穴があったら入りたい サンプル


静まり返った朝の学校が好きだ。広々とした校舎の中にはまだ生徒の姿はなく、足音がよく響く。最初のチャイムが鳴る前に祥太の一日は始まる。
 出勤するとまずは郵便物のチェックに取り掛かる。
「星野くん、そっち終わったら備品の在庫確認お願い」
「はい、分かりました」
 星野祥太は郵便物に慌ただしく目を走らせ、分類していく。
 ここは全国でも屈指の進学校の一室。星野祥太は学校の生徒でもなければ教師でもなく、新米の事務員だ。
 事務員達の主な職場はこの事務室だが、一番の下っ端である祥太は雑用に走らされることもままある。
 今日も備品のチェックのために席を立った。
 平日の午前中。事務室を出るとちょうど登校がピークを迎える頃で、当然生徒達の姿があちこちに見える。
 祥太は俯きがちに歩いた。生徒とはできるだけ顔を合わせたくないのが本音だ。
 この学校は競争を勝ち抜いてきた優秀な生徒が集まっている。将来は大企業に就職するか、医者か官僚か――彼らは親の代からしてそういった社会的地位の高い高所得者である割合が高く、将来を約束されているのだ。
 教師だって舐められないよう必死だという。生徒達はまだ学校では教えていないことを塾や家庭教師で学び当然のように知っていて、時に教師のミスを正確に指摘してくるという。
 所詮高校教諭ごときと馬鹿にしているんだ、といった類の愚痴は珍しくもなく耳に入ってくる。
 まして事務員など、下に見られても仕方ないのかもしれない。祥太はそう思っていた。卑屈な考えだが間違っていはいないと。
 大抵の生徒は興味も示さず、空気のように祥太をスルーする。皆がそうしてくれるのならば何の問題もないのだが、そうでない生徒も中にはいる。
 入学してすぐに洗礼を受けたことで、祥太の中の生徒に対する警戒心は強くなっていた。
 
「あー体育とかだる……あ、そこのあんた。あんた誰?」
「……事務員ですが」
「へー。その辺のバカ校の生徒が迷い込んできたのかと思った。新卒?」
「はあ」
 廊下で声をかけられ、馬鹿正直に立ち止まって応対してしまったのがまずかった。
「ならちょうどいいや。購買でノートとペン買ってきてよ。今日準備する時間がなくて忘れちゃったんだよね、昨日の女がやたらしつこくてさ」
「は……いや、それは俺の仕事じゃないし」
「別にいーじゃん。どうせペーペーだし暇でしょ」
「仕事も残ってるので」
 急にパシリ扱いされて面食らった。
 態度は軽薄で、さらりとゲスな発言をしてくるその生徒は初めはへらへらしていたが、二度否定すると表情がすっと剣呑になり。
「はー。めんどくさいな。ただの事務員のくせに逆らうの? 大人しくパシられてろよ」
「な……」
「つーかいくらでも仕事選べる新卒の男が高校の事務とかつまんなくないの? 俺からしたら信じられないね。美人なお姉さんの事務ならこっちも歓迎だけどさー」
 同じ人間を相手にしているとは思えない、見下しきった嗜虐的な声だった。祥太は何も言い返すことできず、逃げるようにその場を去った。
「おい待てよ、買い物は? ちっ、使えない奴だな」
 後ろから追い打ちをかけられても振り返らなかった。
 苛立ちと、言いようのない敗北感を覚える。
 裕福な家で育ち、優秀な頭脳で超進学校に在籍し、当然のように選民意識を持っている者。
 どうしようもなく卑屈になってしまう自分が嫌だ。
 別に事務員という仕事に不満があるわけじゃない。大した学歴も得意分野もない自分が就職できただけありがたいと思ってる。
 だけど男として、見下され続けるのは出来る限り避けたい。自分と彼らとの出来の違いなんて比べたくもないのに、無理矢理目の前に突きつけられては直視せざるを得なくなる。
 できるだけ関わらないように、息を殺して仕事に励もう。
 だがそんな決意も虚しく、祥太は生徒達と浅からぬ関わりを持たざるを得なくなっていった。

