性癖の行方 02 03



大山廉は、決して大きな声では言えない性癖を抱えていた。

「はぁ〜〜祐希君可愛い……」

テレビの画面の中で、半ズボンがまぶしい美少年が走り回っている。いい年をした大人の男がうっとりとそれを眺める姿はかなり危ない。
そう、廉は美少年が大好きなショタコンだ。筋金入りのショタコンだ。
普段は一般社会に溶け込んで生きているごく普通の青年なので、こうして家で密かに動画や画像を見ては楽しんでいる。他人に知られたら白い目で見られること必至なのは廉も分かっている。しかし女性にも成人している男にも興味が持てないのだから仕方ないと開き直っていた。
廉の隣の家には、幸か不幸かとびきりの美少年が住んでいた。園部文也というその少年に廉は年がら年中ハァハァしていたが、それはあくまで脳内でのことであり、文也からもその親からも近所のいいお兄さんとして信頼されていた、はずだ。
少なくともあの瞬間までは。

『廉兄、借りてた本……』
『はぁっはぁっ、イくっ……』
『……』

あれは文也が声変わりするかしないかという頃だっただろうか。あの頃は気軽に家を行き来していた文也に、美少年をオカズにオナニーしているところをばっちり見られてしまった。

『ふ、文也っ!? いやあの、これは』

廉は必死で言い訳を考えた。下半身を丸出しにしてイったばかりのペニスを握った姿で。
買い替えたばかりの大型テレビには少年が大写しになっている。
どう見ても言い訳しようがなかった。

『……気持ち悪い』

兄のように慕ってくれていた文也の感情が、一気に軽蔑と嫌悪に変わった瞬間だった。
しかし廉はへこたれなかった。何せ真性のショタコンなのである。

『ふ、文也、この猫の尻尾つき半ズボン穿かない? 似合うと思うんだ』
『穿くわけないでしょう、この変態』

『あああっ、文也の学ラン姿……っ! 写真撮っていい?』
『警察呼ぶよ』

『ちょっとだけ、ちょっとだけ舐めていい?』
『死んだら?』

開き直って迫る廉を、文也は徹底的に蔑んで相手にしなかった。当然だ。
それでも文也のことが大好きだった。サラサラの黒髪にアーモンド型の綺麗な瞳、すっと通った鼻筋に薄めで形のいい唇。文也は廉の理想の美少年だった。
口では通報するだの刑務所に入れだの言いつつ、実際はそこまではされなかったのも廉を助長させた。
だから文也に初めて彼女ができたときはものすごくショックだった。あんなに可愛い顔をして女とどうこうなってしまうのか、なんて想像したくもなかった。

『なんで彼女なんて……あの子より文也のほうが圧倒的に可愛いじゃないか! それに浮ついてそうだし、頭もよくなさそうだし……』
『あんたより圧倒的にマシなのだけは確かだよ』
『ううっ……』

廉は泣いた。泣きながら早く別れることを願った。
丑の刻参りをする勢いで願った結果、めでたく数ヶ月でその女子とは別れることになって小躍りしたが、何を隠そう文也は中々のプレイボーイだった。
誰もが認める美少年故に言いよってくる女が絶えることはなく、すぐに別の彼女を作った。 そのたびに廉はハンカチを噛み締めて悔しがるのだった。

文也は時折廉に物を買わせたり、雑用をやらせたりしていた。「気持ち悪いセクハラした報い」とか「警察に通報されるよりはマシだろ」という理由でだ。要するにいいように使われていたのだが、確かに通報されるよりはずっといいし文也に会える理由ができるので、廉は結構ノリノリで使われていた。
ある日頼まれたものを買って行くと、部屋から文也と同じくらいか少し上に見える女子が出てきた。
その子は赤い顔をして、「またね」と部屋の中に向かって手を振ると、そそくさと出て行った。
それを不審者のように物陰に隠れて見ていた廉は嫌な予感がした。恐る恐る文也の部屋に行くと――、上半身裸の文也が、気だるそうにベッドに座っていた。

『ああ、あんたか。その辺に置いたらさっさと出てって』

妙に色っぽい様子にくらりとした。
文也が童貞を失ったのだということを嫌でも察した。もしかしたらその時ではなく、とっくの前に喪失していたのかもしれない。可能性は感じつつもとても受け入れられそうになかったから考えないようにしていたのに、目の前に突きつけられてしまった。
廉の目からは涙が流れ、美しい上半身裸を見たことで鼻からは血が流れた。

『見るな、気持ち悪い』

文也が純潔ではなくなってしまった。何を隠そう廉は未だに清い体であるというのに。
できることなら自分が文也で童貞を捨てたかった……なんて言ったらいよいよ本気で通報されかねないので言えなかった。
それ以来、文也は平気で廉に避妊具を買わせたりするようになった。そのたびに女との行為を想像してしまっては嫉妬に狂ったり、ちょっといやらしい気持ちになってしまったものだ。
昔は天使のようだった文也は、すっかり小悪魔になってしまった。決して嫌いにはなれないというか、ちょっとSな美少年もそれはそれで……などと思う廉も重症だった。

そして時は流れ。
廉は無事大学を卒業し会社勤めの身となり、出会った頃はヨチヨチ歩きだった文也も高校生になっていた。


廉の夢は中学の教師になることだった。
興奮を抑えながら教育実習に行って教員免許も取り、夢に向かって邁進する気満々だったのだが、

『あんたみたいな教師じゃ生徒が可哀想すぎる。もし教師になんてなったら、犯罪抑止のために学校と生徒に性癖ばらすよ』
『そんな……俺はただ好きなことを仕事にしたいだけなのに!』
『好きの意味が邪悪すぎるんだよ』

