お金めあてのデートです。サンプル1



 ぶっちゃけて言えば、とにかく金が欲しかった。
 今年で二十歳、めでたく成人したはいいものの特に資格も特技も持ち合わせてない、しがないフリーターが俺。飲食店のバイトの給料なんてたかが知れてる。しかも一人暮らしだから家賃や生活費だけでかなり持っていかれるし、スマホ代を払って服や趣味のものを買って友達と遊んで……となるといくらシフトを入れまくっても足りない。そもそも身を粉にして働く根性なんてないから今の適当な俺があるわけで。
 特に今月は友達と海に遊びに行ったし、どうしても欲しかったスニーカーを買ったから金欠だった。仕方ない、どうしても欲しかったんだから。
 今日賞味期限を迎える特売品の食パンをかじりながら、「夜は素パスタかな……」と貧しい献立を考える朝。空腹は人の思考を駄目にする。そうでもなければいくら俺でもあんなこと、思いつきもしなかった。
『はじめまして、フォローさせてもらいました』
「ん? 誰だこれ」
 初めての連絡は何ヶ月か前のこと。SNSのダイレクトメールがすべての発端だった。
 俺は特に面白いことを発信できるわけでもなく、繋がってるのはほぼリアルの知り合いだけ。ちょっとバズり狙いの動画を投稿したこともあったけど全く受けなくてこっそり消した。
 後はほぼ身近であった出来事を呟いたり、イマイチ映えない飯の画像を上げてみたり、暇なときに遊べる友達を探したり。傍から見て面白みなんてないから、面識がない人から反応が来るなんて珍しかった。
 アイコンは風景画像で、フォロワーは俺より少ないし、どんな相手かはよく分からない。
 もしかしたらバイト先の社員とかの可能性もなくはない。めちゃくちゃ愚痴ったことがあるからそうだったらヤバい。一応返信することにした。
『すみません、もしかして知ってる人ですか?』
『いいえ、突然すみません。先日の旅行日記が面白くてたまたま目に留まったので』
 ふーんと思いつつ、褒められると悪い気はしなかった。いくらでももっと豪華な旅行自慢が溢れてる中で、俺のを読んであそこが面白かったとかここを見て行きたくなったとか、これ見てそんな感想出てくる? ってくらい色々言ってきたし。
 たまたま暇だったから何度かやりとりして、繋がった。あくまでSNS上でだけ。
 こういうそっけないアカウントが実は可愛い女の子だったりしないかなーとかちょっと妄想してたら、まあ普通に男だった。だってやけに好意的だから期待したくなるじゃん? 向こうは最初から騙す気なかっただけマシだけど。
 そう、「やけに好意的」。俺の何気ない投稿とか、友達と海に行ったときの画像とかまで褒めてくるし、もっと話したがってる感じが伝わってくる。
 暇なときに適当に返事してやったら、大抵倍以上の長さの文章が返ってくるし。『今日はたくさん話せて嬉しかった』とか言ってくるし。
 あーこれ好かれちゃってるなって、薄々気づいた。
 女の子はネットでも知らない男に絡まれるっていうのはよく聞くし、イケメンな男友達は自撮りに女の子から反応が来るらしい(妬ましい)けど、俺にとっては初めてのことだった。
 嬉しくはない。だって相手男だし。多分おっさんだし。
 ハンドルネームはトウヤ。連絡が来る時間帯からして平日規則正しく働いてるのが分かる。真面目っぽいし普通のサラリーマンか公務員かもしれない。
 年齢は三十代ってプロフに書いてある。多分四十近いと予想。三十代前半ならアラサーって自称しそうだし。下手したらサバ読んでて四十代の可能性もある。
 アイコンは風景だし自撮りとか一切載せないから外見は謎。でも普通に考えて、顔がイケメンならガンガン晒していった方が出会い目的としては絶対有利じゃん? だから隠してる時点でお察しだ。
 何でそんな人とやり取りしてるかって、本当に暇つぶしでしかなかった。しばらく存在を忘れて放置してても、何日か後に思い出して返したらすぐ嬉しそうに飛びついてくるし。
