寝た子を起こす 02


あり

エリートにはマゾヒストが多い、と言ったのはどこの誰だったか。

とにかく如月潤(きさらぎじゅん)というのは目立つ男だった。どこかの俳優のように整った顔立ちに、平均を大きく上回る長身。黒髪でチャラい感じはしないがいかにも女性受けしそうな身だしなみ。
いい家の生まれで、きちんとした教育を受けているだけあって成績優秀。一見近寄りがたいが性格が横暴だったりすることもない。何もかも絵に描いたようなエリートなのだ。

一方宮城千里(みやぎせんり)はそこそこの顔立ちにそこそこの身長、そこそこ普通の家に生まれたそこそこ普通の学生であった。
如月とはクラスも違い、話したことはおろか接点もろくになかった。彼が某お嬢様学校のアイドル的な女子と付き合っているとかいないとかいう話を聞いて、「あいつみたいだったら人生楽しいだろうなー」と友人達との話のネタにするくらい。あそこまで全てが完璧だと、嫉妬する気もおきないものだ。
そんな千里が如月に負けていないものといえば、サッカーくらいのものだろう。なにせ小学生からやっていたのだ、運動神経そのものでは負けていても、球技の経験差というのは大きい。
だから――体育の授業で如月と対戦したとき、経験者でもないくせにやたらいい動きをして活躍するので、つい熱くなって思い切り当たりにいってしまった。
ボールに行ったつもりだったのだが、如月を蹴り倒してしまったのだ。
これが公式戦なら一発レッドになるところだったが、これは体育の授業なので――待っていたのは教師の説教と、周りからのやりすぎだろという呆れた視線であった。


たっぷりと説教を受けた後、千里は憂鬱な気分で保健室へ赴いた。
中には手当てを終えた如月が一人座っていた。

「あの、ごめんな。俺つい熱くなっちゃって。怪我は……」
「ただの打撲だ、すぐ治る」
「そ、そうか。ホント悪い」

ほっとしたのも束の間、如月がじっとこちらを見詰めてくる。怒っているのかと恐々としていたのだが、次に出てきた言葉はあまりに突拍子もないものであった。

「もう一度、俺を思い切り蹴ってくれないか」

軽く10秒は固まってしまっていたと思う。

「今までに感じたことのない衝撃が体を貫いたんだ。またあの感覚を味わってみたい」

彼は至って真面目な顔でそうのたまった。開いた口が塞がらない。

「ほら、早く!」
「うっ、うわああああっ!」

鬼気迫る様子で腕を掴まれ、千里は相手が怪我人であることも忘れ思い切り突き飛ばした。

「もっとだ、もっと強く……!」
「いや無理!」
「その拒絶の目……ああ、もっと俺を見てくれ」
「意味がわからない!」

背筋がぞわっとして、千里はとうとう逃げ出した。
今までの人生の中で一番と言っていいほど衝撃的な出来事であった。


あれは何かの冗談だったのだ、忘れよう。という千里の努力も虚しく、如月は数日も経たないうちに訪ねてきた。

「宮城、またあのときのように俺を」

友人達の前でも堂々と変態発言をかまそうとするものだから、人気のないところに連れ出さざるをえなかった。

「宮城……早く……」

期待に満ちた目で見つめられ、たじろぐ。

「いや俺、あの時はつい熱くなっちゃったけど、あれはサッカーの試合だからで、人を蹴って怪我させる趣味なんてないんだけど」
「最初は軽くでもいい。ほら、早く」

(駄目だこいつ、早くなんとかしないと……)

千里は迷いに迷った末、如月の腕を取ると思いきりしっぺしてやった。

「あっ……」

何か上ずった声を出されてまた背筋がぞくっとする。「これでいいだろ」と投げやりに言って、再び逃げ出した。

しかし、これで終わることはなかった。
千里はしばしば、屋上や、空き教室や、校舎裏の死角なんかで、如月に痛みを与えるという謎の習慣ができた。
拒否し切れなかったのは、――あれだけのエリートで人気者な如月が、おかしな趣味を持っていて自分などに懇願してくるという状況に、少し優越感を感じてしまったから、だと思っている。
彼が望めばもっとすごいことをしてくれる「女王様」はいくらでもいそうなものだが、ファーストインプレッションが余程強烈だったのか、如月は足しげく千里のもとへ通った。

そんなある日、部活を終えると如月がこちらを見ていることに気づいた。

「お前、こんな時間まで学校にいるなんて珍しいな」
「……何故だ」
「え?」
「何故、俺には遊びのような痛みしかくれないのに、あの男には本気でぶつかっていくんだ……!?」
「はい?」

サッカーは本気でやれば、接触プレイ等で痛い思いをすることは珍しくない。そういえば今日は千里の蹴ったボールが思い切り後輩の股間に当たってしまった。きつい練習をものともしない根性のある後輩が、あのときばかりは悶絶していた。本当に申し訳なかったと思っている。

「うーん、じゃあお前もやってみる?」

さすがに金的なんて食らったら、いくらこの男でも再起不能になるのではないだろうか。エリート男に合意で金的を食らわすなんて、間違いなく人生でこの一度だけになるだろう。
好奇心に負けて提案してみると、如月は熱っぽい視線を向けてきた。

そして何故か、如月の家にお邪魔することになってしまった。噂には聞いていたがとても大きく立派な家、というか館だった。入るとお手伝いさんが出迎えてくれる。
この家の人たちは大事なお坊ちゃんが歪んだ趣味を持っていることなど、知る由もないのだろう。

「じゃあ、頼む」

高校生の部屋にしては無駄に広いとしか思えない如月の自室に入ると、すぐに懇願される。
千里は如月の股間を思い切り蹴る――なんてことは同じ男としてとても恐ろしくてできなかった。あまり体重をかけないよう踏むのがやっとであった。

「ああっ……はぁっ、宮城…っ」
「っ、痛くない、のかよ」
「ああ、もっと、強く…」

ぎゅむ、ぎゅむ、ぐっぐりっ、ぐりっ

如月は息を荒げ、壮絶に色っぽい声を出す。
おかしい。ちょっと金的を食らわせてやるだけのつもりだったのに、これじゃまるで……。

「はあっ、いい、すごいよ、もっと…」
「……っ」

踏むたびに股間が硬く、大きくなっていくのが分かる。ギンギンに勃起してスラックスの前がものすごく盛り上がっていて、きつくないのだろうか。いや、きついのさえ如月にとっては気持ちがいいのか。
如月の熱が移ったみたいに千里も何だか熱くなってくる。如月の勃起はもはや凶器みたいに熱くて硬くて、千里の足を押し上げてくる。これじゃどっちがいたぶられているのか分からない。

「……踏まれて勃起するなんて、変態…っ」
「っああ、いい、宮城…っ」
「っ変態っ…こんなにでかいのギンギンにして…っ、変態っ」
「はぁっはぁっ…そんなにされたらっ…あッ、いく、宮城に踏まれて、イくっ…」

ビクッビクッ、ドクッドビュッドビュッ、ドビュゥッ

足の下で、大きなものがびくびくと激しく震え絶頂に達した。
広い部屋にはあはあと荒い息だけが響く。如月の恍惚とした表情を見ていると段々いたたまれなくなってきて、千里は例のごとく逃げ出した。
思えば最初から変態だとは思いつつ、嫌悪感を抱いたことはなかった。だからって、あれではまるでノリノリで千里が変態行為をしたみたいだ。
――どうかしていた。
もやもやとしたものを抱えながら千里は家路についた。

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