声の世界 02


あり

小さい頃からアニメが好きだった。
特に熱心に見ていたのはロボットアニメやバトルもののアニメで、死闘を繰り広げ必殺技を叫ぶ主人公に憧れたものだ。
声優という職業を知り、自然となりたいと思うようになった。高校生のとき親に打ち明けると困惑されたが、他にやりたいことも得意なこともなかった純也が本気さを訴えると渋々認めてくれた。
親よりもずっと辛辣に反対してきたのは、物心つく前から付き合いのある幼馴染だった。

『お前が声優? 無理無理、演技なんかできないだろ。小学生の頃クラスでやった劇の演技、酷すぎて今でも覚えてるわ。セリフ一言しかないザコ役だったくせに、緊張で真っ赤になってセリフ噛んでたよな』

そんな昔のことを持ち出して全否定されたのをよく覚えている。
純也が必死に努力して、少しではあるがアニメで声を当てられるようになっても、幼馴染――今井澄(とおる)は決して認めようとはしない。事あるごとに嫌味ったらしく痛いところをついてくる。

「で、いつ就活すんの?」
「いや、もう働いてるし」
「働いてるって言える額稼げてないくせに。今時声優を目指してるやつなんて掃いて捨てるほどいて、声優一本で生きていけるほど売れてるのは上澄みの極一部だけだろ。お前がその一部になれるとは到底思えないね」
「う、うるさいな、そりゃ厳しい世界だって分かってるよ」
「本当に分かってる? 若くて体力があるうちはバイトしながらでもできるけど、年取っても売れなかったら悲惨だよ、他に活かせるスキルじゃないんだから」
「くっ……それはお前だって同じだろ」

澄もまた、不安定な仕事を選んだ点では純也と同じだ。彼は芸能事務所に所属する俳優なのだ。
現在売り出し中で全国放送のドラマにも名前のある役で出演しており、すでに純也とは明らかな差ができていたが。
小学生の頃、純也がチョイ役にも関わらず失敗した劇において主役を堂々とこなし、すでに女子からキャーキャー言われていたのが澄なのである。

「俺はいいんだよ、はっきり言って顔がいい上に頭もいい。もし俳優として売れなくたって選択肢はいくらでもあるからな。まあ売れない気なんてしないけど」

自信満々に言い切られても否定できない。何せ本当に澄は容姿が優れていて、なおかつ頭の回転が早く勉強も得意だった。それに一種のカリスマ性のようなものがあり、女からはもちろん男からも一目置かずにはいられないような存在だった。
すでにファンを掴み、演技の評価も上々だというから、そのまま真っすぐ成功の道を進んでしまいそうなのだ。

「お前は俺と違って要領悪いんだから、地味で堅実な仕事を探したほうがいいと思うけどね」
「探さないよ、俺だって少しずつだけど仕事もらえるようになって、この前はキー局の人気アニメに出たんだぞ」

澄に比べたら地味としか言いようがない純也だが、声だけは昔から印象的だ、いい声だと言ってくれる人もいた。ありがたいことに事務所の人にもそれなりに期待をかけられ、仕事も増えてきてる。

「出たって言ってもモブみたいな役だろ」
「そりゃ……メインではないけど。見てみろよ、目立たない役でも俺のイケボで存在感がだな」
「何がイケボだ。お前のしょっぱい一言のためだけにアニメ見るほど暇じゃねえよ」

一蹴された。いつもこんなふうに否定するばかりで、純也の仕事ぶりを一度も聞いたことがないという。

「くっそ、俺だって……」
「俺だって何?」
「い、いや、今はまだチョイ役でもしょうがないんだよ。絶対ステップアップしてやる」
「口で言うだけなら簡単だよな」

今に見ていろと純也は思う。実は先日大きな仕事が決まったばかりなのだ。今までのモブ役とは比べ物にならないどころか、なんと主役だ。
だが澄には言いづらい理由があった。その仕事というのが、ボーイズラブと呼ばれる――男同士の性描写などがあるものなのだ。

◆◇

「おはようございます!」

ドラマCDの収録の日がやってきた。
この仕事を貰えると聞いたときは、嬉しさと戸惑いを同時に感じたものだ。
もちろん主役を演じられるのは嬉しい。売れっ子でもボーイズラブに出演してきた男性声優は多い。ここで人気を掴めればチャンスは更に広がっていくだろう。
しかしボーイズラブには濃厚な男同士の絡みがある。役が決まって純也は原作にあたる漫画「昼と夜のふたり」を読んでみたのだが、かなり衝撃的な内容だった。
純也が声を当てるケイという青年は、ゲイで奔放な性格であり、複数の男と関係を持っていた。その行いを咎めてくる友人、レイジに対しては反発していたが、本心では気になっているといういわゆるツンデレキャラだ。 ある日自棄になって行きずりの男を誘っていたところをレイジに見つかり、切れたレイジに押し倒されてコトに及ぶのだ。
このレイジというキャラが、イケメンで社交的で、しかし実は俺様でエロシーンでは鬼畜なところがあったりと、なんとなく澄とイメージが被る。
澄と似た男とセックスなんて演技でも嫌だ、と思いつつ、純也はこの仕事にかけており、事前に家で予習をした。

