偏食の淫魔 02 03


あり

この世には異形が存在する。彼らは人間の形をしながら人間の理から外れ、どこかで息を潜めている。誰も知らぬまま、人間から大事なものを奪っていく。

「おはよー……」
「うっす、良」
「遅刻だぞ明智。さっさと座れ」

とっくにチャイムが鳴り終わった後に焦りもせず、良は後ろのドアから教室に入る。気だるさが勝って叱責の声もどうでもよかった。担任からはとっくに嫌われているのでこれ以上嫌われる心配はいらない。
明智良。聡明な人物を連想させる名字に、良いと書いてりょうと読む、優等生に似合う名を持つ良は、実際には自他ともに認める劣等生だ。見た目からして不真面目そうだとよく言われる。

「あーだる……」
「明智、問6を答えてみろ」
「全然分かりません」
「何だその態度は。まだ問題も見てないだろう」
「見なくても分かることがないってことは分かってるので。無知の知ってやつですね。使い方合ってます?」
「……もういい」

この学校はそれなりの偏差値を誇る進学校だ。よくお前が入れたな、裏口か?と揶揄されることもある。

「少しは態度を改めたら? 何のために学校来てるの」
「……うるさいな。どうでもいいだろ」
「君と先生のやりとりが時間を無駄にしてる。いい迷惑だ」

教師にどうこう言われるのは気にならないが、気に障る生徒もいる。斜め後ろの席の穂高。成績優秀で周囲からの評判もめでたい、良とは真逆の存在で、中等部の頃からの顔見知りでもある。
良だって最初からずっと劣等生だったわけではない。高校へはエスカレーターでさして苦労せずに進学したが、中学受験には正真正銘実力で受かっていた。当時、12歳の良は今とは別人のようにまっとうだった。
穂高にはそのときの良も知られているから、顔を見るとどこかばつの悪さを覚える。

(しんどい。精気足りないなあ、はあぁ……)

だるくてやる気がでないのにはそれなりの理由がある。良は人の精気を糧に生きる淫魔なのである。

悲劇的な事実を知ったのは中学二年の頃。第二次性徴期にさしかかった良は、正体不明の体の疼きと乾きに苛まれていた。
精通や成長痛とは明らかに異次元の苦しみだった。膨大なネットの情報を漁っても原因は不明のまま、誰にも相談できず、日常生活にも支障をきたしていた。そんなときに淫魔委員会の淫魔を名乗る男が良の前に現れたのだ。

「君は淫魔なんだよ」

外見だけは至って普通の、公務員でもしていそうな中年の男だった。不審者として通報しようか迷ったが、当時の良は藁にもすがる思いで話を聞いた。
男いわく良の両親は、二人共に先祖に淫魔の血が混じっているのだという。想像を越える荒唐無稽さであった。
確かに両親は二人とも異性から好意的に見られるタイプだった。良くんのお母さんは美人で羨ましいとか、お父さんは近所のおばちゃん全員に好かれてるとか、褒められることが多かったので、子供心にもモテる両親なのだと認識はしていた。しかし、普通の人間だ。
疑問を口に出すと、通常混血は普通の人間と変わらないまま生涯を終えるケースのほうが多いのだと返された。運悪く良にだけ隔世遺伝してしまった。レアが出ちゃったねえ、とガチャが当たったみたいに言われて男を殴りたくなった。
いっそ親を責められたらよかったのに、二人に言えるはずがない。淫魔だなんて……。きっと一生家族に秘密を抱えたまま生きていくことになるだろう。
ややこしく混ざった血のせいか、悪いことに良は男の淫魔としては珍しく、男の精しか受け付けない体質だった。更に調べていくとそれだけにとどまらず、他の女、あるいは男と性交渉を行った経験のある相手には拒絶反応が出てしまう――分かりやすく言えば非童貞アレルギーが見つかったのである。

「最近は魔族もデリケートな環境で育ったのが多いからか、偏食が多いからか、変わった体質の子が出てきちゃうことが増えててねえ。やっぱり温室育ちすぎるのもよくないんだろうね」

淫魔委員会の男は食品アレルギーを説明するノリで説明してきた。そもそも淫魔委員会ってなんだよという話だ。曰く「人間社会に混じって生活する淫魔が自らの性質を受け入れ、トラブルを起こさず、人間に正体を知られることなく生活できるよう支援する団体」らしい。怪しいものである。会費もしっかり請求された。なけなしのお小遣いを何割か持っていかれた。
良は顔や体型は両親からいいところをもらったおかげで、女子からは人気があった。是非人間らしさこそが親に似ていたらよかったのに。
女子からの精気が必要ということなら上手くできていたと思う。
しかし相手は男、しかも童貞限定となると精神的な難易度は段違いだった。


