学園 Give me! サンプル



一 プロローグ

 少し前までは、自分が全寮制の男子校に通うなんて考えたこともなかった。
 家から無理なく通える範囲にある、偏差値は悪くはないが特別よくもない平凡な公立高校に当然のように進んで、そこには同じ中学の生徒も何人もいて、大して代わり映えもしない高校生活を送る。そんな風な未来が待っているのだろうと。
 しかし母親が再婚したことで、誠人を取り巻く環境は大きく変わった。
 幸い新しい父となった再婚相手はとてもいい人、だと思う。
 会社ではそれなりの地位につき精力的に働いている上、家族のこともしっかり気にかける余裕がある。血の繋がらない誠人に対しても優しく気を遣ってくれているのが分かる。
 経済的には比べ物にならないほど楽になったのは、ありがたいとしか言いようがない。自由に使える金銭も増えたし、食事や身の回りのもの一つとっても以前よりいい暮らしをさせてもらっている。
 母親は何も経済力に惹かれたわけではなく、好きな相手と結婚できて幸せそうだ。以前は忙しく働いて疲れ気味だった母の笑顔が増えたことに誠人はほっとしていた。
 いいことづくめ――のはずだが、誠人はどこか居心地の悪さを感じずにいられなかった。
 その原因の一つが、一学年下の弟にあった。
 尚紀という新しくできた義弟が問題児なのかというと全くそんなことはない。成績はとても優秀らしいし、成長期でここのところ身長もぐんぐん伸び、所属するバスケ部では二年の始めからエース的存在という文武両道ぶりなのだ。
 おまけに顔立ちも父親に似て整っているのだから、さぞ女子からモテることだろう。はっきり言って誠人がこの義弟に勝てる要素など何もなく、コンプレックスを刺激される存在だった。
 それでも最初はなんとかコミュニケーションを取って歩み寄ろうとしたが、そっけない態度を取られるとそれ以上向かっていく気がみるみるうちに失せてしまった。学校の中心的存在にいる尚紀と、どちらかと言えば地味な誠人では話も合わせづらく気後れがあった。
 実は初めて会ったときは今とは全く違っていた。
 義父と母がまだ職場の上司と部下という関係でしかなかった頃、一度だけ顔を合わせたことがある。
 その時の尚紀は小学生で誠人よりも小さく声変わりもしていなかった。年上の誠人がゲームに誘うととても喜んでくれて、可愛く思ったことをよく覚えている。
 母に再婚する気があることを聞かされたときは、あんな弟ができれば楽しそうだとのん気に考えていたのだが――久しぶりに会った弟はすっかり思春期に突入して別人のようになっていた。

「はじめまして、仁藤尚紀です。よろしくお願いします」

 昔とは違うしっかりした敬語で、初めてではないのにはじめましてと挨拶され、誠人はショックを受けた。
 尚紀は別に反抗期というわけではなく、父親にむやみに逆らったりはしないし母のことも受け入れている様子だった。ただ、誠人に対してはそっけないというだけだ。
 そんな尚紀に負い目を抱き、引っ越しにあたって全寮制男子校に入ると言い出した誠人のほうが、むしろ反抗期だったのかもしれない。
 しかし間抜けなことに、その全寮制男子校の中等部に尚紀が転入を決めていたことを、誠人は後から知った。中等部には寮はなく通いになるが、尚紀が高校に進学すれば同じ寮で過ごすことになってしまう。
 もしかしたら尚紀も、誠人のいる家をさっさと出たいと考えていたのだろうか。それなのに中学と高校で校舎は違うとは言え同じ学校に行くなんて、きっとウザいと思われただろう。などと被害妄想に陥り、憂鬱な気分になりながら、後戻りもできず誠人は家を出て寮に入ったのだった。

