キラキラ☆満開 02



 大好きな人に会いに行くとき、俺はいつだって戦場に赴く武士みたいに気合を入れる。
 今日は俺がこの世界の何よりも命をかけて応援しているアイドルグループ「キラキラ☆フェアリーズ」のライブの日だ。会場は目の前のこじんまりした劇場。キラ☆フェアの所属事務所が所有してる。

「みなさん、寒い中会いに来てくれてありがとー! 大好きです」
「俺も好きだよー!」

 ライブ会場は湯気が出そうなほど熱気を帯びている。駆け出しの頃は余裕で最前列に陣取れたけど、最近はキラ☆フェアの輝く魅力に気づくヲタ共も増え、盛況になりつつある。今日の席は真ん中らへんだ。
 我が物顔で騒ぐにわかヲタ共よ、俺のような初期から支えた古参ヲタがいてこそのキラ☆フェアだと忘れないでほしい。俺はずっとキラ☆フェアを追ってて、メンバーの中でもリリちゃん一推しを貫いてきた。リリちゃんグッズのTシャツを着て、リリちゃんカラーのブルーのサイリウムを振る。
 ベビーピンクのTシャツに太った体をねじ込んでる前列のヲタを見ると、正直リリちゃんのメンバーカラーがブルーでよかったなと思う。もちろんもしピンクでもリリちゃんが望むなら迷わず着るけど。しっかり者で清楚な彼女には、やっぱり澄んだブルーがよく似合う。
 ステージ上ではメンバー達が全力で歌って踊っている。最高にキラキラしている。
 
『胸がきゅんとした やっぱりあなたが一番好き』
「世界で一番アイシテル!」

 全力でヲタ芸をして、全力でコールする。彼女たちを前にしたときにそれ以外の選択肢はありえない。恥? 知らないね。
 何曲か終わった頃にはすっかり汗ばんでる。隣のオタクに至っては滝のように流れてて、ヲタ芸のときに濡れた体がベチベチぶつかってちょっと不快。でも曲が始まれば気にしてる暇はない。こっちからぶつかっていく勢いが大事だ。
 リリちゃんは何曲歌って踊ってもキラキラしたままで化粧も崩れず、さすがプロだ。よく見るとちょっと息が上がってたり前髪が乱れるのも一生懸命でまた可愛い。結局のところ何をしても尊い。

「ありがとうございましたー!」
「リリちゃーん! お疲れ様ー!」

 ライブが終わるといつも夢から醒めたような気分になる。今日は残念ながら余韻に浸る時間もない。手を振ってくれるリリちゃんに全力で振り返した。
 トイレに入ると名残惜しい気分で推しTシャツを脱いで、メントール入りのデオドラントシートで汗をよく拭く。汗に濡れたTシャツはビニール袋に入れてしばし封印すると、入れ替わりにリュックから何の変哲もない無地シャツを取り出して着る。
 劇場を出ると新鮮でひんやりした空気に晒される。俺はすぐ目の前の建物に入っていった。

「おはようございまーす」
「おはよう。ギリギリだよ小林くん」

 先輩に急かされて着替えに向かう。劇場の目の前にあるカフェが俺のバイト先だ。
 本来は何が何でも劇場で働きたかったし、面接にも行った。
 
『めちゃくちゃやる気あります! 人手が足りなかったら急に呼ばれてもできるだけ行きます。土日祝日に盆暮れ正月も入れます!』
『やる気満々だね。どうしてそんなに?』
『実はここでライブをやってるキラキラ☆フェアリーズの大ファンなんです! 彼女たちの役に立ってより良い環境づくりがしたいんです』
『あー、オタクの人か。残念だけどそういう人は私情が混じってしまうから雇えないことになっているんだ』
『なっ……』
『特に若い娘さん相手だと色々気をつけなきゃいけないからね。黙ってればオタクっぽく見えないし採用したんだけどねえ』

