お金めあてのデートです。サンプル2
◆◇中略◆◇
そしてその日はやってきた。
「久しぶり」
「ひっ、久しぶりです!」
「また会えて嬉しいよ。――どうかした? 顔がこわばってるように見えるけど」
「いやちょっと、寝不足で」
「そうなんだ。もしかして忙しかった? こっちの予定で日取りを決めたけど無理させちゃったかな」
「まさかまさか、全然余裕です!」
まさかまさか、今日のことを考えすぎて寝付けなかったとは言えない。それにしても久しぶりに会うトウヤさんは相変わらずパパ活の援助側とは思えない外見で、というかここ最近の想像の中よりかっこよくなっている気さえする。
「じゃあ、最初にこれ渡しておくね」
「ありがとうございます!」
また小さい紙袋の中に封筒。俺は頭を下げてからササッとそれを自分のバッグにしまった。ありがたい。
ふと視線を感じて顔を上げると、トウヤさんが俺を見てた。
「中身、確認しなくていいの?」
「へ、なんでですか?」
「僕がちゃんとお金を入れてないかもしれないのに」
「えっ。た、たしかに。トウヤさんがそんなことするなんて、想像もしてませんでした」
俺は面食らってしまった。そんな可能性もあるのか。もし家に帰って中身が「バーカ」とか書いてある紙だったら多分泣く。
トウヤさんも何故かちょっと、面食らったような顔になる。
「……なんていうか、他の人に騙されないか心配だな」
「大丈夫ですよ、こんなことトウヤさん相手にしかしてませんから」
「――そう」
トウヤさんが微笑んだ。俺の金に対する邪な心が浄化されてしまいそうだったので、そっと目を逸らしておいた。
最初の目的地は映画館だった。トウヤさんって小難しい外国の映画が好きそうな勝手なイメージだったけど、見たいと言ったのは話題の人気邦画で、俺も気になってたから一緒に楽しむことができた。
映画館といえば、カップルがちょっとイチャイチャするのにちょうどいい場所だ。エッチなことは無理だけど手を握るくらい普通だ。と思う。
でも同じ列に他に客がいたから遠慮したのか、トウヤさんがアクションを起こすことはなかった。俺はまたいつ手を握られて、ちょっといやらしく指で擦ってくるかとドキドキしてたのに。
考えてみればトウヤさんは俺に許可をとるまで決して変なことはしない紳士だった。隙あらばエッチなことを仕掛けてくるのは、トウヤさんと出会う前に俺の頭の中にいたパパ活おじさん像であって、トウヤさんじゃない。
――でも、手、握りたくないのかな。
俺はそう思って恐る恐る手を隣に伸ばそうとしてみては引っ込めるのを繰り返した。おかしいな、前回はためらいなく握れたのに。いや、無料でサービスすることないか。万が一他の客に見られたら恥ずかしいし。
最後に一回だけ隣の方にやった手に、不意に温かい皮膚がぶつかった。
「……っ」
トウヤさんの手と、俺の手の甲が当たった。俺はフリーズしてしまった。トウヤさんも動く気配はない。
タイミングが悪いことに、スクリーンの中の男女が熱烈に抱き合い荒い息でキスを繰り返す。こんな気まずいシーンがあるなんて聞いてない。体温上がりそう。
隣を見る勇気はなくて、俺はただ画面に齧りついていた。映画が終わる頃には、手の甲にだけ汗を掻くという変なことになってた。
「いやーよかったです! 中盤に主人公の生い立ちのどんでん返しがくるとは思わなくて」
「そうだね、淡々とした演出だったから余計引き込まれて、先の展開が早く見たくなったよ」
映画館を出ると、カフェに入って感想を言い合った。映画は面白かった。ただちょっと、終盤の展開は記憶が怪しいだけで。
それにしてもこのカフェはおしゃれで開放的で、座席にはゆとりがあって向かい合って座っても膝が擦れることもない。隣には美味しそうなスイーツを撮ってる女子がいるし、要するにここに連れてきたトウヤさんに少しも下心を感じない。
それでいいのかトウヤさん。もしかして本当にただ、俺と一緒にこうして遊ぶだけで満足なのか。
でもそれじゃ、いつ心変わりしてもおかしくないのでは。トウヤさんならタダでこうして遊んでくれる相手なんてマッチングアプリでも使えば秒で見つかりそうだし、何ならもっと、エッチなことさせてくれる相手だって……。