 
 全寮制高校――八零一学園。受験で来たことはあったものの、誠人にとってはまだまだ未知の世界が広がっていた。
 敷地内に一歩足を踏み入れたときから、値踏みするように見られている気がして落ち着かない気分になる。
 この学園は施設や教育に金をかけている分学費も高く、生徒は裕福な家の子息が多いという。誠人の場合義父の経済力に頼って入ったのが現実で、浮いてしまわないか不安だった。
 まだ春休みだが、運動部はちらほらと練習をしていてランニング中の生徒とすれ違ったりボールを打つ音が聞こえてくる。
 グラウンドにテニスコート、複数の体育館。街からは離れた僻地にあるだけあって敷地はかなり広く、中学ではありがちだった部活による場所の取り合いなんて無縁なくらい充実している。最も誠人は運動部に入る気はないので、あまり関係ないことだが。
 一つの体育館の前を通るとき、ふと足が止まった。
 ボールが床に叩きつけられる音と歓声が響いてくる。バスケ部だ。やたらギャラリーが多いので他校と試合でもしているのかと思ったが、どうやら普通に練習しているだけのようだ。
 何の気なしに覗いてみると、ただの練習とは思えない迫力があった。選手の体格も、プレーのスピードや力強さも、中学のバスケ部とは比べ物にならない。
 その中でも一際目を引く存在がいた。身長はおそらく百九十近くありそうで、手足が長く、素人目にも特出した技術で得点を量産している。
 ギャラリーもどうやら多くが彼を見ているようだ。プレーだけでなく見た目にも華があり、分かりやすくファンがつきそうなタイプだ。実際点を入れるたびに歓声が上がる。

「おおー」
「篠崎さんすげえ!」

 ここは男子校なので、歓声は全て男のものであり黄色い声とは言えない。篠崎というらしいあの選手の、プレーに純粋に惹かれているだけの者もいるだろうが、心なしか頬を染めている男もいる気がする。男子校だから、そういうこともあるのだろうか。そういうというのはつまり、男が男を……。
 などと未知の世界に思いを馳せていると。

「あっ、危ないっ!」
「え、うあっ」

 ギャラリーの誰かの声と共にボールが猛スピードで飛んできた。避ける間もなく、誠人の顔に綺麗にヒットしてしまった。

「いっ……」

 突然の痛みに、その場にうずくまる。下世話なことを考えていたから罰が当たったのだろうか。それにしても情けない。

「ごめんね、大丈夫?」
「だっ、大丈夫ですっ……」

 本当はかなり痛くて大丈夫ではなかったが、これ以上かっこ悪いところを見られたくなくて、誠人は顔を押さえたまま早々に立ち去ろうとする。
 しかし近寄ってきた誰かに腕を掴まれてしまった。

「あっ……」
「大丈夫じゃないでしょ、思いっきり当たったし」

 見ると、目の前にいたのはあの、一際目立っていた篠崎だった。近くで見るとやはり女子に好かれそうな華やかな顔をしている。激しい運動で汗をかいていても爽やかで、モデルのような髪型が少し乱れているのさえかっこよく見える。
 それに比べて、ぼうっとしてボールをぶつけられる自分は一体……と考えると虚しくなる。

「いえ、ぼーっとしてた俺が悪いので」
「確かにそれは君が悪いね。あんなところで突っ立って見てたらボールが飛んでくることもあるよ」

 優しく心配してきたかと思いきや、結構はっきり物を言われる。正論なのでぐうの音も出ない。

「ほ、本当に大丈夫です、お気遣いなく」
「そう……? でも鼻血出てきた」
「ええっ」

 触ってみると確かに、生暖かい液体が鼻から出ていた。恥ずかしい。

「そこの二軍、この子を保健室に連れてってやって」

 篠崎がバスケ部の控えと思われる生徒に命じる。いかにも人を使い慣れている感じで、プレイだけでなく普段から部をしきっているのも彼なのだろと推測できた。

「いや、こんなのすぐ止まるのでっ……ティッシュつめときますから!」

 すでに不本意な注目を集めてしまっている。この上、まだ学校に来たばかりだというのに鼻血のせいで保健室になんて行きたくない。
 誠人はバッグからティッシュを取り出すと、鼻にぎゅうぎゅう詰めた。