『あぁっ、乳首、だめ……』
『乳首が感じるのか。いやらしい顔をして』
『アッ、ああ、んっ…』

最初は直視できなかったが、乳首をいじられるシーンでケイがあまりに良さそうに喘ぐので、純也は恐る恐るそこに自分で触れてみた。

「んっ、ぁっ…」

じんと痺れるような感覚が走った。

「んっ、ちくび、だめっ、…あッ、はぁっ…」
『舐めてほしい?』
「〜〜ッ…!」

レイジのセリフが、何故か澄の声で再生されてしまって、ぞくりとした。純也は慌てて乳首から指を離した。
――どうやら想像していたより自分はボーイズラブに嫌悪感がないらしい。これ以上やるのは恐ろしくなり、純也は漫画を読み込み、他のボーイズラブCDを聞いて勉強することに集中した。



「今日はよろしく」
「は、はい、よろしくお願いします!」

レイジ役を演じるのは、宮前という20代後半の声優だ。純也とは違ってすでにいくつものアニメやゲームに出演している売れっ子で、特に女性からの人気は高く、彼を起用したということはこのCDにそれなりに力を入れている証拠と言える。自分が共演できるなんてまだ信じられない。

「まあそんなに緊張しないで。リラックスリラックス」
「……はい、頑張ります」

最初は上がってしまいどうなることかと思ったが、収録が始まるやいなや見事に役に入って演じる宮前を見たら、緊張している場合ではないと身が引き締まる思いがした。
強引で俺様なレイジを優しくて気さくな宮前が演じ、奔放で経験豊富なケイを童貞で経験皆無な純也が演じている。全く違う人間になるというのは難しいが面白かった。

『あぁっ、そこ、だめっ、あッあんッ』
『気持ちいい…?』

エロシーンはさすがに恥ずかしかったが、自分で乳首を触ったときの感覚を思い出したり、他のCDを聞いて自分なりに練習した成果を発揮しようと頑張った。
宮前の声は男が聞いても色気があり、ちょっとゾクリとした。それが嫌悪感には繋がることはなく、むしろボーイズラブの世界に入り込むことができたと思う。
そして長かった収録も終わり。

「お疲れ様でした!」
「いやーよかったですよ」
「ありがとうございます……」

とても疲れたがなんとかやりきることができた。
帰り際、宮前に声をかけられ、褒めてもらえたのが何よりうれしかった。
どうなることかと思ったが、今はこの仕事を受けてよかったと心から思える。

そしてドラマCD発売の日がやってきた。
まだ反応や売れ行きは耳に入ってきていない。ドキドキしながら待っていたとき、突然澄に呼び出された。
あまりそういう気分ではなかったのだが強引さに押し切られ、渋々部屋に行くことになった。
開口一番、澄は思いもしないことを言い出した。

「お前……何だよあれ」
「あれ?」
「とぼけんじゃねえ。あの、口に出すのもおぞましいCDのことだよ」

純也は驚いた。澄は純也の出演作などいちいち見るに値しないと言い切っていた。なのにまだ発売間もないドラマCDを聞かれていたなんて。
濡れ場の演技を聞かれてしまったのだ。正直かなり恥ずかしいしどんな罵倒されるのか分かったものじゃなく、純也は顔をひきつらせる。

「うわ、聞いたのかよ。てか何で俺が声あてたこと知ってるんだよ」
「信じられない……どういうつもりであんなものに出たんだ」
「自分から聞いたんだからキモいとか文句言うなよ。アレはああいうが好きな女向けなんだからな」

何だか会話が噛み合っていない気がする。澄の目は据わっていて、一歩後ずさるとぐっと距離を詰められ両肩を掴まれた。

「事務所に強制されたのか。お前みたいな馬鹿、騙すのは簡単だろうからな」
「はあ? 何言ってるんだよ。自分から出たに決まってるだろ。主役だぞ主役」
「自分から……?」
「お前からしたらボーイズラブなんて理解できないだろうけど、人気声優は結構やってる人多いんだからな。土田さんとか榊さんとかならお前も知ってるだろ。あの人達もボーイズラブ経験者だ。今度の相手役の宮前さんだって、いくつも主要キャラ演じてるすごい人だし」

まるで騙されてAV出演させられたみたいな物言いをされ、全力で否定したが、澄の顔は険しくなるばかりだ。

「お前、収録中にエロいことされたんじゃねえの」
「は? そんなわけないだろ。何なんだよさっきから意味分からないこと言って」
「ならあの時みたいな声聞かせてみろよ」
「えっ……嫌だよ」
「早くしろ」

有無を言わさぬ口調で命令される。そんなこと言われても嫌すぎる。しかし純也より体格のいい澄にがっちり押さえつけられ、上から睨まれると威圧されてしまう。
純也は自棄になって声を出した。

「あ、あんあん…」
「……ふざけてんのか」
「いやっ、こんな状況で濡れ場の演技しろなんて言われても無理だって! できるかよ……って、うわあっ」

いきなりその場に体を押し倒された。

「な、何やって、やめろよ、あぁっ」

ベルトを外され、ジーンズを脱がされそうになり抵抗したが、尻を揉まれ力が抜けてしまった。

「おまえ、ふざけんなっ……」
「お前が演技であんな……声出せるとは思えない」
「いや俺の演技力舐めるなよ、って、ひあっ」
「最初はこうやって、いやらしくケツ触られたんだったな」
「いや、あれはただの台本で…んっ」

緩く撫でられると、くすぐったくてぞくぞくしてしまう。
こんなの嫌がらせにしてもたちが悪すぎる。

「もういい加減に…っ、ひあッ」

澄の指が、ボクサーパンツ越しにアナルをぐりぐりと突いてきた。そんなところを触られたのは初めてで、湧き上がってくるおかしな感覚に必死に声を抑える。

「やっ…ん、やめろって…あッ、はぁっ…」

澄はアナルへの攻めを続けたまま、片手でシャツをめくり上げると、乳首を指で押しつぶした。

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