何も知らない王子様 サンプル



◇登場人物

ミシェル……成人して数年の第三王子。金髪に碧眼、人当たりがよく民に愛されているが好色なのが玉に瑕。

リシャール・ローリー……二十代半ば、貴族の嫡男で傑出した叡智を誇るミシェルの側近。野心家で少々口が悪い。

ユーグ・リドゲート……二十代半ば、王家に鋼のように硬い忠誠心を誓う騎士。剣一筋で寡黙な性格。

アロンソ・エイミス……二十四、名門貴族の息子で奔放なミシェルの遊び仲間。癖のある金髪で性格にも癖がある享楽主義者。

ナセル……ミシェルと同い年、南の大国ドゥランの王子。褐色の肌に黒髪、危険な色気の持ち主。

神子……もうすぐ成人の十代後半。神の言葉を民に伝える役目を果たす神聖な存在。家族はなく、人間離れして容姿端麗。

ヒューベルト……第二王子でミシェルの同腹の兄。ふらふらしているようでやり手、独身。

リュカ……十代後半、ミシェルのすぐ下の弟。近頃難しい年頃で、特に好色さを厭ってかミシェルには冷たい。

アイシャ……ナセルの妹でドゥランの王女。妖艶さと気品を併せ持つ佳人で開放的な性格。

◇◇

とある王国に、ミシェルという名の一人の王子がいました。
 王子は偉大な王と王妃の間に三番目の男子として生まれ、王家の血が色濃く出た金髪に青い瞳、白い肌という高貴とされる容貌をしていました。しかしながら身分に驕ることなく、若くして治水事業に携わって人々の暮らしを豊かにするべく邁進しており、民衆からも慕われていました。
 優秀ではありましたが過ぎた権力欲を抱くこともなく、国王や王位継承権を持つ兄の下につくことに不満もなく、家族との関係も概ね良好でした。
 恵まれた生まれに恵まれた資質と気質。何不自由なく順風満帆な王子に欠点があるとすれば、それは好色な気質でした。
 王子は物欲や権力欲には乏しい代わりに、綺麗な人間に目がありませんでした。幼い頃から美しいメイドにやたらと懐き、甘えて隙あらば触れるような子供でしたから、性教育を受けて男の性が目覚める年頃になるや否や、奔放な生活に身を投じたのです。
 王子は様々な貴婦人と浮名を流し、遊び回っていました。公務はしっかりこなしていましたが、逆に言えば仕事以外の時間のほとんどを大人の遊びに費やしていたのです。
 
 とはいえ王子の性根はよく言えば善良、悪く言えば八方美人なところがあったので、他の遊び仲間の貴族のように清らかな令嬢にやたらと手を出したりはせず、相手はもっぱら遊び方を知っている年上の貴婦人でした。暗黙の了解として互いに不倫を楽しんでいるような夫婦であれば、誰も損をしないと考えていたからです。
 王子は少なからず万能感を抱き、慢心していました。容貌も性格も人より優れていて、何より高貴な王子との関係を拒む女はおらず、このままやりたい放題の日々が続くと思われました。
 それがどこをどう間違ってしまったのか。王子はあるとき、決して手を出してはいけない相手に惹かれてしまいました。
 それは神に仕える神子でした。
 神殿で偶然に神子と出会った王子は、雷に打たれたような衝撃を受けました。今まで見た誰よりも美しく魅力的に映ったからです。遊び相手の数々の婦人達も皆美しいとは思っていましたが、それは心から惹かれていたわけではないと、すぐさま自覚させられました。ひと目で胸が高鳴るというのは正真正銘生まれて初めての経験だったのです。
 神子は神の声を聞き民衆に伝えるという重大な役目があり、清らかな体でなければいけないとされている存在です。しかし一目惚れの熱に浮かされた王子は目を曇らせてしまったのです。
 実際のところ、神子というのは民の尊敬を集める象徴として不可欠な存在でしたが、清らかさを強要するのは古く根拠に乏しい因習に過ぎない――。王子は半分本気で、半分は自分の都合のいいようにそう考えました。
 王子は吸い寄せられるように神子に近づき、その美しい唇に口づけを落としました。とても心地がよく、それでいてただの肉欲的な行為ではなく、神聖さを感じました。これまでの王子の人生において幸せの絶頂だったと言っても過言ではないかもれません。
 一瞬の触れ合いがどのような咎をもたらすのか、このときの王子は想像すらしていませんでした。
 神に頼らずとも、治水工事を進めれば川が氾濫することなく、開墾して気候の変化に強い穀物を育てれば日照りにも負けず、大型の船を造り貿易を推進すれば他国から足りないものを手に入れられる。人の力で豊かになっていく国で、神に縋る心は少しずつ薄らぎつつありました。しかし人智を超えた力というのは確かに存在していたのです。
 ミシェル王子は、美しき神子に口づけをしたその夜――男としての生殖能力と、性に関する全ての知識を失いました。しかしまだ誰も、本人でさえもそのことには気づいていないのです。
 