 反応早いのが当たり前だから珍しく夜になっても返信がないと、何かちょっとイラっとして、
『忙しかったならスルーでいいです』
と送ったら、
『ごめんね遅くなって、今日は仕事が忙しかったんだ。本当はもっと君と話したい』
なんて夜遅くに返ってくる。必死。
 もう俺、完璧に好かれちゃってる。
 元々会いたいと思われてるってのは感じてた。だからどうしようもなく金欠になって、ふとトウヤさんのことが頭に浮かんだ。
『俺この店気になってたんです。もしよかったら一緒に行きますか?』
『え、本当に?』
『でも俺今半端なく金欠で、来月の家賃すら危ういんですよ。お金ないと田舎の実家に帰らなきゃいけなくなるかも。だからもしよかったら、助けてほしいなって』
あんまり回りくどい言い方するのはめんどくさかったから、結構直球で言っちゃった。怒らせたって所詮は顔も知らない他人だしいいかと思って。
返信はすぐ来た。
『是非俺に援助させて。会えるならとても嬉しい』
「援助だって……俺より露骨じゃん」
俺はほくそ笑んだ。明日からはパスタに美味しいソースをたっぷりかけられそうだし、ほしかった冬服も買えそうだ。

◇◇

 俺はゲイじゃないし、やらしいことをするのは論外だ。もちろんキスも無理、触るのも駄目。
 ただ会って、一緒にちょっと歩いて飯食ったりするだけ。完全に健全な「パパ活」ってやつだ。
 パパ活してるっていう女の子の話を目にするたび常々思ってた。いい商売だなって。
 そりゃおっさんのち〇ぽ咥えて稼ぐなら体張ってるなーって関心するけど、「健全にデートするだけでお金もらってます」なんてずるくない? 俺が嫌な客相手にへーこらしたり、重いもの運んで汗流して稼ぐ数日分の金を、一回のデートで稼ぐとか世の中不公平だって。
 俺は男だし、可愛くておっぱいがあって一緒に歩くだけで自慢になるような女には、死んで転生でもしない限りなれない。かといってホストをやる度胸もない。なら仕方ないって思ってた。
 でももし需要があるなら、やらない手はないじゃないか。
 絶対会って話すだけ、触ったりしたら即帰るって念を押してもトウヤさんは二つ返事だった。
 何としても俺と会いたいんだろうなって、ちょっと哀れみを覚える。男同士で会って飯食うだけなら、みんな友達同士で当たり前にやってることなのに、このおっさんはそんなことすら金払わなきゃ無理なんだ。そもそも友達もいないのかも。いつも孤独だから、SNSで適当に相手にされたくらいで俺に惹かれちゃったのかな。
 そんな必死な人から楽して金をせびろうなんて罪悪感がないこともないけど、向こうだってそれを望んでて、俺は金欠なんだからしょうがない。せいぜい金額分くらいは可哀想なおっさんを楽しませてあげよう。
 そんな気分で俺は待ち合わせに向かった。
イメージとしては中年太りで下腹が出てるか、それとも仕事で疲れ切っててやせ細ってるタイプか、どっちかだろう。多少脂ぎってても仕方ないとして体臭は嫌だな。一緒に行動するんだから最低限清潔感はあることを祈る。
 駅に着いてみると、「あれがトウヤさんかな?」っていうくたびれたリーマンはたくさんいる。どれなのかさっぱり分からない。普段は目に留めもしないおっさんをキョロキョロ物色してると。
「――聖くん?」
「……え?」
 上から声をかけられて、一瞬ぽかんとしてしまった。待ち人は、俺が観察してた冴えないリーマンの群れの中にはいなかった。
「すぐ見つけられてよかった」
「えーっと、……トウヤさん?」
「うん、こんなおじさんで引いたかな」
「いや、全然」
 俺はお世辞抜きで即答した。
 想像してた中年太りでもガリでもなかった。俺より背が高くて細マッチョな体型で、脂ぎってもいない。予想通りだったのはスーツに眼鏡っていう身なりだけ。
 そもそもおっさん……? いや全然若い。要するに思ってたより、大分まともな……まともすぎるくらいの外見だ。
「大丈夫なら安心した。今日はよろしく」