と文也に脅され、泣く泣く諦めた。
何も実際に生徒に手を出すつもりなんてなく、目の保養と生きる活力をもらうだけだと説明したのに。
中学教師の夢を絶たれた廉は厳しい就職活動の結果、玩具メーカーに勤めることになった。
子供が好きな玩具の企業なら少年と関われる……かというとそう甘い話でもなく、営業の廉が実際に仕事で関わるのは中年男中心だった。世の中は厳しい。
一方高校3年生になった文也は、世間一般の基準ではこの上なく順調な成長を遂げていた。
中学の途中からみるみる身長が伸び、顔立ちの美しさは損なわれないまま見事な美青年になった。
ショタコンの廉は、その成長を胸が締め付けられるような想いで見守った。
頬の丸さがシャープになり、声が低くなり、細く柔らかそうだった手足も男らしくなり。

『ああああ! もう成長しないで永遠に美少年の姿でいてえええ!』
『あんたの脳は全く成長する気配がないね』

発狂してみても時を止めることは不可能だ。とうとう身長でもわずかに上回られ、廉は大失恋をしたかのごとく凹んだ。
廉は未だに文也のパシリとして使わてていた。守備範囲からは外れても可愛い幼馴染であることは変わっていない。
が、そろそろ断腸の想いで文也から離れるべきなのだろうと思っていた。少年趣味への批判はどんどん厳しくなるし、いい加減潮時なのだろうと。

「……はっ。そろそろ人気子役佐々木愛斗君の出演ドラマ『僕と柴犬の小太郎』放送時間っ…! テ、テレビつけていい?」
「つけないよ、どうせ録画してるんでしょ」
「してるけど、生でも見たいじゃないか!」
「うざ……」

今日は買い物をいいつけられ、文也の好きなドリンクとお菓子を購入して家に届けたところだ。パシリの用のときに限り部屋に入ることを許されているが、私物に触れることは一切禁じられている。隙あらば何か盗むとでも思われているのだろう。
もちろんなくなって困るような必要なものは盗んだりせず、やるとしてもせいぜい使用済みティッシュを拝借するくらいなものなのだが。全く信用されていないようだ。

「いい加減そのキモい言動やめなよ。ショタがどうとか」
「ふふふ……。聞いてくれ文也。俺はとうとう法の抜け道を見つけたんだ」
「は?」

廉は得意気に言うと、とあるチラシを取り出した。
そこには『美少年☆カフェ』とポップな書体と色使いで書かれていた。

「これだ!」
「……何それ」
「見ての通り『美少年カフェ』だ! 本来女向けの店だけど、美少年と名がついたら行かないわけにはいかないだろ。この前女客だらけの中並んで入ってきた」
「さぞ気持ち悪がられただろうね……」
「そこで俺は出会ったんだ、美少年でありながら法に触れない夢の存在に」

店に入ってみると、美少年を謳いながら店員は明らかにとうの立った、20歳前後の青年ばかりだった。
がっかりしてテンションが下がる廉だったが、一人だけいたのだ。美少年と呼べるような逸材が。
身長は160台前半ほどの小柄で、髪や肌は綺麗で染めたり化粧したりと余計なことはしていない。顔立ちは童顔で、控えめで初々しい接客態度に廉は心を打たれた。
勇気を出して話しかけ年齢を訊くと、高校を出たばかりの18歳だという。
18歳。忌々しい条例に抵触しないギリギリの年齢だ。

「俺は運命だと思った。そして道が拓けたんだ。これからは『合法ショタ』の時代だ!」
「……」
「18歳以上なら何をしても犯罪にはならないし。いやその、別にナニをする気があるとかじゃないけど。とにかく文也には俺がいつか犯罪を犯すんじゃないかとか心配させただろ、もう大丈夫だから」

本当は本物のショタを愛でる趣味を捨てる気はない、というか無理だ。合法ショタがどれだけ可愛い容姿をしていても、思春期の少年の輝きは本物にしか出すことはできない。
だけどこう言ったほうが文也を安心させられるだろうと思っていた。
なのに反応がない。訝しくて顔を覗き込もうとすると、いきなり体を掴まれて壁に押し付けられた。
いわゆる壁ドンというやつだ。美青年の文也がやると少女漫画さながらだが、その顔は険しく、廉はときめきではなくびびって心臓をバクバクさせた。

「いたっ……な、何っ?」
「本当に馬鹿だね。そんな変な店で働くやつ、どうせあんたなんか搾取されて終わりだよ」
「いや、彼はピュアな心の持ち主だ。断じてそんなことはしない……いたっ」
「うるさい」

眉間に皺が寄り、いつもより声が低い。
文也は怒っている。それもかなり。中学のプールを隠し撮りしようと企てたのがバレたときと同じか、いやそれ以上に怒っている。
文也は更に吐き捨てるように言った。

「あんたが俺に突っ込みたがってるド変態だってことは知ってたよ。本当に気持ち悪かった」
「つつつ突っ込むなんて……っそりゃ妄想しちゃったことはあるけど、実際そんな、子どもを踏みにじるような犯罪行為をするつもりは断じて」
「妄想される時点で無理なんだよ。――でも俺、もう子どもじゃないから」
「ひあっ」

いきなりペニスを揉まれ、変な声が出た。逃げようとしたが強い力で押さえつけられ動けなくなる。


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