 ◇◇
 
 ミシェルはいつものように、執務室で仕事をしていた。部屋は静かでペンを走らせる音が響く。部屋の主は名目上ミシェルだが、実質的に采配を振るわせているのはもう一人の住人によるところが大きい。
 リシャール・ローリーはミシェルの直属の部下でありお目付け役的存在だ。ローリー家は代々王家に仕える名家で、彼がまだ少年期のミシェルの側についたときから共に勉学に励み、剣を学んできた。長じれば当然のように腹心の部下となった。要するに由緒ある腐れ縁というわけだ。
 名家の嫡男であるリシャールは、血筋の良さに甘えることなく自他に厳しく文武両道を身につけ、次期宰相候補と目されている。
 日が落ちて仕事が終わり、部屋に戻ろうとするミシェルにリシャールが声をかける。
「……今日は行かれないのですか」
「行くとはどこに?」
 お互いが訝しげな表情を浮かべることになった。
 一体こんな時間に自分がどこに行くと言うのだろう。今日の公務は終わった。たまに街に下りて民の暮らしぶりを視察することもあるが、今日はそんな予定はない。仮にも王子なので好き勝手に歩き回っては警護の者を振り回してしまう。
 この後は食事をとって湯を浴び、日誌をつけて寝るだけだ。
「何をとぼけているのだか。私が陛下に諫言すると申したのを恐れているのですか」
「諫言? もしかして俺の仕事に不手際でもあったのか。堤防工事の人員の件か? 不満があるなら直接言ってほしいのだが」
「……いいえ、あなたの仕事には何の問題もありませんよ。仕事にはね」
 明らかに含みのある言い方だ。それでもミシェルに心当たりはなく、もやもやとしたものだけが胸のあたりにくすぶる。
 心当たりはないのに、こうして苦言を呈されることにはやけに既視感がある。
 子供の頃ならともかく、最近は部下の力は借りながらも公務をこなせているし、リシャールに呆れられる謂れはないはずなのだが。
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。お前らしくもない」
「口に出したくもありませんね。大方しらを切って改心したふりでもして、私に隠れて遊び回る算段なのでしょうが」
「……? 何だ、お前、俺と遊びたいのか」
 言うや否や、リシャールの目が不快そうに眇められた。
「ふざけたことを。そんなわけがないでしょう」
 あまり感情豊かとは言えないリシャールだがこのときは目に見えて憤り、もう話したくもないとばかりに部屋から出ていってしまった。随分と不敬な態度だ。ミシェルはそんなことで長い付き合いの部下をいちいち咎めたりしないが。
釈然としないものを抱えたままミシェルも自室に戻った。