「こっちこそよろしくお願いします」
「――会えて本当に嬉しいよ」
 少し潜めた声で意味ありげに言われて、ああトウヤさんなんだなって思う。
 でもこの人、金払ってまで男と会わなきゃいけないような人かな? もしかしたらこっちが手玉にとっているようで騙されてるんじゃ……と疑いかけたところで、小さめの紙袋をさり気なく渡された。中には更に封筒が入ってて、気になってすぐチェックしたらピン札でちゃんと二万円。マジか。
 金をまじまじ見て、その後不躾に顔をジロジロ見てしまった俺にトウヤさんは嫌な顔ひとつせず、「行こうか」と紳士的に促してきた。
 最初に向かったのは駅近くのでかい百貨店。なんでも弟の就職祝いを選ぶのを手伝ってほしいそうだ。
 メンズのフロアで下りたら、スーツとか革製品とか、俺が持ってるのとは桁が一つ違いそうな商品が並んでる。客層からして俺だけ場違いな気がして落ち着かない。トウヤさんはここの経営者か?ってくらい馴染んでるけど。
「ビジネスバッグか時計がいいかと思ってるんだけど、今の若い世代の趣味がよく分からなくて」
「どういう弟さんなんですか? 写真とかあります?」
「ちょっと待って」
 スマホを見せてもらったら、結構イケメンで爽やか系だ。しかも誰でも知ってる名門大学生で就職先も大企業。
 年は近いけど俺とは別人種すぎる。あんまり直視したくない。思いがけないところで凹まされた。
「うーん……正直俺、ビジネスバッグとかいい時計の良し悪しなんてよく分かんないです。何となくかっこいい程度にしか」
「むしろそういう意見が聞きたかったんだ。聖くんはSNS見てるだけでもセンスがいいし、やっぱり僕は年が離れてるから。就職先の企業はカジュアルな服装でいいみたいだしね」
「ま、そういうことなら」
 是非意見が聞きたい、って乞われるとその気になってくる。普段はこういう店でじっくり見る機会もないし。
「あ、これかっこいい――げ、たっか」
「値段は気にしないでいいよ。聖くんはこういうのが好きなんだ?」
「でもこっちもいいな。俺安易に黒に惹かれちゃうんですよね」
「ああ、カーフスキンだから柔らかくて質がいい。やっぱりセンスあるよ、聖くん」
「カーフスキン?」
「子牛の革のことだよ。触って比べてみたら違いが分かると思う」
「あーホントだ」
 順番に商品を見て回る。革のバッグを見て、リュックも見て、名刺入れとかネクタイとか時計とか……。
 腹が鳴って初めて、かなり時間が経ってることに気づく。トウヤさんが色々教えてくれるから意外と楽しくて、選ぶというよりただ見て回ってるだけだった。まず何を買うのか決めないといつまでも終わりそうにない。
「そういえば、親御さんとかが何買うか確認しました? せっかくいいもの送るのに被ってたらもったいないので」
「……ああ、確認していないな」
「ならしたほうがいいですよ。実は俺も妹の誕生日プレゼントが父さんと被っちゃったことがあって。「片方はフリマアプリで売るからいいよー」とか言われたんですよ。酷くないですか。結局スペアとしてとっといてるみたいですけど。父さんは「俺があげたほうを使ってる」とか張り合ってくるしめんどくさくて」
「仲がいいんだね。光景が想像できて微笑ましいな」
「えー、マジでしょうもないですよ」
 トウヤさんは笑ったけど、どこか陰りがあるように見える。
「実は家族とは疎遠気味でね。向こうもあまり僕の声なんて聞きたくないと思って、つい避けてきたんだ」
「あっ、そうなんですか。なんかすいません……」
 俺は気まずくて俯いた。わざわざ俺にアドバイスもらってまで弟にプレゼントを買うなんて、仲がいいんだろうなと勝手に想像してた。
 それにトウヤさんってどっからどう見ても立派な社会人って感じだし、親に疎まれるとは思えない。
「いや、君の言う通りだよ。弟には跡取りを押し付けてしまって、それでも今も慕ってくれてるから、せめていいものを贈って罪悪感を紛らわそうとしてたんだ。でも被ったら台無しだし、電話して訊いてみることにするよ」
