みんなでできないの』
部屋から出そうとする暁に、白いものたちがざわめいて飛び回る。
大人にしかできないこと。いやらしい言葉は一つもないのに何を示すのかはっきりと意識できて、熱が上る。
『それってたのしいの?』
『きもちいいの?』
『ぼくもまぜて』
「駄目だ。……これは愁斗を救うために必要なことなのだ。愁斗のことが好きなら理解しなさい」
『……そうなの? しゅうと』
「えっと……」
白いものたちと暁からの注目を浴びる。酷く困惑する。拒絶すれば暁は強要などしないだろう。横暴なようでそれだけではない人間だと、しばらくの付き合いでもう理解している。
でも愁斗は首を横には振らなかった。
「……ごめん、少しあっちで待っててくれる……?」
『……わかった』
『しゅうとがいたいのなおるなら』
『がんばって』
白いものひとつひとつに触れる。触れられるのは愁斗が生きた人間ではないからだ。そしてこれが最後になるかもしれない。愁斗は消え、彼らも遠からずうちに愁斗のことを忘れるのだろう。そんな気がした。
それでもこの温かさは幻ではないのだと思う。愁斗は心の中で別れを告げた。
「うわ、ちょっと待ってください、心の準備が」
「そんな暇はない」
暁は性急にベッドに押し倒してきた。綺麗な顔が目の前にある。胸が苦しい。心臓はもう止まっているはずなのに。
「な、なんか変です。苦しい……」
「僕が触れている間は、実体を持つことができる。そう長くとはいかないが」
「あ……」
暁の手が確かめるように頬を撫でる。ちゃんと触れられている。触れることができるのだと分かると更に落ち着かなくなった。
「でも、暁さんはその……できるんですか、男相手に」
「したことはないが、僕にできないことはない」
すごい自信だ。だけどしたことがない相手に、幽霊とそんなことをさせるのはいけない気がする。
「や、やっぱりいいです。俺を祓うように言われただけなんでしょう。そんなことする義務どこにもないんだから」
「――いやか。やはり恋人がいいのか」
「だからそうじゃなくてっ、あっ……」
「大丈夫だと言っている。知識ならある」
上から体を撫でられる。手が頬から首筋を撫でる。
温かい、と感じた。
「はぁ……、ちょっと、くすぐったい」
「しっかり僕の手の感覚が伝わっている証拠だ。嫌か?」
「嫌じゃない……んっ」
鎖骨から胸にまで下りてくる。
どんどん鼓動が速くなり、喘ぐような息を吐く。その手が乳首を掠めた瞬間、一気に甘い感覚が腰にまで走った。「あぁんっ

ん……っ」
乳首に触れたままで暁が動きを止める。思い切り高い声が出てしまった。実は自分でも乳首でオナニーしたことはあって、敏感な自覚はあった。指が触れたままの乳首がじんじんと疼く。
「んっ……ふっぅ……」
「……ここが好きなのか」
「ああっ……わかんない、へんなかんじ……、んっひあぁっ

」
「分からないか……なら分かるまでしてみよう」
くりっ……こすっ……こすっ……

くに、くに
指先が集中的に乳首を弄りだす。ぐりぐりと押され、摘んで引っ張り出されると、乳輪の中に埋まっていた乳首はすぐに硬くなり始める。そうなってしまえば完全に勃起するまであっという間だった。
「ふぁっ……

んっあっ

いぃっ、んっあっ

あ

」
「淫らな声が出ている……、感じているんだな」
「あっ

だって、んっあっ

あぁんっ……

」
自分で触るのとは全然違う。勃起した乳首を指で擦られると、腰が蕩けるように感じて声が抑えられない。
恥ずかしい。同性愛者というわけでもない男にこんな姿を晒して、どう思われていることか。
一方でこの行為に溺れてしまいたい自分もいる。旅の恥はかき捨てと言う。死後の旅の恥もかき捨てでいいのではないか。やり逃げならぬ死に逃げだ。
……笑えない。
「んっあっいっ…