 嫌なことを思い出してしまった。朝から憂鬱な気分になんてなりたくないのに。
 気を取り直して廊下で備品のチェックをしていると、生徒がぶつかってきて書類をぶちまけてしまった。
「うわっ……」
「あ、すいません」
 その生徒は軽く謝りながらも歩みを止めることはなく、そのまま立ち去っていった。
 これから授業があるのだし、立ち止まって拾うべきだとは思わない。仕方がないのだと思いつつ書類を拾う。
 邪魔だな、という声がどこかから聞こえてくる。何枚かの書類が行き交う生徒に踏まれてぐしゃりと歪む。
 慌ててかき集めようとした書類を、誰かの手が先に拾った。
 視界を上げると、驚くほど綺麗な顔をした生徒が微笑みかけてきた。
「大丈夫ですか、どうぞ」
「あ、ありがとう」
 誰もが通り過ぎていく中、彼はしゃがんで書類を素早く集め整えると手渡してくれた。
 彼の名は一ノ瀬蒼生。以前にも助けてもらったことがある。
 色素の薄い髪に、同じく薄い茶色をした二重の瞳、すっと通った鼻筋に少し口角の上がった唇。それらが形のいい輪郭の中に見事に整って配置されている、何の瑕疵も見つけられない美形だ。
 立ち上がって向かい合うと、平均身長よりは少し高い祥太より更に数センチ上に目線がくる。すっかり成長の止まった祥太とは違ってもっと伸びるかもしれない。
 目が合うと落ち着かない気分になり、胸がざわざわしてくる。
「仕事、いつもお疲れ様です」
「いや……、もう授業だから行ったほうがいいんじゃないか」
「そうですね、ではまた」
 一ノ瀬はにこりと微笑むと、ノートと教科書を手に颯爽と去っていった。
 親切にしてくれたのに、そっけない態度だったかもしれない。背中を見ながら少し後悔する。
 一ノ瀬はまた、と言ったが、生徒同士や教師とは違い、事務員と生徒ではそうそう接点などない。ただの社交辞令だろう。
「はー……」
 社交辞令に違いないのに、油断するとにやけてしまいそうになる。憂鬱はどこかに吹き飛んでしまっていた。
 祥太は一ノ瀬という高校生に、密かに憧れを抱いていた。
 彼に偶然助けてもらったのはこれが初めてのことではない。
 
 確か不良に絡まれるよりももっと前の、働き始めて間もない頃。出会いは突然だった。
 生徒用トイレの水道管が壊れ、右も左も分からない祥太が駆り出された。本来は設備管理を担当している職員の仕事なのだが、その日はタイミング悪く体調不良で休んでいたのだ。
 祥太は水道管の直し方など知らず、噴き出す水に四苦八苦していた。
「うわ、汚い」
「まだ直らないの?」
「すっ、すみません、今は別のトイレを使って下さい」
 年下の高校生にペコペコと頭を下げる。一向に進まない作業に焦り、スマホに助けを求めようとした途端、水を被って画面が真っ暗になってしまった。自分の要領の悪さが嫌になる。
 そんな時だった。
「手伝います」
「え……いや、大丈夫ですよ、濡れちゃうし、俺の仕事だから」
 突然現れた生徒に困惑していると、見たこともないほど目鼻立ちの整った顔で「もう濡れちゃいましたから」と微笑みかけられた。
 水も滴るいい男とはこういうことかと深く納得させられるような、キラキラ輝いて見える笑顔だった。
 その生徒は漏水している場所を特定すると、ありあわせの器具であっという間に塞いだ。本来祥太がやるべきことを鮮やかにこなされ、ほとんど見ていることしかできなかった。
「とりあえず水は止まりましたね、応急処置ですが」
「ありがとう。ごめん、濡れちゃって……まだ授業があるのに」
「大丈夫ですよ、俺よりあなたのほうが……びしょ濡れだ」
 彼は濡れた髪をかきあげると、祥太のほうをちらりと見てすぐに目を逸した。
 確かに水を浴びてしまってシャツが透け、肌にはりついてしまっている。傍目からでも見苦しい姿に違いない。
 だからといって女みたいに体を隠すのも自意識過剰みたいでおかしな話だ。濡れ鼠のまま気まずく立ったままでいると、上からハンカチが差し出された。
「どうぞ。早く着替えたほうがいい、風邪をひきますよ」
「いや、これは君が使って」
「俺はちょうど次が体育なので、ジャージに着替えますから。ああ、もう行かないと。ではまた」
「あ……」
 最後までどこまでも優しいまま、その生徒は去っていった。残されたのはきっちりアイロンがかけられた藍色のハンカチだけ。
 祥太はしばらくぼうっとしてしまった。もしも自分が女だったら一発で惚れていただろう。王子様――そんな突拍子もないことが思い浮かぶほど彼は現実離れして煌めいた存在だった。
 あいにく祥太は男だったが――印象はとても強く残り、なかなか頭から離れなかった。

