チャラ男くんとお友達 サンプル 02


 始業チャイムが鳴る前の教室は騒がしい。その中で日当たりのいい窓際後ろの一帯は、彰吾達グループの指定席になっている。誰が決めたかって、自分達で勝手に決めた。
 時間に余裕を持って行動するという概念は基本的に欠けていて、大抵はみんなぎりぎりに登校してくる。
「おはよー」
「彰吾おはよー。なんかダルそうじゃね、寝不足?」
 だらしなくあくびしながら入ってきた彰吾に、女子がすかさず声をかけてくる。
「あー顔に出ちゃってる? ちょっと遅くまで遊んじゃった」
「遊んでたとか。テスト近いんだから勉強しなよー」
「なにそれ、ちょっと分かんない」
「あはは、留年しちゃうよーマジで」
「じゃあ勉強教えてくれる?」
 朝の一番にまずやることは、女子達に愛想を振りまくことだ。派手で目立つタイプの子達は明るく返してくれる。一方で真面目なタイプの女子達は目を合わそうとしない。
 間違いなく自分と仲間がクラスのカースト最上位にいると彰吾は自覚している。全員平均より背が高く、垢抜けた容姿をしており、コミュ力も高い。自然とそういう生徒で固まっていった。わざわざダサいやつと仲良くする気にはなれない。
 そんな中でも衣田彰吾はチャラさに特化していた。
 明るく染めた長めのショートレイヤーを毎日抜かりなくセットし、体は細身だがヒョロく見えないように鍛えている。元が色白であまり肌が焼けないのだけが不満だ。
 見た目は重要だ。最も万人受けするのはもう少し爽やかな好青年風だと分かってはいるが、自分のキャラには似合わない。彰吾の好みもどちらかというとギャルっぽい派手めなタイプで、そういう子からは好評をいただけている。教師からの苦言など右から左に聞き流して今のスタイルを貫いていくつもりだ。
 彰吾はとにかく気持ちいいことと楽しいことが何より好きだ。女の子を落とす一連の流れは楽しい上に気持ちいい最高の娯楽だと思っている。思わせぶりな会話で可愛い子にまんざらでもない表情をさせた瞬間、触ることやキスを受け入れられた瞬間、ヤレると確信した瞬間、ブラのホックを外す瞬間――。
 やることしか頭にないと言われたら心外だけど、セックスをしない奴は人生の半分は損をしてると思う。
 他の男から嫉妬と羨望の眼差しを向けられるのもゾクゾクする。自分が勝ち組だと実感できるし、ろくに見た目に気を使わず女を楽しませる工夫もできないくせに嫉妬だけは一人前の連中を馬鹿にしてやってる。
「彰吾来た。なあ、昨日途中で消えてなにしてたの?」
「おはよ。聞くまでもなくない?」
「うわ、ヤったのかよーこいつ。いいなーでかかったよなぁ。EかFとかあったんじゃね」
 野村と安藤はナンパ仲間で、朝の挨拶はいつもこういう感じ。彰吾のほうがモテるのでよく羨ましがられる。だからってやたらと僻んで嫌がらせしてきたりはしないのでいい友達だ。
 実際彼らは、ちょっと無理めな可愛い子に声をかけるときは彰吾を頼るし、合コンでも女を呼ぶために彰吾の名前を使っていたりするので、自分たちでも分かっているのだろう。
 二人以外の友達も基本全員女好きで、やることはやっている。かと言って全員おしなべて同じタイプかというとそうでもなく、微妙に個性にズレはある。
 その中でも一人、異質な存在がいる。
「よう遊佐。昨日一人で帰っちゃって残念だったな、めっちゃ可愛い子いたのに」
「……おはよう。また遊んでたの?」
 チャラチャラとしたグループの中で明らかに雰囲気が違う。それがこの遊佐だ。いつも早めに登校しては小難しい本を読んだり真面目に予習なんてしている。
 かと言ってただのガリ勉ではない。背は彰吾よりも高く、細いが痩せ過ぎてもおらず、何より顔が綺麗なのだ。くっきりした二重が印象的で、特に横顔は白人の血でも入ってるのかというくらい端整だ。どこから見ても悪いところが見当たらない。彰吾としては本来あまりいい感情を持っていない「万人受けする好青年」タイプなのだ。
 何故彰吾達と一緒にいるようになったのか。女の子達は単に不思議そうに、真面目な生徒や教師は彰吾達を指して「あんな連中と」という感じで苦言を呈したりする。
