新入生大歓迎2話 02 03



大学生になって2ヶ月が経ち、気象庁が梅雨入りを発表する季節に突入していた。ここのところ雨が続いていて傘が手放せない。
高校とはがらりと変わった大学生生活も、それまでは未知の世界だった都会での日常生活も、少しは慣れてきたところだ。

「あー腹減った。渉、飯食いに行こうぜ」
「おー」

2時限目の授業が終わると、隣に座っていた野村啓介に声をかけられ渉は席を立った。
啓介は女受けの良さそうなファッションと流行りの髪型をした、いかにもリア充な大学生という風体だ。脚が長いので細身のパンツがよく似合っていて羨ましい。渉とは違って都会育ちで入学時から垢抜けていた。
タイプは違うが入学後の行事や授業で一緒になる縁が多く、何となく行動を共にするようになっていた。

「そういえば、渉ってサークルどうしたんだっけ? どこも入ってないなら同じところ入らない?」
「さ、サークル……」

心臓が嫌な音を立てた。渉にとっては世にも忌まわしい記憶が呼び起こされる。
入学してまだ間もない頃、信じられないような悪夢が渉を襲った。あれが夢だったならどれだけよかったことだろう。 当然その後一度もサークルには行っていない。そして今後も二度と行くことはない。
あの3人には遭遇しないよう気を張りながら生活してきた。学年関係なく学生が集まるような場所にはできるだけ近寄らない。例えば学食などがそれだ。安くてボリュームがあると評判のメニューの味が気になってはいても、一度も口にできたことはない。 何故被害者である自分がびくつかなくてはいけないのか腹立たしかったが、きっと遭ってしまったら蛇に睨まれた蛙のように動揺してまともに対応できるとは思えない。
あんなサークル潰れてしまえと思いつつ、被害を訴えるつもりもなかった。男が男にあんないやらしいことをされたなんて、誰にも知られたくない。もしも田舎の親兄弟に知られでもしたらと想像しただけで嫌な気分になる。
他の一年生が被害に遭っていたらと考えると放っておくことを躊躇う気持ちもあったが、あのサークルに入った女子たちは今もとても楽しそうに誰がかっこいいだのと噂している。
もしかしたら、あの可愛い女子たちもすでに皆――と下世話な妄想をしたりもした。そうすると必然的に自身の痴態も思い出してしまい暴れだしたくなるような気分になる。
渉は考えないようにした。男なのだから妊娠することもない。傷物にされたなんて思わない。犬に噛まれたと思って忘れてしまえばいいのだと。

「そうそう、テニスサークル。テニサーっていうとヤリサーみたいなイメージあるかもだけど」
「ヤリサー!? 無理!」
「いや反応しすぎだろお前。聞けって」

啓介が笑いながら突っ込んでくる。渉にとってはトラウマになっている単語がいきなり出てきて思い切り動揺してしまった。

「テニサーって言ってもいくつかあってさ、一番目立つウェーイみたいなとこじゃなくて、俺が入ったとこは割と落ち着いてるよ。飲みばっかってわけじゃなくて皆で楽しくテニスしよーぜって感じ」
「あ、ああ、そうなんだ」
「まあその分目立つ可愛い子がいるとかって訳じゃないけど。渉はそのくらいのほうがいいんじゃない」
「うーん……」

テニスは学校の授業や遊びでしかやったことはないが、結構好きだ。あのサークルのことがなければ何の憂いもなく話に乗ってみていたと思う。
迷っている渉の背中を啓介は更に押してくる。

「とりあえず見学だけでもしてみたら? 加藤とか黒田も入ってるし。上手い人もいるけど初心者も多くて、ちょっと遊んでくだけでも楽しいと思うよ」

それもいいかもしれない。最初の選択を致命的に間違えたとは言え、やはり大学生になったからにはサークルの一つも入って交友関係を広げたい。すでに啓介には渉の知らない人脈があるようだ。取り残されるかもしれないという不安も少しだけあった。
渉は首を縦に振ってみせた。

その日の授業が終わると、ちょうど雨は上がっていた。渉は啓介に連れられテニスサークルに顔を出すことになった。
行ってみると8割ほどは男で、確かにあまり華やかな雰囲気ではなく、ハイレベルな打ち合いをしている者たちもいれば山なりのボールを緩く打ち合っている者たちもいて自由な雰囲気だ。