 宮殿の奥にミシェルの住まいは与えられている。王と王妃、王太子一家が暮らす建物とはまた別の棟で、王族だけでなく貴族達やそれに仕える者たちも多く暮らしている。最高級の独身寮といったところだ。
 かつて他国との戦争や内紛できな臭かった時代には、ずっと厳重な警護だったと聞くが、安定した治世が続いて久しい今では随分とおおらかになった。時折青年貴族たちのはめを外す声などが漏れてきて、閑静とは言い難いのも、ミシェルは許していた。人の出入りが多く騒がしいくらいのほうが都合がいい。……一体、何をするのに都合がいいのだったか……。
 今日もまた、下の階から複数の男の声が聞こえる。
「なんだ、また飲み比べでもしているのか」
 咎めるべき立場ではあっても、本心としては若い男同士酒を酌み交わし騒ぐのは嫌いではない。
 王子のミシェルに対し、初めは皆畏れ多いと傅いてくるが、ミシェルの緩い性根を知るにつれ段々と力が抜け、要領のいい青年貴族などは不敬にならない程度の軽口を叩いてくるようになった。
 もちろん皆が皆そうとはいかないし、頑なに崇拝に近い眼差しを向けてくる者もいる。ミシェルとしては飾らぬ意見が聞けるくらいの関係が理想で堅苦しいのは苦手なのだが、周囲に言わせると「あれはあれで幸せだから放っておいてやってください」とのことである。
 どこかで彼らが集まっているのか、特にやることもないから混ざってやろうか。何の気なしに廊下から階下を見下ろしたとき、不意にほんの少し手すりに下半身が擦れた。
「んっ……?」
 艶のある木製の茶色い手すりは、吹き抜けになっている下への落下を防ぐため廊下全体に立てられている。等間隔に並んでいる出っ張った支柱に、偶然に股間が当たったのだ。ただそれだけのことで痛みも何もない。全く取るに足らないこと、のはずだった。
「あっ……なんか、擦れて……」
 すりっ……ずり、ずりっ……
 ミシェルは出っ張った支柱から離れられなかった。何か、感じたことのないじんとした感覚が、突如下半身を襲ったのだ。
「んっ、んっ」
 離れがたい。当たっている部分がじんじん感じて、擦り付けるとその感覚が強くなる。
 押し付けるたびに切なくなって、もっともっとと腰が動く。
「んっ……ふーっ…何か、あっ、これ…、ん〜〜っ…」
 気づけばミシェルは両手で手すりを掴み、支柱にもたれるような体勢で股間を擦りつけていた。支柱は丁寧な加工が施されており角ばったところはなく、多少乱暴に擦っても痛みはない。
 例えるなら公務と剣の稽古で凝りきった体を思い切り揉みほぐされたときの、痛くて堪らなく気持ちいい感覚に近いだろうか。でも少し違う気もする。もっと何か、体の内側から熱くなるような……。
「あっあっ……腰、止まらない……っい、変だ…っ、あぁんっ