「……」
「どうかした?」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
「あの……俺、最初はホントに、ただ会うだけって言ってたと思うんですけど」
「うん、もちろん忘れてないよ、大丈夫」
「でも、トウヤさんと会ってみたら全然、嫌なところがないし、ちょっと考えが変わったっていうか」
俺は隣の席の女子をちらっと見た。万が一にも聞かれたくなくて、トウヤさんの耳元に口を近づけて囁いた。
「もうちょっと違うこと、されても嫌じゃないんですけど……」
言ったそばから羞恥心に襲われて、トウヤさんがどんな顔をしているのかは見られなかった。
◇◇
「聖くん、漫画好きだよね」と確認され、二人でネットカフェに向かうことになった。
トウヤさんがネットカフェに行くイメージはないけど、まあぶっちゃけ二人になれればどこでも大差ないってことだろう。
ネットカフェといえば半個室がある。ちょっとやそっといかがわしいことをしても多分バレない。声は聞こえるけど。声……が出ちゃうようなことはする気ないからセーフだ。
もうちょっとサービスしてあげるだけだ。
「……あれ、ここ、ネットカフェ?」
「そうだよ」
トウヤさんは何の曇りのない笑顔で答えた。トウヤさんが言うならそうなんだろうけど、俺の想像のネットカフェとはちょっと違った。
フロントも内装の落ち着いたデザインも、まるで立派なホテルみたいだ。何より静かだし、雑誌や漫画が雑然と並べられてもいない。
部屋に着いてまたちょっと驚く。ドアの下も上も隙間がない完全な個室だし、俺が終電逃して駆け込んだネカフェは足を伸ばして寝られないくらいだったのに、ここは大人が何人寝転べるだろう。
「入って」
「は、はい」
背中を押されて中に入る。靴を脱いで座ってから、まずは漫画でもとってきて読むふりをすればよかったと後悔した。
触るって言ったら手しかなくない? 他に何かある? ……あ、舐めるとか? いやいや想像するな、トウヤさんは手でしか触らないって言ってるんだから関係ない。
手で上半身触るだけで一万円なんてボロい商売だ。
「い、いいですよ、手で触るだけなら……」
「よかった。嬉しいよ」
トウヤさんは財布から躊躇いなく一万円札を出して俺に渡した。これで今日三万……喜びに浸りたいところだけど、あんまり考える余裕がない。
「触るよ、いいね」
「は、はい……」
トウヤさんの手が、首筋に当たって、それから耳を触られる。耳たぶを撫でて、穴に軽く指を入れて擦られる。
「んっ……」
優しい手付きだ。優しいからぞくっとする。くすぐられてるみたいだ。もっと強くされたら逆に何も感じなさそうなのに、トウヤさんの手はどこまでも慎重で、耳の穴の中を舐められてるような錯覚を覚える。
「んっ、くすぐったい……っ」
「ああ、ごめん。……脱がせてもいい?」
そうだよな、そりゃ脱ぐよな。俺は躊躇いを隠して頷いた。
今日は何の変哲もないTシャツ。裾を持ちながら目配せされて、俺は何かやけに恥ずかしくなりながらバンザイして脱がされるのを手伝った。
現実には脱いだってエロいものなんてない。おっパブなら1万円も払えば可愛い子の柔らかいおっぱいをしばらく堪能できるけど、男には当然そんなものはない。
何するんだろうって思ったら、トウヤさんが乳首を見てることに気づく。また無性に恥ずかしくなって隠そうとしたら、その前に触られた。
「あっ、はぁっ」
「――触っていい? ここも上半身だよね?」
「もっもう触ってるじゃないですか……っ、んっあっ……ふっ」
くに……くに、くに、こすっ、こす……

柔らかい乳首を指先で軽く揉まれて、変な感覚が走って俺は慌てた。
乳首を触ったことくらいある。だからって別に開発されてるわけじゃないし特別敏感でもないはずだ。
ムズムズして、ちょっとゾクッとして、気持ちいいようなもどかしいような感じ。
でもトウヤさんに触られていると、その感じが、どんどん強くなっていくような。
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