 完全なる作戦ミスだった。でも、俺のキラ☆フェアに対する情熱を隠し通すことなんてできなかった。全くこっちは真面目に働く気満々だったのに下心があるみたいに言いやがって。下心なんてない! とは言えないけど他人に指摘されるのは気に食わない。
 というわけで俺は妥協して、劇場ほど近くにあるカフェのバイトになった。
 自分で言うのも何だけど外見は悪くはないので映えを気にする女子大生バイトに混じっても浮かない。オタクに見えないイケメンだね(笑)って結構言われるし。本気なのか社交辞令なのか若干馬鹿にされてるのかは相手によって微妙なところだ。
 ちなみに劇場の面接で失敗したのでカフェではヲタであることは一応隠してる。シフトには相当貢献してて便利バイトのポジションを確立済みなので、簡単にはクビにされないだろうって算段だ。
 ここに勤めてれば長い時間リリちゃんと近い空間にいられるし、たまに姿を見られるし、怪しいヲタがいないか目を光らせることができる。ストーカーに悩まされるアイドルは少なくないみたいだし、大事な任務だ。
 いつかリリちゃんを狙う変態をねじ伏せて

「ありがとう! こんなに頼れる人が傍にいたなんて……」
「気にしないで。好きな子を守るのは当然のことだから」

みたいな妄想は寝る前に百回はしてる。
 そんな俺が、最近目を光らせてる客がいる。

「……いらっしゃいませー」
「アイスティーのMを」

 やっぱり来た。よく見る顔は今日もムカつくほど整って、見上げるほど上にある。
 高そうなスーツにネクタイにビジネスバッグ、整えられた髪型。どう見てもドルヲタとは無縁の存在だ。この男の何を警戒してるかって、リリちゃんが劇場にいるときに限って現れることだ。
 警戒が顔に出ないようににっこりと笑って飲み物を差し出す。人間疚しいことがあると手が冷えるっていうから、さり気なく手に触るようにして渡した。

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」

 手は普通に温かいし、余裕の笑顔を返された。そう簡単にボロは出さないか。けど騙されないぞ。
 男はたいてい一人用のカウンター席に座る。ビシッとスーツを着て長い脚を組んで座る姿は意識高い雑誌に載ってそう。
 うちのカフェはコーヒー一杯250円というリーズナブルな価格帯で、気軽に暇つぶしできるところが売りだ。客層も若い。
 変じゃないか。いかにもコーヒーに豆からこだわってますっていう顔をしてて、金も持ってそうなスーツ姿なのに、学生やライブ終わりのヲタが多いカフェの常連になるなんて。くつろげるかって話だ。いつも注文するのはコーヒーですらなくてパックから注いでるだけのアイスティーだし。
 とにかくあの男は作業するでもなく、リリちゃんを付け狙ってるみたいなタイミングで現れる。全く怪しい。
 じーっと見てるとたまに目が合う。俺の牽制に気づいたのか。とりあえずにこっと笑ってみると小首を傾げて笑われる。ば、馬鹿にしてるのか。
 と、その時。向かいの劇場からリリちゃんが出てきた。帽子と伊達眼鏡とマスクでほぼ顔は隠れてるけど俺が間違えるなんて百パーありえない。リリちゃんだ!
 すると突然男も立ち上がった。やっぱりリリちゃん狙い……!? 止めなければ、いや証拠がなくてはとぼけられるだけだ。ここは尾行だ。
 男はトレイを返却口越しに手渡してきた。

「ごちそうさま、またね」
「えっあ……」
「ありがとうございましたー。小林くん、キッチン手伝ってー」

 思わぬトレイ攻撃に一瞬怯んでいると、バイト仲間からも思わぬ妨害が。その間にさっさと男は行ってしまった。不覚。
 俺は歯切りしながら期間限定パフェを作らされた。


 その次のライブの日にも男は現れた。ストーカーとは思えないほど実に堂々としている。

「こんばんは。アイスティーのMを」
「かしこまりました。……あの、いつもありがとうございます。うちのアイスティーを気に入っていただいて」

 俺は勇気を出して男を探ってみることにした。常連に親しげに接するのはマニュアルにも載ってておかしいことじゃない。
 男は話しかけられるとは思わなかったのか目を瞠った。