 ミシェルは身の回りのことは自分でこなしたい性分で、夜にはできる限り使用人を休ませている。そのせいで周囲に人影はなく、一人での異様な行為を助長させた。
「はぁっ…もっと、んっん…ふぅうっ
 ずりずりずりっ……ずり、ぐりっぐりゅっぐりゅっ
 支柱に跨るようにして腰をくねらせる。自分が一体どういうことをしているのか、ミシェルには全く理解できておらず、ただはしたない行為だという自覚はある。こんなふうに取り乱して体の一部を擦り、我慢できない声を上げるなんて、常に気高く振る舞うべきという教えから大きく逸脱している。
 分かってはいても、初めての快感に勝手に腰がうねり、敏感な部分を刺激し続ける。
 白皙の頬は上気し、皺一つなかった上等な服の前が乱れ、ただの手すりの支柱に愛しげに体を擦り付ける。一体傍からはどう見えているのか、ミシェルには知るよしもない。
「あぁっ……おかしい、ズボンがきつ……、っ!? んっ〜〜っ…
 ミシェルは驚愕で息が止まりそうになった。ペニスが、排泄をするための股間の器官が、異常なほど腫れて硬くなっているのだ。
 気づけばズボンの前がきつくなり、布を押し上げている。これほど急速に腫れるなんて、未知の病か怪我しか考えられない。恐ろしくなる。周囲は相当に健康管理に気を配っているというのに、こんな症状は聞いたこともない。
「ん゛ふぅっ、おっぉっ…ごりごり、硬いのが当たって…っ、あっ、あー……っ
 とりあえず怪我ということはなさそうだ。擦っただけで打撲したわけでもなく、痛みはまったくない。怪我ならこんなに――蕩けるように気持ちいいわけがない。
 ペニスが硬くなったとはいえ木製の支柱は当然それ以上に硬く、弾力のある若い体をゴリゴリ擦るのに適した形をしていた。
「あんっんっはあぁっ、ふーっ、ふーっ……んあっ
 ごりっ……ごりゅっ、ごりゅっ、ごりゅぅっ……
 怪我でないとすれば、おかしな病気に罹ってしまったのだろうか。ただとにかく、恥ずかしい場所が気持ちいい。このままずっと擦り続けていたい……。
 誰か、誰でもいいからこのもどかしく狂おしい感覚の正体を教えてくれないだろうか。王子である自分に全く未知のことがあると認めるのはよくないが、例えばやたらとおしゃべりで知識披露したがる青年貴族なら、嬉々として教えてくれるだろうか。
 いや、誰よりもリシャールなら教えてくれる気がする。いつだって彼は正しいことを嫌というほどミシェルに叩き込んできた。
 ああ、誰か通らないだろうか。男がいい。使用人と言えど女性に股間を硬くしているのを見られるのは抵抗がある。
 しかし貴族達はこういうときに限ってやはりどこぞの部屋に集まっているようで、出てくる気配がない。
「…………殿下?」
 願いが叶ったかのように、その場に現れる者がいた。