「仕方ないだろ、お前にフられたんだもん。寂しくて女の子で穴埋めちゃったよ」
「あんな連中と」という感じで苦言を呈したりする。
「よく言うよ、バリバリやる気で一番可愛い子に行ったくせに。あれはハンターの目だったね」
「つーか穴に埋めたのは彰吾のほうだろー」
「埋めてないし。ちょっと出したり入れたりしただけだし」
「うわー、やらしー」
 朝っぱらから下ネタをしかけられ乗っかる彰吾に、遊佐はその部分はさらりとスルーして苦言を呈する。
「テスト前くらい少しは勉強したら? さすがに留年はどうかと思うよ」
「まーね。だから遊佐、ノート見してよ。俺を進級させて」
「仕方ないな」
 ノート呆れるほど几帳面に、綺麗な字が整然と並んでいる。あまり賢くない人間にも理解しやすい。
 遊佐はまともだ。彰吾にとってはこうして時々メリットを享受することができるが、遊佐のほうが彰吾達と一緒にいる理由はよく分からない。いつも穏やかで、あまり表情を崩すこともないから感情が読み取りづらいのだ。すぐ顔に出ると言われる彰吾とは対照的だ。
 それでもつるんでいられるのは、遊佐が女にあまり興味を示さないのが大きい。モテているのにナンパは嫌いだし、合コンにたまに来ても女を寄せ付けないし、かと言って本命を匂わせることもない。
 最初は遊佐目当てに寄ってきた女も、まるで取り付く島がないと悟ると諦めて、今度は彰吾の方に落ちてきたりすることもある。自分が次点扱いされるのはいい気はしないが、まあ可愛い子とやれればいいかと思う。ポジティブなのが彰吾の取り柄だった。
 そんなことばかり考えて生きてきた結果、それなりにいい思いをしてきた。成績はあまりよろしくない。容姿だって学校内ではモテるというレベルで、芸能人みたいにそれだけで飯が食えるほど優れているわけではない。
 だからって別に将来に不安があるわけでもない。なるようになる。いざとなったらホストにでもなればそれなりに稼げるんじゃないか、などと楽観的に考えていたのだが。

「何だよこれ、ざけんなよ!」
「ふざけてなんかないよ」
 ある日の放課後のことだった。帰ろうとしたところ、バッグのポケットに一枚のメモが差し込まれていることに気がついた。
 ピンク色の紙に、空き教室に来てほしいという短いメッセージが書かれていた。
 今どき珍しいアナログな手段だなとちょっと呆れたが、きっとこちらの連絡先を知らないのだろう。頭の中にはおとなしめの可愛い系の女の子のイメージが浮かび上がって、悪い気はしなかった。
 いつも相手にしている女の子は垢抜けていて積極的なタイプが多い。控えめなタイプに興味がない、というわけではなく実は興味はありまくりだったが、何せ彰吾と似た者同士の女の子とは難易度が段違いだ。落とすにも労力がかかりそうだしやらせてくれなさそうだし……という感じで縁がなかった。
 が、向こうから来てくれるなら話は別だ。
 前向きな妄想を膨らませ、指定された空き教室に入ったところで後頭部に突如衝撃と強い痛みを覚え――。
 気がついたとき、彰吾の体は岩になってしまったかのようにぴくりとも動かせなくなっていた。
 手は後ろで拘束され、脚は開いた状態で固定されて閉じることができない。縄で縛られているらしい。
 唯一動かせる顔を上げると、目の前に見たことがあるようなないような男が立っていた。
「お、お前……」
「僕の名前分からない? 別にいいけどね僕だって君なんかに覚えられたくもなかったし。まあ一方的に知ってるだけってのも不公平だから教えてあげるよ。僕は下田。呼ばなくてもいいけど」
 なんとなく覚えはあるのでおそらく同じクラスの生徒だ。メガネを掛けていて小太りの、冴えない地味な風貌をしている。
 平静を装っているがまくしたてるような早口で、声も上ずっている。興奮していることが伺えた。
「なんかしらねーけど、早くこれどうにかしろよ。帰りたいんだけど」
「か、帰れるわけないでしょ。これからが本番なんだから。君はこれから酷い目にあって罰を受けることになるんだ」
「はあ? 何言ってんの」
