真夏の日 3 02


あり

「はあっ…あっあッ…いい……聡実くん、好き……いい……っ、あ、まだ、おく、ああぁ…」
「律……んっ、こんなに俺が好きなくせに……家にいるうちは安全だと思ってたのにっ」
「あああああ……ッ、もう奥……っ、入らない……ひっあぇ、当たってる……〜……」

ずぬぬっ……ぐり、ぐり、ごりゅっ、ごちゅっ…!

「ここより奥は突かれたことない?」
「ンっんぁあ…っだって、入らない、そんなとこまで……ッ……」
「大丈夫、大丈夫だよ律……、一番奥まで俺の形になって」

桜庭が、すでに奥まで挿入している腰をぐりぐりと押し付け、更に奥をこじ開けようとする。隙間がないので、みちみちと肉が不自然に擦れ合う音がする。

「あっあへえ……っおく、……んあっ…あッ…」
「はあ……っ奥に当たるの気持ちいい……、柔らかいのにきつい。律は? 奥ぐりぐりするの、気持ちいい?」
「あ〜……いいっイっ、そこ、あっあっアクメきちゃう……いっいく……っ――……」

とにかく気持ちいいので、律は熱を帯びた桜庭の体にしがみついた。腰の動きはどんどん精強になっていく。

「ここでアクメするのは初めてだよね……、俺だけだ。律……んっ、俺しか知らない場所で……出すよ」
「あッあッあっ…あぁー……んっあっいい、ずっと…あンっ、あぇ…ッあくめ…あぅ…」
「はあ……、はあ……っ――イく……っ」

どちゅっ! ごりゅ、ごりごりっ…ずぬうっ!
ドビュルッ、びゅぶッ、びゅる、びゅぶるるるっ……!

「ん……おぐ、ぅ…気持ちいい……、あァ…んー…」
「俺もだよ。気持ちいい……。こんな言葉ありきたりすぎて違うな。俺の全て――」

清潔感の化身である桜庭の一体どこから出ているのだという雄の欲望の証が、ぎっちり繋がった粘膜を濡らして染み込む。
普段は窄まって守られている粘膜を強かに擦られる快楽に溺れた律は、ようやく大事なことを思い出した。

「あう…う、ん、親が帰ってきちゃう……」
「そんな時間か……、お風呂借りてもいい?」
「もちろん」

時計の短針が半周する時間が経過していた。桜庭は律を引っ張って風呂に連れて行く。彼も細身だが、引きこもりでろくに運動していない律と比べたらしっかりした体つきだと、経験上散々思い知った。

「ほら、全部脱がないと。服も少し綺麗にしてから洗濯機に入れようか」
「俺は後でいいから、聡実くんが先に支度して」
「ダメ。俺が汚したんだから」
「あ……っ」

一糸まとわぬ姿になるのは恥ずかしく、憧れの桜庭の体を直視するのも恥ずかしい。
シャワーで流しているうちはよかった。

「ん、ん…っ、そこはいいよ、自分で、はあぁ……」
「自分だとやりづらいでしょ。それとも自分で指入れて掻き出すくらい慣れてる?」
「慣れてない、けど、聡実くんはこんなこと……〜んひ…っい…ッ」

ぬぷ……、ぐちゅ、ぬぷぷ……、ぐっ、ぐい……っ

「ん、律の入口はすぐ閉じちゃうから、やっぱり俺がたくさん出したのが中に残ってたね」
「あ、あッん、お…〜、ん…」
「本当はこのまま、俺だけの証を残しておきたい……。でも律の体のほうが大事だし、精子が残らなくても種付けして刻み込んだ事実は消えない……忘れないでね」
「んっん……っふぁ、ぐりぐり、しないで…、あ、漏れちゃう……っ……」

白濁が粘膜から押し出される、聞くに堪えない音が鳴った。
指が精子を掻き出すと内壁を擦られ、この期に及んでひくひく、と肉が収縮し、貪欲に快感を拾い上げる。
桜庭が甘い声で囁いた。

「律……まだ帰ってほしくない?」
「あぁ、ン…ふぁ…だめ、お尻きもちい、けど、もう……親が…、んッ」
「――そうだね。ご両親には改めて挨拶するよ。お尻……気持ちよくしちゃって大丈夫?」
「ぅん、が、我慢する……はあ、はふ……」
「ん……俺も次まで我慢する」