「ぷっ……」
「し、失礼しますっ」

 篠崎に笑われてしまった。誠人は一刻も早く皆の視線から逃れたくて、頭がふらつくのを我慢して足早に体育館から出ていった。
 

「はあ……」

 何とも幸先の悪いスタートになってしまった。誠人は乱暴に鼻血で汚れたティッシュを引き抜く。もうほとんど止まっていたが、少し休もうと木陰に腰を下ろした。
 敷地内には森のように木が群生している場所がある。緑が眩しく、木の間から日の光がこぼれてくる。人の気配もなく落ち着ける場所だ。
 少し疲れてしまった。木々が揺れる音と、遠くで部活動をする生徒の声が聞こえる。誠人はゆっくりと目を閉じた。
 
 「んん……」

 どうやら少しの間眠ってしまっていたらしい。それほど時間は経っていないだろうが、そろそろ寮へ行かなければ。
 鼻血が止まったことを確認しながら目を開けると――少し離れたところに、見知らぬ男が立っていた。思い切り視線がかち合う。
 その男は眼光が鋭く、体格がよく、この学校のイメージとはおおよそかけ離れた、要するに不良に見えた。

「……なんだお前」
「ひっ……」

 声も低く凄みがあって怖い。誠人は蛇に睨まれた蛙状態になる。ちょっと寝て目を開けたらいきなり不良に遭遇するなんて運が悪すぎる。
 それにしても視線が合ったままで全然逸してくれない。こういうのは逸したら負けだったか。いや、それは不良同士の喧嘩の話で、誠人は喧嘩する気など更々ない。もししたところで瞬殺されるに決まっている。

「すっ、すみません、失礼しますっ」

 誠人は自分を奮い立たせて目を背けると、荷物を掴んで道のあるほうへ走った。

「はぁっはぁっ……何だったんだ……」

 だいぶ走ったところで追われていないことを確認し、膝に手をついて息を吐く。本当に何だったのだろう。
 とにかく早く寮へ戻ろう。これ以上うろついていてもろくなことがない気がする。
 しかし一つ問題が出てきた。寮へはどちらへ行けばいいのだろう。

「うーん……」

 疲れていたので、あまり大きな荷物を持って歩き回りたくない。どちらから来たからどちらへ行けばいいのか、必死に考えていたときだった。

「君、新入生かな? どこへ行けばいいか分かる?」

 渡りに船とはこのことかと顔を上げる。話しかけてきたのは生徒ではなく大人で――何者だろう? と誠人はしばらく考えてしまった。
 その男は、誠人でも分かる仕立ての良さそうなスーツを着こなし、髪は派手ではないが茶髪でさりげなくセットされている。
 ホスト、というほど軽そうではないがいかにも華やかな仕事をしていそうだ。生徒の兄かOBだろうか。