「はぁっ……ユーグ……っ、んっ、ん゛っ
 騎士の制服を寸分の乱れなく着込んでいて、その上からでも鍛えられた体が覗える。羽織っているマントと腰の剣は騎士の中でも上位であることを表している。
 ユーグ・リドゲートは男爵であり騎士だ。リドゲート家は建国の戦の際、剣も握ったことのなかった民を鍛えをまとめ上げ、大きな武功を立てたことから騎士として取り立てられた家系だ。
 以来有事の際は誰よりも勇敢に剣を振るい、平和な世では常に王家を守りながら、騎士団にて人材の育成と鍛錬に励んでいる。
「で、殿下、一体何を……」
「はぁっ……ユーグ、なんか、あっあっ気持ちぃ…っんっあ〜っ……
 ユーグはミシェルの護衛につくことが多く、よく見知っている。剣の腕は名手揃いのリドゲート家の中でも随一で、第三王子の護衛にはもったいないと思うほどだが、文句一つ言わず仕えてくれている。
 多くは語らず常に凛々しく堂々と構えている騎士が、今は目を瞠りミシェルを凝視していた。
 一度はっとしたように剣に手をやり、鋭く辺りを見渡す。しかし周囲には誰もおらず正真正銘二人きりだと分かると、また呆然として近づいてもこない。
「ユーグ…っ、はぁんっ…俺、おちんちんが硬くなって、…っ、腰、止まらない……っんっん゛っんあっ
 ずりっ……ずりっ……ぐりっぐりっぐりゅっ……
 支柱に跨り、不器用に腰を動かすミシェル。かすかに衣擦れの音と擦れる音が広々した廊下に響く。
 ミシェルはユーグに何とかしてほしくて、潤んだ目で縋る。数秒の間目が合い、弾かれたようにユーグが動いた。ミシェルとは逆の方向に駆けていく。
 ミシェルはがっかりした。あの信頼に値する騎士ならばミシェルの疼く股間を何とかしてくれると思ったのに。擦りつけすぎて、ペニスは硬くなるばかりでズキズキする。
「あ゛〜〜……っうっぅう……っも、やだぁ……っおちんちん苦しい、ひっあっ
 脚に力が入らず、支柱に乗せられた股間に体重がかかって、もう勝手に強く押し潰されてしまう。とっくに成人したというのに木馬に乗って遊ぶ子供みたいで滑稽だ。
「ミシェル様……!」
 名を呼ばれた瞬間、少し安堵すると同時に股間がじんっとした。ユーグが去っていった廊下から現れたのはリシャールだった。
 いつも嫌味なほど冷静沈着なリシャールが微かに息を乱し、足早に近づいてくる。
 ミシェルはどう見てもおかしな格好をしている。小言を食らうのは覚悟している。でも今はそれどころじゃない。
「……一体何の真似ですか。このような場所で……」
「はぁんっ……だって、おちんちん、擦れて気持ちよくてっ……はぁんっ、んっん゛っ
 これが淫らな行為だという観念が持てないミシェルは、リシャールが息がかかるほど近づいてきても腰を動かし敏感な部分を擦るのを止めない。さすがのリシャールも突拍子もない事態に一瞬絶句した。
 しかしそこは次期宰相と目されるほど明晰な男だ。すぐに彼なりの答えをいくつか想定し、ミシェルを糾弾する。
「ついに女遊びをお控えなされたかと見直していたら、そのような奇行を……」
「……? 分からない、あっあっ……おちんちん見ないで、ふぅっ、びりびりして変っ……あっんんっ
「っ、おかしな声を出さないでください。誰かに見られたら乱心したのかとたちまち悪評が広がりますよ」
「ん゛っん゛〜〜っ……」
 掌で口を覆われる。冷たく見えるリシャールだが手は熱いくらいで、憤りが伝わってくる。その原因が分からないミシェルには、なだめるどころか煽ることしかできない。
 気持ちいい感覚は治まらないので息は漏れ、唇や舌がリシャールの手に当たって濡れる。
「……まさか、見られたくてこんなことをしていたのですか。女に飽きて今度は若く奔放な青年貴族を誘惑するつもりだったのですか。確かに最近は家同士の人脈を広げるためだ、結束を深めるためだとのたまって男同士で淫らな行為にふける輩は多い。彼らの仲間入りがしたかったと?」
「ん゛っ……ちが、ふうぅっ
「誰に見られるか知れぬ場所でこんな……このようなはしたない姿を晒すなど、それ以外に考えられない。彼らも自ら手を出すのは恐れ多くてできずとも、王子殿下から誘惑されたのなら涎を垂らして食いつくことでしょう」
 ミシェルには何のことか分からないまま、リシャールの中では結論が出たらしく、淡々と、だが目には冷たい炎を湛えて責められる。
 ふと階下から、複数人の男の声が近づいてきた。何人も住んでいるのだから当然のことで、今まで人気がなさすぎたくらいだった。
「……来てください。あなたもせっかく愛想を振りまいて得た評判を地に落としたくはないでしょう」
「はぁんっ……でも、足が、あっはあっ……」