【中略】    

 その日は体育倉庫に用があった。仕事を終えて外に出た途端、何の前触れもなく、いきなりホースで水をかけられた。
「あー事務員さん? ごめんごめん」
「わざとじゃないから怒らないでねー」
「そうそう、水まいてただけなんだけどあんたがちんたら歩いてるから」
 案の定芦屋と、取り巻きの石井と三淵だった。わざとでないはずがない。
 トイレの漏水といいこの前といい、就職してからやたら水を被る機会が増えた。最も三分の二は彼らの故意によるもので仕事のせいというわけではない。
 関わって余計厄介なことになるのはごめんだ。祥太はすぐに立ち去ろうとしたが、芦屋に捕らわれて叶わなかった。
「逃げるなよ。……なあ、そのままじゃ風邪ひくよ。脱ぎなよ」
「芦屋やさしー」
「さっさと脱げよー」
「け、結構だ。事務室に戻ってから……うわっ」
 慌てて拒絶したが、多勢に無勢だった。無理矢理インナーごと上を脱がされてしまう。
「ひっ……や、やめっ」
「何隠してるの、女じゃないんだから。……ほら、やっぱり陥没乳首なんだ」
 芦屋に完全に腕を拘束され、陥没乳首をまじまじと凝視される。最悪だ。
「マジで完全に陥没してるな。乳首ないんじゃねえの」
「んな訳ないだろ、中に隠れてんだよ」
「事務員さん、鍵貸して」
「あっ……」
 羞恥に震えていると、芦屋に閉めたばかりの体育倉庫の鍵を奪われてしまった。
「ちょっとあそこで俺達と遊ぼうよ」
「おっいいねー。放課後の体育倉庫とかいかにもって感じで」
「早く行こうぜ」
「な、何で……」
 芦屋の提案に三淵と石井も同調する。後ずさりする祥太に、芦屋は笑いながら言った。
「だって、こんな人目のある場所で陥没乳首弄られるとこ見られたら困るのはあんたじゃない? そういう趣味があるの?」
「じょ、冗談……っ」
 逃げようとしたが、両脇をがっちり掴まれて拘束される。
「逆らってんじゃねーよ、事務員ふぜいが」
 冷たくて、だけどどこか嗜虐的な熱の篭った目で見下され、祥太は絶望的な気分のまま体育倉庫へ連行された。
「んー、埃っぽいかと思ったけど意外とそうでもないな」
「で、ここで何して遊ぶの?」
「何って、面白いことだよ」
 芦屋は自分のネクタイを引き抜き、マットの上に放り投げられた祥太の手を頭の上でひとまとめに結んでしまった。
「や、やめっ……」
「うわー、体育倉庫で半裸拘束とかAVでありそう」
「でも男だろ。あーあ、これが巨乳の女ならな」
「うちの事務の女貧乳しかいねえしレベル微妙じゃん。教師もおっさんだらけだしつまんねえよな」
 芦屋は二人の下衆な会話に笑っているようで、目ではじっと祥太の陥没乳首を見ていた。
 そして不良のくせにやけに綺麗な指で乳輪に触れ――揉んできた。
「あぁっ……
「何、今の声? 胸感じるの?」
「え、引くわ。乳首も出てないのに」
 三淵と石井にも陥没乳首を見られ、嘲笑されるが、それどころではなかった。
 得体のしれない感覚が、ぞくぞくと一気に湧き上がってくる。
「やっぱり……陥没乳首感じるの? 変態」
「やっ……あっあぁっだめ、んんっ……」
 芦屋が嗜虐心にギラついた目をして、乳輪をぐにぐにと揉む。
 乳首が完全に収まったままの乳輪を揉まれて感じて、聞かせたくない声が出てしまう。拘束されているので手で口を塞ぐこともできず唇を噛んだ。