「分かりました」
 跡取り……そういうことか。トウヤさんはきっと立派な人だけど、男が好きなんだ。しかも俺みたいなのが多分好みっていう変わり者。家族から見ると理解されがたいのかもしれない。
 電話は聞かれたくないかもと思って、俺は革靴に興味がある顔をしてそっちに向かった。
 黒や色んな濃さの茶色の、ツヤのある靴が並んでる。どれも同じようでよく見るとステッチとか形が違ってて、かっこいいのもある。でもトウヤさんとか弟ならともかく、俺には似合わないだろうな。やっぱりスニーカーのほうがほしい。
「おまたせ。確認とれたよ。親は時計を、祖父母がスーツと名刺入れを贈るそうだ」
「へー。じゃあやっぱりバッグ?」
「そうだね。もう少し付き合ってくれるとありがたいな」
「もちろん。俺も意外と見るの楽しいし」
トウヤさんが穏やかに笑ってることにほっとする。
 何を買うかちゃんと決まると選ぶのももっと楽しくて、目移りする。
「あーあっちのデザインかっこいい。でもこっちのほうが軽くて持ちやすい気がする」
「両方いいね」
「……ってすいません、俺の方が迷いまくってて」
「とんでもない。君のおかげでバッグにすんなり決められたんだし」
「そうですか? 俺、ずけずけ余計なこと言ったかと心配だったんですけど」
「まさか。聖くんが背中を押して、待っていてくれてると思うと勢いづいて電話することができたんだ。――拍子抜けするほど普通に話せたよ。避けて会話が減れば減るほど、疎まれていると勝手に被害妄想が肥大していたみたいだ」
「よかったです、マジで」
 俺はなんだかいいことをした気分になって、へらりと笑った。実際何もしてないんだけど。
 そもそもトウヤさんってまともな人っぽいし、家族だって心底嫌ってるとは思えない。どんな人達か知らないけどさ。
 なのに、「俺みたいな男が好き」って一点だけでコンプレックスがあって上手くいかないんだから、世の中上手くいかないもんだな。
 結局使いやすそうでかつ見た目もいい革のビジネスバッグを選んで、トウヤさんが会計しに行った。値段は気にしなくていいって最初に言ってたけどホントに全然気にしなかった。俺のバイト代何日分だろ。トウヤさんって稼いでるのかな。お金をもらう罪悪感が薄れるからそっちの方がいい。
……って、何だよ罪悪感って。別にそんなの感じる必要ない。トウヤさんは納得づくでお金払ってるんだし。俺だってむしり取ってやる気満々で会いに来たんだから。
「お待たせ」
「あっはい。待ってないです」
声をかけられてちょっと動揺しちゃった。トウヤさんが大きな紙袋の中から何かを取り出す。
「これは聖くんに。よかったら受け取ってほしい」
「え……うわ、なんですかこれ」
「付き合ってくれたちょっとしたお礼のつもり。気に入ってくれるかな」
 差し出された小さい紙袋の中には、革のブレスレットが入ってた。俺がよく行くそこらの店で売ってるのより明らかに高級感があって、かっこいい。
 他人からのプレゼントって微妙にズレてることが多いけど、これは俺の好みドンピシャだ。
「いやでも、今日のお礼ならもうもらってるし」
「僕がもらってほしいんだ。高いものだと引かれるかと思ったから安物だけど、それでも引いちゃった?」
「引いてはないです。ただ悪いかなって。……いや、かっこいいし本当にもらっていいなら……」
「よかった。つけてみてもいい?」
 断ったら落ち込まれちゃうかと思って頷くと、トウヤさんがブレスレットをゆっくり俺の腕につけた。
 ちょっと指が手首に触って、「ごめん」って謝られた。トウヤさんは脂ぎってないし気持ち悪くもないし、全然嫌ではなかった。ただちょっと、思ったより熱くてドキっとしたけど。


◆◇中略◆◇


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