隣人トラブル 02 03


あり

1DK、築50年、2階建て木造。
俺の住んでるアパートは50年の歴史を裏切らず、ボロい。隙間風は入り放題で気密性もクソもないし、どこもかしこも年季が入っているし、ちょっと強い風が吹くと揺れる。窓がとかじゃなくて建物全体が。
台風で部屋ごと吹っ飛ぶかと恐怖を覚えた話をすると、大抵もっとまともなところ住んだら?って言われるけど、これがボロい以外の条件は悪くない。立地はいいし風呂トイレは別だし、収納の押入れは大容量。
防音は当然全くなってないけど、社畜の俺は毎日疲れて帰ってきてすぐ寝ちゃうほうだから、そこまで気にならない。
いや、気にならなかった、という方が正確だ。
最近の俺は、隣人の出す音に夜な夜な悩まされていた。

「どうも、こんばんは」
「……こんばんは」

残業後の仕事帰り。駅前のスーパーでゲットした半額弁当を下げて帰ると、タイミング悪く遭遇してしまった。女を連れた隣人と。
さらっと通り過ぎればいいのに挨拶をしてくるものだからこちらも無視するわけにはいかない。
隣人の名前は戸山。年齢は俺と同じで20代半ば。社会人だけど業種はよく分からない。俺みたいな自由の少ない社畜じゃないのは見た目で分かる。
見た目っていうのはありていに言えばイケメンだ。しかもかなりの。
女の方は街を歩けば男の半分は振り返りそうな分かりやすい美人で、髪も服もネイルも綺麗に整えられている。
そんな美女とイケメンの取り合わせはうちのアパートでは浮いてるけど、最近はちょくちょく見る光景だった。ただし個体が前回とは違う。
美女は俺の方には目もくれず、戸山に腕を絡ませて熱い視線を送る。もうそれだけで全てが察せられる。
俺は二人から目を逸して、逃げるように自分の部屋に入った。今日も憂鬱な時間が始まる。

『はぁっ、あっ、あんっ』

部屋に入ってものの数分で声が聞こえてきた。毎度のことながら早い。普通まずは何か飲み物でも出して、世間話したりテレビや映画を見たりして雰囲気作りをするものじゃないんだろうか。
でも女の声は砂糖をドバドバかけたみたいに甘ったるい。たとえ女をデリヘルみたいに扱ったとしても相手に困ることはない、それが戸山という男らしい。

『あっあんっ、あぁん』
「……うるせー」

耳を塞ぎたくなる。喘ぎ声にベッドのきしむ音、なんだかよく分からないけどエロい音。
薄さが売りのコンドームかよってくらい薄いアパートの壁じゃ、行為の進行具合まで察せられてしまうほど生々しい音が漏れてくる。
あれのせいでろくに眠れず会社に遅刻したときは、さすがに勇気を出して文句を言ったこともある。でも「人を連れ込むのはオッケーのはずだけど?」と一笑に付された。
確かにこの物件は家賃が安い代わりに外国人だろうとミュージシャン志望だろうとウエルカム、よほどの非常識じゃなければお互い様ということで済ませる、というのが大家の主義だ。俺にとっては非常識でも、世間一般的には男女が夜にセックスするというのは常識内ということになってしまうのだろう。