キスを落として体を入念に洗い流し、桜庭は律の体を丁寧に拭いて帰っていった。

◇◇


律は人生における二度目の激動期に揺れていた。
外に出ず家族とも最低限にしか関わらない平坦な日々を過ごしていた中で、桜庭という存在は劇薬だった。

「あー……うー……」

言葉を持つ人間らしからぬ鳴き声を発しながら床の上を転がる。
もうすぐ1000日を迎えるはずだったゲームの連続ログイン記録が、昨日途絶えた。もはやルーティーンと化していた趣味すら手につかなくなりつつある。
桜庭が置いていった大検の資料を見つめる。親がそっと机に置いてアピールしてくる、社会復帰支援や通信制学校の資料もある。少し前なら目にするのも嫌で放り投げていた。
――桜庭は次いつ来てくれるのだろう。きっと忙しいから頻繁に来られない。

(好きな人の訪れを待つなんて、平安時代の貴族のお姫様みたいな? ……いや、俺は令和の庶民の引きこもりだ)

外になんて絶対出たくなんてない。しかし引きこもっている限り、大好きな、天使みたいだった憧れの人を寝転がって待つことしかできない。
桜庭は彼女にはなれないけど律が好きだと言ってくれた。彼が律の心の半分を見事なお花畑にした。
心のもう半分は、菅谷のような嫌な奴によって荒野のままだ。
ああいう奴らにさえ関わらないようにすれば、外を過剰に恐れなくてもいいのではないか。

◇◇

「少し、外に出てみようかなって」
『本当? いいことだね。心境の変化があったの?』
「それは、聡実くんが来て、……す、す、す、好きだって言ってくれたから」
『好きだよ。俺がいいい影響を与えられたなら嬉しい』

律は親に話すより前に、電話で桜庭に伝えてみた。桜庭と話すと浮かれて、今なら何でもできそうな気がする。
実際には何もできないに等しいので、まずは直視すらできていなかった低いハードルを目標に設定する。

『やりようによっては在宅でも十分勉強できる。俺も手伝うよ』
「大学を目指すかは決めてないんだけど、高校はやっぱり卒業したいんだ。通信制とか……」

高校にいい思い出はあまりない。あのとき、桜庭に正しい言葉で告白して気持ちが通じていたら、嫌な出来事があっても些細に感じられただろうけど。
一緒に登校して、クラスが違っても昼食のときは待ち合わせして、図書室で勉強して、下校時にはハンバーガー屋に寄ったりする。
――今から高校に通っても桜庭はいない。時間は巻き戻せないのだから。
でも多分、菅谷みたいなのもいない、と思いたい。
桜庭は応援してくれると思った。

『――急に無理することないんじゃない?』
「え、む、無理かな」
『ずっと家にいたから、たくさんの人と急に関わると大変なことも多いと思う。律が深く傷つかないか心配なんだ』

反応は想像と違っていた。
気持ちは嬉しい。律も外に踏み出すのは不安で仕方ない。

『まずプロに相談してみたらどう? 母の友人が、社会復帰をサポートする公的機関でカウンセラーをしてるんだ。母親世代の女性なら律も話しやすいんじゃないかな』
「へえー……」

常日頃ひきこもりを相手にしているカウンセラーなら、きっと律のダメ人間ぶりにも引かずに親身になってくれる。公的機関であれば強制的に連れ去られて労働させられる恐るべき悪徳業者という心配もいらないだろう。
それでも赤の他人に情けない身の上を打ち明けるのは勇気が必要で迷う。

『手続きすれば家に呼ぶこともできるよ』
「考えてみる、ありがとう、聡実くん……好き」
『――俺も好きだよ。早く会いたい』

優しくて色気のある声が耳から入って、頭の中を桜庭でいっぱいにする。
桜庭にもっともっと近づきたい。

◇◇

「ゆっくり好きなように話していいんですよ」
「はあ」
「クッキーいただきますね、わあ、とっても美味しい。私お菓子が大好きなんです。つい食べ過ぎちゃって、だからこんなに立派な体になっちゃっうのよね」

紹介されたカウンセラーは恰幅のいい中年女性で、よく笑い、決して話を急かさなかった。
初対面の相手が苦手な律にも警戒心を与えないのはさすがプロという印象だ。

「律さんはパソコンが得意なのね。武器になりますよ」
「パソコンっていってもほぼゲームですけど……」
「若いのだし、今からでも何かスキルを身につければ在宅でできる仕事はたくさんあります。もちろん、グループワークに出たいならいつでも歓迎しますよ」
「考えておきます」
「強制することはありませんから。自分のペースでいいんですよ。……こっちのピスタチオのクッキーもいただいていいかしら。あらとっても美味しい」

もう少し、外に出るよう促されるのかと思っていたので拍子抜けした。初回だから様子見といったところか。
スキルがあれば在宅で仕事ができる。とはいえ現在律にスキルはない。

