主演男優ショー 02 03



「光って今何してんの?」

昔の知り合いに会うと決まってそんな風に訊かれる。未だに学生のような服装で、平日も休日も関係ない生活を送っているのだから疑問に思われるのも当然だろう。

「うーんまあ、サービス業みたいな」

適当に濁すと、勝手に事情を想像して察してくれて、それ以上突っ込まれることは少ない。
同級生の多くは就職して働いている。ごく普通のサラリーマンが多数派だ。さすがに自分の職業を大っぴらにする気にはなれない。
何せ光はAV男優だ。それも普通のAVではなく、ゲイビデオ専門というニッチな男優をしている。
大学を出て一度は就職したものの、自由奔放な性格で堪え性がないため会社勤めに向いておらず、すぐに辞めてしまった。
プラプラしていたとき、運悪く車で追突事故を起こしてしまった。自分にも相手にも怪我がなかったのはまだよかったが、その相手というのが非常に問題だった。
ピカピカの高級車から降りてきたのは、ヤのつく自由業をしている男達だったのだ。

「いきなりカマ掘りやがって。どこ見て運転してんだ」
「どうしてくれるんだ?」
「すっすいません! 弁償しますから」

ガタイのいい男二人に詰め寄られ、光は青くなって頭を下げた。後から思えばまず警察に電話するべきだったが、ビビっていてそれどころではなかったのだ。
少し遅れて、別の男が後部座席から降りてきた。

「こんな往来で堅気の人相手に怒鳴るな、うるさい」
「伊崎さん、でもこいつ思い切り後ろからぶつけやがって」
「いいから黙ってろ。お前らじゃ相手が無駄に萎縮して話が進まないんだよ」

他の二人と違って落ち着いた佇まいで、ヤクザというよりは弁護士やエリートサラリーマンといった風貌だ。しかも立場は一番上のようで、男の一声で他の二人は途端に大人しくなる。
この人なら穏便に済ませてくれるかも、と希望がちらつく。

「君、学生? この車を弁償できる金があるようには見えないが」
「それはその……働いて何とか」
「仕事してんの?」
「休職中です。でもっすぐ働くんで!」
「ふーん」

男が光のことを上から下まで眺める。ぱっと見はインテリな優男風だと思ったが眼光は鋭く体格も光よりいい。
法外な額を要求されたり、まさか臓器を売れなんて言い出さないかとドキドキしながら待っていると。

「分かった。俺が稼げる仕事を紹介してやるよ」
「し、仕事……?」

一体どんなことをさせるつもりだろう。ろくでもない予感しかしない。
マグロ漁船に乗せられたり、詐欺や麻薬密売といった危険な犯罪の片棒を担がされるのでは……。

「そんなにビビるなよ。立派な合法の仕事だ。さほど重労働でもない。むしろ慣れれば愉しめるだろうよ」

そんなおいしい話があるのだろうか。大いに疑問だったがヤクザに囲まれてすっかり萎縮していた光は従うことしかできなかった。
そして紹介された仕事が、ゲイ向けAVの男優だったのである。
光は激しくショックを受け逃げ出したくなった――かというと、実はそうでもなかった。
光は元々バイである。好みの可愛い系であれば男でもOKだったのだ。
ただしタチ――挿入するほう専門で、突っ込まれるは未経験でありしたいと思ったこともない。
光は撮影スタッフに必死にアピールした。

「俺タチしかできないですけど、その分頑張ります。テクとか腰使いには結構自信あるんですよ」
「へえ。まあ君みたいなタイプも結構需要はあるからいいか。今回のは部活の先輩と後輩がムラムラして部室で激しいセックスするって設定ね」
「わかりました!」

突っ込んだり突っ込まれたりと攻守が変わるゲイビデオも多くあるが、光はアナルを守るためタチ役を必死でこなした。

「気持ちいい?」
「あぁんっ…気持ちいいっ、先輩っ」
「あーイきそう」
「お、俺もイくっあぁーっ……」
「はいカットー。よかったよ二人とも」

一仕事終えて光は汗を拭った。監督に褒められると満更でもない気分になる。
すでに光は3本のAVに出演していた。今日ので4本目だ。
学生時代は運動部だったので細マッチョと言える体型と、割と若く見える顔立ちを活かし、スポーツマンな学生モノが主なジャンルとなった。相手は光のストライクゾーンから大きく外れることはない美少年系や青年ばかりで、プレイもゲイビデオの中ではソフトな方だ。ありがたいことに。
正直ガチムチの中年とハードなプレイをしろと言われても勃つ自信がない。だからこのジャンルで稼ぐしかないのだ。
幸い評判は上々らしく、ネットで好意的な感想を見かけることもあった。俺もヒカルとヤリたい、なんて言われると、どんな男かは分からずとも悪い気はしない。
ヤクザに紹介されて不本意ながら始めた仕事だったが、自分に向いているのかもしれないと思い始めていた。スタッフは持ち上げてくれるし、好みの男とセックスできて気持ちよくなれる。
光は浮かれ気味だった。