「だからってこう何度も何度も……ラブホ行けよ」

金ならあるはずなのに。女だってボロアパートより綺麗なホテルで致したいだろうに。俺への嫌がらせとしか思えない。……これはただの自意識過剰なんだろうけど。

◆◇

隣人の第一印象は決して悪くはなかった。むしろ外見から受ける印象が良すぎて逆に胡散臭いくらいだった。

「はじめまして、隣に引っ越してきたものです。よろしくお願いします」

チャイムが鳴っても俺はすぐには出なかった。いきなり家に来るのはろくでもない勧誘か何かくらいだから。しばらく空室だった隣の新たな住人だと言われてようやく居留守を止めて渋々ドアを開けた俺に、そいつは嫌な顔ひとつせずにこやかだった。
今どき一人暮らしのアパートなんてろくに挨拶もしない、下手したらどんな顔のやつが住んでるかもわからないままなのも珍しくないのに、手土産を持って挨拶だなんてずいぶん丁寧だと思ったもんだ。しかも何やらイケメンで背も高い。服も俺のちょっとくたびれたファストファッションのものとはモノが違いそうだと分かる。隙が見当たらない。
何の仕事をしているのか知らないけど、もっとこう、オシャレな街のデザイナーズマンションが似合いそうだ。何か裏があるんじゃ……。
と、失礼な邪推をしてた俺を尻目に、しばらくは何の問題もなく日々が過ぎていった。生活音は必然的に聞こえてくるけどそれくらいで、まともな隣人でよかったとほっとしたくらいだった。

「三好さん、ワインは好きですか」
「え……普段はあんまり飲まないけど、好きといえば好きです」
「よかった友達がワインくれたんですけど、俺一人じゃ飲みきれないから。一緒にどうですか?」
「え、いいんですか」

初めて誘われたときはちょっと心が弾んだ。普通なら接点がなさそうな男が好意的に俺に笑いかけて、部屋に上げてくれる程度に信用してくれてる。
俺はビール派でワインはそんなに好きじゃなかった。でも戸山が出したワインは物がいいからか渋みも美味しく感じて、つい飲みすぎてしまった。

「あ……」
「戸山さん……?」

一、二時間飲んだ頃だっただろう。顔が熱く火照って、目も潤んでいる自覚はあった。
気づけばやけに戸山に近づいていた。俺よりも逞しい体や色気のある顔に、俺はぐらりときた。

「……っ、ごめんなさい、帰ります」

一瞬で血の気が下りて、制止を振り切って俺は部屋に逃げ帰った。


――俺は男が好きだ。誰かに言ったことはない。今まで家族や友達にも隠して生きてきたから。
それがうっかり、知り合って間もない、ただの隣人でしかない相手にときめいてしまった。
少し話しただけでも戸山は普通に女と付き合ってきたことが分かる。バレたって望みは一縷もないどころか、気味悪がられてここに住んでいられなくなる可能性まであった。
以来俺は戸山を避けるようになった。挨拶されても、話しかけられてもそっけなく返し、ときには聞こえないふりで無視もした。
相手は何も悪くないのに大人気ない対応だという自覚はある。とにかく自分の性癖がバレるのが怖かったんだ。
隣人関係はどんどん冷え切っていった。ただ、罪悪感はだんだんと薄れていった。戸山がしょっちゅう女を連れ込み、俺が聞きたくない声を夜な夜な聞かせるようになったから。


◆◇

この前の女は特に激しかった。戸山が女好きで精力旺盛なのは確かだろうけど、やっぱり嫌がらせも含まれている気がする。
文句を言っても聞き入れられないのならと、俺はある日、酒を飲みながらAVを流して対抗してみることにした。
ただのAVじゃない、ゲイもののAVだ。

『あっお゛っあ〜〜……』
「うわ、すご……」

画面の中では、中々のイケメンがガタイのいいタチ役にち〇ぽを突っ込まれている。気持ちよさそうに喘ぐ様子につい釘付けになる。
俺は性癖を隠して生きてきたし、ゲイの出会いの場に行く勇気もなかったからセックスをしたことはない。幸いそこまで性欲が強くない方だからオナニーで処理してきた。
でも、セックスに憧れがないわけじゃない。男同士熱い肌が触れ合って、勃起したち〇ぽを扱きあい、最後はそれを、トロトロになった穴に――。
――いけない、目的はAVを聞かせることだ。俺は恐る恐るボリュームを上げた。映像はクライマックスに差し掛かり、獣のような息と生々しい声が部屋に響く。

