根暗な淫魔2話 02



加藤はいつも一人だった。
髪をだらしなく伸ばし、厚い眼鏡をかけ、いつも俯いて自分の席にぽつんと座っている。
親しい友人はいない。クラスの中の大人しく地味なグループの生徒にさえ、「暗すぎ、何を考えているか分からない」と遠巻きにされる存在。
だから重い髪に隠された顔がよく見ると結構整っていることも、時々酷く思い悩んでいるようにため息を吐いていることも、きっとクラスの誰も気づいていない。――自分以外は。
南宗也はそう思っていた。
南は時々加藤に話しかける。周りには親切だ、お人好しだと言われるが、自分ではそういうつもりはない。
ただ、中には加藤のようなタイプをからかったり、いじめに近い行為をするような人間もいる。クラスの中心にいる南が友好的に話しかけることで、そういったことを多少牽制することができる。自分のクラスの雰囲気が悪くなるのは嫌だから。
加藤は最初はただ戸惑って、居心地悪そうにしていた。周りから注目されるのも嫌だったのだろう。
それでも話しかけ続けると少しずつではあるが態度が軟化していった。

「手伝うよ」
「あ……ありがとう」

加藤が教師や他の生徒から雑用を押し付けられるところを時々見かける。皆、強く断れない性格であることを知っていて利用しているのだ。
男といえどお世辞にも体格がいいとはいえないし、一人で重い物を運んだりする姿は何だか放っておけない。
南は加藤の横顔をちらりと見る。何を考えているのかはよく分からない。辛そうな態度でも見せれば、また違う気がするのだが。

「……加藤、動物飼ったことある?」
「ない」
「そっか。この前うちの弟が捨て猫を拾ってきてさ。親に飼わせろって頼むのに付き合わされてもう大変だったよ。画像見る?」
「……」

ちょっとした世間話のつもりで子猫の画像を見せて、南は一瞬固まってしまった。
加藤が笑ったのだ。小さく丸まっている子猫の写真を見て、つい表情が緩んでしまったというふうに。

「……可愛い」
「う、うん、可愛いよ。手がかかるけど」

初めて笑顔を見た。懐かない動物が懐いたような、不思議な感覚がした。
無意識にまじまじと加藤を見て、やはり顔は悪くないことに気づく。それどころか髪をバッサリ切ってさっきのような笑顔を見せれば、女子からの評価も一変するのではないだろうか。

「あのさ、加藤」
「何?」
「……いや、何でもない。じゃあね」

思ったことを口に出しかけて、南は思いとどまった。
加藤は別に女子にモテたがっているわけではないし、余計なお世話になるだけだ。
彼自身が今のままでいいと思っているなら、自分が口を出すことじゃない。そう思った。

◆◇

あるとき、クラスメイトの水野と二人で話す機会があった。水野は可愛くて性格もキツくなく、人気が高い女子だ。

「あの、南君てたまに加藤君と話してるけど、どういう人なのかな」
「加藤?」

女子と二人きりになって告白されたことは何度かあったが、加藤のことを訊かれたのなんて初めてだった。

「加藤のことが気になるの?」
「変な意味じゃないんだけど、何かちょっと、謎すぎて気になるっていうか」

水野は大したことじゃないというふうに言うが、わざわざ南に訊くということはそれなりに興味があるのだろう。
水野の趣味はだいぶ変わっているらしい。どうりで積極的なイケメンに告白されてもあっさり断っていたわけだ。
正直驚いた。加藤のことを気にする女子がいるなんて。

「……話してみると意外と普通の奴だよ。どういうところが気になるの?」
「何か雰囲気が、独特じゃない? あと顔、よく見たら結構綺麗な顔してるのに、何であんな変な髪型なんだろうとか。あと……」
「あと?」
「匂いが……気になったんだよね。何の匂いなのかは全然分からないんだけど」

南は困惑していた。
いつも一人で、見た目からして陰気で、俯いている暗い生徒。それが教室の中での加藤であり、皆がそういう人間としか認識していないと思っていた。
だけど水野は違った。南が気づいたことに水野もまた気づいていたのだ。

次の日、南は水野のことをどう思うか加藤に訊いてみた。加藤は「可愛いとは思うけど付き合うなんてありえない」と慌てて否定していた。
南はそれを水野に伝えた。他の生徒達にも。

「べ、別に私も、付き合いたいとかじゃ全然ないから」

水野は少しショックを受けているようだったが、下手に気を持たせることを言っては返って残酷だ。加藤はありえないとはっきり言ったのだから。二人が噂になりでもしたら二人とも傷つくことになる。
しかし他の生徒達は加藤の物言いが気に食わなかったらしく、彼は余計孤立することになってしまった。
陰口を言われ、変人扱いされ、爪弾きにされる可哀想な加藤。
それでも自分だけは彼に親切にしてあげようと、南は思っていた。
だから話しかけるのもやめなかったし、修学旅行では同室になろうと誘った。加藤と同じ部屋になりたくないと押し付け合う小学生みたいな展開になるのは嫌だったから。
ただ、成り行きで久瀬も同じ部屋になってしまった。久瀬は気遣いなどとは無縁の男で、加藤にも無神経な物言いをして絡むのはどうかと思っていた。加藤は言い返せるタイプではなく嫌に決まっているのだから。
最も夜は女子のところに行くというから、あまり一緒にいる時間は長くならないだろう。二人なら面倒なことはなくなって落ち着ける。
そう思っていた。
南があまりにも衝撃的な体験をしたのは、その修学旅行の夜のことだった。

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