「……明智くん、あの、噂聞いたんだけど」

ためらいがちに話しかけてきた生徒をじっと見つめる。垢抜けない髪型、運動はあまりしていなさそうな体型、少し眉の下がった自信がなさそうな顔立ち……。

「お前、条件満たしてる?」
「もちろん! あ……まあ、まだ……」
「だろうな。……まあいいよ、放課後ね」

良が応えると、男子生徒は嬉しそうに頬を紅潮させた。

◇◇

「ほ、本当にタダでしてくれるの、明智くん」
「うるさいな……疑うなら止めてもいいけど」
「や、止めないっ、して、お願いしますっ」

男子生徒がガチャガチャと音を立ててベルトを外し始める。焦って上手くいかないところに好感が持てる。実に童貞くさい。
良は表情を変えないまま、シャツの前を開けた。

「あっ……明智くん……っ」
「目逸らさないで。見たいなら見て、俺の体」
「はぁっ……はぁっ……」

穏やかそうな雰囲気だった男子生徒が目の色を変える。
淫魔が精気を奪うとき、男は淫魔に魅了される。理屈抜きで欲情してしまうのだ。視線は特に胸元の乳首に注がれる。
良は見せつけるようにそこを自らの指でくりくりと弄った。

「あっ……はぁっ、んっ、んっ……」
「あっ、明智くん、……エッチすぎる。僕も触りたい」
「駄目。それより早く……おち〇ぽ出して? しゃぶってほしいんだろ……?」

息を荒げながら取り出したペニスは、案の定ギンギンにいきり立っていた。良は舌を舐めながらそれを見つめる。
大きさはまあまあ、仮性包茎らしく剥けたらちゃんと亀頭が見えてる、不潔ではない――、おいしそう。

「ふっ……ぅあ、……っ、オスくっさい……」
「ご、ごめん、ちゃんと洗えたらよかったけど、時間なくて、」

綺麗に見えたけど、顔を近づけたら、むわっとむせ返るようなオス臭さが漂う。ああ嫌だ。たまらない。
良は舌を突き出して、口の中に迎え入れた。

「ふー、ふーっ……んっ、んむっ……」
「うああっ……明智くん、あっあッ」
「ん゛っんっ、んぅ、ふっ、んっん゛〜〜……」

れろ……ぬ゛ぶ、ぢゅぶっぢゅぶっ……

微かにでも抵抗感があるのは咥える前だけ。一度肉棒を迎え入れたら、夢中になって口内の粘膜で扱かずにはいられなくなる。

「ふぅ、んっんっ、んぅう……」
「あっあっ……いい、明智くんの口ま〇こっ……すご、吸い付いてくる……っ」

舌を這わすと血管がどくどく脈打って返事をする。たくさん射精できると主張してくる。口の中で、オスが硬く膨れて、口腔の粘膜を叩いてくる……。

(あー好き好き好き……よく知らない、全然俺よりかっこよくもない男なのに、ビキビキおち〇ぽ美味しいっ……いっぱい出して、俺の口に精子出して、早く、早くっ……)

良は顔を蕩けさせ、瞳の中には比喩でなくハートマークが浮かび上がる。淫魔が精気を求めている証だ。

ぢゅぼぢゅぼっ、れろれろ、ぢゅっ、ぐぽっぐぽっぐぽっ

「んっふうっん゛っむぐっ……ん〜〜〜っ……」
「あっあ゛っ出るっ、もうイッちゃう、明智くん、乳首見せてっ……あ゛ーエロっ、ハメたい、ハメ倒したいっ、ぐっ……」
「ん゛〜〜〜……」

ぢゅぼぢゅぼぢゅぼっ……ずんっずんっずんっずぬうっ!
くりくりくにっ……こすっこすっ、くにくにくに

乳首をシコシコと自分でいじる姿を見せつける。痺れて気持ちいい。淫魔のスイッチが入ると乳首は雌のようになって腫れ上がり、雑に触るだけで感じる。
男子生徒は大人しそうな見た目にそぐわない言葉を使って、良の頭を固定して腰を打ち付けてきた。