「すー……はあーー…………」

律は思い立った。毛玉のついた部屋着から、コンビニに行くくらいなら耐えうるタンスの奥にしまっていた外出着に着替えて。
自分からドアを開け外に出たのはいつぶりだったろう。
外、だ。
エアコンではない自然の風が頬に当たる。空気は美味しくも不味くもなく、ただただ、空が青くて広い。
しばらく呆然として、家の前から急いで走り去った。近所の人には顔が知られている。「あそこのひきこもりの息子がついに外に出てきた」「明日は雪かしら」などと噂されたくない。
一番近いコンビニは同級生がバイトしていると聞いた。律はキャップを深く被って通り過ぎ、もう少し遠くを目指して足を進める。
住宅街の細い道から二車線の道路に出ると、人が増えてくる。緊張で足が震えそうになる。みんな他人になんてそれほど興味はないと言い聞かせた。

(大丈夫、意外と大丈夫、俺、外を歩けてる……)

息子を案じる両親、親身になってくれるカウンセラー、そして、律を好きだと言ってくれた唯一の人。
それ以外の大多数は、律に対して好意もなければ敵意もない。みんなちらりとも見ず通り過ぎていくだけだ。
警戒すべきは菅谷のような嫌な奴だけ。それさえ避ければ世の中は想像より難しくない。
もうすぐ目指したコンビニに着く。何を買って帰ろう。普段家にはないものが食べたい。
ドキドキして自動ドアの前に立つと、中から来た人間とぶつかりそうになる。

「――あれー、超レアキャラがいる」
「……」

やっぱり外は危険だった。どうして最寄りのコンビニにしなかったのだ、愚かな自分よ。

「ひきこもり卒業したんだ? よかったな」
「……」
「逃げんなって。わざわざ家まで行ってやった俺を追い出したの、よーく覚えてるよ?」
「は、放して」

逃げる腕を掴まれる。力の差は歴然だった。
コンビニの中から店長らしき男性が声をかけてきた。

「なんだ菅谷くん、喧嘩か? ダメだよこんなところで」
「いやー、久しぶりの同級生と鉢合わせしちゃって。すぐどくんで」
「う……っ」
「なんだそうだったのか。コーヒーでも奢ってやろうか」
「どうも。また今度で」

菅谷は目上には卒なく対応して、気に入られている様子だ。ここは完全にアウェイだった。律は抵抗する気力を奪われ、人気のないコンビニの裏に連れ込まれる。

「俺に会いに来てくれてありがとな。昔みたいに仲良くしたいの?」
「し、し、したくない……」
「普通に喋んなよ。初めて会った頃覚えてるよ。このクラスの全員喧嘩でも勉強でも本気出せば勝てるとか、かっこよかったじゃん」

黒歴史を掘り起こされ胃が痛んだ。穴が空きそうだ。

「服にも確かこだわりあったよな。今の服は、……中学生みたいで可愛いじゃん」
「……ちょっと、調子に乗っただけで、あんなに馬鹿にしなくたって」
「俺は美山のノリに合わせただけなんだけどなー。いじめだと思われちゃった?」

菅谷のサディスティックな声に追い詰められる。一秒でも話していたくない。
この男を乗り越えられるくらいでなければ外に出られないと、天から与えられた試練なのだろうか。

「――桜庭とは仲良くしてんの?」
「……っ」
「やたら牽制されたんだよね。心底嫌われてるからお前の家に近づくなって。でも、今日はそっちから寄ってきたんだから不可抗力だよな」
「……寄っていってない。コンビニに行きたかっただけ」
「お前の家からなら他にもっと近いとこあるじゃん。やっぱ俺に会いたかったんだろ」
「……」
「ま、外に出られてよかったな。マジで心配してたんだよ。俺も少しからかいすぎたかなって気にしてたし、ずっとひきこもったまま人生終わったらさすがにね」

菅谷は悪びれもしない顔ですらすら話す。
彼なりに責任を感じたり、罪悪感があったから声をかけた、というわけではないだろう。良心が感じられない。

「だからー、逃げんなって。俺は桜庭より優しいと思うよ? 本気で脱ひきこもり応援してる」
「そんなわけない。聡実くんは」
「聡実くん、ね」
「い……っ」

腕の肉に菅谷の指が食い込み、壁に肩が当たる。

「俺を追い出して、桜庭と何したの? 雰囲気がまた変になってる」
「べっ別に、何も」
「はい嘘つくの下手。お前、俺のこと蛇蝎の如く嫌って桜庭は簡単に家に入れるとか、人を見る目がないな。あんなの外面がいいだけじゃん」
「そんなことない、桜庭くんはすごくいい人で」
「そりゃ引きこもってたら人を見る目が養われるわけないか。かわいそうに」