 動こうとすると、ごりゅっ……と支柱に股間が食い込み、痺れて上手く立つこともできない。ペニスが硬くなっているだけではなく、濡れた感触もする。
 リシャールは怒ったような顔のまま、ミシェルの体を素早く横抱きにした。
「……! 止めろ、離せっ」
「ろくに歩けないのでしょう。じっとしていなさい」
「だが、男がこのように運ばれるなど、恥辱だ……っ」
「……恥という概念は残っているのですか。先程までの姿のほうがよほど恥辱だと思われますが」
「…………」
 そうなのだろうか。よく分からない。リシャールに軽々と横抱きにされるのはとにかく恥ずかしい。それに擦り付けるのを止めさせられても、ペニスが硬いのも、股間がきゅんきゅんと異常に疼くのも治まってはくれない。
 リシャールはミシェルの自室まで足早に進み、内側からドアを閉めた。
 昼間には四六時中と言っても過言ではないほど行動を共にしているが、夜に彼が部屋に入るのは初めてのことだ。
「では改めて弁明を聞きましょうか。どういうつもりです」
「つもりって……、はぁっ……」
 椅子に座らされ、咎人のように詰問される。ミシェルには本気で自分の非がどこにあるのか分からず、疼く体を持て余していた。
「酒の匂いはしませんが、まさかおかしな薬に手を出したのではないでしょうね」
「そんなもの、するわけがない。治安の乱れになるから取り締まりの強化を推進している立場だぞ、俺は」
「でしょうね。あなたはそちらの方面は潔白な方だ。では熱でもあるのか……ご無礼を」
 そっと額に触れられる。口ではしょっちゅう言い合っていても、肉体的に接触することはなくなって久しく、今日は珍しい日だ。
 額ではなくもっと別の場所を触ってほしい。なぜだかそんな欲求が湧き上がる。
「少し熱いですが、病ではなさそうだ。いい加減悪ふざけは――」
「んっ……リシャール……」
 小さな声を遮って、ミシェルはリシャールの手を両手で握った。リシャールが目を瞠って制止したのをいいことに、ミシェルは懇願した。
「リシャール、お、おちんちんが、硬くなって変なんだ、擦りたくて、辛いっ……んっふぅ……」
 もじもじと脚と脚とを動かすと股間がじんと疼いて、息が乱れる。触れている手が熱く汗が滲み出て濡れる。
 リシャールは視線を少し下に落とし、押し殺したような低い声が耳朶に響いた。
「――……まさか私のことを、悪しき道に引きずり込むつもりですか」
「悪しき……?」
「忠実にとはいかずとも、あなたに十分仕えてきたつもりだ。私を陥れたい事情でもできましたか」
「そ、そんなわけないっ……! 俺は、お前のことをその、頼りにしている」
「ほう?」
 何故そんな話になるのか、全く心外だ。ミシェルはただ、この正体不明の疼きをどうにかしたかっただけだというのに。
 誤解をどうにか解こうと、普段なら決して口に出さない気恥ずかしい言葉を必死に連ねる。
「本当だ。物怖じせず意見してくれるのはありがたいし、……幼少の頃からの付き合いだし、大事に思っている」
「……」
「お前は違うのか。俺は、ただの臣下や友人以上の存在だと」
「――……ならばよいのですね」
「え……?」
 リシャールが動いたかと思うとまた体を抱き上げられ、あっという間に背中が柔らかなベッドに沈んだ。リシャールはすぐに上に覆いかぶさってきて、異常なほど近くにいる。逆光で顔はよく見えない。
「あのような誘い文句を受けて指を咥えているほど私は忠実な犬ではありませんよ」
「リシャール……、ん゛あっあ〜〜っ……
 ぐりっ……ぐりゅ、ぐりゅぅっ……
 リシャールの膝がミシェルの脚の間に入り込み、そのまま股間をぐりぐりと擦られた。直接的な刺激を急に与えられ、腰がびくりと大げさに跳ねる。
 許可も取らず主君の大切な場所に、それも脚で触れるなど不敬極まりないが、ミシェルに咎める余裕はどこにもない。勝手に上ずった声が漏れる。
「ん゛あっあッあ゛うっ
「ああ、本当に硬くされて。手すりなどに擦りつけて、ここを興奮させていたのですか」
「ぅんっんっごりごりするの、気持ちよくてっ…あ゛うっそれ、強いんっんっ…あぁんっ
「は……手すりの役を代わりたい男や女はいくらでもいるでしょうに。あのように腰をくねらせて、淫らな声を上げて……」
 リシャールは元々美声だが、今の声は息まで色っぽく耳に纏わりつくようだ。責められているのか甘やかされているのかよく分からない。ただ、股の間が痺れてとても気持ちがよく、リシャールの膝に媚びるように腰が動く。
 

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