「うーん、いつも特に考えずに頼んでたかな。他におすすめはある?」
「えっ……俺がよく食べるのはシュガードーナツですね。安いし」
「じゃあそれを一つ」

 どういうつもりだと首を傾げつつドーナツを皿に乗せる。美味しいのは事実だけど、粉砂糖が口元についたりポロポロ溢れたりするのにスーツのイケメンが食べるのか。親近感なんて抱いてなるものか。

「お待たせしました」
「ありがとう。美味しそうだね、ここに来る目的が増えるかも」
「ん……? それはどういう」

 言葉の真意が掴めないまま男は席に行ってしまった。
 シュガードーナツを食べる姿さえ様になっている。近くの席の女子達が
「イケメンがドーナツ食べてる、かわいー」
と色めきだってる。何が可愛いだ。俺の同胞であるヲタが同じようにドーナツを頬張っても
「オタクがドーナツ食べてる……」
ってな反応のくせに、世の中って不公平だ。
 口元に粉砂糖はつけてないだろうか。つけたらつけたで可愛いって言われるんだろうけど。そういえば紙ナプキンつけ忘れた。暇だし渡しに行こうか。

「あっいたいた、ヒロくーん」

 入り口からの声に俺ははっとした。これが青天の霹靂っていうやつか。まさかのリリちゃんが、誰かの、男の名前を呼んだ。いつもどおり外ではマスクに伊達眼鏡だけど、千パーセントリリちゃんだ。
 っていうかヒロくんって誰。

「リリ、もう終わったのか」
「ううん、まだ打ち合わせ長引きそうなの。ヒロくん電話に出ないから。今日は遅くなりそうだし帰っていいって伝えにきたんだよ」
「ああごめん、電源を切っていた。終わるまで待ってるよ」
「大丈夫だって、今日はマネージャーさんに送ってもらうから」

 俺は呆然と会話を聞いていた。ものすごく親しげだ。昨日今日の仲にはとても見えない。あの、さっきまでドーナツを食べていたイケメンと、リリちゃんが。

「――そうか、分かった。ちゃんとマンションの前まで車つけてもらえよ」
「分かってるって。今度の休みご飯楽しみにしてるから。じゃーねー」

 リリちゃんは俺のことなんて視界に入れることもないまま戻っていった。男も帰り支度を始める。
 偶然、俺もそろそろバイトが終わる時間だった。

「……あの、俺もう上がっていいですか」
「いいよ、今日は空いてるし。珍しいねーいつも遅くまでいたがるのに」
「用事ができたので……」

 俺は急いで裏に戻って着替えて、店を出ると男の後ろ姿が見えた。ギリギリだった。

「あのっ!」
「ん……何?」
「あんた、リリちゃんの何なんですか」

 短い距離ダッシュした勢いで、喧嘩を売るみたいに話しかけた。
 男は何を考えてるのか、大して驚いた感じもなく俺を見る。

「――親しいよ。それが?」
「なっ……、どうかと思います。リリちゃんが恋愛禁止のアイドルだって知らないとは言わせませんよ。なのにすぐ向かいのカフェに通って、堂々と仲よさげに話すとか、週刊誌に撮られて傷つくのはリリちゃんなんですよ」
「うーん、リリには週刊誌にマークされるような人気も知名度もないんじゃないかな」
「なんと失敬な。今は確かにまだ知名度は高くないけど、あんなに可愛くてキラキラしてて一生懸命で、将来は絶対売れます! 親しいくせに馬鹿にするようなことを言うなんてっ……」
「売れたら君にとってはどんどん遠い存在になっちゃうと思うけど、それでもいいの?」

 なんで尋問してるこっちが質問されなきゃいけないんだ。が、その質問を投げかけられた日には答えないわけにはいかない。
 
「くっ……地下アイドルガチヲタに対する永遠の課題を……っ、そりゃ売れたらみんなにとってのアイドルになって、サイン会も握手も滅多にできなくなるだろうけど、それがリリちゃんの望みなら叶えて上げたいと思うのがヲタですよ。分かります? 好きな人の夢を見届けたいという気持ちが、当然のように仲よさげなあんたなんかに」
「そうか、本当に妹のことが好きなんだね」
「ええ好きですよ! ……ん、妹……?」