「おー一年生か。適当に打っていっていいよ」
「はい、ありがとうございます」

サークルの代表は、中高ではバリバリテニスをやっていたということで、体格がよく、テニスを始めてみればかなりの迫力があった。
渉もコートに入れてもらい、啓介と軽くゲームをした。啓介のほうが上手かったが手加減をしてくれたようで、途中からは楽しくなって笑いながらボールを追いかけていた。
しばらくして他の学生にコートを譲り、小休止していると啓介が飲み物を手渡してくれた。

「はーいい汗かいた。どう? 結構楽しくない?」
「うん、ウェーイなノリだったらどうしようかと思ってたけど、普通に楽しい」
「だから言っただろ」

汗を拭いながらスポーツドリンクで一気に喉を潤す。気持ちがよかった。ここでなら楽しくやれるかもしれないと思っていたときだった。

「あれ、スマホ鳴ってない? お前の」
「本当だ。ちょっと待って」

バッグから通知が点滅しているスマホを取り出すと、メッセージが来ていて何気なく画面を開いた。
その瞬間、全身から血の気が引いていった。

「……っ!」

指先が震えてスマホを取り落としそうになるのを何とか堪える。
メッセージは一言、「今から部室に来て」。そして一枚の画像が添付されていた。
全裸で、体中に精液をかけられ蕩けたような顔をしている、卑猥な姿をした渉の画像が。


「何、どうかした?」
「な、何でもない。ちょっと、知り合いにいきなり呼び出されたから」
「ふーん……?」

慌てて画面を隠す。渉は啓介に帰宅すると告げると、慌ててサークル棟に向かわざるを得なかった。
テニスで流した気持ちのいい汗とは全く違う、じっとりとした嫌な汗がにじみ出てきて止まらない。

「やあ、久しぶり」

部屋は静かで、灰谷一人だけがそこにいた。渉を見ると笑顔を浮かべる。何も知らない頃は爽やかで優しげだと思っていた、今は空恐ろしさしか感じない笑顔。

「来てくれて嬉しいな。新歓以来全然顔出してくれないから寂しかったんだよ」
「い、行けるわけないじゃないですか。なのに、あんな画像送りつけてきて、脅すようなことしてっ……」
「脅す?」

灰谷は心外だというような顔をする。渉は冷静になるよう自分に言い聞かせた。こちらのほうが絶望的に不利な状況だった。もしあんな画像をばら撒かれたら、折角苦労して入った大学にいられなくなるどころか、まともに生きられなくなるかもしれない。

「あんなの、来なかったらばら撒くって脅してるようにしか思えません。お願いします、画像消して下さい」
「何だ、そんな心配してたの。ばら撒くつもりなんてないから安心して」
「じゃあなんでっ……」

灰谷が近づいてくる。切れ長の目に見つめられると身が竦んで動けなかった。やけに静かで、緊迫した空気が流れる。

「君のあんないやらしくて可愛い姿、不特定多数の奴に見せるわけないだろ? 俺ってそんな酷い男に見える?」
「……」
「君が会いに来てくれないから、あの画像で何度もシコってたよ。いやらしく喘ぐ声とか、必死にち〇ぽ咥えてるフェラ顔とか、熱くて搾り取るみたいに締め付けてくる中を思い出すとすごく硬くなって、頭の中で何度も何度も中出しした」
「ひっ……ぁ……」

綺麗に整った顔にはおよそ似つかわしくない下品な言葉が、色気のある声ですらすらと紡がれる。
灰谷のことを非難したいのに、渉の体はあのときの感覚を生々しく思い出し、痛いくらいズキズキと疼いていた。

「お、俺なんて相手にしなくても、灰谷さんならいくらでも相手がいるでしょう」
「うん……どうしてだろうね。でも他の子とするより、君を思い出してシコるほうが興奮しちゃうんだよね。金崎や小宮にまでハメられて感じてたことを思い出すとイライラするんだけど、それでも全然萎えないんだ」

何を言っているのかわからない。灰谷は絶対にモテるし、可愛い女子もよりどりみどりなはずだ。なのにただの男である渉に、まるで執着しているような言動をとるなんて。


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