ひぅっ、んっ」
「男でも、ここでよくなるものなんだな」
「やっ…そんなこと、言わないでくださいっ…あっ

ひっ…んんっ

」
「何故? 本当のことだろう。それに言うと君の体がびくびく震えて……気持ちよさそうな顔になる」
「はあぁんっ……

」
やっぱり恥ずかしくて、なのに感じてしまう。暁にあっさり見抜かれて羞恥心は膨らむばかりだ。
「ふあっ

あっ

あ〜〜っ…

んっ…

ちくびっ

…いぃ、

あぁん……っ

」
「こうして、摘みながら先端を弾くのがいいようだな」
「ひあっ……

あっ

んっううっ

」
くにっ……ぎゅぅ、ぎゅむ、ぎゅむ……っくりくりくりくりっ……

最初は探るようだった動きが、どんどん性感帯を刺激するための淫らなものに変わる。男は初めてとは思えないほど飲み込みが早い。観察眼が並外れているのかもしれない。それだけ愁斗の反応を観察されているのかと思うといてもたってもいられず、余計敏感になる。
「ふぁっ…

あっそれ、すごい…っ

んっあっぁっ…

もっ、だめぇ……っ

」
乳首を擦られ、細かく弾かれ続けて、下半身にどんどん熱が溜まる。
勃起したペニスがびくびく脈打ち、先から汁が漏れている。乳首だけの刺激で腰が跳ね、脚をすり合わせると少しペニスが擦れてじんと感じる。
自分で触りたいほど昂ぶっている。そのとき絶妙なタイミングで暁の手が伸びた。
「ん゛ああっ…

あッ

んあっ

」
「……ああ、もう濡れているな」
「ひあぁんっ

」
するりと下を脱がせ、濡れているのを確認すると、汁を漏らす敏感な先端を重点的に指で擦られる。
気持ちいい。乳首より直接的な快感が突き抜ける。暁は男のペニスに嫌がる素振りすらなく、裏筋からカリにかけて汁を使ってぬるぬると扱いてくれる。乳首も器用に細かく弄りながら。
くりっ……

こすっ、こすっ

くりくりくりっ……

ぐちゅっ、ぬ゛るっ……ぬ゛ちゅっ、ぬ゛ちゅっ……
「あっ

あっ

ひぁっ

もうっ…いっちゃう

あっ

ちくびっ

そんなにしたらっ、すぐイくっ

ん゛っああっ

」
「――我慢しなくていい」
「あああぁっ

」
暁の声はいつもより優しくて、甘い感覚が走って腰がびくついた。イきそうだと訴えるとペニスと乳首への愛撫はいっそう激しく淫らになり、暁の手で高められていることを強く感じた。
「ふああっ

アッ

いくっ

イっ…

ひあっ

あっ

あぁ〜〜ッ……


」
びくんっびくんっ……

びくっびくっびくっ……
体が痙攣し、目の裏にチカチカと火花が散った。
乳首とペニスを弄る。自分でも何度もしたことがあるのに、オナニーとは比べ物にならない快感だった。足の指がシーツを巻き込んでぎゅっと丸まる。腰が意思と関係なく揺れて暁の手にイっているペニスを擦り付ける。
「ふあああっ……

あっ、すごい…っ

んっ、でて……ひあぁっ

イってう

からっ、もっ乳首らめぇっ…

ああああぁ…っ

」
くにっ……

ぐりっ……ぐりぃっ……
イきながら乳首をぐりぐり押しつぶされ、終わりそうだった絶頂が長引く。不安になるほど気持ちいい。
人の手に触れられる気持ちよさを初めて知った。知ったそばから天に召されなくてはいけないのが惜しい。こんなに気持ちがいいことなら、生きているうちに尻込みせずにチャレンジしていればよかった。
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