(あああぁ、イラマチオ……っ、こんなやつに、好き勝手に口をオナホにされてる……、ズリズリ擦られるの気持ちいい、お口がおま〇こになっちゃう、おち〇ぽすごい、ビキビキって、あ〜……)

「ん゛っふぅっんんっん゛っおっ……〜〜〜っ」
「出る出るっ、く、口に出していいんだよね、飲んで、僕の精子、口ま〇こで受精しろ、あーいくいくいくっ!」

 ぢゅぼっぢゅぼっぢゅぼっぢゅぼっ!
 ドビュッびゅるっびゅるっ……びゅ〜〜〜〜ッ……

「ん゛ッ……んっんっ……ふうっ……おっ、んぉ……っ」
「あー……ああぁっ……すご、おっ……ふうっ……」

びゅるるっ……びゅる、びゅるっ……

喉奥に精子が叩きつけられる。普通なら気持ち悪くなりそうなものだが、良は乾いた喉に水を注がれたように、嬉々としてドロドロとした精子を飲み込んでいく。

「おっ……ぅあ……あー……」
「ん゛……っ、んふぅっ……」

口の粘膜で射精中の勃起を締め付け、最後の一滴まで搾り取る。
美味しい。疑いようがなく童貞の精液だ。心地いい精気にうっとりする。

「はあはぁっ……明智くん、もっと……、あ、明智くんも気持ちよくなりたいよねっ?」
「いや、触るなって」

腰のあたりに、期待で粘ついた視線を感じる。欲情丸出しで伸びてくる手を、良はそっけなく振り払った。
精子を奪ってしまえば、自分を気持ちよくしてくれるオスから一転して、ただの冴えない生徒にしか見えなくなる。触られたくなどない。
良はフェラだけで精気を奪っている。男に触らせたり、ましてやペニスを後ろの穴に挿入されるだなんて、到底受け入れ難かった。

「ちっ……なんだよ、誰にでもフェラするビッチのくせに」
「うるさいな、童貞が調子に乗んなよ」

憎まれ口を返してさっさとその場を去る。精気を奪えば一旦は衝動が落ち着くが、あまり一緒にいるとまた魅了されて襲われかねない。

「はあ……やっぱりまだ、精気足りないかも……」

二年二組の明智は童貞に限りフェラをしてくれる。そんな噂は、一部の真面目なグループに属する生徒の中で密かに広がっている。良が咥えたペニス、もとい生徒から情報が流れているのだろう。おかげで精気の供給元はある程度確保できている。
本来は違う穴を使ったほうが何倍も効率がよく、深く満たされるのだというのは知っている。だからといって自分がそこを使うつもりはない。
人間だって、好きなものを好きなだけ食べて満腹になれるような、飽食の時代の恩恵を受けられているのは現代の一部の層だけだ。限られた食料で逞しく生きてきた人々はいくらでもいる。
生きていけるならフェラだけで十分だ。

◇◇

「おかえりなさい、良」
「ただいま」

高校生の子持ちにしては随分若々しい母親が、夕食を作りながら良を出迎えた。
両親にとって良は、優秀な息子とは言い難いが特別反抗的というわけでもない普通の子、といったところだろう。
実際両親は夫婦仲もよく、良は喧嘩らしい喧嘩を見たこともないし、息子にも優しい。客観的には良い親だと思う。良をとんでもない体質に産んでしまった不可抗力以外は。

「学校はどう? 彼女ができたら連れてきたらいい。もてなすよ。良はモテるだろう」
「そう、あなたに似てモテるでしょうね」
「そう僕に似てね。いやいや、僕は母さん一筋だからモテても困るんだけどね」
「はいはい」
「……彼女はいないしできる予定ないよ」

彼女はできない。きっと一生。だからって彼氏も無理だ。能天気な両親にそれを伝える勇気はまだなかった。
得意なのは男を惑わして精子を出させること。男に性欲を抱くとは誰も想像もできないような朴念仁だろうが、生粋の女好きだろうが、淫魔の前では等しく餌になり得る。
例えばやたらと気に障る穂高。あの外面のいい男ですら、良にペニスを握られたらあっけなく変貌することだろう。
いっそめちゃくちゃにして鼻をあかしてやりたいけど、妄想するだけに留める。穂高が童貞かどうかは怪しいものだ。危ない橋は渡れない。つくづく面倒な体質に生まれついてしまった。


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