 話が脱線しているうちに、男がさらっと爆弾を投下した。熱弁してた頬がひきつる。

「それって……リリちゃんは別に妹キャラで売ってないけど、妹みたいに見てるとかいうアレ……?」
「同じ両親から生まれた正真正銘の肉親だよ」

 目を見開いたまままじまじと男を見る。……うーん、どっからどう見てもイケメン。でもリリちゃんは、リリちゃんはもっとなあ……キリッとした二重の目とか、上唇は薄めで下唇は厚めの色気のある唇とか、卵型ですっきりした輪郭とか…………似てるっちゃ似てるな。

「兄妹じゃなかったら堂々と親しげに振る舞ったりしないよ、あれはあれで真面目にアイドルやりたいみたいだし。ネットのファンの間では俺の存在は周知されてるみたいだけど、君は知らなかった?」
「いや、ネットとかあんまり見ないんで……」

 だってネットって、すぐブスとかビッチとか言うアンチみたいなのがいるし、逆に俺こそがリリの一番だ! みたいな盲目的ヲタもいてウザいし。そういう不快な有象無象を目に入れたくなかったから。
 でも情報不足が災いしてこんな事態に陥ってる。所詮情報社会に一人で抗うことはできないのか……。
 やっちまった。何とか打開しようと口を開く。

「お、お、お兄さんでしたか! いやあ、似てると思ってたんです。お兄さんとお呼びしても!?」
「うーん……」
「はっ、しかしどうしていつもあのカフェに? やはり妹さんが心配で?」
「――実はちょっと相談されてたんだ。ファンの人に、ストーカーされてるかもしれないって」
「なんと!」

 胡散臭い男から許しがたい男になり、一転して絶大な信頼を寄せる男になったお兄さん。ストーカーとは聞き捨てならない。

「それは心配ですね。俺も見張ってはいたんですが、それらしき怪しいヤツは……見つけられなくて。一体リリちゃんはどういうことをされてると?」
「それが……ちょっと言いにくいんだけど、いつもライブに来てて、若くて見た目は割と好感が持てて」
「ふんふん。そんなヤツいたかな……」
「それで、向かいのカフェでバイトしてて、いつも視線を感じて怖い――って」
「なんと! それはもう確実に下心があるに……決まって……」

 血の気がさーっと引く感じがした。頭がぐらついて気を失うかと思った。
 ……それ、俺では?    
 
「も、もしかして……そんな……」
「気にしすぎかとも思ったけど、リリはまだ19だし、小さい頃からアイドルばかり夢見てきて、世間知らずなところがあるから。俺が様子を見て釘を刺そうと思ってたんだ」
「く、釘……」

 釘どころか心臓に杭を打たれた気分だ。
 ――リリちゃんに、俺の全てを捧げて尽くしたいと思ってたアイドルに、ストーカーの疑いをかけられてた。
 そんなの酷い。俺がそんなことするように見える? 客観的に見て、皆勤レベルでライブに通ってて、握手会やサイン会とかの交流にも積極的で、プレゼントもして、他のアイドルには目もくれず、近くでバイトまでしてずーっと見守ってて……。
 ……若干、ホントに若干、ストーカーっぽい?

「お、俺……本当にそんな気なくて……ただリリちゃんを守りたいってだけで……」

 駄目だ、この主張も「妄想をこじらせたガチ恋ストーカー」感が半端ない。本当に違うのに。誰でもなくリリちゃんに怖がられた事実が俺を打ちのめす。
 リリちゃんを守ってたのは他でもないお兄さんだった。時間を割いて俺を見張らなきゃいけなかったなら迷惑な話だろう。
 でもそういえばお兄さんは不思議なほど怒らない。

「うん、さっきの君の想いを聞いて、純粋にリリを応援してくれてるっていうのは伝わってきたよ」
「おっ、お兄さん……」
「ただ……純粋であれば何でも許されるわけでもないからね。リリの気持ち次第で、一度怖いと思ったらなかなか冷静に活動することはできなくなるし、場合によっては出禁っていう話も……」
「そんな……」

 鼻の奥がツンとして、目が霞む。涙を飲み込もうとしたらもっと痛くなった。
 絶望して俯く俺の頭に、お兄さんの手が乗った。

「――泣かないで。俺はカフェで君に接してみたから分かってる。きっといい子だって」
「おっ……お兄さん……っ」
「リリは今少しナーバスになってるから……落ち着いたら俺が君のことを、信頼できる人だと紹介して、誤解がとけたらいい」
「ううっ……誤解……誤解なんだ……」