 恨みの籠もった眼差しを向けられる。
 彰吾は他人に恨まれるような面倒なことはしない主義……とはいえ、女絡みで恨まれる覚えがないわけではない。
 だけど下田のことは本当に顔も曖昧なレベルだし、この冴えない見た目で女関係ということもないだろう。
 胡乱な顔で見返すと、突然甲高い声で激昂された。
「とぼけるな! リカちゃんのことを弄んだ挙げ句飽きたらゴミみたいに捨てたんだろ!」
「リカ……って同じクラスの? いやいやいや、ただのセフレだし、捨てたっていうか自然消滅つうか」
「セフレだって……? あんな純粋でいい子によくそんな扱いを……。ゲスにも程がある」
「ええ……」
 意外な名前が出てきた上に斜め上な責め方をされ、彰吾は顔をひきつらせる。
 リカはクラスの男女何人かで遊びに行ったときに仲良くなり、確かに何度かセックスしている。が、弄んだ覚えなどない。
 合意の上でやっただけだ。現在は少し疎遠になっている理由は、リカが最近年上の男にハマってるから。ちょっと残念だけど仕方ない。そんな程度の軽い関係だ。
「あの子は誰にでも別け隔てなく話してくれて、優しくて、処女だったに決まってるのに、お前のせいで」
「いや、マジでねーよ。あいつ自分からフェラしてきたし、下手したら俺より経験豊富」
「汚いことを言うなあ! 死ねっ、死ねっ」
 更に声を張り上げられ罵倒され、言葉を引っ込める。どうやら下田は盲目的にリカに惚れ込んでいるらしい。実際リカという女はよく言えば気さく、悪く言えば馴れ馴れしく距離感を詰めてくるタイプだ。仲良くない相手にでも気まぐれに話しかけたり、いじったりしている。いかにも女慣れしていない下田は、フレンドリーに話しかけられてコロっと落ちてしまったのだろう。
 ただ実際は「陰キャくんのモノマネ〜。おっおはよう……っ」等と小馬鹿にして笑いを取ったりすることもあるような女なのだが、それを言ったところで余計怒らせるだけだろう。
 だが言おうが言うまいが、時すでに遅しだった。
 下田が何か――見たこともない怪しげな器具を、彰吾の体に取り付け始めた。
「何それ、ちょ、何なの」
「ふふ、怖い?」
 見たこともない器具が、両太ももにリングで固定される。どう考えても嫌な予感しかしない。
 そして機械仕掛けになっている中央――股の部分には、信じられないものが取り付けられた。
 硬いシリコンがペニスの形をしているそれは、紛れもない性具だった。勃起した大人ほどのサイズで、カリの部分が張り出した形も本物と変わらない。ただ幹の部分には本物にはないようなごつごつとした凹凸があり、より凶悪に見える。
「どう? 僕がアダルトグッズを改造して作ったんだよ。すごくない?」
「なっ……お前ホモかよ、マジで冗談きついって」
「ホモじゃないよ、君に欲情するなんて気持ち悪い。これは時限式で少しずつ奥まで入り込んで、振動も強くなっていく優れものだよ」
「は、入るわけねえだろこんな……でかいのが」
「入ると思うよ。君が寝てる間、アナルに媚薬入りのローションを注入しておいたから。遅効性だからもうちょっとしたら効いてくるんじゃないかな」
「はぁ……!?」
 鼓動が不穏に速くなる。そう言われると、アナルに何か違和感がある気がしてくる。
「汚くて嫌だなあと思ったら、見た目だけは案外女の子みたいなピンク色してるんだね。……恥ずかしいね」
「ふ、ふざけんなよ、マジで頭おかしいって」
 自分でも見たことをない場所をこんな男に見られ、感想を言われる。屈辱で顔に血が上る。これからもっと屈辱的なことが待っているという事実に耐えられない。
「じゃあ早速スイッチ入れるよ。ほーら、バイブがクズチャラ男の汚い穴に入っちゃうよ……」
「やめろ、おい、ぶっ殺す……っ……ひっ」
 ヴーーーー……
 下田がスイッチを押すと、バイブの切っ先が、抵抗できない彰吾のアナル目掛けて動き食い込んできた。
 先端が少し入ったところで止まる。痛みはなかったがいっそあったほうがましだった。


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