「手続きなら事務局で……って、その顔どうしたの? 痛そう」
「いやっ、これはちょっと、ぶつけただけです。もう痛くないので大丈夫です」

 多分赤くなってしまっているのだろう。誠人は慌てて片手で隠した。本当はまだ少し鈍い痛みがあったが、それより羞恥が勝っていた。

「そう? その荷物からして、これから寮に行くところかな。何棟かは分かる?」
「ええと、B棟です」
「じゃあそっちの道の先だよ、行こう」

 ひょい、と誠人が肩にかけていたバッグを取ると男は歩き出した。

「ええとあの……ありがとうございます」 
 なすがままで、軽くなった荷物を持ってついていく。

「緊張してる? 大丈夫、この学校そんなに変なやつは……まあ少しはいるけど、そう悪いところじゃないから」
「はあ」

 すでに相当変な人に遭遇している、とは言わないでおく。
 男は甘い顔立ちのイケメンといった感じで、こんな大人は今まで身近にいたことがない。本当に何者なのだろう。

「はい、着いたよ」
「どうもありがとうございます。見ず知らずの人にこんな」

 恐縮で頭を下げると、頭上で軽く笑う声がした。

「もしかして、俺のこと怪しいやつだと思ってる? ごめんごめん、一応この学校の先生で、伊勢といいます」
「え、先生だったんですか」

 確かに学校の敷地内で案内してくれる大人なのだから教師か事務員辺りが自然なのだろうが、そうは見えなかった。通っていた県立中学にはどこを探してもこんな教師はいなかった。私立とはこんなに違うものなのか。

「教師っぽくないとはよく言われるからいいよ。何だと思われてたのかな」
「ええと…………うーん……芸能人とか?」
「はは、褒め言葉と受け取っておくね。でもこんなところに芸能人なんていないよ。――ここは社会から隔絶された全寮制男子校なんだから」

 伊勢は手を振って去っていった。最後の一言になんだかぞくりと寒気を覚えて、誠人はぶんぶんと頭を振った。
 寮は真っ白な壁に大きな窓がずらりと並んでいて、清潔そうな印象を受けた。さすがお坊ちゃん学校というべきだろう。
 管理人に挨拶していよいよ部屋へ向かう。緊張からドキドキしてきた。寮は二人部屋なのだ。同室者がどんな生徒なのかは高校生活を大きく左右する死活問題だった。

「ふう……」

 部屋の前まで来ると、一度荷物を置いて心の準備をする。第一印象は大事だ。変に緊張丸出しの裏返った声なんて出したら一発で舐められてしまう。
 気合を入れてドアをノックをした。少し待ったが返事はない。
 ドアを開けると部屋の中は無人で拍子抜けする。ダンボールの塊が二つに分けて置かれており、どちらも開けられていないのを見るとまた同室者は到着していないのだろう。
 いっそこのまま一人部屋ならいいのにと思いながら、荷物の整理を始めた。
 必要最低限しか持ってきていないつもりだったが、やってみると結構大変だ。とりあえずすぐに使う日用品が整理できたころには、日差しが眩しかった外もすっかり夕焼けに染まっていた。

「疲れた……」

 誠人はベッドに背中から飛び込んだ。瞼が落ち、眠りの世界に誘われるのはあっという間のことだった。


『仁藤くん、一緒に飯食おうよ』

 教室で、同級生が誠人の机に手をつくと、爽やかに笑いかけてきた。
 これは――水野だ。バレー部のエースで、イケメンで目立つ容姿をしていて、女子に人気があるクラスメイト。
 初めて話しかけてくれたときは正直嬉しかった。こんな奴と仲良くなれたら、自分も少しは変われるのではないだろうかと。
 実際しばらくは仲良くしていた。もっとも水野には他のテニス部員を始め友達が多く、誠人よりもそちらを優先されることもあったが、当然のことだと思っていたので気にはならなかった。
 頼み事をされると、頼られているのだと感じて嬉しかった。
 だけど――。

『帰ろう、仁藤くん』

 中学生の誠人は、当然のように水野についていく。
ついていっては駄目だ。頭のどこかが警鐘を鳴らす。だけど体が従ってくれない。

『仁藤くん、最近明るくなったよね』
『そうかな』

 それは水野の影響だった。水野のようには到底なれないが、その明るさや人当たりのよさ、話題の豊富さは参考にしようと努めていた。
 そのおかげか、以前よりは多少交友関係が広がって、水野の周りにいるような生徒とも自然に話せるようになった。
 正直少し浮かれていたのだと思う。だから余計ショックだったのだ。

『でもさ、何か調子に乗ってない? 俺の友達にも言われたんだよね、何であんなのと仲良くしてんのって』

 一瞬何を言われたのか分からなかった。目の前にいるのは、本当にあの気さくな水野なのだろうかと。

『あんまり勘違いしないほうがいいよ。結局君って俺らとはタイプが違うんだから』
『水野……?』
『俺、おとなしい仁藤くんが気に入って声かけたんだよね。だから最近何か違うかなーって』