 髪の毛を優しく撫でられて俺は道端で泣き崩れた。恥や外聞を気にするどころじゃない。好きな人に嫌われた絶望、そして手を差し伸べてくれるお兄さんの優しさ。涙が止まらない。
 通行人の声がすると、お兄さんがさっと俺の頭を抱えて、顔が見えないように体勢を変えてくれた。優しさが五臓六腑に染み渡る。

「――そんな様子じゃ帰れそうにないね。人目につかないところに行こうか」
「ぐすっ……大丈夫です、一人で……」
「乗りかかった船だから」

 船はもう底がバキバキに砕けて沈没寸前なんだけど。ぶっちゃけ立ってるのもやっとで、俺はお兄さんに支えられて移動した。
 

「ソファに座って」
「ん……?」

 悲しみに暮れてると、よく分からないうちにマンションに入ってた。人の家だ。多分お兄さんの。綺麗で落ち着いた内装がそれっぽい。
 まさかリリちゃんも住んでる……!? ってドキっとしたけどそんなわけない。リリちゃんの住まいは隣の区でもうちょっと遠い。言っとくけど後はつけてない。SNSから読み取れる情報でたまたま知っちゃっただけだ。たまたまたまたまだ。

「目を赤くして、そんなに悲しかったんだね。可哀想に」
「ううぅ」

 お兄さんが隣に座って覗き込んでくる。リリちゃんのお兄さんだって一度分かるとどんどん似ているように見えてきて、辛い。

「なんだか見れば見るほど純粋に思えて、俺も辛くなってくるな……。最初は二度と妹に近づかせないつもりだったんだけど」
「に、二度と……」
「今は違うから」

 また大きな手が頭を撫でる。こんなことされたの小さいとき以来だ。嫌な感じはしない。マジで優しいし、リリちゃんとは結構年が離れてそうだからお兄さんとしてこうやって可愛がってたんだろうなって想像がつく。
 リリちゃんと間接頭撫で撫でか……。嫌われたって知る前だったらもっと嬉しかったんだろうな。
 ああ、リリちゃん……。
 お兄さんはリリちゃんにするみたいに(想像)頭を撫でながら、小さい声で囁いてくる。

「……あのね、リリって実はちょっとオタクだから、俺達が男同士で仲良くすれば喜ぶと思うんだ」
「あー、アニメとかゲームが好きなのはもちろん知ってます。でも、仲良くって? 俺とお兄さんが……?」
「うん。君が嫌じゃなければだけど」

 お兄さんと仲良く。つまり実質リリちゃんと家族ぐるみのお付き合い……。なんて夢を見れるほど馬鹿じゃない。負った傷はまだ血を流しっぱなしだ。かさぶたになる気配もない。
 でもお兄さんなら誤解を解いてくれそうだし、リリちゃんの話を色々聞けるし、仲良くしてこっちにはメリットしかないじゃないか。
 俺は目をカッと開いて飛びついた。

「是非、仲良くしてください!」
「よかった。じゃあこれ」
「はっ……! こ、これは初期の名曲「ひらひら初恋」の旧バージョンの衣装……! どうしてここに」
「以前カフェラテをこぼしたとかでクリーニングを頼まれたんだけど、もう使わないからって取りにもこなくて。かと言って捨てるのは躊躇われたから」

 どっから出してきたんだろう。それは置いといて。お嬢様学校の制服風の清楚なデザインがファンからは好評だったものの、グループのイメージからはずれるということで変更されて表舞台から消えた幻の衣装。リリちゃんカラーのブルーがちゃんとデザインに組み込まれてる紛れもない本物だ。目が釘付けになる。

「ま、まさか俺を慰めるために、お兄さんが着てくれる……とか……?」
「まさか。君が着るんだよ」

 俺の発想もどうかと思うけど、お兄さんの提案はその上を行っていた。
  まさか俺が神聖な衣装に袖を通すわけがない。とんでもない冒涜だ。


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