 ぐにっ……ぐに、ぐに……
「はは、喘ぐの我慢してんの? でもこの陥没の中に、一番感じる場所が隠されてるんだよな? ま〇こみたいにさ。そこをぐりぐりされてもアヘらず我慢できるのかな」
「ん〜っ……ふーっ、ふっーっ……ふぁんっ、んっ
 露骨な言葉に、嫌なのに感じてしまうのが止まらない。
 最初は男の乳首を弄ることに引いている様子だった二人の空気も、徐々に変わっていく。
「何か……エロいな。ま〇こみたいな乳首って」
「男のくせに乳首がおま〇ことか、ド変態じゃん」
「だってさ。なあ事務員さん、ま〇こなら中に何か突っ込んで、かき回してほしいんじゃない?」
「あっそうだ、俺綿棒持ってる」
「何でんなもん持ってんだよ。まあちょうどいいんじゃね」
「んんっ……やっ、ああっ……んっ、だめっ……」
 石井がバッグから綿棒を取り出すと、芦屋は奪うように受け取った。
 まさか、まさか本当に、陥没の穴の中に挿入されてしまうのだろうか。恐ろしくて甘い予感に体が震える。
「ほら、乳首ま〇こに突っ込んでやるよ……。嬉しいだろ?」
「やっ……だめ、だめ、やめて……っひっ……、ああっ
 絶対に駄目だ。そんなものを突っ込まれたら正気を保っていられる自信がない。経験はないが激しく疼く乳首がそう訴えている。
 しかし嫌がれば嫌がるほど、相手を煽るだけだった。三対の視線が陥没乳首に突き刺さる。
 ふにっ……くに……くに……
「ひあっ……あっはーっ、はーっ……
 乳輪の表面を綿棒で撫でられ、息が上がる。焦らすような動きだった。
 気をつけろという一ノ瀬の言葉が、今になって重くのしかかる。そんなことは杞憂だと思っていたのに。ただでさえ見下してくる相手に、とんでもなく恥ずかしい姿を晒すことになるなんて。
 そう、嫌でたまらないはずなのに――乳輪に隠された部分は、まるで何かを待ち焦がれるようにじんじんしてペニスまでじわりと熱くさせていた。
「……ハメるぞ、ずっぽりかき回してやる」
「やめっ……お゛ッあ゛ッんあああぁっ!
ぐにっ……ぐり、ぐにゅうっ……
 綿棒の先端が、陥没した乳輪の中に無理矢理突っ込まれた。あまりにも強い衝撃に、祥太の体は下半身ごと大きく痙攣する。
(嘘、こんなの……っ。陥没乳首に、綿棒が、中に、おま〇こにハメるみたいに挿れられて……これ、駄目なやつだ、俺が俺じゃなくなっちゃう……!)
「あ゛ひっい゛ッあっあッらめっひっん゛ッあーっ……
「ははっ……そんなにいいのかよ。まだ突っ込んだだけだぞ、なあ」
「あ゛ひっ……動かさないでっ……、うあっん゛ッお゛ッあああッ
 芦屋は祥太の反応に微かに目を瞠った後、高揚したような声で煽り、綿棒を動かし始める。
 ぐにっ……ぐっ、ぐっ、ぐりっ、ぐりっ、ぐりっ
「あっあぁんっ!あひっい゛ッあんっあんっあぁんっ
 突っ込んだまま綿棒を動かされ、隠されている乳首を刺激される。初めての感覚であり、信じられないほどの官能が湧き上がってくる。
 男が乳輪の中に綿棒を挿入され、腰を揺らしながら喘ぎまくっている。傍から見たらとんでもない変態だという自覚はあっても、我慢することができない。淫乱になるスイッチを綿棒で押され続けているのだ。  

【中略】

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