「……」

戸山に聞こえただろうか。いるはずだが特に反応はない。
やりすぎると他の部屋にまで届いてしまいそうで、俺は動画を止めた。ついでに抜いた。

◆◇

それでどんな反応をされるのかと緊張していたんだけど。
次の日の朝、出勤時間が重なっているので早速出くわしたとき、戸山はふっと嘲笑して

「楽しそうな動画だね。今度俺にも見せてよ」
「……っ」

なんて余裕しゃくしゃくで言ってきやがった。
俺は唇を噛んだ。完全にバレてる。俺が女の声に辟易して、何とか嫌がらせできないかとゲイもののAVを流したのだと、あれは全部見通している目だった。
悔しい。そりゃそうだ、相手はノンケなら誰もが羨む美女とのセックス、俺は他人同士がセックスしてるだけの動画。
こうなったらあっと言わせてやる。変な闘志が湧いてきた。

何をするって、俺は自分の声を聞かせてやることにした。まるで男とセックスしてるみたいな酷い声を。完全にヤケクソだ。
生半可なことじゃあいつを引かせることもできない。せいぜい俺の声に身の危険でも感じてビビるがいい。
ある日の夜。隣が帰ってくる気配がすると俺は準備を始めた。どうやら今日は誰も連れ込んでいないらしい。ちょうどいい、さすがに見ず知らずの女に聞かせるのは忍びない。
俺は下をパンツまで脱いで、Tシャツ一枚の姿になった。はたから見たら相当間抜けだろうけど、実際には見られてないんだから汚さないことのほうが大事だ。
敷布団にも汚れないようにビニールを敷いて、その上に座った。生の尻にぴたりとくっつく感触がちょっと気になる。
準備が整い、俺は購入したローションを手にとった。そっと尻に垂らすと冷たくて腰がひくりと震える。でもこの程度で怯んでられない。指を穴の中に押し込んだ。

「んん……っふぅっ」

ぬちゅ……ぬぷっ、ぬ゛っ……

指を挿れるためにできてない穴は狭くて、ローションのぬめりがなんとか挿入を助けてくれる。
ずっ……ずっ……と指を進めるたび、いけない気分になってくる。隣にはあの男がいる。なのに俺は、お尻に自分の指を挿れてる……。

「はぁっ……んっ、んっ、はあぁ…」

もどかしいような感覚で身動ぎして、ビニールがかさりと音をたてる。慎重に出し入れすると中が少しやわらかくなってきた。
ここまでは俺の知っている範囲。本番はこれからだ。
指を動かしながら、今から自分の中を犯すもの――ディルドを見る。それはズル剥けペニスの形をしていて、血管が走った幹の付け根から玉のシワまで再現されている。色も肌色だからやけにリアルで、下手したらちょっと気持ち悪いくらいだけど、俺の興奮を煽るには十分だった。
見ているだけでお尻の奥がきゅんとして、得体の知れないゾクゾクが這い上がってきて、無意識に唾を飲み込む。ローションで濡れた手を伸ばしてお尻に押し当てた。

「はあぁっ……んっ、あっ、あっ…」

ぬぷっ……ぬっ、ぬ゛ぽっ……ぬ゛っ……

少し先っぽが食い込んだだけで、穴がぬぽぬぽとディルドに吸い付く。まだどう考えても狭いのに、早くして、奥までハメて……って言ってるみたいだ。興奮で息が荒くなる。
俺の体は戸山の部屋を向いている。Tシャツだけ着て下半身丸出しで指マンして、グロいディルドをお尻にハメようとしてる。
戸山は知るよしもないだろう。でももしこの壁一枚がなかったら、即こんな変態的な姿を見られてしまうんだ。

びくんっ……ぞくぞくぞくぞくっ……くぱっ、くぱぁっ…

狂おしい疼きに俺は耐えられなくなった。

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