一番嫌いな男から一番好きな人の悪口など、聞いていられない。律は逃亡を試みた。すぐに行く手を塞がれる。

「まあ聞けよ。美山が外に出てて俺は感動したよ。桜庭は、一言でも外に出てみろってアドバイスした?」
「……いや、自分でちょっと外に出てみようって」
「だろうな」

菅谷がしたり顔で笑う。昔と変わらず腹立たしい顔だ。

「あいつ、大学に入ったらマンションで一人暮らしするって言ってたんだよ。でも、いきなり一軒家に住むことにしたとか言い出したわけ」
「……だから?」
「ちょっと見せてもらったけど、二階建てで一人暮らしには持て余す広さだった。掃除とか絶対めんどくさいじゃん?」

何が言いたいのか分からない。桜庭がどこに住もうが勝手だし、彼なら一軒家でも綺麗に暮らすだろう。
菅谷は素っ頓狂なことを言い出した。

「あいつ――広い一軒家でお前を飼って、閉じ込めておきたいんじゃない?」
「は……あ?」
「永遠にひきこもらせておけば頼れる相手は自分だけになるからな。完全に支配して、思い通りにできるってこと」
「聡実くんはそんな人じゃない……っ」

自分の尊厳を傷つけられるのには慣れてしまった。が、桜庭を侮辱されるのは耐えられない。しかも飼うだなんて、侮辱を通り越して変態扱いだ。

「まーた聡実くんね。鳥肌立った」
「お、俺はもう行く」
「賭けてもいいよ。あいつ自立のためとか何とか理由つけて、『一軒家に住まないといけなくなったから一緒に住まない?』 って誘ってくるから。俺の言う通りになったら、せいぜい気をつけろよ」

悪魔の声が囁く。律は今度こそ逃げ出した。
菅谷の言うことは何一つ信じられない。
いつどこを切り取って思い返しても桜庭は思いやりに溢れていた。
……確かに、律が外に出ることに関しては慎重に諭してきたけど。それも俺が傷つかないかという思いやりゆえに決まってる。
やっぱりコンビニは最寄りに限る。

◇◇

「カウンセラーと話してみてどうだった?」
「うん、思ったより普通に話せた。在宅でできる勉強とか仕事とか、俺が知らないのを色々教えてくれたし。紹介してくれてありがとう」
「よかった。律の役に立てて嬉しい」

次の週、両親が不在の時間に桜庭が訪ねてきた。今日も優しく笑って律の胸を落ち着かなくさせる。

「律がしたいことをじっくり考えたらいいよ。まだ10代なんだから、時間はたくさんある」
「うん……」
「そう、俺達まだ10代なんだよ。嬉しくなってきた」
「どうして?」
「俺達が一緒にいられる時間も、これからすごく長いってことだから」

桜庭が美しい目を細め、首を傾けて律を覗き込む。卒倒しそうになった。

「お、俺もっ」
「ん?」

桜庭の唇が近づいてきたのに気づかず、律は勢いよく立ち上がる。

「俺も、こ、これからも聡実くんと一緒にいたい」
「ほんと?」
「だって、すごくす、す、好きだから……。でも一緒にいるためには、今のままじゃダメ、なんだ」

桜庭は優秀だ。いい大学に進んで充実したキャンパス生活を送り、いずれ人のためになる立派な仕事に就くことだろう。
恋人がひきこもって毎日ゲームをやってるだけのダメ人間だと、誰に紹介できるだろう。律も今のままでは恥ずかしすぎて到底隣に立てない。

「律。好きな子が俺のために自分を変えようとしてくれるの、すごく嬉しいよ」
「聡実くん……」
「ゆっくりでいいよ。嫌なことを無理にやって傷ついてほしくない」
「うん……!」

ほらやっぱり。桜庭は律の意志を尊重して応援してくれる。どこかの誰かの言葉の欠片でもひっかかっていた自分が馬鹿だった。

「もう少しこっちに来られる?」
「ん……」
「律、今日も体温が高いね。子供みたい」

ソファの隣に座り、尻を慎重に桜庭のほうに動かすと、抱き寄せられた。
くっついて肩を抱き、頭や首をそっと撫でられる。
桜庭は別の意図を感じさせず、ただ穏やかに触れ合う。幸福感で満ちていく。

「ずっとこうしていられたらいいのに」
「ん……聡実くん、大学ではもっと忙しくなるよね。ちょっと遠いし」
「そうだね、電車で1時間半くらいかな。本当は毎日でも会いに来たいんだけど」
「聡実くんに負担はかけられないよ。俺が……会いに行けたらいいけど、まだ外は」

『なんだ、外なんて出てみたら大したことないんだ』と確認したくてコンビニを目指した結果、『やっぱり外怖い』という結論に達した。律は生来ビビリで打たれ弱いのである。

「電車は乗り換えもあるし混むし、律一人だと俺も心配だな」
「そんな、本物の子供じゃないんだから」
「――一緒に住む?」
「え」

律の柔い髪の毛を弄んでいた桜庭が、ふと思いついたように言った。
胸がざわりと音を立てた。



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