 何か言おうとしても、声が出てこなかった。一見すると水野はいつもの爽やかな笑顔を浮かべているのに、全く知らない存在になって誠人の心を抉ってくる。
 水野のことを本当は何も分かっていなかったのだと、この時ようやく気づいた。

『ああ、泣かないでね。いじめてるつもりなんてないんだから。これはただのアドバイス』
『……っ』
『これからもよろしく、仁藤くん』

 それから。表面上はそれまでとあまり変わらなかったが、気持ちはすっかり変わってしまった。
 実際いじめを受けているわけではない。少しばかり仕事を代わりにやったり、からかわれたりするだけで。
 以前はそれを頼られているとか気の置けない関係になれたのだとか喜んでいた。自分が馬鹿みたいで、情けなかった。そのくせ不満を口に出すこともできずなあなあで過ごしていることも。

『ねえ、高校どうするの? 俺は第一受けるんだけど、仁藤くんも成績的に第一だよね』

 三年になって受験が近づいたときのこと。質問しているのにまるで確定事項のように水野は言った。高校までこんな関係が続くのだろうか。決定的に嫌なことをされるわけではない。でも――。
 せめて見下されることに気づかずにいられたらよかったのに。
 そんなときだった。親の再婚が決まり、また別の事情に悩まされることになったのは。
 二つの人間関係から逃げるのに、全寮制男子校というのは絶好の選択肢だったのだ。

『なあ、どういうこと? 全寮制の学校行くって』

 水野には受験を秘密にしていた。だけど私立は公立より試験が早く、おそらく学校を休んだことで勘付かれてしまったのだろう。

『受けるのはともかく、俺に黙ってるのってどうなの?「友達」なのに』
『それは……』

 腕を掴まれる。語気を乱しているわけではなかったが、剣呑な空気が伝わってきた。
 ――聞きたくない。ここで一番、聞きたくないことを言われるのだ。

『君なんかが――』
『離せっ……』

 誠人は腕を振りほどこうとした。力は相手のほうが強くて簡単なことではなく、ようやく離してもらえたと思ったらバランスを崩し、階段の下に――。
 落ちる、と思った。

「……っ?」

 体を、誰かに支えられた。やけに熱かった水野の手よりひんやりしていて、水野ではない別人なのだと分かった。
 ぎゅっと閉じていた目を開ける。目の前に、知らない顔があった。
 薄暗い階段の下に落ちるのをすくい上げてくれた人は、やけに眩しくて鮮烈な印象を誠人に与えた。

「ごめん、部屋に入ったら君が寝てて……ベッドから落ちそうだったから」
「あ……」

 確かに誠人はベッドのふちギリギリにいて、落ちるのを手で防いでくれている状態だった。慌てて起き上がる。

「ごっごめん……夢を見てて」

 そう、あれは夢だ。もうやり直すことはできない過去の夢。

「そっか、いきなり転がってベッドから落ちそうになるからびっくりした」

 誠人は改めて目の前の人をみた。綺麗な顔をしている。清潔そうな白いシャツが似合っていて、笑顔が爽やかで。
 ――駄目だ、もうあんな思いはしたくない。
 どうしても水野のことが脳裏を過ぎってしまう。

「……具合悪い?」
「いや、ちょっと、夢見が悪かっただけで」
「そっか、どんな夢……って、言いたくないならいいんだけど」
「……」
「俺は野崎悠。これから一年間よろしく」

 悠は愛想の悪い誠人の態度を気にする様子もなく、屈託なく笑った。
 もうあんな思いはしたくない――けれど、きっとこの同室者のことを好きになってしまう。
 初めて悠の優しい目と目が合ったときから、そんな予感がしていた。


text