◇◇

「光、仕事はどうだ」
「い、伊崎さん」

撮影前、偶然伊崎に出くわしてしまった。
いや、偶然かどうかは怪しい。きちんと働いて金を返すのかどうか、見張られているのかもしれない。
そのまま映画にでも出られそうな見栄えの良さだが、明らかに堅気のものではない威圧感を放つ伊崎に、光はビクビクして冷や汗をかく。この男からばっくれたらどんな報復を受けるかと想像するだけでも恐ろしい。金は絶対に払わなくてはと改めて思う。

「仕事は順調です。この分なら今年中には返せるかと……っ」
「へえ、意外と楽しそうにやってるな、お前」
「いやその……」

伊崎は薄く笑いながら光を見下ろしてくる。出演したAVを見られているのかと思うとさすがに恥ずかしく、気まずい。きっと伊崎は自分で仕事を斡旋しながらも、金のためにゲイビデオに出ている光のことを蔑んでいるだろう。
だけど仕方ない。他に特に金になりそうな取り柄があるわけでもない。こんなことでもしなければ短期間で大金を稼ぐのは無理なのだから。

「じゃあ、俺撮影があるので、失礼します」
「……」

鋭い眼光から逃げるように光はそそくさと通り過ぎた。



「あんっ、あーっ、気持ちいいっ」
「俺も、すげーいいっ……」

いつものように腰を揺すって相手を攻めながら、光は内心気もそぞろだった。
順調な仕事における数少ない悩み、それは伊崎が撮影を見学しに来ていることだ。見学というか、しっかり働いているか監視し目を光らせているというところだろう。
無言の視線が突き刺さって、変なところから汗が滲んでくる。
男女のAVでは、攻める男の姿はできるだけ映らないアングルで撮られるのが普通だが、男同士の場合全く違ってくる。 光も服を全て脱ぎ、体をカメラに晒さなければならない。時には尻を下からのアングルでじっとりと撮られているのだ。
個人的にはタチの尻には興味がないし、突っ込んで腰を振っている姿は冷静に見ると滑稽だろうから、自分のそんな姿本当は撮ってほしくない。だけど需要があるからと諭されたら仕方がない。わがままを言える立場ではないのだ。

「はぁっ……あっ、はーっ……」

後ろから尻を見られている。元々適当な性格で撮影も開き直って臨んでいたのに、今日は何だか羞恥心が抑えきれず、結局最後まで集中できなかった。
とにかく、AV出演自体はそれほど苦痛ではないが、伊崎の重圧からは一刻も早く解き放たれたい。そのために金を稼がなくては。
幸い仕事は本当に順調だし、遠からず何とかなるだろう。このときはまだ前向きだった。

◇◇

「……え? 次の仕事なしになった?」
「そうなんだよ、タチは別の子使うことになってね」

次の仕事は、以前も学園モノで共演した受けの男優、リュウと続編を撮るという話だった。彼は見た目がタイプなので前回は気持ちいい思いができて、今度も楽しみにしていたのだが。

「どうして変更になったんですか?」
「あー……ちょっとこっちの都合でね」
「都合って……いきなり仕事なくなったら困るんですけど」

監督は最初は言葉を濁していたが、光が食い下がると苦笑しながら話しだした。

「実はさ、リュウが君とはやりたくないって言うんだよね」
「え……」
「言いにくいけど、前戯が適当だし痛いって。あとリュウってゴリゴリのマッチョが好きだから、君だとイマイチ興奮しないんだと。別の男優連れてきてそいつが中々いい感じだから、今回はそっちで撮ることになったんだよ」

頭の中で、ガーンと大きな音が鳴った。光はショックで言葉を失った。
まさかそんな、名指しで拒否されるなんて。セックス中、リュウは気持ちよさそうに喘いでいたではないか。まさか全部演技だったというのか。
光は自分にそれなりに自信があった。見た目にもテクにも。
「演技を見抜けないなんて間抜けだ、セックスはお互い気持ちよくないと意味ないだろ」――なんてゲイ仲間相手に偉そうに語ったことさえあった。
なのに。実際は相手に痛いのを我慢させ演技されるわ、それを見抜けないわ、そもそもタイプじゃないからと拒否されるなんて。
特に根拠もなく抱き続けていた自信がガラガラと音を立てて崩れていった。

「……まあそう落ち込まないで、相性ってものもあるからね。ちゃんと他の仕事用意してあるから」
「他の仕事……?」

今の自分にできるだろうか。また嫌がられたらと思うと二の足を踏んでしまう。

「うん、ちょっと趣を変えて、受け身で大丈夫だから」
「受け身ですか……、やったことないんすけど」
「平気平気、ギャラも弾むよ」

そう言われては受けないわけにはいかない。
たまたまリュウとは相性が悪かっただけだ。自分に言い聞かせ、別の子相手に自信を取り戻そうと心に決めた。

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